<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


鏡の迷宮

------<オープニング>--------------------------------------
「エスメラルダ、良い情報持ってきたぜ」
「いらっしゃいロッド。久しぶりね」
 ステージを終え一息入れていたエスメラルダは、久しぶりに現れた青年を見て艶やかに微笑んだ。
「今日はどんな良い情報を持ってきたのかしら?凄腕情報屋のロッドさん」
 エスメラルダの問いに、ロッドは鞄から何枚かの資料を出すと、にやりと笑みをうかべた。
「今日の情報は一攫千金も夢じゃない、宝探しの話だ」
「宝探し?」
 不思議そうな表情をうかべるエスメラルダに、ロッドは頷いた。
「ああ、宝探しだ。その情報を調べてみたところ、どうやらその宝は持って帰れない物らしい。どういう訳だかな」
「持って帰れない宝って何なのかしら?それほど高価な物、または大きな物ということ?」
「さあな。その辺の情報はさっぱりだ。だがその宝がある場所の情報は少しだけ資料がみつかったんだ」
 そいつがこれだ、とロッドはエスメラルダに先程取り出した資料を見せる。
「その宝は光と闇によって作られた、鏡の迷宮と呼ばれるところにあるそうだ」
「なんだかすごい場所にあるのね」
 無事に帰ってくるのが難しそうね、とエスメラルダは苦笑する。
「迷宮っていうぐらいだからな。中の造りは複雑なんだろうな。ま、資料があるってことはちゃんと帰ってきたやつがいるってことだ。多分大丈夫だろ、ここに来てる人なら」
 辺りを見ながらロッドは、頼んだ酒のグラスを片手ににやりと笑んだ。
「宝を確かめに行きたいっていう好奇心と度胸のある人、いるかな?」

【1】
「誰かと待ち合わせ?」
「え?」
 賑わう黒山羊亭の中を一人でうろうろとしていた少女をみつけ、入り口をくぐったユンナは思わず声をかけた。なんだか放っておいたらいけないような気がしたので。
 声をかけられた少女は驚いたようにユンナを振り返った。真っ直ぐな肩までの銀髪がサラリと揺れる。
「こんばんは!待ち合わせはしてないんです。ただなんとなく来てみただけで……」
「あら、そうなの?」
 元気の良い少女の返答にユンナは少し驚いた表情をうかべた。
「じゃあ暇なのかしら?」
「? あ、はい。そうなります」
 きょとんとした表情をうかべる少女に、ユンナは思わずくすりと笑んでから言った。
「じゃあわたしの話相手になってくれないかしら?人と待ち合わせてるんだけど、一人じゃ暇だし、つまんないから」
 ユンナの申し出に再度きょとんとした表情をうかべた少女であったが……嬉しそうににこっと笑顔をうかべると、元気良く頷いた。
「いいんですか!?嬉しいです!こちらこそよろしくお願いしますっ!」

「遅いわ。一体何をしていたの?待ちくたびれちゃったわ」
「こんばんは!お邪魔してます!」
 お互いの自己紹介も済み、話に花を咲かせてしばらく経つと、ようやく待ち人が現れた。
「可愛いお嬢さんがいるねぇ。俺はオーマ。よろしくな」
「わ!ありがとうございます……!わたしはカルンっていいます。よろしくお願いします」
 オーマに可愛いと言われたカルンは、嬉しそうに笑顔をうかべた。
 そんな微笑ましい光景の隣では、アイラスが成る程……と一人納得していた。
「女王様というのはユンナさんのことでしたか」
 そしてその隣ではおお!とばかりに目を輝かせた紅瑠斗の姿が。
「今日は美人が揃ってるネェ」
 ちょっとキツめの美人も、天然の入ってそうな可愛い美人も紅瑠斗の好みの範疇である。
「すごいなぁ。一人で来たのに今日はぎょうさん知り合いができたで」
 その隣ではミュウがなぁ?と肩にいるイリスに同意を求める。
