<PCクエストノベル(2人)>


とりかへばやものがたり 〜ミニ変化(へんげ)の洞窟〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2086/ジュダ       /詳細不明                】

【助力探求者】
なし

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 ――その波動は、遠い場所からアンテナへ飛び込んで来た。
 最近とみに増えてきたVRS、あるいはHRSと言った従来の法則には当てはまらないものたち。それらが発する波動は、ウォズが通常発しているそれとは似ているが異なる部分も多い。
 それらを純粋なウォズと区別するために、オーマ・シュヴァルツは実験的に、VRS特有の波動を割り出し、それが発せられた時には反応するよう、自らの身体に『楔』を打ち込んでいた。
オーマ:「おいでなすったな」
 またこんな事があるかと思い対策を取っておいて良かった、と思いつつも、「?」と首をかしげるオーマ。
 感じる波動は確かにVRSのものなのだが――だが、その波動の動きがなんと言うか、途中で3回転ループしているような、ムーンサルト技でもかけているような、要するに異様な動きをし続けているのだ。
 とは言え、どんなに訳が分からなかろうが、放置は最初から考えていない。
オーマ:「…仕方ねえ。なぁぁんか嫌な予感がするんだが、行くしかねえな」
 だが、今のオーマたちでは封印が不可な事は知っている。そうなれば――。
オーマ:「今日はどこにいるかな、あいつは」
 簡単に身支度を済ませて家を出ると、路地裏や孤児院の近くや、念のためと言いながら大きなゴミ箱の中を漁る。
オーマ:「いねえなぁ…」
 手間かけさせやがって、どこに行ったんだか、とそれからも暫く探し回ったが、目的の人物はどこにもおらず、オーマは仕方無しに調査だけはしておくか、と波動が感じ取れる方向へと進んで行った。

     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

ジュダ:「………」
 嫌な予感が、滅多に表情を変える事が無いジュダの身体でも感じ取れる。
 実を言えば、ジュダにとって『予感』や『予兆』というものはほとんどの場合意味が無かった。一時期はそうした事に頼ってはいたものの、彼にとってそれは本来『起こるべきもの』であり、世界が約定を果たしているだけに過ぎない。
 …筈なのだが。
 ジュダは、とある洞窟の前で長い間佇んでいた。
 彼の目の前にぽっかりと空いた闇――その奥には、この世界においても良く分からない作用をもたらす空間がある。
 体調に変調をきたす事無く、寸が3頭身にまで縮まってしまう、この洞窟を、訪れる者はミニ変化の洞窟と呼んであまり近寄る事は無かった。
オーマ:「む。何だ、おまえ最初からこっちに来てたのか。珍しいな…タイミングを計らずにまっすぐ来るなんて」
ジュダ:「…おまえは俺の事を、なんだと思っている?」
オーマ:「苦労せずに1番オイシイ所を持って行く最強の脇役だろ?」
 即答したオーマへ、ジュダは一瞬、ほんの一瞬だけぴくりとこめかみを震わせたが、その視線はオーマではなく洞窟へ向け、
ジュダ:「無駄口はいい」
オーマ:「あ、おい待てって」
 すたすたと先に立って歩くジュダを、オーマは慌てて追いかけた。

