<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


装甲巨人戦記エルダレオーネ――第2章

 ――ラグ村
 岩山に囲まれた谷を形成した辺境の地にある小さな村である。
 村の中心は真ん中に茂る森の中にあり、陽光から身を守り、様々な食料確保に活用されている。谷に流れて来る風は心地良い。
 岩山には大きな横穴が開いており、鉱山として機能している。建物は木材を簡単に組んだ物で、素朴な生活をイメージさせるものだ。陽光を遮る樹木の間からは、鳥の囀りが流れ、多少湿気を感じたが、直射日光を浴び続けないだけマシである。
「ゴリアテ、前進して!」
 少女の声に応えるように岩石で模られた巨人がゆっくりと動き出す。身長約6mの巨人には幾つも鋼鉄板が打ち付けられており、動く度に騒音を響かせる。巨人の胸部である制御胞の中、振動に揺れる少女の瞳に、作り掛けの家の前で佇む、数名の村人が捉えられた。

 この物語は、ラグ村の巨人を確保せんとするザドス軍と冒険者たちの戦いの記録である――――。

 ――ザドス軍領地砦内
「しかし、村が戦士を雇っていたとはな」
 赤いマスカレードの男――ディバイトは細い顎に手を当てた。傍に佇むのは漆黒の衣服を纏った鋭い眼光の男だ。
「それも異世界の能力者でしたな。どうされるおつもりで?」
「うむ、このままでは私の評価も下がるだろうな。7人衆にお呼びが掛かるやもしれん」
「7人衆? 隊長を含めなければ6人では?」
「私は数には入っていないよ。どうも素顔を見せないのがお気に召さないようだ」
「酷い火傷と傷を負ったと聞いております」
「まあいい。未だ私にやらせてくれるようだから、本腰を入れる必要があるな。アサシンの隊はキミに任せよう」
「承知!」
「コンファーム、間違えては困るぞ? 我々は情報元を失ったのだからな」
「承知! しかしながら、動かせない場合は占領も視野に入れておくべきかと」
「そうだな‥‥スマートに行きたいものだが、多少の犠牲は覚悟してもらうか」
「ディバイト隊長、増援が到着しました!」
 入口の前で敬礼すると、一人の伝令が声を響かせた。
「聞き入れて貰えたようだな。報告してくれ」
「ハッ! 送竜X4、騎馬兵X10、鎧騎兵X10、重鎧騎兵X5、騎兵X20、精霊魔術師X6、弓兵X6、残るはアサシンです」
「ほぉ、気前が良いな。送竜を4体か。コンファーム、アサシンはどのくらい用意できる?」
「そうですな。我を含めて3人は確実です」
「3人か‥‥隠密だから仕方が無いと見るか。さて、物量作戦は好みではないが、敵は異世界の傭兵だからな。数で押せる相手とも思えないが‥‥よしとするか」
「敵が異世界の傭兵なら、コチラも異世界の能力を導入すれば」
「なかなか見つからないらしい。まあ、作戦が失敗したとして尚チャンスをくれれば導入も考えよう。それで、出発は出来るのか?」
「送竜が届くのは明日になるかと‥‥」
「馬車で先に出るか。イヤでも追い着いて来るだろう」
 ――大変だぁ!