 周りの迷惑にならないように、とその場の面々は歓談もそこそこに適当に席につくと、まずはお互いの自己紹介から始まった。
「みなさんお揃いのようね。こんばんは」
 自己紹介が終わると、タイミングを見計らっていたのか、エスメラルダがいつものように艶やかな笑みをうかべて現れた。
「よぉエスメラルダ。忙しい時間帯に予約して悪かったねぇ。助かったぜ」
「いいのよ。常連さんのためだもの」
 飲み物のオーダーを取りながら、エスメラルダはにこりと笑顔をうかべた。
「ところで、そんな常連さんに依頼の話があるのだけど。いかがかしら?」
「依頼?いいねぇ。どんな依頼もガッツリこなしてやるぜ」
「僕も受けたいですね。どのようなものか聞くのが先決ですが」
 オーマとアイラスがもちろん、といった笑みをうかべると、エスメラルダはくすりと小さく笑った。
「いつも頼もしいわね。では説明をといきたいところなのだけど、説明はロッドから聞いてね。ここへ来るように言っておくから」
 エスメラルダはそう言うと、次の仕事があるからとオーダーを持って奥へと行ってしまった。
 それから程なくして、エスメラルダの代わりにロッドが六人のもとへと姿を現した。
「久しぶりだな、オーマ、アイラス、紅瑠斗。今日は随分と大所帯で。全員依頼参加希望者か?」
「おう!久しぶりだねぇロッド。随分と姿を見なかったが元気そうで何よりだぜ」
「お久しぶりです、ロッドさん」
「そういや久しぶりだったネェ」
 ロッドと会ったのはもう去年のことだったか、と思いながら三人は返答する。
「依頼に参加するかどーかは話してから決めんじゃねーの?」
「ま、それもそうだな」
 紅瑠斗の言葉に気が早かったか、とロッドは苦笑すると、空いている席をみつけて座った。
「今から依頼について説明するが、参加するかしないかは任せるぜ。飯食べながらでいいから興味があったら聞いてくれ」
 ロッドは前置きを言うと、少し間をおいてから話し始めた。
「今回の依頼、というかこれは情報なんだが。一攫千金も夢じゃないほど高価な宝が、鏡の迷宮というところにあるらしいんだ」
「お宝!?」
 説明はまだ始まったばかりだというのに過敏に反応したのは、ミュウであった。元は海賊船にいただけに宝というものには弱いらしい。
「お宝ゆーたら海賊の血が騒ぎますわぁ♪それはどないな宝なん?宝石か?金貨か?それとも……」
「……ミュウさん、最後まで説明を聞いてから質問したほうがいいと思いますが……」
「あ……」
 キラキラと目を輝かせて夢を膨らますミュウに、アイラスが苦笑して止める。ロッドがミュウを見て呆れたような笑いをうかべていたので。
「すまんなぁ。お宝言う言葉を聞くとついつい……」
 謝りながら苦笑すると、ミュウは手元にあったお冷を傾けた。
 ロッドは目でアイラスに礼を言うと、続きを話し出した。
「その宝について質問があったから先に言っておくが、その宝はどうやら持って帰れないものらしいんだ。なぜ持って帰れないのかはわかってないが。そして、その宝がある鏡の迷宮は光と闇で作られたところらしい。こちらも詳細はわかっていないけどな」
 ちなみに資料はこれだ、とロッドは古めかしい本を六人の前に提示する。
「迷宮のある場所はこの本に載ってる。が、それ以外の詳細情報はほとんど無いな。迷宮内は恐らく一筋縄ではいかないぐらい複雑な造りをしているんだろうが……まぁ資料があるということは帰ってきたやつもちゃんといるってことだ。何が起こるか分からないが、上手くやれば大丈夫だろうよ」
 説明は以上だ、とロッドは資料から顔をあげて六人を見た。どうする?と。
「持っては帰れない宝ですか、面白そうですね。鏡の迷宮とやらにも興味がありますし、ご一緒させていただけますかね?」
「あら、何だか面白そうな話しね?いつもならペットにもでも使いに出させるのだけれど、今回は特別に私直々に出向いてあげようかしら。だけれど、つまらない宝だったら承知し・な・い・わ・よ??」
