<PCクエストノベル(1人)>


忌まわしき施設 〜フィルケリアの村〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【助力探求者】
なし

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 ユニコーン地方を語る時に、必ずと言っていい程ミステリーとして語られる話がある。

 それは、ごく普通の村でしかなかった筈のフィルケリアの村。
 公国との戦に巻き込まれたかして、今は住む者とていない村の跡になっているが、何故かこの村は公国摂政のエッケハルト・ベルリヒルゲンの出身地なのだと言う噂がまことしやかに囁かれている。
 そして、それと共に語られる、フィルケリアの村に隠されているという宝の存在が、公国が表立ってエルザード領に入ってこなくなった今となっても村へ戻ろうとしない事の不思議さも含めて、何か裏があるのではないか…と言うのが、ひそやかに語られている噂だった。
 そして、現在もまだエッケハルトに関する事を探っている者が1人ならずいる、という噂も信憑性の高いものとして巷に流れていた。
 そんな話に、最近、不穏な噂が付きまとい始めた。
 最初に誰が語り始めたのか分からない。どうしてその事を知っているのかさえも不明なままだったが、その噂の内容とは、
 ――エッケハルトの事を追跡調査していた者が次々に行方不明になっている、というもの。
 それも王室関係者や、彼らに依頼されたらしい冒険者たちが複数消えていると言う事だった。
オーマ:「噂としては知っていたが…本当だったのか」
青年:「はい」
 こくりとオーマ・シュヴァルツの前で神妙に頷いたのは、まだ年若い青年。普段は門番や衛兵として城を守護する役目に付いている下っ端の兵士である。
青年:「自分の従兄も密かにその任務に付いていたのですが、ある日ふいと消えたきり行方が分からなくなっているんです。いなくなる何日か前に、特別な役目に付いた、と嬉しそうに語っていたんですが」
 当然の事かもしれないが、現在は公国の宰相になっている男を大っぴらに調べる訳にはいかず、これと見込んだ兵士や冒険者などを秘密裏に使い、彼の事を今の動向も含め調べている。もちろん、噂――何故エルザード領が彼の出身地であるという噂が立っているのかも含め。
青年:「悔しいですが、自分は王宮を動かせません。まして、国際問題になりそうな微妙な事を、自分が表立って動く事も出来ないんです。…お願いします。従兄の事、他の行方不明者の噂、調べてもらえませんか」
 深々と頭を下げる青年に、オーマがにこりと笑って、
オーマ:「そんな恐縮する事はねえぜ。俺様なら身軽だしな」
 ぽんぽんと青年の肩を叩いた。
オーマ:「その従兄が最後に向かったのはどこか分かるか?」
青年:「はい。もう1度村を調べてみると前の夜に言っていたので、恐らく――」
オーマ:「フィルケリアか」
 自分も友人と共に行ったことのある村をふと思い浮かべて、オーマは小さく呟いていた。

