<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


夏のお祭り

 ほのかに赤い光が、紙で作られた丸いランプ傘に包まれて、いくつも会場内にぶら下り、照らしつけている。
 会場を細かく区切った通路の両脇には、色とりどりの灯りと共に物珍しい食べ物や飲み物、玩具らしき道具などがそれぞれ小さな屋根を作った急ごしらえの建物のような中で売られて、あるいはゲームの景品として出されていた。
 それは、毎年夏になると開く不思議な空間。エルザードは元より、ユニコーン地方でもまずお目にかかれないものばかりが集まる場。
 それを、開催地の村も、その周囲の人々も親しみを込めて呼んでいた。
『夏のお祭り』と。

*****

 子どもも大人も関係なく、皆が赤い灯りの中にこにこと笑顔で歩き回っている。モンスターや聖獣の顔を模したお面を頭に乗せ、手に焼いたトウモロコシの良い匂いをさせながらきゃあきゃあと駆け回る子どもたちの歓声が、その場の昂揚感を高めている。
 ――そんな中を、2人の男女がゆっくりと歩いていた。
「本当に不思議な催しものね。何だか異国に来ているみたい」
「うん、そうだね」
 髪の色と同じ色合いの明るい茶の浴衣を、違和感ありそうな顔で着こなしながら、女性の…ユンナの言葉ににこりと笑いかける男、キャプテン・ユーリ。
「面白い催しがあるって教えてもらったんだけど、ほんと来て正解だったわ」
 こちらは黄色に近いオレンジに、大きなヒマワリの絵が散っている浴衣姿。帯は同じくヒマワリを散らした青い帯を締め、いつもはツインテールにしている髪をくるくると中央で纏めて団子状にしている。
 その団子状髪は浴衣と同じ色の布で包まれた上、くるくると紐で括られていた。そこから、紐の先に付いた綺麗な宝石がゆらゆらと揺れている。
 ――今回の誘いは、何故だかこのところあまりユンナの元を訊ねて来てくれないユーリへ、面白い祭りがあると聞いたユンナから起こしたものだった。
 ユンナにしても、どういうわけか、そう言ったきっかけが無いままユーリの元を訊ねる事も出来ずにいたのだが。
 その話を聞いてからのユンナは、周りから見て明らかに浮かれていた。いや、表情や行動はいつも通りなのだが、それがほんの少し過剰だったり、ちょっとした事でとても嬉しそうな顔をするため、カンの良い者には『何かあるな』と気付かれていたようだったが、ユンナ自身は周りからそう思われている事にまるで気付いていなかった。
 そうして。2人分の浴衣に細々とした品を品定めしつつ集めてまわり、周到に準備を済ませた後で、ユーリのいる『スリーピング・ドラゴンII世号』へと訪ねて行ったのだった。
 当然の事、ユーリにも否やは無い。…と言うのか、彼自身ユンナが訪ねて来てくれるのを心待ちにしていた節があり、どうして今までのように気軽にユンナの元を訪れなかったのかは、ユンナが聞いてみてもよく分からなかったらしい。
 そうして2人は、ユーリを浴衣に着替えさせて後にこの祭りにやって来たのだが――。
「……あら、あれ綺麗ね」
「うん。――そうだね」
 一緒に並んで歩いているのに、肩が触れそうになるたびぴくりと反射的に離れ、どうにもこうにもぎこちない。顔を見合わせればどちらからともなく笑顔が浮かぶと言うのに。
 ――どんっ!
「きゃっ」
「あっ、とごめんよっ!」
 突然、前方から走って来た子どもに勢い良くぶつかられ、無警戒だったユンナが大きくよろける。
「おっと」
 ユーリが慌ててよろけたユンナの肩を抱いて止め、
「大丈夫かい?」
 姿勢を元に戻しながらユンナへと訊ねた。
「ええ、大丈夫よ。…ありがとう」
 ユンナが、嬉しそうに笑ってそっとその手を外した。…手が離れるのが名残惜しそうに。
「よっ、そこの彼女連れの兄ちゃん!いい男だねーどうだい、ひとつ彼女にいいところ見せてみないか?」
 そこに。
 にやにやとそんな2人の様子を観察していた男から、ユーリへ声がかかった。
「僕?」
「そうだよそう、兄ちゃんだよ!さー、やり方は簡単、この銃であの棚に並んでいる景品を撃ち落すだけ!弾は6発あるからね、十分チャンスはあるって事さ。やるかい?」
 弾はコルク球が6つ、そして男が手にするのは猟銃に良く似た形の玩具の銃。
 棚の上には、ガラス細工や大きなはりぼてのようなもの、どこかの大会で出されるようなトロフィーなどが並んでいる。
「ええ〜」
 何だか一瞬、本気で困った顔を見せたユーリだったが、いつの間にかざわざわとギャラリーが出来上がっているのにも気付き、そしてすぐ側にいるユンナが微笑んで、
「いいじゃないの、やってみたら?」
 そう無邪気な笑顔でとんと背中を押した。
「ううん…分かったよ。じゃあおじさん、1回ね〜」
「おう、それでこそ男だ!さあ頑張んな、見事一番上の棚の商品を当てたらご喝采〜!」
 受け取った銃にきゅっきゅっとコルクを詰め、す…と銃を水平に構える。
 ――それは、とても綺麗な動きで、その場にいた皆が息を呑んだ程。店主もまた、その様子を見てしまったと思ったか顔をしかめる。