「「持って帰れない」なんて、どないな宝なんやろね〜。植物とか、綺麗な景色とかでっしゃろか? 何にせよ、ソーンに来てから初めての宝探しやさかい、楽しみやわ〜」
「やっぱよ、宝つったら腹筋踊り狂う魅惑の親父レア筋アイテム★っつーのが聖筋界冒険アニキ浪漫じゃねぇかね?」
「ヘェ、宝探しね。一攫千金なんてモンは興味ねーケド、面白そーじゃん。持って帰れないものって言うんだから鏡の迷宮にしか存在できないモノってコトだよな? 光がドッカから入って迷宮自体が巨大な万華鏡みたいになってるとかだったらおもしれーのになー」
「鏡の迷宮って綺麗なところなんだろうなぁ…見てみたいなぁ……。綺麗なところにあるお宝だから…やっぱ金銀財宝?綺麗な宝石がいっぱい転がっているのかな?」
 ロッドの無言の問いかけに、六人はというと……行く気満々の様子である。誰も訊いていないのに宝物の予想までされている。
 それぞれの宝の予想を聞いたロッドは思わずぷっと吹き出すと、耐えられずに声をあげて笑い出した。
「まぁみんなで行って、宝がなんなのか見てきてくれ。で、後で俺に教えてくれないか?」
 そしたら情報料はとらないから、とロッドは笑い止むと言った。
 そんなロッドの言葉にオーマはどーんと胸を張った。
「おうよ!ちゃんとロッドの分も見てきてやるぜ」
「…オーマ、あんたコレの存在忘れてるのかしら?」
「……」
 どーんと胸を張ったオーマに、ユンナは具現能力を使ってカメラを出すとオーマに突きつけた。
「カメラに収まるぐらいの物だったら撮ってくるわ、ロッド。そうすれば行かなくても実物の宝が見れるもの」
 こうすれば物を写すことができるのよ、とユンナはロッドに説明をしながらオーマにある意味を込めた視線を送った。
 カメラの説明を聞いたロッドは少々驚きつつ、手にとって眺めていたが、そうそうと言ってアイラスに本を手渡した。
「ま、そういうことでよろしく頼むよ。迷宮の冒険が終わるまで本は貸しておくから」

【2】
 ロッドから依頼を引き受けた二日後。六人は本を頼りに鏡の迷宮へと向っていた。
 依頼を受けた次の日に出ようと考えていた四人であったが、アイラスとミュウが調べ物をしてから出発したい、ということで一日おいたのである。
「我侭言うてごめんなぁ。やっぱ行くからには調べてから行ったほうがええ思うてなぁ」
「わぁ……!すごいです!こんなに資料みつけたんですか!?」
「それほど多くの情報をみつけることはできなかったのですが、関連すると思われる情報を抜き出してきました」
 歩を進めながらアイラスとミュウが何枚かの資料を出して見せると、カルンが驚いて歓声をあげた。
「ふーん……鏡の迷宮っつーのは魔法が関与してるんだネェ」
「どうやらそのようです。その記述が確かであれば、鏡の迷宮は昔、ある賢者が魔法によって作り出したものだそうです」
 資料を見ながら言う紅瑠斗に、アイラスが応える。
「魔法によって作り出されたもの、ということはその賢者が生きていなきゃ今はその迷宮って存在しないんじゃないのかしら?」
「いい質問ですね、ユンナさん」
 紅瑠斗との会話を聞いていたユンナは、すかさずアイラスに向けて疑問をぶつける。魔法で作られたものならば、魔法を行使する人がいない限り、その迷宮は魔法が切れていて存在しないことになる。
 そんなユンナの質問にアイラスは笑顔で答えた。
「その賢者は鏡に魔法を組み込み、半永久的に作動するように仕組みを作ったようです。よって、魔法によって特殊な効果を得た鏡を使って作られた迷宮なので、今も確かに残っていると思います」
「ふーん、そうなの」
「なぁアイラス。そういう資料が残ってるってぇことはだ。他にもこの迷宮のある場所を知ってて、行った人ってぇのがいるんじゃねぇのか?」