*****

 村は相変わらず閑散としていた。土が掘り返された跡があちこちに見られるのは、今も時折宝捜しがなされているからか。人がいなくなって崩れかけている家からは、何かがでて来てもおかしくない雰囲気を感じ取れる。
 ――以前来た時と大差ない雰囲気。それ以上のものは感じ取れない。
オーマ:「………」
 だが、オーマは顰め面をしながら、しきりとうなじに手を当てて撫でていた。
 何も感じ取れない筈なのに、どこかがおかしいと体が囁いている。
 それはオーマの本能が教えてくれたものなのか。…だが、そうと気付いてももう遅い。
オーマ:「!?」
 突如、足元が崩れた。いや、歪んだ、と言った方がいいだろう。
 『それ』は、村の形をした何かだった。駆け出そうとしたオーマを、『村』が包み込み、ごくりと飲み込んで満足そうに身体を震わせ――そして再び沈黙した。
 元の、何も違和感を感じさせない村の姿へと戻って。
オーマ:「――――っつつ…」
 それから、少し後。
 頭の中を揺さぶられる感覚で気がついたオーマは、目の前に広がる光景にゆっくりと目を見開いた。
 つやつやぬめぬめとした空間。網の目のように張り巡らされた、血管のようなもの――どこか、生き物の胎内を思わせる場所だった。
オーマ:「ご招待してくれたってわけか…それにしても悪趣味な」
 ここまでくればいかに偽装していても分かる。具現で作り出された亜空間だと。
 村の方の偽装は完璧に近く、オーマですら良く分からなかったのだが。
オーマ:「…お」
 立ち上がり、辺りを見渡した所で、少し離れた場所に何人もの人が倒れているのが見えて、そこへと向かう。
オーマ:「おい、生きてるか?」
 恐らく、最近になって行方不明になった者たちだろう。いかにも冒険者然とした姿のものもいれば、商人ふうだったり旅人のように見えるものもいる。
 その中に、相談に来た青年と面影が良く似た男を見つけ、やっぱり、と呟いた。
 だが、オーマの問いかけに答えられるものは誰1人としていない。――皆、衰弱こそはしていないものの、気を失ったままだったからだ。
 してみると、オーマが気がついたのは、この空間に流れる波動に耐性があったからか…。
オーマ:「まいったな。俺様が全部抱いて帰らねえと駄目か」
 どうやって皆を外へ連れ帰るか、1人を抱きかかえながら思案しているオーマが、ほんの少し眉を寄せる。
 この空間に、他の者がいることに気付いたためだ。
 そして、『彼ら』はゆっくりと歩いてオーマの目の前に現れた。
???:「…ようこそ、お客人」
 かっちりとした公国の軍服。表情を感じさせない声、そして何より、その顔を覆うマスクが陶器人形のような無機質さを醸し出していた。
オーマ:「よう。ご招待ありがとさん。――わざわざこんな場所にこんなモンを作るっつうのは、大変じゃなかったのか?」
???:「大したことは無い。実験が思ったより上手く行っただけの話だ」
 体型から皆男と思われる3人は、一様に同じ姿をして、ぴしりとした姿勢でそこに立っている。
???:「それにしても、キミが現れるとは思わなかった。少しばかり、表に出すぎたようだな」
オーマ:「うん?俺様の事良く知ってるようだな」
 男たちが何をするか分からないままに、目に見える範囲の人間は守ろうとじりじり姿勢を動かしながらオーマがにやりと笑って訊ね。そしてその答えに、少なからず驚いて僅かに目を見開いた。
???:「知っているとも。キミの元仲間から聞いた話だ。キミは随分と目立つ存在だったらしいな」
オーマ:「…元…仲間?」
???:「ソサエティから捨てられた者。VRS実験のために材料として提供された者。――そして、こちら側の思想に共鳴した者。いずれも公国の大切なお客人だ。ウォズも含めてな」
オーマ:「!」
 懸念していた事ではあった。
 元いた世界では、ソサエティという機関が全世界にネットワークを作っていた事もあり、せいぜいが有力者や政治家と裏で繋がっている程度で、ヴァンサーたちは彼らが想像していたよりもずっと厳しい管理下に置かれていた。
