<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『桃色クラゲをゲットせよ!』



◆オープニング

「同行者モトム!ホワイトビーチで、珍種のピンクのクラゲを捕獲してくれる人募集!ついでに砂浜で遊ぼうぜー  連絡・問い合わせはナオミ・ルーキスマデ」
 ヘタクソなピンクのクラゲの絵が添えられたその張り紙を見て、女レンジャーで、動物学者の父を持つ、ナオミ・ルーキスはニヤリと笑みを浮かべた。
「あたしの父親がね、珍種のピンクのクラゲを調査したがっているんだ。一緒に行ってくれる人、誰かいないもんかな。どうせ海に行くんだ、ついでに遊ぶのも、楽しいと思うがね?」
 そう言って、ナオミは張り紙に興味を持つ者が来るのを、コーヒーを飲みながらのんびりと待つ事にした。



◇季節外れ!?クラゲなオーシャン

「あんた可愛いなあ。そんな可愛いと、思わずポケットに詰めて、もって帰りたくなるじゃないか、コノヤロー!」
 罵声が飛んできたが、ナオミの顔は笑顔であった。
「海だ海だ!まるちゃん、海にクラゲを取りに行くの!海、大きいなあ!」
 ナオミのにやけた笑顔に、可愛らしい笑顔を返しつつ、まるちゃん(まるちゃん)は白い砂浜の上を、さくさくと音を立てて跳ね回った。足跡が砂浜についたと思うと、次には青い波がやってきて、その足跡は消えていく。
 製造されて16年になるという、うさぎ型ぬいぐるみのまるちゃんは、人間のお友達が出かけている間にこっそりとこの世界へやって来て冒険をしている、歩くぬいぐるみであった。
「まるちゃん可愛い?えへへ♪」
 まるちゃんがナオミに笑いかけると、ナオミは嬉しそうな顔で深いため息をついた。
「そんなに笑わないでくれよなー、あんた可愛すぎて、クラゲ摂って来てもらうのも遠慮したくなっちまうだろー。可愛いものは、箱入りにしたくなるんだからよー!」
「大丈夫。まるちゃん、頑張ってピンクのクラゲを捕まえるよ!」
 張り切り顔で、まるちゃんはナオミに言葉を返した。
「海の上を飛行しながら探したら、見つけられるかな〜、クラゲ」
 半透明の幽霊であるマーオ(まーお)は、波打ち際をゆっくりと飛び回り、海の中の様子を上から眺めていた。
「幽霊のお兄さん、まるちゃんも頑張ってクラゲ見つけるよ。一緒に頑張ろうね」
 心配そうな顔をしているマーオに、まるちゃんは元気良く声をかけた。
「うん、有難う。でも、僕魔法には凄く弱いんだ。もし、クラゲの触手に魔法効果があったらどうしようかと、思ったところなんだけど」
 マーオは浜の方へ戻ってくると、砂浜へと足をつけた。
 マーオは幽霊だから、少し前にまるちゃんがつけたような足跡が、砂浜に着く事はなかった。音も立てず、砂も巻き上げずに浜を歩き、白い波へと足をつける。
「考えてみれば、僕はすでに幽霊なんだもの、死ぬわけないから、心配しなくても大丈夫だよね」
 マーオは再び空中に浮かぶと、海風もものともせずに、海の方向を見つめた。
「上から飛んで行ってクラゲを見つけて、あとはスプーンで掬うだけ。これなら触手だって怖くないし」
「スプーン?クラゲって、スプーンで掬えるの?」
 マーオの言葉を聞き、まるちゃんは頭の中でとても小さなクラゲを想像していた。
「あれ?僕、何か勘違いしてる?」
 皆のきょとんとした顔を見て、マーオも一緒に首をかしげた。
「クラゲって、スプーンよりも大きいの?」
「そりゃあないねえ。小さいクラゲもいるだろうけど、今あたしが探して欲しいのは、体が30cmから50cmのピンクのヤツだからね」
 マーオにナオミがそう答えると、波の音に混じって、後ろから太い声が響いてきた。
「やっと来たのかい、オーマ。着替えるとか言ってたから、ずっと待ってた」
 そこでナオミの言葉は途切れた。いや、言葉を無くした、と言っても間違えでないかもしれない。
「わー、面白い格好だね」
 真っ先に沈黙を破ったのはマーオであった。幽霊だから、肝がかえって据わっているのだろうか。
「桃色つかまえるって事だからな。桃色とのお付き合いは、まず形からってなもんよ」
 自信満々に答えつつ、オーマ・シュヴァルツ(おーま・しゅう゛ぁるつ)は自分の体に装着されている触手を見せ付けていた。
 それは確かにクラゲのコスプレのようであった。クラゲは単体動物であるはずだが、オーマのつけているコスプレクラゲはやたらに筋肉質で、触手であるはずのものは逞しい筋肉の腕のようであった。
「そこまでなりきらなくても」
 ナオミが呟くと、オーマは笑みを浮かべて口を開く。
「ビバ!大胸筋神秘溢れる聖筋界オーシャン★に入るんだ、準備ってモノは必要だろうが。これはタダのコスプレじゃねえ、俺が具現で作り出したモンだ」
「ふつうのコスプレじゃないんだ。オーマさん凄いな!」
 クラゲのコスプレにじっと視線を向け、まるちゃんは触手を触ってみた。何となく硬い感触であった。
「防護服みてえなもんさ。これなら刺されないし、聖筋界クラゲもメロメロ親父愛フェロモンズキュン」
「防護服なら、別にクラゲでなくともいいような気がするが、まあいいだろ。ちょっと見てくれ。クラゲはこんなヤツだ」
 そう言って、ナオミは鞄の中から水の入った筒を取り出し、それを皆へと見せた。そこには、白く半円型の傘を被った、30cmほどのクラゲが、身動き取れずに止まったまま水に浮いていた。
「これは普通のヤツなんだが、あたしが探しているのはこれのピンクバージョンだって事だ。海は広いからな。あたしも探すが、皆の協力なしじゃとても捕まえられそうにない。よろしく頼む」
「クラゲに刺されても安心しな。俺が手当てしてやる」
 オーマは、指を背中の後ろへと指し示して見せた。そこには、オーマの荷物に混じって医療道具一式が置かれていた。
「俺は医者だからな。天使の広場で病院やってんだ。ちょっとおかしくなったらすぐ言え」
「あんたに世話になりそうなのは、あたしだけかもしれないがね」
 まだオーマのコスプレに視線を漂わせつつ、ナオミが答える。
「幽霊にぬいぐるみにコスプレ親父。こんな変わったメンツでクラゲを探すなんてな。人生何があるかわからないもんだ」
 ナオミは上着を脱ぎ捨てて、クマの模様が沢山プリントされたフリフリの水着姿になると、そばにあった小船を海へと浮かべた。
「あたしは生身の人間だからな。情けない話だが、あまり無茶は出来ない。だからこそあんた達に依頼を頼んだわけだが。あたしはこの船を中心にして、海面近くを捜索しているからな」
 そのナオミの言葉を最後に、まるちゃん達の桃色クラゲ捜索が始まった。