 今度はユンナの質問の答えを聞いて、オーマが質問をする。
「そうですね……その可能性は否定できないですね」
「ってぇことはだ。元のまま残ってないってことも考えられねぇか?」
「……その可能性も否定できないですね」
 鋭いオーマの指摘に、アイラスは苦笑をうかべた。
「でもなぁおっちゃん。鏡の迷宮の場所、ロッドはんから借りたこの本にしか載っておらへんかったんよ」
 苦笑をうかべているアイラスの横からひょいっと顔を出したミュウが、ほれ見てみいと自分の持ってた資料を渡す。
「なるほどねぇ。確かにミュウの言う通り、他に場所の載ってる資料は無いねぇ」
「そうなんですか?あ、わたしも見てみたいです!」
 オーマはロッドから借りた本を見て、ミュウから渡された資料を見て確かめると、その隣でぴょんぴょんとジャンプして、なんとか資料を見ようとしているカルンに笑みをうかべて資料を渡す。
「ありがとうございます!……わぁ……本当だ!ここにしか載ってないですね!」
「そうやろ?」
 一生懸命に本と資料を見比べているカルンに、ミュウはにこっと笑みをうかべて同意を投げかけた。
「ま、そういうことやおっちゃん。鏡の迷宮いうのを知っとる人はいるかもしれへんが、場所まで特定されてるとは限らへんってことや。それにこの本にしか場所が載ってないいうことは、ある場所を特定できた人は極僅か。行ける人も極僅かってことやろ?」
「つまりミュウは元のまま残ってる可能性の方が高いっつーのが言いたいんだろ?」
「そういうことや」
 要約ありがとな、とミュウは紅瑠斗に言いながらオーマを見上げた。
「ねぇミュウ。後どれくらいで着くのかわかるかしら?」
 随分歩いたわよね、とユンナは歩きながらミュウに問いかける。
 六人が本の示す山に入ってから数十分、ずっと上りの道無き道が続いている。いつになったら着くのか、そろそろ気になり始めたようである。
「えーと、ちょっと待ってな。この方角を歩いてきて、大体これぐらいのはずやから……」
 ユンナに問われてミュウはカルンから本を返してもらうと、持参してきたコンパスで方角を確認し、進んでいる速さと距離に見当をつけると、この辺や、と地図を指差した。
「さっきおっきい岩の二つ三つ並んでるところを通りすぎて来たから間違いないと思うで」
「ああ、そういえばあったわね。こんな形の岩が」
 地図に目印として描かれていた岩の形を見て、ユンナは頷く。
「ではもう少し行ったところに入り口が見えてくるはずです」
「地図によるとこの先に行き止まりがあるらしいんよ。そこが入り口やと書いてあってな」
 本を見ながら歩くミュウとアイラスを先頭に、四人は地図が示す場所へと向っていく。
「あ!あれやな」
 位置確認をした場所からそれほど歩かないうちに、岩の壁に囲まれた、入り口と思われる縦穴が見えてきた。
「あれ?横幅がすごく狭いです」
「高さはあるのに、おかしいわね」
 縦穴の前に着いた六人は、その不思議な形の入り口に不思議そうな表情をうかべていた。
「なんとか通れるだろうけどよ。高さがあって横幅が無い洞窟の入り口なんて初めて見たぜ」
「今までにいろいろな所へ行きましたが……こういう入り口の洞窟は初めてですね」
「なんか意味あるんやろか?」
「魔法となんか関係あるんじゃネェの?」
 岩壁にぽっかりと開いたその入り口は、人一人が通れるぐらいの幅の、高さが一番背の高いオーマよりもある。
「ここに突っ立っててもしょーがネェし。行ってみようぜ」
「そうですね。この中のことは本には記されていませんし、行くしかなさそうですね」
「じゃあ俺が先頭を行くぜ」
 六人は、オーマを先頭にカルン、アイラス、ミュウ、ユンナ、そして最後尾に紅瑠斗といった順で入り口をくぐっていった。

「うわぁ……!綺麗綺麗っ!すっごい綺麗っ!」
「これ全部鏡で出来てるんか?」