 隠れて話を聞いていたシフールの少年は、光の粒子を散らせて飛びあがった。

 ――アルマ通り白山羊亭
「あのぉ、ルディアさん」
「あら、この前のシフールさんじゃない。いらっしゃいませ☆ ん? どうかしたの? こんな所から覗いたりして」
 開け放たれた窓から顔を覗かせるシフールの少女を見つけて、ルディア・カナーズはニッコリと微笑んで見せた。今宵も白山羊亭は繁盛しており、ウェイトレスの彼女も忙しいようだ。
「何でもありませんの。ただの自己防衛ですの」
「自己防衛? ですかぁ? それで、今夜は何かご用ですか?」
「あぁッ! そうですの! 冒険者様を雇いたいですの! えぇっと!」
 どうやら再びザドス軍がラグ村に攻めて来るようだ。シフールの少女は慌てた様子で豊かな谷間に手を突っ込んではシフールサイズの筆記用具をばら撒く。しかし、我に返るとコホンと咳払いして何事も無かったように続ける。
「情報は密偵のシフールが知らせてくれましたの! えっとぉ」
 アーメンガードは腰の羊皮紙をパラパラと捲り、ザドス軍の戦力を告げた。中には先の侵攻では見られない名前もある。そもそもアサシンはいたらしいのだが、誰も存在を確認してはいない。
「お願いーっ! 誰かラグ村を救ってくださーいッ!」

●アーメンガード感激☆
「おうッ! 引き受けたぜッ!!」
 背後からの豪快な男の声に、一瞬シフールの少女は肩を跳ね上げた。しかし、聞き覚えのある声だ。アーメンガードが振り向くと、瞳に映ったのは艶かしく照り返す割れた腹筋である。彼女は羽根をバタつかせると一気に上半身が映るまで後退。見上げた顔に安堵が浮かぶ。
「‥‥マッスルさん♪」
「オーマだ! 名前くれぇ覚えられないのか? ん? このチッコイ頭じゃよー」
「やーん、痛いですの〜」
 オーマ・シュヴァルツはゴッツイ手でグリグリと少女の頭を撫で回す。それはシフールにとって、頭を掴まれ振り回されているのと変わりない。首の痛さにアーメンガードは涙目だ。
「よしなさいオーマ。わたくしの御名に於いて教育し直して差し上げましょうかね?」
 落ち着いた響きの声が飛び込むと、オーマのヘッドグラインドは止まった。キラーン☆ と突き刺さる視線に、男の小麦色の肌から汗が伝う。シフールの少女が瞳を向けると、身体の線が細く、青いロングヘアの青年が映った。端整な風貌の中、眼鏡がキラリン☆ と光る。
「失礼いたしましたね、お嬢さん。わたくしルイという者です。仲間の無礼を許して下さい」
「仲間ですの? このマッスルさんと?」
「だからオーマだと言ってるじゃねーか!」等と突っ込みを入れるが、青年はスルーしてアーメンガードに口を開く。
「ええ、彼に話は聞きました。如何様で在りましょうと、力無き地と存在に力にて業を篩うは紡ぐは善き事とは思えませんね。其れこそ人として恥ずべき行為に御座いますよ? 其の御心を説く為にもわたくしも参りましょうか」
 少女はパタパタと羽根を振りながら、オーマにパァッ☆ と喜びの表情を浮かべた。黒髪の精悍な風貌の男は、不敵な笑みを浮かべて見せる。
「ザドスのワル筋ナウヤングアニキズ★ってぇのは、親父愛大魔人筋にそこまでゾッコンズッキュン大胸筋悶え隊フォーリンラブ☆恋煩い筋なんだろ?」
「‥‥嬉しいですけど、なに言ってるか分からないですの〜」
「あん? おまえには俺の徹底した親父愛ラブ筋で大胸筋悶え教育
が必要なようだな」
「ひぃぃぃ、聞いてるだけで脂っぽいですの〜」
 凄むオーマに怯むシフール。そこにギラリと眼差しを向けて威圧するルイ。このままでは無限ループに突入だ。
「楽しそうですね、僕も交ぜて下さいませんか?」
 穏やかな声と共に、アイラス・サーリアスがテーブルに近付く。この青年もアーメンガードの声に応えてくれた一人だ。
「アイラス様ですのー☆」
 光の粒子を散らせ、一気にアイラスの端整な顔に寄ると、少女は嬉しそうに羽根を羽ばたかせた。大きな眼鏡を掛けた青年も、濃青色の瞳に優しげな笑みを浮かべて応える。
「やあ☆ ウマも来ていますよ♪ 敵の動きは思ったよりも早いですね‥‥。もう少し間があるものだと思っていましたが」
「そうですのー、だから、またお願いに飛んで来ましたの☆」
「そうですね。確かに飛んで来ましたね‥‥」
「お、アーメンガードちゃん元気?」
 また新たに白山羊亭を訪れた人物に、少女と青い髪の青年は顔を向けた。瞳に映ったのは、長めの赤い髪の端整な風貌の青年である。眼鏡の奥に浮かぶ青い瞳が優しげだ。
「ユイス様ですのー♪」
