<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
その祭り、腹黒につき。
シャンシャンシャン。シャンシャンシャン。
ドンドンドン。ドン、ドドン。
――祭り特有の鈴の音や太鼓の音。
むわっとした気温さえも、元来祭りというイベントには付きものであるから不快にはならない。それどころか、テンションを高くする要因の一つとなっている。
「へい、らっしゃいらっしゃい! 人面草アイス、人魂型クレープ売ってるよー!!」
「っしゃーい、っしゃいっしゃいっしゃい!
兄さん達、クジ引いていかないかい、空クジなしだよ! 一回たったのコレぽっち! 買って腹黒極めてみないかーい!」
そんな声の飛び交う砂煙舞う道を、彼らはゆったりと歩いていた。
一人は、赤い浴衣。背に極道よろしくドのつくほど派手な昇り龍(やたら筋肉めいている)の描かれたそれに身をつつみ(ところどころ『オヤジ☆愛』だとか『来たれ筋肉!』だとか書いてあるけれど)悠々と歩く男。
もう一人はやたら毒々しい色をした林檎飴(らしきもの)を平然とした顔で(どころか、美味しいものに幸せそうな表情さえ見せている)青い涼やかな浴衣に身を包んだ、優男(しかしその視線は、次なる刺客、もとい次なる美味しいものを求めて鈍く光っていたりするから侮れない)。
「どうよ、アイラス」
「どうよ、とおっしゃいますと?」
「楽しんでんのかって聞いてんだよ。
この、むっちゃめっちゃミラクル腹黒筋肉大サービスてんこ盛りオバチャンおかわりもう一杯! あらあら良く食べる筋肉っ子だねぇスペシャル商店街の腹黒祭りをよ!」
赤い浴衣を着た男――オーマがエヘンといばって口にしたから、優男、ことアイラスは、にこりと笑って「えぇ、楽しんでます」と頷き返した。
そもそもこの二人が行動を共にするに至るには、そりゃもう数千字じゃ語りきれない事情と言うものがあるのでそこはそれで割愛するとして。
とにもかくにも、オーマとアイラスはこの祭りへと足を運ぶことになったのだった。
時折人面草や霊魂が飛び交っていたりするけれど、そこはそれ。
立ち並ぶ店のディテールが、マッスルむらむらピンク筋増殖中スペシャルゴールドであったりするけれど、そこもそれ。
売り手の兄ちゃん達が、ほぼ全員、魅惑腹黒筋ビーム炸裂★フェロモン散布中につき特別警戒中オ・ヤ・ジ筋ラブ男であったりもしたけれど、それだって、それ。
ここは腹黒商店街。
オーマの言うように『腹黒祭り』という名称が正しいものであるかそうでないかは定かではなかったけれど、せっかくの祭り、楽しまない手は無いのだ。
◇
一通りの食べ物を食べ、一通りのゲームをして遊んだ先。
ぐるぅりと一周半しただろうか。丁度並んだ出店の真ん中あたり。オーマは見つけたそれに、ヒョイと片眉を上げた。
的屋。――それ自体は何ら問題ない。
問題は、そこにおいてある景品だ。
「一等……腹黒ウキウキ爆裂きんにくん補充マックスゴールドベルト……」
「どうされたんです、オーマさん?」
隣でクレープをかじっていたアイラスが、突然足を止めたオーマに視線を向けた。赤い浴衣の男の視線の先にあるものを追ってみる。
金色で彩られたチャンピオンベルトのようなものの中央に、立体でムキっとポーズを決めた男のエンブレムがついているベルト。――腹黒ウキウキ爆裂きんにくん補充マックスゴールドベルト。
「あぁ……的屋ですね。あれでしょうか、あの一番小さい的を落とせば一等のベルトを貰える、という」
「アイラス!」
「はい?」
急にキラリと瞳を輝かせたオーマの思惑がすぐに読めたのか、アイラスは、可笑しげに小さく笑った。ぐっと拳を握ったオーマが視線の先にいる。
「やるぜ、俺ぁやるぜ!! つーか、俺がやらずして誰がやる!?
見ろ、あの、禍々しいまでの腹黒筋スペシャルベルト! あれをだな、本部の神棚に飾るのよ!!!!」
「本気ですか」
とりあえず聞いてみる。
「俺が本気じゃなかった時があるか!?」
答えなど分かっていたけれど、やはり本気らしい言葉に、アイラスが「こういうときはありませんね」と笑って返した。
「だろ! オヤジィ!!!! 俺に任せろ、俺があの一等の棚から救い出してやるからよ!」
――そしてお前に相応しい場所へ! 栄光の腹黒同盟へ!!