◆がんばれ、まるちゃん!

「桃色のクラゲはどこにいるのかな」
 まるちゃんは水面近くを漂っていたクラゲに乗っかり、バランスを取りながら忍者のように移動をしていた。
 まるちゃんの視線の先では、マーオが空中から水面を眺めており、後ろではナオミが船を漕ぎながら、網をかけている音が聞こえる。オーマは、クラゲのコスプレのまま海の中へと入って行って、ここからその姿を確認する事は出来なかった。
「おっとと」
 クラゲが急に止まってしまったので、まるちゃんはクラゲから落ちそうになってしまった。
「止まっちゃった。動かないのかな?」
 クラゲは何も考えていないのだろう。動く時には動き、止まる時には止まる。波に揺られながらゆっくりゆっくり気ままに動いているものだから、まるちゃんが足踏みをしてクラゲを刺激しても、クラゲはまったく動かなかった。
「しょうがないなあ。他のに乗るよー」
 その可愛らしい外見とは裏腹に、まるちゃんは素早い動きでクラゲから飛び跳ねると、クラゲからクラゲへと次々に飛び移っていき、活発に動いている別のクラゲの上へと乗っかった。
「今度はこっち。よろしくねー!」
 まるちゃんはバランスを取りながら海に落ちないようにして、上から海の中を覗いた。
 海にはかなりの数のクラゲがおり、他の生き物はいなくなっていた。今まるちゃんの目に映っているのは全て普通の白いクラゲだが、中には80cmを越す大物のクラゲも浮かんでいた。
「大きなクラゲ。でも、ピンクなのはいないなあ」
 まるちゃんはクラゲに乗ったまま、別の方向へと移動していく。ところが、クラゲの前で急に小魚が跳ねたものだから、まるちゃんは驚いてバランスを崩し、小さな音を立てて海の中へ落ちてしまった。
 まるちゃんはぬいぐるみだから、体がどんどん水を吸って重たくなり、海の底へと沈んでいく。水中で苦しくはないが、海の中ではうまく身動きが取れない。
 こんな時こそ、これを使うんだ、と心の中で呟き、まるちゃんは体に下げているニコちゃん顔のポシェットに手を入れ、手に触れた物を掴んだ。
 まるちゃんのポシェットは、炎のように揺らめく空間に通じており、色々なものを取り出す事が出来る。とは言っても、便利なものが何でも、というわけではなく、まるちゃんが知っている、ありふれた道具が出てくるようになっているのだが。
 まるちゃんが手に掴んだのは、ウサギの形をした浮き輪であった。まるちゃんは浮き輪にしっかりと捕まり、ゆっくりと水面へと上がっていった。
「あっ!」
 その時、まるちゃんは揺らめく海水の彼方に、桃色の何かが動いているのに気がついた。
 水面へ顔を出したまるちゃんは、すぐ横を飛んでいるマーオと、少し離れたところで投網を投げているナオミへ、声を上げた。
「ナオミ、マーオ!ピンク色のクラゲがいたよ!」
 まるちゃんがそう叫ぶと、マーオとナオミは、少し緊迫した表情をしてまるちゃんの方へと近づいてきた。