「俺は勿論参加ね。サバランも首を長くして待ってる『筈』だし。まぁ、彼女が駄目でも若い娘は沢山いるしね。観光にも悪くない」
 ちょっと苦笑い。何が本音で何が建前か、読み取るのは困難だ。取り敢えずシフールの少女も微笑んで見せた。
「村が軍隊に狙われているのか‥‥見過ごせんな」
 テーブルで一人、エールを呑んでいた若者が口を開いた。長い三つ編みの金髪を肩に流している青年だ。鋭い緑色の瞳が何処か冷たい印象を放ち、長い耳が特徴的だった。頭から覗く2本の突起は角であろうか。アーメンガードは恐る恐る近付き、声を掛けてみる。
「あのー、それって引き受けて下さいますの? ひッ!」
 切れ長の瞳がシフールの少女を射抜くと、アーメンガードはピョンと反射的に退いた。
「私で良ければ力になろう。フィセル・クゥ・レイシズだ」
「よろしくですの♪ アーメンガードですわ☆ すごいですの! 新しく引き受けてくれる冒険者が沢山いますのー♪」
「あら? もう定員かしら?」
 歓喜に打ち震えるシフールの背中に、女の声が訊ねる。光りの粒子を散らせてクルリと振り向くと、長い銀髪を頭の後ろで団子状に結った、小麦色の肌の少女が青い眼差しを向けていた。
「私はセフィスといいます。見過ごせない話のようですし、未だ募集中なら引き受けますけれど」
「本当ですのー!? 女性の方がいてくれると嬉しいですわ☆」
「そう、それは良かったです」
「なんだい、女も欲しかったのかい?」
 割って入ったのはサバサバとした女の声だ。セミロングのブロンドシャギーヘアの若い女が、頬ずえをついて微笑んでいた。眼鏡の奥に浮かぶ青い瞳は、妖艶な風貌に相応しい色を浮かばせる。
「アーメンガードクンだっけ?」
「ああん、クンじゃないですの!」
「気にしないでよ、あたしは男も女も『クン』なんだからさ。胸ばかり大きくしないでさ、気持ちも大きくいかないとねえ」
「む、胸は関係ないですの」
 改めてアーメンガードは自分に視線を落とし、両手で二つの膨らみを庇うと、頬を膨らませてみせた。
「あら? 赤くなったかい? レニス・フェルミオンよ、小さい巨乳ちゃん☆」
 周りの連中は思ったであろう。
 このお姉さんに遊ばれていると――――
 ケタケタと笑うお姉さんに、シフールの少女が、からかわれる中、ゆっくりと両手が伸びると、シパッとアーメンガードが捕まえられた。指の感触に彼女の顔が青褪めてゆく。背後に浮かぶは大き過ぎる双峰の膨らみだ。
「ア〜メちゃん♪ 来てるなら迎えに来ても良いんじゃなぁい? 俺、待ってたんだぜぇ? つれないねぇ ウリウリ♪ どうだ!」
 しなやかな指がウニウニとシフールの身体を弄り、アーメンガードはジタバタともがく。短めのブロンドショートヘアの女は青い瞳をギラギラと滾らせ楽しそうだ。
「やーん! レイチェルさん、やめて下さいですのー! くすぐったいですのー! やんッ! ああんッ!」
「なーに? くすぐったいだけかい? それそれ♪」
 完全にエロオヤジな表情で、責め続けるレイチェル・ガーフィルド。小さなシフールが、くすぐったさに抵抗して声をあげるものの、端から聞けば背景はピンク色だ。流石に店としてマズイと注意しようとルディアが口を開こうとした時だ。
「もう、やめた方がいいですよ? この娘いやがってますしね」
 柔らかそうな銀髪に青紫色の瞳が大きい、あどけなさの残る風貌の若者がレイチェルに注意を促がした。一見、性別が判断できない中性的な魅力を醸し出している。
「僕はカイル・ヴィンドへイムです」
 にっこり微笑む顔も可愛らしく、なかなか判別できないが、名前から青年のようだ。金髪の美女は興味深げに顔を寄せる。
「へぇ〜、可愛らしいボウヤじゃない? あんたが代わりになってくれるのかい?」
「いえ、遠慮して置きますよ。お姉さんが満足する自信ないですから」
「そりゃあ、試してみないと分からないぜぇ?」
 ジリジリと後退するカイルに、指をワキワキと動かして迫るレイチェル。そこに割って入ったのは、背の低い小柄な少女だ。
「もう、やめようよぉ。せっかく手伝ってくれるかもしれないのに、逃げちゃうよ?」
 緑の髪に美しく繊細な顔立ちと赤い瞳。見覚えがあった。
「未亜ちゃんじゃないか♪ 妬いてるのかい?」
「妬いてなんかないよ」
「そうかい? あの時は可愛い声で鳴いてくれたじゃないか♪ 可愛かったぜ★」
「な、ないてなんかないよ! 未亜はくすぐったいから‥‥」
 早春の雛菊 未亜は顔を紅潮させて俯く。レイチェルは勝利を確信したようだ。今度は少女に迫ってゆく。誰か、この女を止めろ!