「どうやらそのようね。あら、入り口で引っかけたのかしら?嫌だわ、もう」
 中に入るとそこは、一面鏡張りの世界であった。壁、床、天井、何処を見ても自分の姿が映っているのが見える。合わせ鏡の効果もあり、それほど広くない空間も目の錯覚でかなりの奥行きがあるように見えている。魔法の効果のためか、日が入っていないのにも関わらず辺りは真昼のように明るい。
 天井からぶら下げられた、鏡で出来たシャンデリアをみつけて思いっきりはしゃぐカルンに、張られた鏡を確認するかのようにコンコンと叩くミュウ。そして張られた鏡を見て入り口で髪の毛を引っかけてしまい、不機嫌そうに結い直すユンナ。
「魔法の組み込まれた鏡ってぇ言っても普通の鏡と変わらないねぇ」
「このシャンデリア、とても精巧なものですね」
「なんだか万華鏡の中にいるみたいだネェ」
 髪を直すユンナの隣で、オーマは腕を組んで辺りを見回し、アイラスはシャンデリアを見上げて見分している。紅瑠斗ははしゃぐカルンを見て笑みをうかべながら、合わせ鏡の空間を見回した。
「そろそろ先へ進みましょうよ。宝が何なのか早くはっきりさせたいわ」
「そうだネェ。じゃ行く……うおっ!?」
 髪の毛を結い直し終わったユンナは、まだ辺りを見回している面々にそう言うと、先へ続いているだろう道に向って歩き出す。
 ユンナの意見に賛同した紅瑠斗は、ユンナの後に続いて歩き出した。が、しかし……ふいに何かに跳ね返されて尻餅をついてしまった。
「っつー……んだよコレ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
 突然のことに対処できず、まともにぶつかってしまった紅瑠斗を見ていたカルンが慌てる。
「? なんやこれ?部屋の真ん中に見えない壁があるんか?」
 部屋の真ん中辺りの空間を叩いてみるミュウ。彼女の手は空をきらずにゴンゴンと何かにぶつかり、拒まれている。
 そんな様子を見ていたオーマたちも真ん中の空間に向って手を伸ばしてみる。
「ホントだねぇ。見えねぇけどここに何かあるな」
「部屋の真ん中で区切られているということは……入った時から既に別々の空間にいたようですね」
「もしかして、ここの入り口が狭かったのはそのせいなのかしら?」
 ぺたぺたと何かにあたる感触に全員が不思議そうな顔をする。同じ空間にいたはずが、いつの間にか分かれさせられていたとは……。
「俺たちはそっちに行けねぇし、お前さんたちはこっちに来れない。となると別行動しなきゃってぇことだねぇ」
「そういうことになるんやろな」
 こっちにも道があるで、とオーマの意見に賛同しつつ、ミュウは奥を示した。その道は、オーマたち側とほぼ同じぐらいの位置にあった。どうやら部屋の真ん中を基点として、対称に作られているらしい。
「じゃーこっちはこっちで動くからよ。どっかで合流出来たらしよーぜ」
「わかりました。三人とも気をつけてくださいね」
「そっちもな」
 やれやれと立ち上がった紅瑠斗はそう言うと、行動するのは早かった。
 アイラスにミュウが答えると、オーマチームと紅瑠斗チームはそれぞれ自分たちの進路の通りに奥へと進み始めた。

【3】
「オーマさん、先程から聞こうと思っていたのですが……」
「おう!なんだ?」
 紅瑠斗たちと分かれて歩き出して少し経ち、アイラスが苦笑をうかべながらオーマに話しかけた。
「その恰好は一体……?」
「お?これか?」
 アイラスに指摘され、オーマは自分の恰好を見てにやりと笑みをうかべた。
「家事をサボって出てきたからねぇ」
 そう言うオーマの恰好はというと。ピンクのフリフリレースのエプロンと、お揃いの三角巾。手に親父愛フライパンと桃色お玉を持ち……という装備状態である。
「今すぐそのふざけた恰好をやめないと……あんたの大事な人に言いつけるわよ?若い子と歩いてたとか……」
「!?」