 そのため、どのような思想であっても表立って問題を起こしたり、一部の派閥がクーデターを起こすなどと言う事はまず起こり得なかったのだが…ソサエティの権限が大きくない異世界にあって、ヴァンサーの役目から解放されてしまった者の多くは今も戸惑っていると聞く。
 ただウォズを狩れば良いだけの生き方はもう出来ないのだから。
 そうした中で、公国側に与するものが出ないと、誰が言えよう?
 現に、公国とエルザードとの間に『壁』をつくり、ウォズの越境を止めた後でさえ、公国側が作り出したと思しきVRS――HRSのような被害者は今も尚増え続けているのだから。
???:「ひとつの実験は成功したが、それがためにキミのような者まで吸い込んでしまう結果になった。仕方ない。――この実験場は破壊しよう」
 苦い顔で考えていたオーマの耳に、そんな言葉と、右奥へ飛んだ風切り音が飛び込んで来て、はっと顔を上げる。
???:「ではさらばだ。運が良ければ再び遭えよう」
 男たちは、手に何かを持ちつつ後退した。オーマが止めるよりも早く、壁を透過して消えて行く。
 途端。
 ぴしり、と空間にヒビが入った。
オーマ:「事を構えるより先に逃げたか。畜生、やりやがるな」
 具現で作られた空間を壊され、亜空間に投げ出されれば、オーマはともかくこの場にいる者たちの生命に支障をきたすおそれがある。この空間を詳しく調べる時間さえ与えられなかったオーマが歯噛みしつつ、ぐいとその場で無理やり自分の秘密の部屋へ空間を繋ぎ合わせ、次々とその場にいる人々を放り込んで一旦空間を閉じた。この具現空間の中はまだ広く、オーマの目に届かない場所にまだ人がいないとも限らないからだ。
オーマ:「ったく。後始末ばっかりさせるんじゃねえよ」
 その巨体をいかしてずんずんと先に進みながら、ぴしりぴしりとどんどん亀裂が広がって行く空間の中を駆け抜けていく。
 そして――最後の行き止まりで、ぴたりと足を止める。
 そこは、男たちの言う『実験室』の中でも1番それらしい場所。何の飾り気もないベッドや良く切れそうな刃物、消毒薬の類が並び、そこで既にいくつかの『実験』が行われた痕跡があった。不要な部分は処分されてしまったのか、この室内には見当たらない。…恐らくは、最初に行方不明になった者のうち何人かはここで消えてしまったのだろうと見当が付く。
オーマ:「――そう、か」
 背後がどんどんと亜空間に飲み込まれて行く中で、オーマはそこが中心核にあたるらしい壁へ手を置いた。
 そこには――1体の、ウォズがいた。いや、ウォズと言うのは正確ではないかもしれない。何故なら、その、壁に埋め込まれていいる…壁から『生えている』ウォズは、紛れもなく人間の気配も同時に漂わせていたからで。
 オーマがそのウォズに触れると、弾かれたようにウォズがかっと目を見開いた。こうして本体に触れれば分かるのだが、こうしたウォズと人間の気配を持つ異端が放つ具現の気配は、恐らくほとんどのヴァンサーに気付かれない可能性がある。
 …過去にも、禁断の恋に落ちたウォズと人間の間に生まれた子が、生まれつきヴァンサーたちに気付かれない具現波動を発していたように。
オーマ:「困ったな…おまえさんも連れ帰ってやりたいんだが」
 空間そのものが『彼』から出来ている事も、その空間が男たちの仕掛けた何かによってぼろぼろと壊れていく様子も分かるだけに、どうしようも出来なくてオーマが困ったように微笑む。
 ――あの子は、通常の封印ではどうにもならなかった。ために、親子共々ヴァレキュライズが絶対封印を仕掛けていた。…今もあの場所は断ち切り禁止になっている筈だ。
 声が出せないらしいウォズが、ぱくぱくと口を開いて何かを訴える。
オーマ:「どうした?」
 聞こえないだろうに、そうやって耳を近づけるオーマ。――その耳に、ウォズががぶりと噛み付いた。噛み千切るだけの力はないものの、歯を当てた箇所からじわりと血が伝って行く。
 ――こくり、とウォズの喉が動いた。

