<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


ローズクォーツ・ローズ

●事の発端
 聖都エルザード、アルマ通り。
 その日の白山羊亭は極めて混雑していた。
 バーテンやルディア・カナーズを始めとするウェイトレス、ウェイターがオーダーを書き止め、また食事を運んだりとせわしなく立ち回る。
 そういうわけで、客達は相席を余儀なく強いられたのであった。

「あの、失礼ですが……冒険者の方、ですよね?」
 白山羊亭の小洒落た円テーブルで食事をしていた5名に、その青年は話しかけてきた。
 彼は空いている一席に腰掛けると、暫くためらっていたものの、突然堰を切ったように話し始めた。
 青年は、名をリード・ロウといった。あちこち旅をしては古き伝承や胸躍るような冒険譚など、見聞きしたことを元にリュートの調べにのせて歌を紡ぐ者――ようするに、吟遊詩人なのだという。

 ある日のこと。
 リードはふらりと立ち寄った小さな村の酒場で、こんな噂話を耳にした。
「おい、聞いたか? 『ローズクォーツ・ローズ』の話をよ」
「ああ、この間まで村に滞在していた冒険者様ご一行が見つけたっていう、幻の薔薇のことだろ。今更、知らねぇもんはいねぇさ」
 二人連れの男。うち、片割れがグラス一杯の酒を豪快に飲み干すと、くっくっと笑う。
「けどよ、発見された場所っていうのが『幻惑の森』だろ。腕に覚えのあるもんならともかく、俺たちみたいな一般人にゃ、逆立ちしたって手に入れられんよ」
 男が溜息混じりにうっとりとした目で空を見つめれば、もう一方も「違いねぇ」と何度も頷く。
 何の力も持たない者には、雲を掴むような話だ。
 リードは無謀だったのかもしれない。けれども職業柄なのか、もしくは性分なのか、事の詳細を男達に尋ねずにはいられなかった。
 彼らに酒を勧めつつ、得られた情報は2つ。
 まず、1つ目は『ローズクォーツ・ローズ』について。別名『愛の宝石薔薇』といい、その名の通り花弁が紅水晶のように光り輝いている。これが所有者に愛を運ぶというのだ。愛を運ぶ――つまり、恋愛成就のお守りみたいなものなのだろう。村に古来より語り継がれている伝説の花だが、村人の殆どが伝説そのものを知ってはいても、ならば実物を見たことはあるかといえば皆無に近かった。
 2つ目は『幻惑の森』について。村の外れに位置しており、何らかの魔力によるものなのか、侵入者を惑わせるといういわく付きの森である。それ故、村人達はこの現象を森の精霊の仕業と考え、悪戯に踏み込むことは決してしなかった。

「とまぁ、そういうわけで幻の産物といわれるからには何としても一度、拝んでみたいものです。ですが、独りでは心細くて……。よろしければ、ご同行願えませんでしょうか?」
 かくして、幸か不幸かたまたまこのテーブルに居合わせた者達を巻き込んでの冒険譚が、ここに幕を開ける。