 二人の後ろを歩いていたユンナは、くすりと小悪魔な笑みをうかべてオーマに言った。そろそろ我慢の限界よ?というメッセージも込めて。
 そんなユンナの言葉を聞いたオーマは驚いてユンナを振り返ると、慌ててラブリーなお料理装備をしまい込んだ。
「いやぁ……迷宮ってぇ割には道が真っ直ぐだねぇ」
「そうですね……」
「……ロッドの情報が間違ってたのかしら?」
 オーマはユンナの発言を誤魔化すように、先程から思っていたことに話題を切り替えた。
 だが、二人も同じことを思っていたらしい。ユンナは上手く誤魔化したわね、と思いつつ、アイラスはそんな二人のやりとりに苦笑をしつつ、ずっと続く真っ直ぐな一本道を進んで行く。
「どこもかしこも鏡張り……ってぇのに何かあるのかね?」
 オーマは立ち止まると、自分のすぐ左側の鏡を覗き込む。特に変わった様子は見られない。ただ、自分の全身が大きな鏡に映し出されているだけで。
「オーマさんもそう思いますか?」
 アイラスもオーマの隣で鏡を見ながら問いかける。
「ただの鏡が並んでいるようにしか見えないけど」
 ユンナはじーっと鏡を見つめて、それからぺたっと手の平を鏡につけてみる。
「やっぱり何も無……!?」
 手の平を鏡につけたまま、ユンナはオーマとアイラスを振り返ろうとした。がその時、鏡の中の自分がにやりと不気味な笑みをうかべた。
「ユンナさん!?」
「ユンナ!?」
 何か言いかけていた止めたユンナをおかしいと思い、二人は彼女の方を振り返ると……そこに、ユンナの姿は無かった。
「油断し……!?」
「!?」
 ユンナがいなくなってしまったことで二人に反省と動揺がはしった瞬間、間髪を入れずに二人の姿もそこから消えていた。

「ん……」
 ゆっくりと目を開けたユンナは、何が起きたのかしばらく把握できなかったものの、鏡に映った自分に、鏡の中に引き込まれたことを思い出した。
「すっかり油断しちゃったわ……」
 溜息をつきながらユンナは立ち上がると、辺りを見回した。
「あー!真っ暗で何も見えないじゃないのよ!」
 自分の足元が見えるか見えないかというほどの暗闇に、ユンナはぶつくさと文句を言いながら手にランタンを具現化した。
「これで明かりは大丈夫ね。問題は出口だけど……」
 ランタンの明かりで自分のいるところは明るくなったが、それ意外は暗闇のままである。どうやって出口を探そうか考えていると……突如人の気配が現れ、ぱっと後ろを振り向いた。すると……
「おう、無事だったかユンナ」
「オーマ!?」
 ぬっと現われたオーマにユンナは驚いて声をあげた。
「なんでここにいるってわかったの?アイラスは?」
「カンテラがそれだけ明るけりゃ目立つからねぇ。すぐに見つかったってぇわけだ。アイラスの奴は見てねぇな」
 カンテラを指しながら言うオーマに、そう、とユンナは答えた。
「とりあえず出口を探しましょ。アイラスならもう抜け出しているかもしれないし」
「おう、そうだな。だがよ、その前にお前さんに話がある」
「? こんなところで改まって何よ?」
 とりあえず前に向って歩き出そうとしたところで呼び止められ、ユンナはオーマを振り返った。
「話ってのはな。ヴァンサーソサエティの総帥の座を明渡してもらおうってことだ」
「……」
 振り返ったユンナの喉元にはいつの間に具現化したのか、刃物が突きつけられていた。
「それがあんたが一番欲しいと望んでるもの?大事なものなわけ?」
「おうよ!やっぱなるからには一番がいいんでねぇ」
「……なるほどね」
 ユンナはふっと笑みをうかべると、腰を落として手にしていたカンテラでオーマの手にあったナイフを飛ばし、とんっと軽い身のこなしで間合いをとった。
「鏡があるから出てくるかもとは思ってたのよね」
 ユンナはすっと身構えると、くすりと艶やかに笑んだ。
「本物にも容赦しないけど、偽者なら尚更容赦するわけにはいかないわね」