「まったく低俗なことですね」
 ――なんだと?
 さすがに低俗と言われては無視できない。況して、口を開いたのは黒髪の小柄な12歳位の少年だ。
「ボウヤ? 随分な事を言うじゃなぁい?」
 少年は椅子に座ったまま、緑色の視線を流す。
「だから低俗なのです。俺がボウヤ? 見た目でしか判断できないとは愚か過ぎますね。俺はあなたが700回死んでも追い着けない位、生きているのですけど。まあ、いいでしょう。俺はゾロ・アーと申します。敵は軍隊、ならば防衛にはそれなりの数が必要でしょう」
「神か‥‥」
 ポツリと呟く声。顔を向けると瞳に映ったのは、漆黒の鎧に全身を包んだ女だった。腰ほどある青いロングヘアが、対照的に輝いて映える。彼女は大きな黒い瞳を向けず、静かに口を開く。
「私はサクリファイス。‥‥微力ながら、私も力を貸そう」
「ゴリちゃんとらぶらぶ〜☆したいんだったらそういえばいいのにね〜〜?」
 能天気そうな軽い声が飛び込む。大きな赤い瞳に緑のショートヘアの子供だ。派手な彩りの奇抜な帽子や下腹部が覗く衣装は、一見踊り子のような感じだが、果たして少年か少女か。テーブルの上には食べ終えた皿が塔の如く高く積みあげっている。
「シキョウ!?」
「来ていたんですか」
「やっほ〜☆ オーマ〜〜アイラス〜〜♪」
 どうやら知人のようだ。シキョウは二人の元へタタタッと駆けて行くと、幼さの残る顔をあげて満面の笑みを浮かべて見せる。
「うん☆ ゼンもいるよ〜〜♪ あ、ルイだ〜〜♪」
 長髪の紳士を見つけると、シキョウはブンブンと手を振った。
「あんだと? ゼンがいやがるのか?」
 ルイが微笑みで応える中、オーマを鋭い眼光を疾らせ、辺りを見渡す。赤い瞳に映ったのは、紫のツンツンヘアの少年だ。耳にピアスが覗き、腕にはタトゥが刻まれており、大人でも声を掛け難い雰囲気がある。そんな彼の元へと大胸筋も誇らしげに、男は歩いてゆく。一瞬、鋭い金の瞳を流すが、直ぐにソッポを向いた。刹那、太い豪腕がゼンの首をギリギリと絞める。背中には大胸筋の壁というサンドイッチ状態だ。
「おまえよ、いるんだったら参加しねぇか!」
「あ――ン? ヤロ―とンなクソつまンね―ことヤッてられっかっての!」
「んだとぉッ!」
 更に力を込めるオーマに、それでも屈するつもりはないらしい。必死に歯を食い縛って耐える少年の元に、ルイが近付く。
「まあまあ、これでは説得も出来ませんよ」
 スッと青い髪の紳士は、端整な顔を寄せる。その瞳は悪戯っぽく細かった。おまけに口元には微笑みのオマケ付きだ。
「ここは強制教育と参りましょう」「おうッ!」
 両肩を掴まれ、両足をジタバタと足掻かせながら連行されてゆく少年。
「放しやがれー! イ―女が『相手』してくれやがるっつ―ンならノってやってもい―ケドな―?」
「ほう‥‥。ほら、こんなにいますよ?」
 確かにテーブルには5人+1もの女達がいた。‥‥若干、少女と呼ぶべき者のいるが、ゼンの好みに付き合うつもりはない。
「相手なら俺がたっぷりとしてやるぜ?」
「ボウヤね〜。いい女がいるテーブルに気付かないなんて」
 レイチェルとレニスが色香を漂わす如く、視線を投げる。そんな中、「この際、仲間は多い方が良いですの!」と、ゼンの元に飛んでゆき、パタパタとホバリング。
「村には綺麗な女の人が沢山いますの☆」
「あ、駄目だよ! サバランを紹介しちゃ!」