●幻惑の森
「うーん、森林浴というのも、たまには良いものですね」
 気持ちよさげに両腕を天へ突き出し、思い切り伸びるアイラス・サーリアスを、腹黒同盟相方のオーマ・シュヴァルツが、やや呆れた視線を投げる。
「あのな……そういう発言は時と場によるもんだろ」
「でも、本当に気持ち良いですよ。まるで心が洗われるよう」
 夫である藤野羽月(とうの・うづき)に守られるように、彼の背後を歩くリラ・サファトが、アイラスに賛同する。
 一同は件の森を進んでいた。獣道である。踏み込む者が殆どないため、木々が鬱蒼と茂ってはいたが、かといっておどろおどろしいという雰囲気ではない。葉と葉、梢と梢の間を縫って、天より陽光が漏れている。これで遊歩道でも備わっていれば、ちょっとしたハイキングコースとなるに違いない。
 迷わぬようにと小太刀で幹に印を付けつつ、羽月がそんなことを考えていると、最後尾を務めていたユーアが金の双眸を細めた。
「どうにも、先程からおかしいと思わないか?」
 彼女の鋭い発言に、皆の歩みが止まる。
「そういえばこの大木の前、さっきも通ったぜ。ほら、このうろの形がハートマークっぽいじゃねぇか。ちょっぴり可愛らしいなー、なんて思ったのを俺は覚えているぜ」
 うろを指差して自信満々に答える浪漫兄貴(というか、親父)を完璧に無視し、アイラス。
「僕達は、森の幻に取り込まれてしまったということでしょうか……」
 落ち着いた彼の言葉にリラが両手で口を抑えて、はっと息を飲み込んだ。前方の羽月が振り向き様、「大丈夫」とでも言いたげに小さく頷いて、リラの手を握る。リードはただ黙って事の成り行きを見守っていた。

 不意に、風が出てきた。森の奥からである。一同の髪を、頬を撫で付け駆けて行く。微風ではあるが、爽快感よりもむしろ重圧感を与えるものだ。心なしか、息苦しささえ覚える。
「嫌な雰囲気だ。急ごう」
 ユーアに促されて、再び歩を進める……はずが、なぜだろう。足が動かない。否、足だけでない。体全体が金縛りにでも掛かったかのごとく、指一本すら力が入らないのである。
 いつしか、風の勢いが増している。荒ぶる風鳴りは、木々の悲鳴にも似ていた。

●似て否なる者
 ごう、という突然の突風。思わず片腕で目を庇う。
 次に目を開けた時、羽月は独り、森の中に立ち尽くしていた。皆、どこに行ってしまったのだろう。そういえば、あれ程までに荒れ狂っていた風が、嘘のようにぴたりと止んでいる。
 いよいよもって、この状況は奇妙だ。

 暫くはその場で仲間の名を呼んでみるも、自分の声が虚しく木霊するばかりで返事はない。
 冒険者として長きに渡って様々なものを見聞きし、体験している彼にとって、幻惑の森とてただの森。とはいえ、独りで先に行くわけにもいかない。何より妻や、皆の安否が気がかりだ。
(「さて、どうしたものか」)
 考えあぐねて、ふと前方に視線を移す。古ぼけた大きな姿見が据えられているのである。どういう仕組みなのか、鏡の中に映っているのは自分の姿のみで、周りの景色はない。
 闇に浮かび上がるもう1人の『彼』が、羽月を見つめ返している。
「…………!?」
 何と、『彼』が姿見を抜け出して、ゆっくりとこちらへ歩いてくるではないか。
(「魔物の一種なのだろうか」)
 羽月はいつでも抜刀できるように、腰の刀に手をかけた。代々、藤野家長子に伝わる神剣、非天である。
 『彼』はほど良く羽月との距離を保って止まった。刀での一撃目が届くか届かないかの、すれすれの間隔である。これが偶然でないならば、この人物もまた、かなりの使い手と見て良いだろう。
 眉根を寄せ、嫌悪感をあらわにするも、すぐさま平静を保つ羽月。

