<PCクエストノベル(2人)>


呪われし体 〜封印の塔〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)   】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
ケルノイエス・エーヴォ
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 封印の塔と聞けば、エルザードに住むほとんどの者は知っている。みだりに立ち入る事の出来ない塔の中には、破壊するだけでは年月を経て再び復活してしまうような呪いの品をはじめ、様々な呪いのアイテムが封印されている塔だからだ。
 それは、塔がこの地に建てられていらいずっと続けられてきた儀式であり、だからこそあの塔に遊び半分で近寄ってはいけないと言われている。
 そこへ、あんなものが持ち込まれるなど…塔守のケルノイエス・エーヴォは考えもしなかったに違いない。
 そう、それは、嵐の近づいたある夏の日の事。

*****

オーマ:「…これ…封印の塔に持っていったらどうなるんだろうな」
 木のボウルの中で、一晩経っても何故かぐつぐつと煮えたぎっている真っ黒いスープを眺めながら、オーマ・シュヴァルツは悲愴な顔で呟いていた。
オーマ:「封印できるのか?…魔物化するのか?」
 妻のシェラが心を込めて作りすぎた料理がどうしてもボウル一杯分余ってしまい、精神的にも物理的にも入りきらなかったオーマが、頼み込んで次の日に回したのだが。
 何故かまだ煮立ってるし。
 でもどういうわけかスープ自体はすっかり冷めている。
オーマ:「中にナンカ棲んでて、呼吸してんじゃねえだろうな…」
 ありきたりの材料からあの破壊力抜群の料理が出来上がるまではまだいいとしても、最近その腕が上がったか、いっけん食べ物ですら無いモノに仕上がって来るのがどうしても不思議だった。
オーマ:「…そういや、あいつ、あの身体で具現が発露した事もあったっけな」
 それ以上は恐ろしいのであまり考えないでおこうと思いつつ、先程ぽつりと呟いた内容が今度は頭から離れなくなってしまっていて、きょろきょろと周辺を見回すオーマ。
 地獄の番犬様の姿は見当たらない。らっきー♪と思いつつ、ボウルを両手でちょんと持ってお出かけしようと移動した途端、どこかに出かけていたらしいシェラがばったりとオーマの前に現れた。
シェラ:「おや?…それを持ってどこに行くんだい?」
オーマ:「おうちょっと封印の塔に――ってげふんげふん。どうしたんだ、どこか行ってたのか?」
シェラ:「封印の塔?何かうちに呪いアイテムなんてあったかね?」
 かくん、と首をかしげながらも、シェラがオーマの手元に視線を注ぎ、
シェラ:「それにオーマ、スープを持ちあるくのは行儀悪いじゃないか。ちゃんと専用の容器に入れればいい話だろ?」
オーマ:「お、おう、それもそうだな」
 このままシェラが家に残っていてくれれば、と思ったのもつかの間。
シェラ:「楽しそうじゃないか。ちょっとあたしも付いて行こうかね」
 その、ほんのささやかな野望はがらがらと崩れ落ちた。だが、
オーマ:「いいんじゃネエカ?塔守も客が増えれば嬉しいだろう。そうだ、ほら、差し入れとかだな、持って行って…」
シェラ:「ああ、それはいい考えだねえ!じゃあ喜んでもらえるようにあたしが腕を振るうよ」
 ――面倒をかけるかもしれないから、そのお詫びに差し入れを持っていこうと思っていただけだったのに。何故かシェラはいそいそと嬉しそうにキッチンに立ち、オーマは弁解の余地などこれっぽっちも与えられないまま、いや寧ろどんどん悪化の方向へマッハダッシュかけている事に気付いて、荷物を作りながら悶えていた。
 ついでに腹黒同盟へ勧誘しようと思ってもいたのだが――おそらくそれは絶望的に無理だろう。
 早くも怪しげな香りが漂い始めた家の中で、弁当箱とバスケットをテーブルに置きつつ、オーマは深く深く溜息を付いた。