 こうして閉店まで彼等の論争は続いたらしい。それでもアーメンガードにとって奇蹟としか呼びようがない冒険者の数に、感動と期待に瞳を潤ませたものだ。
 明くる朝。15名の一団はゾロゾロとラグ村を目指して旅立つのであった――――。

●ラグ村へ
 村までの道程は、先に訪れた者達が説明する事で退屈するような事は無かった。今回は事前に地の利も把握できた事から、各々、頭の中で戦術を思い描く。
<御主人様?>
「ん? どうしました、うま」
 アイラスが小声で訊ねる。『うま』とは、青年を背中に乗せている騎乗獣で、外観は濃紺の鱗で覆われたスマートなドラゴンである。彼女は<念話>で主人と話をしているのだ。
<‥‥忘れられているかと思いました>
 因みに、うまを含めて15名である。
<それにしても大所帯ですね>
「そうですね、これだけの人数がいれば、きっと様々な戦術が展開できますよ♪」
<御主人様‥‥もしかして、楽しんでいらっしゃいませんか?>
「そんな、いやですよ? 不謹慎じゃないですか、村が危険だというのに、楽しんでなんかいませんよ♪」
 眼鏡を掛けた青年の端整な顔には、満面を笑みが浮かんでいた。気のせいか、首の後ろで束ねた薄青色の長髪もウキウキと弾んでいるようだ。
 暫らく歩くと、一向を先導するシフールが振り向く。
「さあ、もうすぐですのー☆」
 こうして冒険者達はゾロゾロとラグ村へと入るのだった――――。

●北の集団防衛線
 重厚な鎧を軋ませる中、一団の眼下にラグ村の小さな森が映る。ザドス軍南下侵攻部隊だ。重鎧騎兵を前に、騎兵、騎馬兵、その周囲に精霊魔術師が配置されている。
「中隊長、まもなくラグ村です」
「油断するな! 村に異世界の冒険者がいる可能性がある。重鎧騎兵、前進!」
 狭い視界の中、ゆっくりと進む5体の重鎧騎兵。刹那、飛び出したのは眼鏡を掛けた青年だ。薄青色の後ろ髪を棚引かせ、臆する事なく向かって来る。重鎧騎兵は狙い定めて長い槍を構えた。途端に視界から消えるアイラス。狭い視界が慌てたように左右に流れ、上方へと向けられた。
「遅いですよ!」
 手に構えられたサブマシンガンが火を吹くが、着弾の衝撃は感じなかった。幾ら異世界から来た冒険者といえど、空中で飛び道具を簡単に当てられる訳がない。中隊長の命令が飛ぶ。
「馬鹿め外したか! 精霊魔術師、奴を落してしまえ! 騎兵、騎馬兵、進軍!」
 フードを被った4名が目標を定めて呪文を唱える。構えた腕に青白い球体が膨れ上がる中、アイラスの口元に笑みが浮かぶ。
 次の瞬間、乾いた数発の銃声が鳴り響き、地表が盛大な爆炎に包まれた。騎馬兵を乗せた馬が嘶きと共に暴れだし、3名の騎士が落下する。中隊長は馬を落ち着かせて巧く凌いだらしい。
「あの飛び道具にこれほどの破壊力があるのか!?」
 否、これはアイラスの戦術なのだ。事前に度数の高い酒を樽につめ、崖斜面に埋めていたのである。数名の騎兵が炎に或いは樽の破片に崩れたものの、重厚な鎧騎士は炎の中から悠然と姿を見せた。
「あのガキ、小細工が重鎧に敵うとおも‥‥ッ」
 視界に飛び込んだアイラスが太刀を薙ぎ払う。斬光と共に鎧の隙間から鮮血を噴きだし、少し前を進んだ仲間が崩れた。眼鏡の奥で青い瞳が輝き、ゆっくりと見せた柄には竜を模した装飾が映る。
「竜の鱗をもたやすく切り裂く剣ですね。またの名をドラゴンバスターとも言います」
 ――ドラゴンバスターだと!?