 無言のまま、どちらも動かない。どれだけ刻が過ぎただろう。それとも、ほんの数分だったか。
 不意に、羽月が踏み出しざま、非天を抜き放つ。
 風を切るより早く、金色の炎の残像と共に『彼』めがけて斬りつけた……はずだった。だが、『彼』もまた非天に酷似した刀を抜刀し、羽月の一撃を寸でのところで止める。
 組み打ちでも、力は押しつ戻されつの互角であった。
(「この勝負、集中力を欠いた者が負ける」)
 羽月は奥歯を食いしばり、両手に全身全霊を込める。
 と、『彼』が邪悪な笑みを浮かべて青の双眸に暗い影を宿しているのが視界に入った。この戦いを心底楽しんでいるといった様子だ。
「私は私1人で充分だ、2人も要らぬ」
 羽月のそれは、静かではあるが鋭利な刃よりも鋭い声音であった。
 『彼』が臆することなく口を開く。
「お前は自分自身を嫌っている。自分を嫌悪している者が、他人を愛せるとでも思っているのか?」
 ――キィン!
 刀同士が火花を散らして離れると、隙を見紛うことなく『彼』が一気に踏み込んでくる。
「愛とは何だ? 夫婦とは何だ? お前は何を想い、労わり、生きている? それは未来があるのか? 全くの無駄手間ではないのか?」
 ――キィン、キィン、キィン……
 連続的に繰り出してくる敵の強引な攻め技を受け流しながら、羽月は徐々に後退していった。明らかに押されている。
 この戦、負けられない。少なくとも、愛しい妻の無事を確認するまでは……貴女に、もう一度会うまでは!

 どこか遠くで、不思議な旋律が響いている。穏やかながらも、内から湧き上がる激しい感情に満たされる美しい曲だ。
 初めて耳にするものだった。羽月の知らない異国の言葉を、リュートの調べに乗せて誰かが紡いでいる。
 その時、『彼』が微かに苦悶の表情を浮かべた。
 羽月は一瞬の間を見逃すことなく、『彼』の剣を弾き飛ばす。
「私もまだまだ修行中の身。故に、そなたの問いに答えたところで、望むような物言いは出来ぬであろう。しかし、何を言われようとリラさんは私にとって大事な女性であることに変わりはない!」
 深々と貫いた時、敵の姿はもうなかった。
 歌だけが、羽月を優しく包み込んでいく。

「お帰りなさい。お見事でした」
 気が付くと、リードが微笑みながら見下ろしていた。羽月は柔らかな草の上に寝かされている。その状態のまま、ゆっくりと頭を廻らすと、馴染みのメンバーの面々がそこにあった。
 真っ先に目に入ったのは、妻の無事な姿。羽月が目を覚ましたことに気付かないらしく、今はオーマと共に懸命にアイラスの介抱をしている。
 そこから少し離れた場所に、ユーアが硬い表情で腰を下ろしていた。
 リードに手を貸してもらいながら、上半身を起こす。なぜだか彼は右頬を腫らしていた。だから、真面目くさった台詞もいまいち決まらない。
「不変の心は何ものをも穿つ、か」
「え?」
「貴方には、助けはあまり必要なかったかもしれませんね。とにかく、ご無事で何よりでした」
 意味深な笑みを残して踵を返すと、リードはリラを呼ぶべく彼女の元へ向かっていく。羽月が目覚めた旨の知らせを受けると、もの凄い勢いでリラがこちらに飛んできた。
「羽月さん! どこも痛くありませんか? お怪我は? ご気分は?」
 開口一番、これである。今にも泣きそうな面持ちの彼女に、思わずくすりと笑みを漏らす。
「大丈夫。どこも痛くない。リラさんがずっと側にいてくれるなら、気分も悪くない」
 羽月の声を聞いて安堵したのか、リラもつられて笑う。泣き笑いを浮かべると、夫の胸へ飛び込んだ。

「つまり、貴方方が見たものこそ、森の作り出した幻影だったというわけです」
 一騒動の後、ゆったりとした歩調で森の奥を目指す道すがら、リードが口を開く。
 曰く、己が一番見たくないものを見せる呪いが、森全体にかかっているというのだ。
「ただ、これは森そのものが見せる自然的な幻惑ではありませんね。誰かが意図的にやっているとしか思えません。それも、非常に力のある者が、です」
 頷くオーマの隣で、支えられているアイラスが腑に落ちないといった複雑な表情を浮かべる。羽月とリラは顔を見合わせ、ユーアは依然、むっつりと沈黙したままだ。
 なぜ、リードだけは幻影に捕らわれなかったのだろう。羽月は薄れる意識の中、はっきりとリュートの調べを聞いた。一行の中でリュートを所持する者はリードのみ。そして、あの旋律が自分を現実世界に引き戻してくれたのだとしたら? 『彼』が苦しげな表情を浮かべたのも、そういえばあの歌が聞こえた直後である。
 けれど、羽月はその疑問を口にはしない。皆が無事だった。それで良いではないか。この怪しさ満点の吟遊詩人とて、少なくとも自分達の敵ではないはずだ。
 羽月がリラの手を優しく握り締め、またリラも羽月の手を握り返す。今度こそ、繋いだ手を放さぬように。