 ――が。

 ぽんっ。

 銃の性能にもよるだろうが、あきらかにあさっての方向へと弾は飛んでいってしまった。
「…………」
 ぽりぽり、とこめかみを軽く掻いて、もう1回――黙って弾を詰め、狙いを定める。

 ぽんっ。
 ――ぽんっ。
 ――ぽんっ、ぽんっ。

 ――ぽんっ――かつん。

「ああっ、惜しい!」
 ようやく最後の一発が、中段にある人形の頬を掠めて終わった。

「はは――ま、まあこんな事もあるさ。じゃあ行こうか?」
 曖昧な笑みを浮かべ、銃を台の上に置いて射的屋台から背を向けるユーリ。
 そこへ、
「おいおい兄ちゃん、たーった1回で諦めちまうのかい?それじゃあそこの姉ちゃんにだってすーぐに愛想つかされちまうぜ?」
 ユーリの銃の腕を見て取った店主がにやりにやりと笑いながら、ユーリの背中へ向かって言葉をかけた。
「――――」
 ぴたりと、ユーリの足が止まる。
「…ユーリ?」
 ぎゅっと唇を噛み締めたユーリにユンナがそっと声をかけると、ユーリはくるりと踵を返し、
「――もう1回!」
 先程とは随分と違う、真剣な顔になって店主へと小銭を手渡した。

 実は、ユーリは銃の腕があまり得意ではない。
 義手の中に仕込んであるのも、多少大雑把な方向感覚でも命中する率の高いショットガンがメインで、普段はそれで通して来ているために銃の練習などはほとんどした事が無かった。
 ――まさかこんな所で自分の腕を試されるとは、思っても見なかったのだろう。

「もう1回!」
「もう1回!」
 まぐれあたりのように、ぽんとコルクが商品に当たってみても、勢いが違うのか商品は軽く揺れるだけで台から落ちようとしない。
「だーめだなぁ、兄ちゃん」
 店主もいいカモを見つけたと思ったのか、余裕の表情で次の弾を用意している。
「むぅ…っ」
 その様子があまりにも悔しくて、かっと頭に血が上ったその時。
「…ユーリ」
 ぽん、とその背に柔らかな衝撃が走った。
 はっとした顔で振り返ると、そこにほんのちょっぴりだけ困った笑顔を見せるユンナがいて。
「かっかしてるとものが良く見えなくなっちゃうわよ?…落ち着いて。大丈夫だから」
「あ――ああ、そうだった。そうだったね…」
 その言葉と笑顔で、一気に硬くなっていた体から力が抜けた。
「今度さ」
 肘を台の上に置き、銃の台尻を肩に当てる。
「…もう少し練習するようにするよ」
 せめて――好きな子の前ではいい格好が出来るように。