「怯むな! 相手は一人だ。精霊魔術師!」
 指示を理解し、4名は姿を消す中、暴れた炎が勢いを無くしてゆく。相手も視界からコチラは未だ見えない筈だ。今頃は槍で串刺しになっているやもしれん。馬を失った騎兵が炎の中へ飛び込む。
 瞳に映ったのは重厚な鎧が裂けて血肉をぶちまけた惨状だ。また一人、青年の太刀で血だるまとなり崩れる。7名の騎士は震えつつも、駆け抜ける。未だ重鎧騎兵は3名いるのだ。村にさえ辿り着けば!
「戦う前に聞こう」
 行く手を阻むように佇んでいた青い長髪の女が口を開いた。漆黒の鎧に覆われているとは言え、その容姿は魅力的だ。
「引く意思はあるか否か!?」
「へッ! 女一人で何を粋がるか!」
「その鎧、剥してやるぜ」
「こちらは7人! 幾ら異世界の冒険者とて一人の女だ!」
 邪なオーラを滾らせ、奮起するように言葉を放ちながら長剣を向けて来た。サクリファイスは瞳を伏せ、再度確認する。
「私は、刃を抜けば、引けなくなる‥‥それでも引かぬのだな?」
「安心しな! 二度と剣など振れない身体にしてやるからな!」
 ――愚かな‥‥。どうなっても知らないから‥‥。
 漆黒の鎧から黒い4枚の翼が生える中、戦乙女は背の丈ほどの大剣『魔断』を薙ぎ放ち、灼熱を纏った斬光を疾らせた。残像を描くサクリファイスが駆け抜ける度に血煙が舞う。鮮血を浴びる度に、彼女の表情は恍惚に染まり、快楽に溺れる如く洗礼を浴びせ捲った。
 端整な風貌を紅潮させ、瞳を潤ませる美女とはいえ、白い肌や漆黒の鎧は血と肉片で赤黒く彩られている。流石に邪な騎士とて、戦意を失うというものだ。甘い吐息を吐きながらサクリファイスが近付く。
「‥‥ハァ、ハァ、もっと! もっとだ! 私にあなたの血をかけなさい! この鎧を剥すんでしょ? さあ、来いッ!」
「‥‥く、狂ってやがる! この女は狂ってやがるぜ」
「なんだと? さっきの威勢はどうしたのですか? ほら、剣は下ろしてあげるから、来いよ‥‥。そう? 怖いのかしら? 私からヤってあげるわ!」
 口元に笑みを浮かべると、漆黒の翼を広げて肉迫した!
 ――あぁ、私はもう戻れないかもしれない‥‥。
 その時だ。
 紅蓮の炎が一気に怯えた騎士を呑み込んだのである。急制動を掛け、戦乙女が後退しながら鋭い視線を流す。
「ドラゴンだと?」
「その位にした方が良いですよ。あなたは戻れなくなる」
 一羽の鳥が上空で声を響かせた。ゾロが変容した姿だ。この竜も彼が作り出したモノであり、炎を避けた騎士が逃げる中、鎌鼬によって断末魔と共に切り刻まれた。
「今のは私が作った鼠魔法使いの攻撃です」
「‥‥作った、だと? あなたは神のつもりですか?」
 少年のような声を発する鳥へと鋭い視線を向けるサクリファイス。未だ身体の火照りが消えず、辛そうに一筋の汗が流れてゆく。
「神のつもりですか? 私は人意外の存在を作りし神です。あなたの知っている神とも違いますし、神は心に宿ると考える者もいます。あなたにとって私は神では無いのかもしれませんし、生物の誕生した世界には様々な神がいますからね。いずれにしても、このまま戻れなくなれば敵となります。剣は収めた方が良いですよ」
 ――戻れなくなる‥‥。
 戦うことで、刃を振るうことで命が削られていくことは構わない。でも‥‥心が、狂気に冒されきったとき、私はどうなるんだろう。
 女は放心状態の如く、ゆっくりと身体の力を抜いて膝を着いた。
「どうしました? 何処か斬られたのですか!?」
 ドラゴンバスターを肩に担ぎ、重鎧騎士との戦いを終えたアイラスは、俯いたままのサクリファイスの傍へと駆け寄る。一見、血塗れで負傷したように見えたのだ。
「‥‥なんでも、ないから」
 瞳を見開いたまま女は呟く。
「‥‥なんでも、ないから‥‥少し、このままにさせて‥‥」
 何が起きたのだ? 追い着いた雰囲気を漂わす女性が、別人のように感じた。青年は穏やかな眼差しを向ける。
「はい。敵は倒しましたから、構いませんよ」

 暫らく経過した後、アイラスとサクリファイスが村へと続く道を歩いて来た。
「おーい! ご苦労さーん! こっちも片付いたぜぇ♪」