◇桃色クラゲをゲットせよ!

「どこにクラゲがいるんだい?」
 マーオがそう尋ねるので、まるちゃんは水面の下を指差し、答えた。
「オーマが、クラゲ捕まえようとしてるの」
 オーマとナオミが、同時に水面へと視線を落とした。まるちゃんも水面下にいるオーマの動きに注目している。
 何時の間にかオーマのクラゲコスプレ服は桃色クラゲにそっくりな色になっていた。オーマは何やら弁当箱のようなものを持っており、それをエサにして桃色のクラゲをおびき寄せようとしている。
 桃色のクラゲは、体長は50cmと、他のクラゲとそれほど大きさは変わらないが、桃の花の様な色をしているせいで、海に咲く花のようにも感じた。
「よし、もうちょっとだ、あと一息!」
 オーマの動きに合わせて、ナオミが言葉を呟いていく。オーマは水の中でクネクネとクラゲのように振る舞い、まるで桃色クラゲと話でもしているかのようであった。
「ほらっ!早く捕まえるんだよ!ほら、逃げちゃうだろうがっ!」
 ナオミは、あと少しで手の届きそうな桃色のクラゲに興奮しているようであった。
「あと、ちょっとだね」
 ナオミの船のそばに浮かび、マーオもオーマの動きを見守っている。
「さっさと捕まえるんだ!早く、早く!」
「ナオミ、落ち着いてよ」
 まるちゃんは、落ち着かない様子のナオミに静かに声を掛けた。
「いや、悪い。もうドキドキしてさ、せかさずにはいられないんだよ」
 ナオミが照れくさそうに言い終わると同時に、オーマが水面から顔を出した。
「どうだ、見ろこの桃色。友情を深めたぜ、クラゲ達と」
 オーマの腕には、桃色のクラゲが絡みついていた。
「良くやった!あんた凄いよ、このコスプレ親父っ!」
 顔中から笑みをこぼしつつ、ナオミは桃色のクラゲをオーマの腕から取り上げ、水の入った筒の中へと入れた。
「やったね、オーマさん!」
 マーオも嬉しそうにオーマに言葉をかけた。
「ピンクのクラゲ、綺麗だね!」
 まるちゃんは、ようやく捕まえる事の出来た桃色のクラゲの姿を、じっと見つめていた。「あんた達、本当に感謝しているよ。おかげで、目的のものも手に入れられたし、あたしの父も喜ぶだろうね。さ、そろそろ浜へ戻ろう。あたし、バーベキューセット持ってきてるんだよ。お礼に、うまいバーベキュー作るからさ、食べていってくれよな?」
 まるちゃん達はナオミの小船に乗って浜へ戻り、そこでバーベキューを楽しんだ。
 マーオは得意の手料理を皆に振る舞い、オーマは桃色のクラゲと語らいをしながらやたら筋のある肉を口にしていた。
 ナオミが野菜や肉をどんどん焼いたのはいいが、ぬいぐるみのまるちゃんと幽霊のマーオは食べ物を食べる事は出来ないので、代わりに皆との歓談を楽しんだ。
 まるちゃんは、皆が話をしている間、砂浜で砂遊びを楽しみつつ、浜で拾った透明感のある白くて小さな貝殻を、今回の思い出とともにポシェットへとしまったのであった。(終)



◆◇◆ 登場人物 ◆◇◆

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2679/マーオ/男性/14歳/見習いパティシエ】
【2929/まるちゃん/女性/6歳/冒険者】

◆◇◆ ライター通信 ◆◇◆

 まるちゃん様

 初めまして、ライターの朝霧 青海ともします。今回はシナリオへの参加、ありがとうございました!
 まるちゃんはぬいぐるみという、ちょっと変わった設定でしたので、プレイングを見つつ、動かし方を考えてみました。ぬいぐるみだから海は沈むかな、とか、食べ物は食べるのかな、ということを考えながらの執筆でした。ナオミも、まるちゃんが可愛くて仕方ないようです(笑)
 それでは、本当にありがとうございました!