 ぽんっ――

 最後に打ち出されたコルクの弾は、上段を狙っていた筈だったがそれを大きく逸れて、下段の中心へと跳んでいく。
 ぱしんっ!
 ――かたん、ころん。

 小さな小さな商品を包んでいた紙の、丁度尖っていた部分へとコルクが当たり、その勢いでそれが地面へ落ちた。
「おっ―――!」
 店主が驚いたような声を上げて、それからにやりと笑う。儲けさせてもらった事に対して、と言うよりも、見事当てた事に対するちょっとした尊敬の念がその目には篭っている。
 ユーリがそんな店主ににこりと笑い返した。
「やったじゃない!なあに、何が当たったの?」
 ユーリの首筋に勢い良く飛びつきながら、ユンナが興味津々の目を向ける。

 ――周囲から巻き起こるひやかしの声に気付く事無く。

*****

「お疲れ様――それで、なあに?何が当たったの?」
 人垣に取り囲まれている事に気付いた2人が、慌ててその場を離れ、静かな一角に腰を降ろした後。ユンナが待ちかねたようにユーリに訊ねながらその手の中を覗きこむ。
「…へえ…」
 ユーリも今初めて開けて見たもので、思わず小さな声が漏れた。
 その手の中にあったのは、親指程の小さな鈴。色とりどりに編まれた飾り紐に付けられて、銀色の小さな輝きを放っている。
 ――ちりちりん。
 軽く振ると、その大きさに見合う可愛らしい鈴の音が辺りへ響いた。
「まあ…可愛い」
 ユーリの手から自分の手の平へ置いてもらい、それを指先で摘んでちりん、と鳴らす。
「その鈴、あげるよ」
 何度も何度も鈴を振って音を楽しむ様子に、ユーリが目を細めながら言った。えっ、とユンナが驚いたように顔を上げて、慌ててユーリの手に押し付ける。
「駄目よ。ユーリが取ったものでしょ?あれだけ力を入れて取ったものなんだから、ユーリが大事にしなきゃ」
「だから、だよ」
 きゅっと、ユーリが鈴を持ったユンナの手を自分の手で包み込んだ。
「あれだけ苦労して取ったものなんだから、キミにあげたいんだ。――上の棚にあった大きな人形じゃなくて、こんな小さな安物で悪いんだけどさ」
 包まれた手が、じんわりと熱を帯びる。
「え――あの、ユーリ…」
 どういうわけか口ごもったユンナが、ほんのりと頬を染めて、そしてゆっくりと微笑んだ。
「あの…ありがとう。本当に、嬉しいわ」
 ひとことひとこと、ゆっくりと心を込めて。嬉しそうにこくんと頷くと、今度はいつもの輝くような笑みを浮かべた。
「僕こそさ。こんなに喜んでくれるなんて思わなかったよ」
 そこでようやく、手を握ったままだと言う事に気付いたらしい。ぱっと手を離して、照れたようにぽりぽりと頬を掻く。
 くすっ、とユンナが微笑んで、懐に入れていた財布の端に、その鈴を結びつけた。
 ――ちりん。
 帯に財布を挟み込むと、涼しげに鈴が揺れる。嬉しそうに何度も見返すユンナの顔を見ていたユーリが、あれ?と首を傾げる。
「ユンナ、それは何だい?随分と綺麗な石だけど」
 どうやら後ろ髪をくくっていた紐に付けていたルベリアに気付いたらしく、
「ああ、これ?」
 すいと腕を上げて髪留めをくるくるとほどき、はいとその手に紐に繋がれたルベリアを乗せた。
「ルベリアって言ってね。私たちの世界で、想いを乗せる花って呼ばれているの」
「花?これ、花なのか?」