妙なモノローグとともに、オーマはチャラッと代金を投げる。
「あの的に当てりゃいいんだな? この吹き矢を!」
「おうよ、兄ちゃん、いい筋肉してんねぇ! そのマッスルパワーで一等持ってけドロボーってんだ!」
「よっしゃ!」
的屋の筋肉男の声に気をよくして、ストローのような筒を(筒の先に、立体的にキュッと脇をしめた腹黒筋男の飾りがついていたりする)持つオーマ。端を唇に当て、フッ! と全身全霊マッスル筋肉イロモノパワーを込めて吹いたそれは、僅か一等の横を抜けた。
「オーマさん、惜しい!」
「うるっせぇ、この俺に出来ねぇことなんかねぇえええええ!」
オヤジもういっちょやるぜ、と代金を払い――払い――払い――。
◇
「くぉら、オヤジィ! この筋肉ストロー、壊れてんじゃねぇのか!?」
「壊れてねぇよ、うちの筋肉に文句つけんのかよ!!!」
結局。
的にあてられないオーマと店主の大喧嘩へと発展していた。
「ざっけんな! 筋肉達磨がぁ!! いいかぁ、筋肉はなぁ、オヤジ愛はなぁ、そんなとってつけたようなもんじゃねぇんだよ!!」
「なんだと、この極道勘違い筋肉野郎が! てめぇで的に当てられねぇのを、てめぇのせいにしねぇなんざ、ろくな筋肉じゃねぇな!!」
ざわざわと筋肉が、もとい客達が集まりだす。
てめぇふざぇんな、とオーマが怒りの拳を男へと叩きつけようとした瞬間、だった。
「まぁまぁ、お二人とも。落ち着いて」
すっかりクレープを食べ終えたアイラスが、いつもの笑顔で止めに入ったのだ。
「止めんなアイラス、お前だって見てただろうが! このもやしっこ筋肉がなぁ!」
「はいはい、オーマさんの言い分はわかりますから。
……店主さん、この吹き矢じゃ当たらないと言っているわけです。確かにまぁ、オーマさんの腕もありますが」
「おいこらアイラス」
「それにしたって、この当たらなさは確立から言ってもおかしい。そこで、こちらで吹き矢を用意させていただくのはいかがです? それで当たらなければこちらも、そちらも、納得いくでしょうから。もちろん、普通の吹き矢ですよ。ちゃんと見ていただければ分かります」
オーマのツッコミをさりげなく無視して笑顔で話をすすめるアイラスに、店のオヤジも勝手にしやがれ、と鼻を鳴らした。
商談成立。
店のオヤジは、何も知らない。
オーマに具現能力があるということを。
アイラスが「見てもらえば普通の吹き矢だとわかる」と言ったことを。
見てもらえば。
見たら。
見た目は、普通の、吹き矢。
◇
「はーっはっはっは! 見たかオヤジィ! これがオーマ様の実力よ!」
「いや、とりあえず吹き矢吹いたのは僕ですから」
「まぁまぁカタイこと言いっこナシだぜ、アイラス」
コトがまとまったあと、オーマは吹き矢を具現した。普通の吹き矢だ。見た目は。
的屋が用意していたのとさほど変わらないその吹き矢を吹いたのはアイラスだ。
ふ、とアイラスの目が一瞬細くなって、メガネの先に一等の的が映った。ヒュウ、と軽く息を吸って、その筒へ唇をつけて、そして――
スポン!
と飛び出したのは、人魂。
それに続いて人面草、人魂、人魂、人面草。
すぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ!!!!
まるでピストルの連射にも近い、けれどかなり間の抜けた音が響き渡り、一等の的は見事に落ちた!
……一等どころか、飛び出した魂や人面草は、むふふんマッスル腹黒オ・ヤ・ジ・愛な雰囲気満載の祭り会場をいたく気に入ったのか、それぞれ散り散りになり、まず最初にこの的屋に飛びついた。
かなり多数の異形のものが飛びついたせいで、もともとの造りがあまり良くないその出店は、ギギィと音を立てて、そのうちメリメリいいだして、店主の筋肉達磨を巻き込んで相当の砂埃とともに朽ち落ちた。
するとその隣の店も、ロープで繋がっていたせいか、酷い音を立ててズゴォオンとぺしゃんこになってしまった。
もちろんそれだけで終わるはずもなく、その隣も、さらにその隣も――ようするに、オーマとアイラスの周りの店全てが、派手に倒れてしまったのである。
「ま、あれだよな。因果応報ってな!」
「確かにあの店主は筒に小細工をしていましたからね。あれくらいはあって当然でしょう………周りの店にはかなり申し訳ないことをしてしまいましたが」
「まぁ、そう言うなって。
おかげで、ほらよ、この、腹黒ウキウキ爆裂きんにくん補充マックスゴールドベルトも手に入れたんだしよ!」
どさくさにまぎれて奪ってきたそのベルトは、オーマのド派手な赤い浴衣を、さらに際立たせるように彼の腰で輝いている。
「……何はともあれ、楽しかったです。また、次の機会があれば」
「おう、そうだな。また腹黒ムラムラ筋肉フェロモン香り立つ景品をかっさらいに来ねぇとな!」
帰り道に話す二人の後ろを、人魂が優雅に飛んでいた。
――次の祭りがあったかどうかは、定かではない。
- 了 -
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