●幻の薔薇
 朝露を乗せたままの紅透明の花弁が、柔らかな陽光をさんさんと浴び、反射している。
 幻惑の森を抜けた先、一行が目にしたものは、花と緑で溢れかえった秘境であった。
 辺り一面が不思議な色合いの薔薇で埋め尽くされており、その上を大小の蝶が飛び交っているのである。
「綺麗……」
 と、興奮のあまり、羽月の腕にしがみ付いたリラはそれっきり、言葉を失っている。
 楽園、と表現するのが相応しかろうとアイラスは思う。
 誰も、何も言わない。各々の溜息だけが漏れてくる。ただただ無言のまま、いつまでもこの情景を見ていたい。

 すると、どこからともなく声が聞こえた。
「貴方達はだあれ?」
 舌足らずの幼子のような声音で、語りかけてきた者。身の丈30センチ程度の少女で、背中に透明な羽を生やした生き物が、蝶に混じって一行の周りを飛んでいたのである。それがせわしなく動く度、星屑のような金の粉が舞う。
「何だ、このみにっこいのは?」
「レディに向かってみにっこい言うなぁっ!」
 オーマの素直な質問に、間髪入れず突っ込みを入れるそれ。
「全く、これだからおっきい族は困るよ」
「『おっきい族』?」
 首を傾げるユーアに向かって、みにっこいのがびしっと指し示す。
「フェアリーよりおっきい種族。つまり、キミ達のこと」
 フェアリーとはご覧の通り、羽を有した小人族で、花、もしくは木から生まれる。普段は森に住んでいるため、街中でその姿を目にすることは滅多にない。自然を愛し、綺麗なもの――例えば、宝石など――を好む。警戒心が強いが、それ以上に好奇心が強く、情に厚いので、ひとたび仲良くなれば生涯の友となるといわれている。非常に魔力の強い種族だ。冒険者であれば、実物を拝んだことはなくとも、この程度の知識は文献や噂などで知り得ている。