 少し遠くで手を振る全裸の美女に、顔を逸らして佇む少年。その周りには男達が倒れている光景が映る。
「‥‥何をしていたのだ? あの人達は」
「さあ? 敵を倒したのではないですか?」
 サクリファイスは頭の中に?マークが一杯だった。

●染まる空域の中で
「視界が酷い霧に覆われています!」
 送竜を駆る女が眼下へ告げた。大きな翼を広げて滑空する竜の腹部には8本の縄が交差しており、数人が入る事が可能な篭状のモノがブラ下げられている。風を切って飛ぶ中、籠は不安定に揺れていた。中には5名の騎兵と3名の弓兵が覗く。
「なんと!? 強行降下はできないのか!?」
「無理です。そのまま地面に激突する可能性がありますから!」
 ドラゴンライダーの女は大声で伝えた。それに、この霧ではこれ以上飛ぶ事さえ危険だ。
「飛び降りますか?」
「馬鹿な! 魔術師なら兎も角、俺達は生身だぞ! 精霊魔術師とアサシンに任せるしかないな」
 そう、西と東は精霊魔術師とアサシンが単独で動いていたのだ。送竜はバックアップに過ぎない。しかも、西を防衛する者は一人もいなかったのである。例え霧が陽光を遮ったとしても、暗殺が目的のアサシンには問題なく、精霊魔術師が2名もいれば、灯りを生み出す事なぞ雑作もない。
 暗闇の中で村人が悲鳴をあげ、何名かが鮮血を舞い散らせた。
 ――そして、響き渡ったのは悲痛な少女の叫び声だ。
「サバラン、助けて!! 戦いを止めてーッ!!」
「冒険者よ、直ぐに武器を捨て抵抗を解くのだ。さもなくば、この娘も殺すぞ!」
 魔術師が作り出した大きな球体の中に、一人の少女が映し出された。茶色のセミロングヘアを三つ編みにした娘の震える喉に、アサシンの短刀が翳されている。サバランの友人アルメアだ。
「脅しではないぞ。既に何人かは血祭りにあげた。それでも巨人を護るなら俺を殺しに来るがいい。その代わり、道連れに娘も殺す」
「ヒッ! い、いやだよ‥‥まだ恋だってしていないのに、死にたくないよぉ。サバラン、冒険者を‥‥止めてよ」
 遠隔投影された光景で、ポロポロとアルメアは涙を流していた。村人達は俯き、震える拳を握り締めるしかない。
「スマートに行いたかったのだがな‥‥」
 集められた冒険者達の前に姿を見せたのは、赤いマスカレードの男だ。何名かの冒険者はディバイトと合っている。
「この村は占領した。私も非道な真似はしたくないのだよ、このまま立ち去るなら命は保証しよう」
 既に村長を始めとした村人は村長宅に隔離され、何かあれば危害を加える用意も成されていると言う。
「あの! お願いがあります!」
 一歩踏み出したのは未亜だ。赤い瞳を潤ませ、胸の前で両手を組む姿に、大隊長は先を促がす。
「怪我された方の治療をさせて下さい。未亜、戦えなかったけど、せめて出来る事をしてあげないと、帰れないから!」
「‥‥いいだろう。但し、つまらぬ策は考えない方が、キミの為であり、村人の為だと言う事を忘れないでほしい」
 未亜は騎士に連れられ、村長宅へと向かった。ディバイトは並んだ冒険者達に顔を向ける。
「お互い、人数を過信したくはないものだな。こちらも命令でね、私が占領せねば、もっと酷い事になったやもしれんのだ。恨まないで欲しいものだな」
「おい、ザドスのワル筋ナウヤングアニキ!」
 オーマは懐から何かを放り投げた。ディバイトはそれを受け取ると、荒ぶる騎士を宥め、口を開く。
「ほう、キミもいたとはな。で、なんだね? これは」
「後で見て置くんだな! 俺はまた来るからな! 今度こそナイトメア大胸筋アルティメットアタック親父愛を食らわせてやるぜ!」
 それは『腹黒同盟勧誘パンフ』なる小冊子だった。
「好んで食らいたくないものだな」
「なら、俺が本気であんたを墜としてあげるよ!」
 ビシッと指を向けると同時に、たわわな果実を弾ませたのは、レイチェルだ。
 ――マズイな。
 このまま別れを長引かせては‥‥また叫ばれたら困る――――
「‥‥まあ、楽しみにしているよ。ごきげんよう、冒険者の諸君」
 過信していた訳ではない。
 人数も能力も決して侮っていた訳ではないのだ。
 しかし、目的の為には手段を選べなくなっていたのは事実。
