<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


【情報を欲する美女X酒を呑む男】

 ――ザドス軍か‥‥。
 派手な衣装を纏った妖艶な美女は辺境の小国の事を考えていた。 彼女は戦乙女の旅団出身であり、騎士団では参謀的な存在として知られている。青い瞳は凍り付くように冷たい光を放ち、優美な風貌に浮かぶ表情は、人形の如く滅多に変化する事はない。
「金がねぇならとっとに帰りやがれッ!」
 考え事をしながら町を散策するレニアラの耳に怒声が流れて来た。洒落た紫色の帽子から青い瞳を流す。瞳に映し出された酒場の入口から、ガッシリとした男が転がり出された。砂埃が舞い、何とも不様な光景だ。
「‥‥憐れな」
 一言呟くと、優麗な巻かれた腰ほどまで届く銀髪を揺らし、レニアラは再び歩き出した。刹那、背後で男の大声が響き渡る。
「何だよッ! 少し位は大目に見てくれても良いじゃねーかよ! いつも贔屓にしてんのによ! 金が無きゃ追い出すのかよッ!!」
 ――この声は!?
 美女は紫のマントを翻し、優雅な動作で振り返る。青い瞳に映る男には見覚えがあった。白虎模様の鎧と如何にも粗野そうなボサボサの黒い短髪、小麦色の肌に模られた若干精悍な風貌。尚も彼は拳を振り上げ怒鳴り散らしていた。レニアラは軽い溜息を吐き、傍へと歩み寄る。
「どう解釈してもおまえが悪いように聞えるがな、シグルマ」
「んだとぉ! てめぇ喧嘩‥‥レニアラじゃねーか?」
 苛立ちも露に拳を握り締めて顔を向けたシグルマは、美女の顔を見た途端に戦意を掻き消した――と、言うより、呆然としたと例えるが正しいか。

「アセシナート公国とザドス国の繋がりだあ?」
 喉を鳴らしてエールを一気に飲み干した後、シグルマは細い片眉を跳ね上げ、訝しげな顔色を向けた。レニアラは銀貨をカウンターを置き、酒場の店主に口を開く。
「エールを足りるだけ飲ませてやってくれ」
「おい! 俺は引き受けるなんて一言も‥‥」
 冷たい視線が青年を射抜く。
「ザドスとは辺境の小国らしいが、アセシナート公国と友好的な関係と聞く。噂だけなら問題は無いが、両国が本心から友好的とも考えられなくもないからな」
 説明する美女の話を聞いているのか否か、シグルマは差し出されたジョッキを掲げると、再び喉に流し込んだ。爽快げに感嘆の声まであげるが、それでもレニアラの表情は普段と変わりなかった。
「けどよ、そんな知る人間も少ねぇ小国なんざの何を気にしてんだ?」
「‥‥不穏な動きに変わりはない。ザドス国に美味い酒があるから飲みに行ったらどうだ?」
 テーブルに置かれたのはズシリと重い巾着だ。男は二ッと不敵な笑みを浮かべると、ゴツイ手で巾着を掻っ攫うと共に腰をあげた。
「ついでだから、酒と肴の相性も調べておくぜ」