     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 気配はそこここにある。目で見るまでもなく濃厚に立ち込めてはいるが、様子を伺っているのか2人の前に姿を現してはいない。一歩進めば、一歩引く。その繰り返しを何度か続けていると、ざっ、と2人の後ろへも気配が回った。
 きりきりと歯車か何かの回る音に2人が振り返り――ほんの少し凍りつく。
 そこにあったのは、1台の小さな車輪付きの砲台だった。もちろんそこから感じ取れるのはVRSの気配、なのだが…その砲台をぐるりと取り囲むピンクと紫の桜吹雪が舞い散るペイントは、初めて目にするものだった。
 おまけにペイントの間には『喧嘩上等』と妙にくねった文字で書かれているし。
オーマ:「……」
 くるりと振り返れば。
 洞窟の奥へ向かって、こっそりとオーマたちを窺うように見て?いる兵器たちは、皆一様に派手なペイントでその身を飾っていた。他にも、小さなカラフルライトを取り付け、動くたびにそれが点滅するように仕掛けているものもいる。
 心なしか、VRSの波動の妙な雰囲気が増したようにも思える。
 『三十路モドキ上等』『腹黒下僕主夫合掌』『彼氏募集中』……べたべたと不思議な文体で描かれたカラフルなペイントを施した兵器が、姿を見せても尚するするとオーマたちが進むにつれて下がって行く。
ジュダ:「――まるで」
 ぽつりとジュダが呟いた。
オーマ:「誘われてるみたいだな」
 オーマが言葉を続けると、ジュダがこくりと頷く。奥には元々行くつもりでいたが、こうして誘われているのがあからさまに分かると、どうしても進みは遅くなってしまう。
 じりじりと、そんな心の動きをあらわすような歩みで、2人とVRSたちは奥へ奥へと移動して行く。
オーマ:「むう…この先には例の変な効果があるんだろ?一体何なんだヤツラの狙いは。まさかチビキャラ萌えとか言う訳じゃねえだろうし」
ジュダ:「…萌え?」
オーマ:「こっちの台詞だ気にすんな」
 そう言いながらも、先の見えない状況にオーマもぴりぴりと緊張気味で。
 ジュダは相変わらず表情の読めない顔をしつつ、周囲に注意を払い続けていた。

 そして――次第に、洞窟内の空気が変っていく。

 ざざざざざっ、と、想像していたよりも多くの影が動く気配もし、ただ暗がりだと思っていた所が急に明るさを増したのを見て、その部分を覆う程、自分たちの目の前に現れたペイントばりばりの兵器たちが連なっていたのを知った。
オーマ:「…っとっ」
 足元をささささっと駆け抜けた小さな部品めいたものをあやうく踏むところだったオーマがぐらりとバランスを崩して、すぐ隣にいたジュダにさり気なく支えられて、照れ笑いを浮かべる。
オーマ:「すまねえ」
 いや、と言う声が聞こえたような気がしたが、それを確かめる前に、オーマは…そしてジュダも目の前の光景に目を奪われていた。
 ――波しぶきが上がる、冬の岩場。
 何で洞窟の奥に?と言う風景が、目の前に広がっていた。具現侵食の波動と共に。
 ざっぱああああん……。

 どこか、奇妙な節回しの歌声まで聞こえて来そうな光景の前に広がる波が、泡のようなしぶきを高々と上げて、オーマとジュダの2人へ覆い被さって行く。

 その途端。
 洞窟に入った時から感じていた、もう1つの感覚と『それ』が混じりあい、2人は否応なしにそれに巻き込まれて行った。
 ――自分の身体が引き千切られるような、そんな感覚を必死で抑えながら。

     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 こつこつ、と頭を叩く感覚に、気持ち悪い、と思いながら身体をゆっくり起こした。
 洞窟の持つ特色、3頭身への変化が済んだからなのか、何だかあちこちに違和感がある。――3頭身になったにしては先程までと地面への距離がそう近づいていないようにも思うが、身長は同じで横幅が広がるタイプの3頭身なんだろうか――そう思いつつ、そう言えばVRSに囲まれていたんだったな、と思い、もやがかかったような頭をぶるんと振って。
 そして。見てしまった。
 まだ気がついていないらしく、地面に横たわって目を閉じている自分――オーマの姿を。しかも、頭身はそのまま、変化があるようには見えない。
ジュダ:「――え――?」
 思わずぺたりぺたりと両手で自分の顔を撫で回してしまう。そんな事をしたって自分の顔の造作など覚えている筈もないのに。
 きちきち、と自作の足らしきものを付けた兵器が、気を回してか、つるつるに磨き上げた側面を持ってずいと近づけ、そこに少し不鮮明ながら男の顔を写し出してくれる。
ジュダ:「…うーわー」
 そこには、目をまんまるにひん剥いて、口をぽっかり開けているジュダの姿があった。