 オーマが愛用の銃を構えたのを見てユンナはすぅっと一息吸うと、とんっと地を蹴って空中に舞う。
 それを待っていたかのようにオーマはトリガーに手をかけ、照準をユンナに合わせたが……次の瞬間。ゴトリと重い音がして銃の前部がばらけて落ちた。銃が構えられるのを狙って具現化したナイフを投げたのである。
「これでお・わ・り・よ」
 最初の計略通りにいき、笑みをうかべたユンナは、先程出した油のたっぷり入ったカンテラをオーマの持っていた銃に投げつけた。
 オーマの銃とカンテラがぶつかった途端、火はあっという間に燃え広がりオーマの体は火達磨と化した。
「……」
 ユンナは思わず視線をそらすと、どこへとも知れず叫んだ。
「早くここから出しなさい!いくら偽者だって仲間の死ぬところなんか見たくないわっ!」
 その叫びが届いたのか否か……ユンナが叫び終わるのとほぼ同時であったか。バリーンッ!!と盛大にガラスの割れる音がして、辺りの景色は一転し……先程歩いていたところと同じような一面鏡張りの部屋に、気がつくと立っていた。
「ユンナさん、無事でしたか」
「大丈夫か?ユンナ」
 すっと魔方陣の上に現れたユンナの姿を見て、先にいたオーマとアイラスが駆け寄る。
 先程の光景が無くなってほっとしたのか、ユンナはそのままぺたんと床に座ってしまった。
「お、おい!」
 慌てたオーマがユンナの様子をみようとしゃがんだ時、ぼそり、とユンナは呟いた。
「あんたには一生無理よ!」
「うおっ!?」
 ごすっと鈍い音がしたと同時にオーマが壁際まで吹っ飛んだ。見事な正拳突きである。
 そんなユンナとオーマを見ていたアイラスは、一瞬何が起こったかわからずに呆けていたが……今見た事を理解すると苦笑をうかべた。
「……ユンナさん、何があったか話していただけますか?」

【4】
「これで全員揃いましたね」
「待たせちまって悪かったな」
「そんなのいいってことよ。じゃ、あの扉を開けてみようかねぇ?」
 ようやく合流できた六人は、オーマの意見に頷いた。
 前方にある扉の前まで行くと、オーマがその扉を押した。先程は押しても引いてもびくともしなかった扉だが……。
「あ!開いた!」
「六人揃ってないと開かへんようになってるんやね」
「随分凝った仕掛けね」
 扉が開いたのを見て、カルンが歓声をあげ、ミュウがなるほどな、と納得し、ユンナはふーん……と感心した様子で扉が開ききるのを見ていた。
 扉が開ききったところで、六人は一斉に歓声をあげた。なぜなら、扉を開けたそこに広がっていたのは……
「すっごいっ!すっごく綺麗っ!!!」
「見事ですね」
「洞窟の奥にこんな所があるなんてねぇ」
「姉貴が喜びそうなところだネェ」
「こないな花見たことないで!綺麗やなぁ」
「これだけの種類をよく集めたものね」
花々が我よ我よと咲き誇り、緑の葉が伸び伸びと育っている、花と緑の溢れる大庭園であった。
「ようこそ、試練を乗り越えた勇者様たち」
「あ!」
 見事な光景に目を奪われていた六人の頭上から、軽やかな声が降ってきた。
 六人は声に反応して上を見ると、そこには真っ白な天使の羽を持った女性が、長い金髪を風に流して降りてきた。
 ふわっと六人の前に舞い降りると、女性は微笑んで言う。
「ここはある賢者が作り出した、魔法の庭園です。ここにある物は全て幻影魔法によって構築されています。植物も、そしてわたしも」
 女性の言葉に六人は驚いて女性を見返した。
「幻影魔法?ここにあるもの、あなたを含めた全てがですか?」
「どう見たって本物にしか見えないんだけどよ」
 アイラスとオーマの言葉に、女性は答えた。
「はい、ここにある物全て。先程あなた達が通られてきた、光と闇の鏡の迷宮も幻影魔法です。この庭園に使われている幻影魔法とは違い、鏡の迷宮に使われている幻影魔法は心の強さを見るために構築されたものです」