「ああ、ごめんね、紛らわしいわね。…そのお花はね。ある方法で精製するとこうして結晶にする事が出来るのよ」
「ふうん。それは随分と不思議な花なんだねぇ」
 灯りに透かしたり、手の中を覗き込んだり、そうやって品定めをするように石を調べるユーリ。
「親子の絆の証として持っていたり、恋人同士が同じ花から作られた石を持ち歩いたりするんですって」
「ふうーん。…想いを乗せる花、かあ」
 じゃあこの石にはどんな想いが込められているんだろうね、そう言ってユーリが微笑む。
「――大事な、大事な思い出じゃないかしら」
 そっと大事そうに石を手に包んだユンナが、手際良くくるくると髪を包んで行く。
「惜しいなぁ。その花があれば、僕もユンナに作ってあげるんだけどね」
「あるわよ。でも――」
「え、でも何?僕じゃ役不足かい?」
 そんなちょっとした言葉で慌てふためくユーリに、ふるふると首を横に振ったユンナが苦笑し、
「やあね、違うわよ。そうじゃなくて、恋人同士で、誰もいない時に摘みに行くものなの。1人でも良いのだけれど、2人で行った方が良い事が起こるのよ」
「えっ!?恋人同士!?」
 何故だかその言葉に更に慌てるユーリ。ユンナが一瞬どうしたのかと不思議そうな顔をしたが、その後で自分が何を言ったのか気付いて慌てて首を横に振りながら、真赤な顔をして、
「ち――違うわよ、例えばの話、恋人同士『だったら』の話よ!だ、だってそうでしょ、私たち――なんでも…ないんだから、ね、ねっ?」
「そ、そ、そうだね、うん、そうだ、その通り!」
 あははははは、とほほほほほほ、と微妙にわざとらしい笑い声が上がる。
 薄暗いのが幸いしたかもしれない。
 2人とも――耳まで真赤になっていたのだから。
「――ふうっ」
 やがて、ユーリが笑うのをやめて息を付く。
「ねえユンナ。僕らどうしたんだろうね?最近、変にぎくしゃくしてさ――そんなの、僕ららしくないと思わないかい?」
 そんな穏やかな言葉に、ユンナも笑いを止めて、そしてこくりと頷いた。
「分かってる。こうやって会ってみればなんて事はなかったのに、どうして会うのが怖いなんて思ったのかしら」
「そう言う時もあるってことじゃないかな。…今日キミに会えて良かった。何だか、凄く身体が軽くなったような気がするよ。どうしてかな」
「あら、ユンナも?不思議ね…私もなの」
 薄暗い光の中で見交わす目――そして、互いにくすっと笑い。
「よおし、気分が良くなったところでもう1回見て回ろうか。ほら、ユンナ綺麗だって言ってたよね?あのリンゴに飴を流し込んだのとか、雲みたいにふわふわした白い飴とか――」
「トウモロコシを焼いたものとか、何だか不思議な平べったい、でも凄く良い匂いの食べ物とか?」
「そうそう!行こうよ――まだこんなに時間はあるんだし」
 はい、とユーリが先に一歩進んだ後で振り返り、ユンナへその広い手を差し出す。
「勿論よ、2人でいっぱいお土産も買って帰りましょ?」
 ユンナも、にっこりと笑いながらユーリの手に自分の手を重ねた。
 ――ちりりん。
 そんな音が、手を繋いで隣り合わせに歩くユンナの胸の辺りから聞こえて来る。
 そして――ユンナの髪を留めていた紐の先、そこに結ばれたルベリアの結晶がほんのりと柔らかな光で輝いていた。


-END-