●ザドス国へ
 道程は険しいものだった。
 暫らく荒地を進み、用意した非常食も底を着く頃、ようやくその小国が黒い瞳に映ったものだ。シグルマは馬に鞭打ち、腹を背中に預けたまま、グッタリと門を潜った。門番は旅人が既に息絶えたと思った事だろう。
「おい、生きているか? 何処から来たんだ?」
「‥‥へへッ、ちょっと酒を呑みに‥‥な」
 二タリと力なく微笑むと、青年は再び頭を垂れた。
「おーい! 酒を飲みに来た旅人が気を失ったぞー! 国に入れるから誰か酒場に案内してやってくれーッ!」
 ――普通は教会か病院じゃねーのかよ?
 と突っ込む気力もなく、シグルマは馬に身体を預けたまま、小国へと入国する事となった――――。
「おぉーらッ、みんな飲みやがれ! 俺の驕りだぜッ!!」
 巾着をそのまま店員に渡すと、ウェイトレスの娘は先ず重さに瞳を丸くし、更に中を見て慌てたという。次々にテーブルへエールが並び、何度目かの乾杯を交しながら、グビグビと飲み干す。トレイを胸に抱く少女も惚れてしまいそうな飲みっぷりだ。
「ところでよぉ、聞きたい事があるんだけどよ」
 隣の席でホロ酔い気分の男に太い腕を絡め、シグルマが切り出す。
「この国はアセシナートと友好的な関係とかぁ? いや、ザドスに行くって言ったら教えられてよぉ」
 一気に沸き上がっていた熱い空気が鎮火する。店内を包み込むのは静寂だ。キョロキョロと視線を流し、気まずそうに青年はおどけて見せる。
「おいおい、噂だろーよ? 気にするなって! ほら、飲んでくれよ! 看板娘の嬢ちゃん、酒とツマミだ!」
「え? は、はい! ただいまッ」
「おまえさん、旅の者だってな」
 少女が慌てて駆け出す中、壮年の男が静かに語り出す。
「‥‥何も知らないのか、何か調べているのか‥‥まあ、どっちでも構わないがな」
「何か知っているのかよ?」
 シグルマは瞳を研ぎ澄まし、男の顔を覗き込んだ。すると、別のテーブルで男が口を開く。
「知ってるも何も、この国の民なら誰もが周知の事さ。誰も好き好んで口にはしないがな」
 次々に酔いの所為か、男達は話し出した。青年は差し出されるジョッキを煽りながら耳を傾ける。
「この国はな、昔は違う名前の小さな平穏な国だった‥‥」
「平穏過ぎたのかねぇ、賊が侵入したと気付いた時には城は攻められてな。王は殺され、応援を呼びに出た者も殺されたって話だよ」
「今の国王は賊の頭がやってんだがね。身を護る為にアセシナート公国と何度か国交を果たしたって噂さね」
「小さな国の話だ。巧く揉み消したってな。その証拠に、国王は民に悪政を働き処刑となった事にされてるさ」
「‥‥でも」
 割って口を開いたのは、ツマミを盛った皿をテーブルに静かに置いた少女だ。青年はズラリと並んだ酒を再び飲みながら視線を流す。
「でも‥‥抵抗しない民には危害は加えないそうです。そりゃ、賊ですから逆らって捕えられれば女子供でも酷い目に合うそうだけど‥‥」
「‥‥自分達が安全なら、例え賊が仕切っていても構わねぇか?」
 娘は黙りこくり俯く。助け船を出したのは初老の男だ。
「若いの‥‥小さな国とはいえ、事情は色々とあるものだ。よそ者に話せるのはあくまで噂までだ。首を突っ込まぬ方がいい」
 何やら知っているような口振りだが、話し方からして簡単に教えてくれそうもない。否、教える事はないとシグルマは察した。
「‥‥なるほどね。おい、嬢ちゃん! 酒だ!!」
「え? お客さん、まだ飲むんですか? 新しい樽を開けなきゃ」
 青年は二ヤリと笑みを零す。
「そりゃいいや! 樽だ! 樽ごと持って来やがれ!」
 その日、小国に『樽飲み男』の伝説が刻まれた――――。

「‥‥なるほどな。つまり、アセシナートとの同盟を望んでいるが、公国は未だ返事を出していないと」
 シグルマの話を聞き、レニアラは豊かな膨らみを抱くように腕を組むと、シャープな顎に親指を当てた。背中越しに青年は口を開く。
「ああ、同盟を結べる位の見返りをよこせってやつだぜ」
「‥‥話は読めた。これで酒でも飲んでくれ」
 銀貨を渡すと、美女は風の如く離れて行く。
「レニアラ、おまえは何を探っているんだ?」
 青年の声にレニアラは立ち止まり、ボリュームのある波うつ銀髪を揺らして青い瞳を向ける。
「‥‥また何かあれば酒代を払わせてもらう」
 その青い瞳は鋭利な刃の如く冷たかった――――。
 

<ライター通信>
 この度は発注ありがとうございました☆
 はじめまして♪ 切磋巧実です。
 先ず、これはシチュエーションノベルだという事を踏まえて下さい。情報は得られましたが、全て民の噂レベルで真偽は定かではありません。
 さて、いかがでしたでしょうか? このようなシチュノベが来るとは予想もしておりませんでした。興味を持って頂き、有難うございます。発注内容がシグルマさんメインに記されておりましたので、レニアラさんが目立っていない事はご了承下さい。
 冒頭から情けない登場で、酒ばかりカッ食らう彼ですが、イメージを逸脱していなければ何よりです。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