<東京怪談ノベル(シングル)>


その花に込められた言葉―Brodiaea―

 花は大好きだ。
 どれもこれも同じように咲いて、すぐに散る。
 造花のように永遠を持つ花も大好きだ。
 何の感情を持たない人形や殺人兵器みたいで、手にかける愉しさがまるでないから大好きだ。生きて生きて生に必死にしがみ付く命を奪い取るのが至福の愉しみであって、全てを絶望してしまった命を絶つのはあまりにつまらない。
 トゥクルカの白く細い指が摘むのは、同じ色の花。一面の色から摘み取った僅かの花は両手一杯にあるものの、そのせいで花畑としての面積が減ったようには思えない。例え花畑自体がなくなってしまってもトゥクルカには大した問題ではないだろうが、綺麗な風景が無くなってしまうのは多少なりとも惜しい気持ちがある。どちらにせよ見渡す限りに存在するのは花畑で、それ以外には何も存在していないかのような錯覚にも陥りそうになる。トゥクルカは抱えられるだけの花を手に、土で汚れた膝を軽く払って立ち上がった。
 空に白い月が既に昇っていることにおぼえた軽い驚嘆に、同時にはじき出したこの場の滞在時間にトゥクルカは思わず苦笑する。生命活動時間との比較ではさしたる数字にはならないが、人間らの活動定義としている一日との比較では相当なものだった。そこまで老体に近付いたとは思っていないが、“この体”では時間に対する感覚が曖昧すぎるようだ。今更自覚するのもどうかと思うけど、と自分で自分に言い聞かせ、トゥクルカは花の中に顔を埋めた。
 花を贈るのは、“大切な方”に向けて。
 ブローディア。
 花言葉は「守護」。
 ソーンに咲くその花は、あまり滅多に見つからない。だがトゥクルカの抱えている花は、ブローディアではない。とは言うものの学名でなく俗名としての名が“ブローディアもどき”であるからして、一見しただけではその違いは分からない。花言葉も当然異なり、意味も「妥協」とあまり好ましくないものへと変化する。
 その二者の最たる違いは、匂いだった。「守護」の匂いが甘い香りであるのに対して、「妥協」の方は幾十年前かに流行った品種改良のせいで全く匂いが存在しなかった。レストラン等において飾ることを目的としたせいだろうか、ただ見目を潤わせることしか目的としていない。
「……匂い、しないわ」
 不服そうに言って、トゥクルカは花を周囲へとばら撒いた。人工種も年月が経てば、群生化することもあるのだと腹を立てながら足元の花を蹴った。花弁は散り、軽く舞う。それすらもトゥクルカにとっては煩わしいものでしかない。
 ふと思い立って、トゥクルカは両手で何かをすくうような仕草を取る。軽く目を伏せ、簡易な言霊を口にする。“創成術”と呼ばれる物質を零から構成する術によって、手の平の中に生まれた白い光は次第に強さを増していく。唐突に消えたとき彼女の手に残ったのは、ブローディアの花、そのものだった。
 自分で創った花を手に、嬉しそうにトゥクルカか微笑む。だが、その瞳は明らかに満足気なものではない。
 思うのは、腕の中の花も自らが嘲笑った「妥協」の花もそれらには違いがないのではないのだろうか。そんな感覚。花の匂いを嗅ぎ、確かに甘い香りが存在することを自覚する。それでも、どこかが「守護」とは異なるのはどうしてだろうか。
 本当に捧げたいのは、こんなちっぽけな造形物なのか。
 放った問いに、トゥクルカは創ったばかりの花を空中で燃やした。灰にすらならないそれを虚ろな目で眺めると、再び何かを思考するように顔をもたげる。
「…………」
 それでも解は導かれない。ただただ哀しそうに首を振り、踏み潰された花畑を残して姿を消した。

 欲しいものがある。
 捧げたい方がいる。
 でも、それは――。

「絶対に見つけるんだから……。簡単には、諦めないわ」

 伝えたい言葉と気持ちがある。
 それをカタチにしないと落ち着かないのは、ソーンの住人の感傷染みたものがうつったのかもしれない、と。それだけがただトゥクルカの気持ちに一抹の不安を落としていた。





【END】