オーマ:「…………」
 目の前には、起き上がってからこちら一言も口を開こうとしない『オーマ』の姿がある。やや憂いを含んだその表情と、むずむずするのか、頬やこめかみをぴくりぴくりと引きつらせながら、ぐるりと周囲を取り囲んだVRSたちに構う事無く床にぺったりと座り込んでいた。
ジュダ:「おおっ、お、うわ、マジだ。へえええ、ジュダの身体っつうのはこう言う動きに弱いんだな?ほうほう」
 その目の前には、オーマの冷たい視線を受けてもまるで意に介していない『ジュダ』が、腰をくねくねと動かして踊っていた。
 中身が入れ替わったのだと気付いたのは、気を失っていたオーマがようやく身体を起こした後の事。
ジュダ:「ジュダ」
オーマ:「――」
 『自分の』声に自分の名を呼ばれるとは思わなかったのだろう、やや戸惑ったオーマの目がジュダを捉えると、そのままぴしりと凍りつく。
ジュダ:「わははははははは!そ、そっちがジュダか!」
 次の瞬間、『ジュダ』は、腹を折って大声で笑っていた。
 結局、具現波動がこの洞窟内の効果と混じりあってこうした思いもよらない効果を生み出してしまったのだろう、と言う結論に達しはしたものの、そのあまりの効果に笑わずにはいられなかったのだ。
 その笑いをぴたりと止めたのは、きゅりきゅりと小さなキャタピラを動かし、あるいはしゃかしゃかと自走式に改造した身体で一斉に2人に近づいたたくさんの影に、改めて自分の今置かれている境遇に気付いたからで。
ジュダ:「お?やるってのか?つうか俺様じゃ何もできねえぞ。ジュダ――じゃねえ、『オーマ』。いつものように頼むぜ」
 これらひとつひとつを作り出すために使われた素材の事を思い浮かべながら、じりじりと包囲の輪を狭めてくる兵器たちをどうにかしなければ、とジュダがオーマへ声をかける。
 と――。

 すりすり。

ジュダ:「うぉあっ!?」
 紅白に塗り分けたカラフルな砲台の先が、ジュダの背に自分の身体を擦りつける。
 その瞬間、2人の周りを取り囲んでいたVRSたちが一斉に――ジュダの背にぴたりと張りついていたVRSに照準を合わせた。そして、そこからきゅらきゅらしゃかしゃかきぃきぃと動き回り、相手を押しのけはねのけ、オーマとジュダに少しでも近づこうと暴れ始めた。
オーマ:「………」
ジュダ:「………どういうことだ?」
 VRSたちの意識がピンク色に染め上げられ、そしてまた目の前にいるオーマとジュダの2人へ猛烈アタックをかけようとしているのだと気付いたジュダが、思わず声を漏らす。
オーマ:「…認めたくは無いが」
 オーマが自分の手で自分の顔を覆って、溜息を付く。
オーマ:「アレらは変容していたようだ。どうも、この世界は一部の者がイロモノ化する傾向にあるようだな」
 そう言いつつ、すっくと立ち上がった。はぁとマークが浮きそうな、ピンク色の背景にげんなりしたような顔をして。
 ざっぱーん。
 ざっぱーん。
ジュダ:「あの海に流しちまえば?」
オーマ:「この数をか?」
 具現波動によって生み出された地下の空間、浜辺へ投げようかとジュダが一基を持ち上げると、他の兵器たちも抱き上げて欲しいらしく足元に群がり、きゅりきゅりと音を立てながら不安定な身体を伸び上がらせて、そしてころんとひっくり返った。…じたばたと亀のように動くそれを、今度はオーマがふっと息を吐きながら元の姿勢へ戻してやる。
ジュダ:「つーか、イロモノはいろいろ遭ったが、まさかこいつらにまで懐かれるとは思わなかったぞ?しかも俺ら2人ともさ。そうは思わねえか?」
 どちらかと言えば、無条件で好かれるのはいつもならジュダの方だったのだが、中身が入れ替わってしまった事でその魅力も二分したのか、ほとんど同等の好かれようで。
 ぽんっ!
 一基が砲台から花束を具現化させてその身と共に投げ出すかと思えば、他の兵器たちが抜け駆けは許さないわよとばかりにその花をよってたかってむしりとり、
 つつつつ…ぴと。
 その騒動をよそ目にそっと近づいて2人の足元に擦り寄ったモノはフック付きのワイヤーに捕まり引きずられて輪の外へと消えて行った。
ジュダ:「っつうか…性別年齢の違いはなんとかなるとしてもだ、いくらなんでも種族を通り越して材質まで違うモノにナンパされてもなぁ…なあ、おまえいつもの調子でぱぱっとなんとかしてくれよ。あの書き割りみてえな妙な海もまとめてだな」
オーマ:「……残念だが。それはおまえの役目だ」
ジュダ:「…は?」
 きょとんとするジュダに、やれやれとわざとらしく溜息をついたオーマが、ちらとひんやりした瞳でジュダを見る。
オーマ:「この身体では駄目だと言う事だ。アレを行使出来るのはその身体だからな」
ジュダ:「じゃ、じゃあっ、俺様が何とかしないといけねえっつうことか?」
 こくりとオーマがジュダへ頷いた。
ジュダ:「そりゃ無理だってばよぅ。俺様ただの一般人だぜ?おまえさんの使うようなイカサマめいた力を扱えるわけねえだろ?」
オーマ:「問題無い。――おまえも使い方は知っている。オーマの身体にも『核』は存在する。そうだろう?」
 ジュダがかすかに目を見開いた。
オーマ:「適応さえすれば、対処のしようもあっただろうがな。――力を解放する術はおまえも知っている筈だ。さっさとやれ」
 やんわりと、身体によじ登ってきた兵器を下に降ろしてやり、そして、冷えびえとした瞳のままジュダを見る。
 こくり――と、ジュダの嚥下する音が聞こえた。