 一欠けらの隙間とて突破されては対応も困難だった。
 結果として彼等は負けたのである。
 だが、失敗が永遠とは限らないのだ。
 撤退が次の勝機となる事はザドスも冒険者も違いは無いのだから。
 きっとシフールの少女は再び訪れるであろう――――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【1055/早春の雛菊 未亜/女性/12歳/癒し手】
【1244/ユイス・クリューゲル/男性/25歳/古代魔道士】
【1256/カイル・ヴィンドへイム/男性/21歳/魔法剣士 兼 治癒術士】
【1378/フィセル・クゥ・レイシズ/男性/22歳/魔法剣士】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1731/セフィス/女性/18歳/竜騎士】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2081/ゼン/男性/17歳/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー】
【2082/シキョウ/女性/14歳/ヴァンサー候補生(正式に非ず)】
【2085/ルイ/男性/26歳/ソイルマスター&腹黒同盟ナンバー3(強制】
【2151/レイチェル・ガーフィルド/女性/22歳/娼館経営】
【2470/サクリファイス/女性/22歳/狂騎士】
【2598/ゾロ・アー/男性/12歳/生き物つくりの神】
【2693/うま/女性/156歳/騎乗獣】
【2896/レニス・フェルミオン/女性/26歳/異界職】

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■         ライター通信          ■
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 この度は御参加ありがとうございました☆
 いかがお過ごしですか? 切磋巧実です。
 先ず今回の判定を。
 色々と策はありましたが、西の防衛を選択された方がいなかったので、失敗とさせて頂きました事を御了承下さい。実はとても悩みました(汗)。防衛戦とは言え、作戦会議は行われるものです。しかし、ここは敢えて何ゆえ選択肢が存在するのか? という本来の予定で進行させて頂きました。但し、参加者が1名、または3、4名だった場合、発注内容に記載されていれば対応した可能性はあります。が、今回は嬉しい悲鳴をあげるほどの参加人数でしたし、本来のコンセプトで進行致しました。
 先に言いますと、行動と展開により、様々なシチュエーションが用意されていたりします。本来、このようなマルチに展開する物語は何度もプレイできるゲームでこそ成り立つと思いますが、(ご要望があれば、2話の再プレイ(?)も再度募集します)リセットするもセーブから進めるも自由ですので、感想の際にでも教えて頂けると助かります。この辺が時間軸の発生しないノベルの利点ですね。次回参加して頂ければ、奪還編となります。公開した際には参加考慮して頂けると幸いです。
 さて、長くなりましたが我慢して下さいね。
 今回も皆さんの個性に巻き込まれて(?)気が付けば本編から離れて焦ったものです(笑)。お待たせ致しました(汗)。今回も前回を踏まえて全員の紹介から演出させて頂きましたが、えらい長さになってしまいました。どうなんでしょう? 必要ないですか? その辺も教えて頂けると幸いです。
 はじめまして♪ 参加ありがとうございました。
 いかがでしたでしょうか? 東防衛は人数多かったので、あのようになっています。物量作戦は能力的にアリですが、人数多い場合も考慮して頂けると助かります。実は他の方のノベルでも登場していたりします。ゾロさん、どんな顔の少年なんだろう? とか思ったり(笑)。
 今回もエピソードごとにあります。お時間があれば他のPCの活躍も読んで頂けると嬉しいですね。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