*****

オーマ:「ぐ――ぐはっ」
ケルノ:「……………」
 たっぷりと追加された愛妻弁当と共に塔へ訪れた2人は、封印するモノも無い様子に首を傾げられながらもケルノに歓迎され、丁度昼食時だった事もあってさっそくと弁当を開き。
 そして、ケルノはオーマの半分も食べないうちにリタイアし、本人は小食なのでと言いながら、顔を緑色にして食べていたオーマの目の前にすすす、と皿を滑らせ。
 ごくごくごくごく。
 食後に出されたお茶を、いつもの数倍は軽く飲んでから、ケルノとオーマはふぅっと溜息を付いた。
シェラ:「おそまつさま」
 シェラはシェラで、何故かちゃっかりと小さくて可愛らしいサンドイッチを1人分食べてお茶を啜っていた。もちろん、作ったのはオーマ。シェラ曰く、2人分を作りすぎて自分の分が無くなったので、オーマが不憫がって作ってくれたとの事。
ケルノ:「…随分と、個性的な味だったが。俗世ではこういう味もありなのか」
 まだまだ知らないものが多すぎる、とケルノが呟いてけぷ、と口元を押さえていた。
オーマ:「まあ、つーわけで俺たち今日は何にも封印を頼むモンがねえんだよな」
 シェラがいなかったら、頼もうと思っていたものはとうにオーマの腹の中でとぐろを巻いている。
ケルノ:「そ、そうか…それも珍しい事だな。まあ何も無いが寛いで行くがいい」
 自分と同じものを倍くらい食べて、まだ顔色の青いオーマにいたく同情した様子のケルノがゆっくりしていけと言い。重い身体をどうにかこうにか立ち上がらせようとする。そんな、シェラの手料理を食べた後のいつものひとときが訪れようとしていたのだが――。
シェラ:「――っ」
 ふいに、シェラが口元を押さえた。
オーマ:「どうした?」
 シェラだけはシェラの手料理を食べなかったのにと思いながらも、その様子にいち早く気付いたオーマがシェラに駆け寄ろうとして、
 ――どんっ!
オーマ:「え――?」
 俯き、口を押さえたままのシェラ。その片方のてはぴんと伸ばされ、近づいたオーマを思い切り突き飛ばしていた。拒絶するように。
シェラ:「来るな――来ないで――いやああああああああ!!!」
オーマ:「シェラ!?」
シェラ:「あたしじゃない、違う、そんなつもりじゃ――」
 何も無い空間を、腕を振り回して避ける。悲鳴を上げながら立ち上がり、いつもの敏捷さに似つかわしくないばたばたとした足取りで部屋の隅へ逃げ――ようとして、途中で糸が切れたようにくたりと崩れ落ちた。
 オーマが駆け寄って抱き起こそうとしたが、
ケルノ:「動くな!」
 青年の強い言葉に、ぎりぎりのところで指が止まる。
ケルノ:「落ち着いて良く見ろ。――呪いだ。避けろ、吹き上がってくるぞ!」
 何だって、と言う間もない。抱き上げようとした自分の手を無理やりぎゅっと握り締めて後ろへ転がった途端、倒れたシェラの腰の辺りから、ゆらりと宙に墨を撒き散らしたような黒い霧状のモノが浮かび上がってきた。
 それは次第に人の形を取り、黒一色ながらその服のヒダまでがはっきりと見えるようになって来る。
 そして。
オーマ:「…シェラ…か?」
 鎌ではなく、腕と一体化する金属製の長い爪を両腕に付けた、真っ黒い娘がすぅっ、とその場に浮かんでいた。
 その足先から細い糸のような黒いものが、シェラの腰へと繋がっている。床に横たわるシェラはまだ気絶から覚めないようで…そして、真っ黒い娘はまだ幼い顔立ちが残ってはいたものの、面影はシェラと瓜二つといっていいくらい良く似通っていた。
ケルノ:「驚いた。生き物から『呪い』が飛び出してくるなど、初めての事だ。まさか彼女は生き物ではない、などと言う事は無いな?」
オーマ:「冗談で言っていい事と悪い事があるぞおまえ。――それで。呪いの専門家だろう、どうすりゃいい?」
ケルノ:「前例が無いのだからな、分かる筈が無い。だが」
 アイテムを封じる時にも似たような事になる事がある、とケルノが呟いた。
オーマ:「そうなのか!?それで、どうやって退治した!?」