「心の強さを見るためっつーのがここが作られた目的ってことかネェ?」
 女性の説明を聞いていた紅瑠斗はふと思ったことを訊いてみる。
 すると女性はそれもあります、と答えた。
「ですがこの鏡の迷宮は本来、強い志を育てるための場所です。自分を見つめ直し、自分の弱いところを知り、それを克服する……そして自分のこれからを考えること……それがこの場所が作られた目的です」
「じゃあこの庭園も何か意味があって作られているのね?」
「はい」
 ユンナの質問に女性は頷いた。
「この庭園は来る人によってその姿を変えます。その大きさも」
「? どういうことや?姿も大きさも変わるなんて」
 女性の言葉の意味がわからず、ミュウは首を傾げた。
「この庭園に生きる植物は、来た人のこれからの可能性を表わします。人数により大きさが変わり、人によって花の種類、咲く数が異なります」
「可能性を表わす庭園……」
 カルンは目に映る花々、草木を見ながら呟いた。六人のこれからの可能性がこの広い庭園に溢れているということは……。
「今までこの庭園がこれほど賑わったことはありません。皆様の未来は可能性に満ち溢れているようですね」
 女性は満面の笑みをうかべると、ふわっと羽を広げた。
「わたしは役目を果たしましたのでこれで。皆様はごゆっくりどうぞ」
 丁寧にお辞儀をした天使は上空に舞い上がるとその姿を風と共に消した。

「確かに持って帰れない宝物でしたね」
 鏡の迷宮から出てきた六人は満足したような表情をうかべていた。
 アイラスの言葉に、四人は肯定した。
「すごかったな。俺たちの可能性があんなにあるとはネェ」
「すっごく綺麗でしたね!また来たいなぁ」
「そうね。今度はオーマ抜きで来たいわ」
「そいつぁ俺のせいじゃないと思うんだがなぁ」
 にっと笑みをうかべる紅瑠斗、あまりの綺麗さに感動したカルン、オーマから視線をそらしつつ溜息をつくユンナと、そんな総帥の様子に苦笑をうかべるオーマ。
「ほな帰ろうか。ロッドはんに報告もせなあかんし。黒山羊亭帰ったらお疲れさんパーティーしような」
 漫才を繰り広げているオーマとユンナの姿に四人は笑っていたが、ミュウの提案を聞いた六人は、誰からともなく顔を見合わせると、元気の良い賛成の声を山へと響かせた。
 意気揚揚と山を降りていく六人を見て安心したのか、太陽は月にその座を明渡すように山の間に沈んでいくのであった。
 


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2647 / ミュウ・テティス / 女性 / 18歳 / 船付き楽師】
【1649 / アイラス・サーリアス / 男性 / 19歳 / フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳 / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2083 / ユンナ / 女性 / 18歳 / ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫】
【2238 / 月杜・紅瑠斗 / 男性 / 24歳 / 月詠】
【1948 / カルン・タラーニ / 女性 / 18歳 / 旅人】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
  いつもありがとうございます、月波龍です。
  納品が遅れてしまいすみませんでした。その分楽しんでいただけるように頑張りました。
  もし至らない点がありましたらご連絡ください。次回執筆時に参考にさせていただきたいと思います。
  楽しんでいただけたようでしたら光栄です。
  また機会がありましたらよろしくお願いします。