 リラは臆することなく微笑むと、右手を差し出した。
「可愛らしいフェアリーさん。私はリラ・サファイトです。よろしければ、貴女のお名前も聞かせていただけますか?」
 彼女の行為に、最初は疑心暗鬼だったフェアリーも、皆が次々と自己紹介したことですぐに警戒心が解けたのだろう。今では薄紅の大きな目を、更にくりくりさせて、冒険者達に興味津々といった様子である。
「私はピアチェっていうの。よろしくね」
 聞けば、ここには元々、魔術師が隠者として庵を構えていたのだという。森全体にかかっている惑わしの魔法は、侵入者が迷い込んで来ぬようにと施したもの。俗世を離れたが故、居を荒らされたくなかったのだろう。
 この花園も彼の持ち物であったのだが、5年前にこの地をピアチェに託して出て行った。以来、彼女は独りでこの花園を守っているのである。
「死ぬ前にもう一度、ハツコイの人に会いに行くって言い残していったんだ。このローズクォーツ・ローズっていう薔薇もね、おじいちゃんが……あ、おじいちゃんっていうのは、その魔術師の人のことだよ――ずーっとずーっと前に、ハツコイの人からもらったものなんだって」
 甘酸っぱい恋の思い出がこもった花。ローズクォーツ・ローズが、愛の宝石薔薇と伝えられている所以だ。いつ、いかなる方法で伝説化したかは、今となっては定かでないが。
 できれば一輪、妻に上げたいものだと思っていた羽月であったが、これは諦めるべきであろう。そんな話を聞いてしまっては、摘み取るわけにはいかない。
 羽月の心の内を察したのか、ピアチェがくすくすと笑った。
「キミ達もこの間のボウケンシャって人みたく、薔薇が欲しいんでしょ? 別に良いよ」
 『この間のボウケンシャ』とは、酒場の2人組みが話していた例の冒険者達のことである。
「良いのか?」
「うん。このお花は、おじいちゃんにとって大切なものには違いないけれど。でもね、薔薇を綺麗だねって言ってもらえたこと、私は凄く嬉しかったんだ。今まではこんなにも頑張って咲いているのに、その姿を褒めてくれる人が誰もいなかったんだもん。それって、悲しいことだよね」
 沈むピアチェに、リラがそっと手を差し伸べる。羽月はそんな妻の姿を微笑ましく思うのであった。
(「本当に、何と美しい花なのだろう。人々が魅了されるのも分かる気がする」)
 目を細めて、大輪の薔薇に顔を近づけるはユーア。つややかな花弁が自分の姿を幾重にも映している。
「森に在りしは森に生きてこそ、と思っていたんだが……まぁ、ずっとここを守っているあんたがそう言うんなら、間違いないんだろうな。見る者のない花は、ただそこにあるというだけであって、そこら辺の石ころや名も知らぬ雑草と同じってわけかい。花があり、愛でる奴がいて、初めて花そのものの価値が生まれる。……いやぁ、俺ってば詩人だねぇ」
 花を例に、森羅万象の事柄について悟りの境地を披露するオーマ。後半、アイラスの白い目が酔いしれるメラマッチョ親父に向けられていたのは、言わずもがなというべきか。

「美しいものを拝見したおかげで、良い歌ができましたよ」
 リードが満面の笑みでリュートを抱える。弦の張りを調節し終えると、おもむろに奏で始めた。気を失っていた時、耳にした歌とは異なる雰囲気のものである。泣きたくなるような、それでいて癒されるような、そんな曲だ。
 透明な歌声が柔らかな旋律に絡み合う。
 切ない悲恋が時を経て成就するという情熱的な抒情詩を、朗々と歌い上げる吟遊詩人。その横で、オーマの支えから解放されたアイラスが、取り出した横笛に口を当てた。即興とは思えぬほど、2人の紡ぎ出す音色は厚みを増し、溶けていく。
 ――ざあぁぁ……
 薔薇が風にさらされ、一斉に花弁が空へ舞った。
 たおやかに、軽やかに、幻想的な余韻を残して。

●帰路
 皆が大ぶりの蕾付きの苗を手に、幻惑の森を抜けた頃には、陽がすっかり傾いていた。オレンジジュースをぶちまけたような西の空と、濃い闇に染まる東の空。ピアチェの無邪気な鼻歌だけが響いている。
 結局あの後、どうしても外の世界を見てみたいというピアチェたっての希望で、こうして連れて来てしまったというわけである。リードの肩にちょこんと止まって、上機嫌そのものだ。