ケルノ:「出て来た魔物を弱らせて、アイテムごと封印した。今の状況に当てはめると、あの黒い女の子を倒すぎりぎりのところまで弱らせてから、彼女ごと封じると言う事になるが」
オーマ:「却ぁぁぁぁっ下に決まってるだろそんなもん!他にねえのか!?あの呪いとか言うヤツだけ引きずり出すわけにはいかねえのか!?」
ケルノ:「そうわめくな。長い記憶を探っている所だ」
 額に指を当て、古い記憶から何かヒントはないかと探し回るケルノの周りを、落ち着かないオーマがうーろうろと歩き回る。本当はシェラのところに行きたいのだが、そうすると上にいる娘がどういう動きをするか分からないために、ぐっと堪えて待っているのだ。
ケルノ:「…そうだな」
 暫く待って、ケルノがすっと顔を上げた。
ケルノ:「切り離しさえ出来れば何とかなるかもしれない」
オーマ:「そんなことはっ、分かってんだよっっ」
 ばしばし、と床を叩きながら訴えるオーマ。まあ待て、とケルノがそんなオーマを手で制し、
ケルノ:「切り離しをするためには、本人と見紛うだけの何かが必要だ。何か無いか?彼女に通じる手がかりのようなもので、今身に付けていないものがいい」
 要するにシェラと錯覚させられるほど、彼女の気配が濃いアイテムがあれば何とかなるかも、とケルノは言っているのだが、そのほとんどは彼女が身に付けているものだし、残りは家にある。そこまで取りに行くには少し時間が掛かりすぎる、と近くのものでどうにかならないかとぐるぐる首を回していたオーマだったが、ふと、あるものに目を止めてそれの側に近寄った。
オーマ:「…ケルノ、どうだ、あれは」
 そう言ってオーマが指差したのは、どうしても食べきる事が出来なかったシェラ渾身の手作り料理を指差した。一瞬渋い顔をしたものの、ちょっと考え、
ケルノ:「あそこまで個性が出ている料理となれば――やってみる価値はあるかもしれないな」
 そう言って、オーマに料理を取って来させた。
オーマ:「ケルノの方が近かったが、これも何か理由があるのか?」
ケルノ:「大ありだ。オーマだったか、君も彼女と強い絆を持っているだろう?だからだよ」
 分かったような分からないような説明を受けて、オーマが中身がこぼれないようにそっとシェラの側へ皿を運んで、床の上に置いた。
ケルノ:「よし。…やってみるか」
 いつもの儀式をする時のように、真剣な顔になったケルノが小声で何か聞き取れない言葉を呟いて行く。
 『――――――――』
 そして。今まで全くオーマたちに注意を払っていなかった娘が、きろりと白目の部分まで真っ黒な瞳を向けた。そのまま、たっと掛け出して、オーマたちの頭上へと飛び上がり、2人の脳天へ短剣を差し込もうとして来た。
 その優雅な物腰しと俊敏な動きも、シェラに良く似ている。
ケルノ:「遅い」
 そしてケルノが呟いた次の瞬間、娘の足はすぅっと皿の上に半分程残っている『何か』の中へと吸い込まれて行った。そこからじたばたともがき出ようとするが、料理皿の上で生きているように蠢いている『それ』にしっかりと掴まれていた。
ケルノ:「…『呪い』を捕まえる料理は初めて見た」
オーマ:「おうよ。流石はシェラの料理。破壊力抜群だぜ」
 感心している間にも、またずぼりと娘の影が料理皿からぬうと顔を出し――そして、その頭を、料理皿の中から現れた巨大な手がむんずと掴んで中へずぶずぶと沈めて行った。
オーマ:「…………見なかった事にしておくか。つーかあれ、封印できるのか?」
ケルノ:「問題無い。今までのアイテムと同じようなレベルだ」
 ケルノはあっさりと言い、料理皿をいつものように封印しにかかりながら、
ケルノ:「しかし、人の身で身体に呪いを宿すというのは並大抵の事ではないぞ。今までそのような兆候は無かったのか」
オーマ:「…何にも。つうか…いや」
 オーマは、シェラの過去についてはほとんど何も知らない。シェラの方から言い出す事が無く、それについてあまり何も考えた事が無かったために、心当たりはオーマには無かった。
 ケルノはそんなオーマの様子をちらと見はしたものの、特に何も言わなかった。