 ――力を、順序に従って解放すればいい。
 ふと力を抜いた彼の耳に、『彼』の声が聞こえて来たような気がして、硬くなっていた体がふっと軽くなる。
 そして感じ取った。ジュダの身体の中に息づく『力』、その、まるで宇宙の深遠を覗き込んでしまったみたいに底がまるで見えないそれに。
 ゆるゆると解放する。
 いつもジュダがやっているように、一瞬で行う事は出来ないが、それでも確実に力はジュダの内部から外へと流れ出して行った。
 すぅ、とオーマの目が細められる。
 それは品定めをしているようであり、いつかジュダがオーマへ向かって投げかけていた親しみの篭った視線とは対極にあるものだった。

     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

オーマ:「うぅ〜〜〜〜んっっ」
 すっきりさっぱりした顔でオーマが洞窟を抜け出て伸びをする。
 帰りのどこで元に戻ったのかは良く分からないままだったが、とにかくやっぱり自分の身体の方がいい、と満喫している横で。
 いつもよりも機嫌の悪そうなむっつりとした無表情で、ジュダが気持ち悪いのかしきりと自分の身体をぱたぱた叩いていた。
オーマ:「いやぁしかし勿体無かったな。ああ言う妙な連中も連れ帰ってみたかったんだが」
 力の命じるままにVRSを取り込み、そして具現融合してしまった空間を元に戻し――気付けば、その場にはオーマとジュダの2人しか残っていなかったのだ。
ジュダ:「そうも行くまい。アレが妙な作用を起こしていたとは言え」
オーマ:「いいじゃねえかラブ。愛は世界を救うんだぜ?」
ジュダ:「…………」
 じろり。
オーマ:「あ?なんだよその目はよぅ。俺様あれだって頑張ったんだぜ?仕方ねえだろ慣れてねえんだから」
 多くのVRSが次々と消えて行く中、じたばたともがいていた最後の数体のひとつが、他の仲間の背を借りて飛び上がり、ジュダの唇を含む顔全体に擦り付いたまま消えて行ったことは、ジュダにとっても面白いものでは無かったらしい。その上、オーマがわざとああ言う状態になるまで待っていたわけでもない事は分かっているから、言葉には出せないのだ。
 …それでも、元に戻った時に顔全体に漂うオイルの匂いには、ジュダで無くとも文句を言わずにはいられなかっただろう。

 そしてジュダは物言わぬまま決心していた。
 2度と、あの洞窟へは行くまい――と。

 ――と言って、他の場所に行ったところでここはソーン。何が起こるか分からないのだが――それは、言わぬが華かもしれない。


-END-