「そういえば、リードさんはお花を見つけてどうされたかったのですか?」
 率直な質問を、並んで歩くリラがリードへとぶつける。
「いや、お恥ずかしいことなのですが、実は愛の歌を奏でてみたいと思ったのですよ。私は今まで一度として愛をテーマにしたものを作り上げたことがなかった。私ごとき若造が、果たして愛などを歌い上げても良いものなのかと、どうにも敬遠していた節がありましてね。酒場の男達の噂話を聞いて、ああ、これならと。愛の宝石薔薇というくらいですから、愛でることができたなら、あるいは何か得られるものがあるんじゃないかってね」
 夕焼けに照らされたリードの顔色までうかがい知ることはできなかったが、きっとほのかに頬を染めていたことだろう。
 照れ隠しなのか、歩む速度を上げると、さっさと行ってしまう。
 リラは小さな笑みを浮かべ、羽月を見上げた。
「羽月さんは、なぜお花を見つけたかったのですか?」
 リードへ向けられていた質問と同じものである。
 羽月は、今回の冒険に興味を持った経緯を、妻へ吐露した。
「幻の薔薇とは、どのような色合いでどのように光り輝くか、私も見てみたかったのだ。それに……」
 言葉を切ると、真っ直ぐにリラを見つめる。
「愛の花なら、是非リラさんにあげたいものだと。成就はしているが……何をあげても足らぬ様な気がする」
 握り締める羽月の手に、やんわりと力がこもった。左薬指のリングがきらりと光る。
 ほんの些細なことでも、リラにはいつだって幸せでいて欲しいと願う。自分が側にいることで彼女が満たされるというのなら、決して離れはしない。それでも、もし、悲しみに暮れることがあれば、全てを包み込むのだ。
 リラは羽月の腕を取って、離れてしまった皆の輪へと戻っていく。弾む足取りは、心境を表しているのだろうか。
 願わくば、貴女の笑みが消えぬように。


―End―


【登場人物(この物語に登場した人物の一覧)】

◆アイラス・サーリアス
整理番号:1649/性別:男性/年齢:19歳(実年齢:19歳)
職業:フィズィクル・アディプト/腹黒同盟の2番

◆オーマ・シュヴァルツ
整理番号:1953/性別:男性/年齢:39歳(実年齢:999歳)
職業:医者/ヴァンサー(ガンナー)/腹黒副業有り

◆ユーア
整理番号:2542/性別:女性/年齢:18歳(実年齢:21歳)
職業:旅人

◆リラ・サファト
整理番号:1879/性別:女性/年齢:16歳(実年齢:19歳)
職業:家事?

◆藤野 羽月
整理番号:1989/性別:男性/年齢:16歳(実年齢:16歳)
職業:傀儡師

※発注順にて掲載させていただいております。


◇リード・ロウ
NPC/性別:男性/年齢:23歳
職業:吟遊詩人

◇ピアチェ
NPC/性別:女性/年齢:7歳
職業:花の守り手


【ライター通信】
 初めまして。新人ライターの日凪ユウト(ひなぎ・―)と申します。
 この度は、白山羊亭冒険記『ローズクォーツ・ローズ』にご参加いただきまして、誠に有り難うございます。そして、お疲れ様でした。
 今回、私の初のソーン作品ということで、いかがでしたでしょうか。なかなか執筆のコツというものが掴めず、四苦八苦しながらも皆様の素晴らしいプレイングに助けていただき、作成することができました。
 また、森の幻惑シーン及び、ラスト一部分は個別にて展開させていただきました。お時間がありましたら、他のPC様のものもチェックしてみて下さい。

 補足になりますが、ローズクォーツといいますと、半透明な薄ピンク色のものが一般的に知られております。愛情の守護石、つまりパワーストーンなど飾り石として広く使われているものですね。但し、稀に透明なものや結晶しているものが採れることがあるそうです。作中の薔薇の花弁の色合いは、後者を想像していただければと思います。

 リラさんを大切に想う羽月さんの気持ちのこもったプレイングを拝見して、幸せな気分にさせていただきました。ご馳走様です。いえ、カップル同士でご参加いただいたのは初めてでしたので、貴重な経験をさせていただくと共に、描写していて非常に楽しかったです。少しでもお気に召していただければ幸いにございます。
 なお、違和感などありましたら、テラコンにて遠慮なく著者までお申し付け下さいませ。

 それでは、またご縁がありましたら、どうぞよろしくお願い申し上げます。


 2005/09/12
 日凪ユウト