*****

青年:「――…う…」
 呻き声を上げ、身体に違和感を感じつつ、ひとり、またひとりと身体を起こして行く人々の前で、オーマがにまりと微笑んでいた。
オーマ:「おう、気がついたか。どうだ?まだ具合悪いところはねえか?」
 あなたは?という疑問符だらけの顔が次々とオーマを見、そして――人面草が心配そうに寄り添っている現状を見て飛び上がった。
 そして気付く、と言うより気付かされる。ここが化け物屋敷とも例えられるオーマ・シュヴァルツ病院だと言う事に。
 腕は確かだという評判はあるのだが、入院だけは絶対にしたくないと言う噂の。
オーマ:「皆、名前と住所は言えるな?ちなみに今日は――日だが、いつから家に戻ってねえのか覚えてるか?」
 そんな病院の、どう表現したら良いか分からない内装にも目を凝らしていた男たちがオーマの言葉ではっと我に返る。
 数日前から、長い者は何週間か家に帰れなかったと言う事に気付いたためだ。
 そうして、連れ帰って来てくれたオーマに何度も礼を言いながら、逃げるように病院を出て行く者の中で、ひとり、帰りかけた男――兵士の従兄らしき男が振り返った。
男:「お世話になりました。城の関係者は本当にオーマ殿の世話になりっぱなしですね」
オーマ:「なぁに。こうして居住や営業を許可してもらってんだ、こっちこそ恩返しさせてもらってんだから気にするな」
男:「そう言うものですか?こちらの方がずっと恩義を感じなければいけないことが多いですが。今回のことにしても――」
 詳しくは話せなくてすみませんが、と男が申し訳なさそうに言い。
男:「これだけはお教えしておきます。今後も気を付けて欲しいのですが、シャッテン・レギールンが秘密裏に活動しているという噂もありますので、公国の事に踏み込もうとした時には特にお気を付け下さい」
オーマ:「おう。そっちも気を付けろよ。あんまり従弟に心配かけねえようにな」
男:「…はは。分かりました。では」
 玄関が閉められて、急に静かになった室内で、オーマが見送った姿勢のまま考えに耽る。足元をわさわさと人面草が移動して行く事も気付かないまま。

 シャッテン・レギールンとは、その存在さえ定かではない噂の秘密組織の事だった。構成人数も名前も、顔さえも定かではない公国の暗部の1つ。
 ただ、唯一上がっている名前があり、その名こそエッケハルトであり、今回訪れたフィルケリアとの関わりを噂される男だった。
オーマ:「あいつらがそうだったのかね」
 亜空間内で耐性を付けるためなのか、それとも顔を隠すためだけなのか、同じ仮面を付けてオーマへ話し掛けてきた男たち。下手にオーマへ手を出す前に、あっさりとあの実験場を破棄して去った手並みを考えれば、ほとんど間違いないように思える。
 そして。
オーマ:「おまえさんのような被験者を出し続けてるんだろうな…」
 静かな怒りを込めて、手元を見た。
 そこにあるのは、小さな、オーマの手にすっぽりと入ってしまうくらい小さな銃の姿。
オーマ:「すまねえ。こんな形でしか、連れ帰る事が出来ねえで」
 その言葉に、小さな波動が応えた。
 破壊されていく自らの身体を止めるためか、オーマの血を体内へ取り入れたウォズは、小さくなって行く自分の体の中の一部をオーマへと提供した。
 モノ扱いされ、最初から最後まで実験材料としか認識されなかったウォズが、初めて出会った存在のオーマへ、全力を尽くして差し出したモノは、ほとんど結晶化して今にも崩れそうだった臓器の一部。
 ――そう。
 『彼』は、自ら望んで、オーマの手の中でVRSと化したのだった。実験室に残された金属片をボディとして融合し、その中に収まる事で。それだけの力を、想いを呼び込んだのは、おそらくオーマの持つ血によるものだったのだろうが。
 他の強い意識を持つVRSと違い、彼は自らを動かす事が出来ない。せいぜいがオーマへ寄り添い、引き金を引いてもらう事で弾を打ち出すだけ――それさえも、弾を打ち出した後の彼が無事でいられる保障など無い。
 それでもあの場で朽ちるよりは、と、オーマへ身を投げ出した彼は、こんな姿になっても、オーマの手の中でほんの少し嬉しそうに、ふわりと柔らかな波動を投げかけていた。


-END-