*****

 ―――――走り続けていた。
 いつからか、わからない。
 あたり一面の砂の上を、延々と走り続けていた。
 喉が渇いても。吐く息に、血が混じっても。
 素足の皮が破れても、ずっと。
 誰かが追いかけてくるから。
 私を殺しにやって来るから。

 逃げなければならない。
 走り続けなければならない。

 手には鎌を持っていても、切る事は出来ない。
 何故なら、追いかけてくる者は。

 ――この鎌で切られて死んだのだから。

*****

???:「シェラ」
 ぺしぺし、と頬を叩く感触で目が覚めた。いや、それよりも自分を抱き上げた腕の確かさか、それとも自分を呼ぶ声のどちらかで、覚めたのかもしれない。
シェラ:「―――――――ん」
 朝。
 そう、今は朝。
 起こしてくれるあいつの首にしがみついて、怖い夢を見たと甘えてもいい。
オーマ:「わはは。熱烈だな。だがそういう顔は他のヤツにゃ見せたくねえんだ。家に帰ってからの続きにしようぜ」
シェラ:「――え?」
 その言葉でぱちりと目を開ける。目の前にはオーマの顔、そして、肩越しにこほんと咳払いを繰り返す青年が顔を逸らしていて。
オーマ:「何だ何だ、疲れていたんならそう言えば良かったのによ。――さあ、帰ろうか。今日は早寝するぞ」
シェラ:「それは構わないけど…って、あたしは何で寝ていたんだい」
 オーマの手を借りて立ち上がると、何だか足元が覚束ない。
オーマ:「急にだぞ。急にそうなったんだ。仕方ねえから、ケルノと一所懸命起こしてたんだぜ」
 そう言いながら、オーマの目は労わるように柔らかく細められている。
 こんな顔をしている時は、大抵何かがあった印。それは分かっていても、今日は疲れているせいなのか問い詰める気にならなかった。
シェラ:「…ありがとうと言っておこうかね。ケルノに」
オーマ:「俺様は?」
シェラ:「あたしが急に気を失って起こさない夫がいたら、どうすると思ってるんだい?」
オーマ:「わ、わわ、わかったから鎌は振り回すな!じゃ、じゃあなケルノ。また何か面白いモノがあったら持って来るぜ」
ケルノ:「ああ。その時まで考えておこう」
 ケルノは、ぺらん、と腹黒同盟勧誘ポスターを広げて、ちょっと楽しそうに笑って見せた。塔を離れる事はできないが、そんな事はオーマも十分承知の上の話。
シェラ:「結局差し入れを持って行っただけかい」
オーマ:「まあ、いいんじゃねえか?本当はもう少し気晴らしになれば良かったんだがな」
 急いであの塔を出て来た事について、シェラが不審がっていないかどうか、それは今の様子からだけでは分からない。
 あの場にいて、また何か怪しげなモノが出て来るのが嫌だったから、と言うオーマの我儘にしか過ぎなかったのだが、シェラは思っていたよりもあっさりとオーマに付いて来た。
シェラ:「気を失っていた間」
オーマ:「うん?」
シェラ:「延々と続く砂漠の上を、素足で走ってる夢を見てた」
オーマ:「……そうか」
 その言葉を聞いたオーマが、わしっと手を伸ばしてシェラの肩を掴み、自分の方へ引き寄せた。
 2人が一緒に暮らすようになった頃に、シェラが何度も訴えていた『砂漠の夢』。
 理由は言わなかったが、その夢を見た後は、いつもの彼女とは違い暫く怯えるような様子すら見せ、その当時はあまり心の機微に敏感ではないオーマだったが、何故かそうしなければいけない気がして、時間が許す限り彼女の側に付いていたものだった。
 暫くそんな話は聞かなかったが、今回あの塔に行った事で、また何かのきっかけになってしまったのだろうか、とそんな事を思う。
オーマ:「次は俺様も一緒に付き合うぞ」
シェラ:「…あんたじゃすぐ倒れちまうよ」
オーマ:「そんな事はねえぞ?俺様これでも身体は十分鍛えてるんだからな」
 肩を抱くオーマと、その腕に自分の手を重ねるシェラ。
 そうして。
 お互いに肝心の事は言わぬまま、それでもこころは繋がったまま、2人は塔に背を向けて歩き去って行った。

 今はまだ。
 今はまだ、このままでいいと信じて。


-END-