<PCクエストノベル(2人)>


闇を行く
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1256 /カイル・ヴィンドへイム / 魔法剣士 兼 治癒術士】
【1244 /ユイス・クリューゲル / 古代魔道士】

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 黒々とした入り口が広がっている。『強王の迷宮』と呼ばれるその場所の前に、二人の青年が立っていた。

 ユイス:「アレだ、やっぱマッピングは浪漫だろ。てか俺ああいう構築作業好きなんだよねー」
 隣のカイルが、見上げるようにしてユイスの青色の瞳と視線を合わせる。似た色なのに、異なる青のカイルの瞳が意外だと言いたげに瞬きをした。しかし、直ぐに表情を柔らかな笑顔に変える。
 カイル:「うん。僕にも手伝えること、あるなら行くよ」
 ユイス:「あぁ、もちろん。おまえを誘うために、わざわざここで話してるわけだしな」
 カイル:「じゃぁ決まりだね」
 そんな話をしてから、まだ幾日も経っていない。善は急げ、……どの辺りが善なのかは別とし、早速用意をして目をつけていた『強王の迷宮』へとやってきた。目的はまだマッピングがされていない地下四階以降の地図作成と、迷宮の探索である。準備期間が短かったものの、カイルが用意した一週間の分の荷物は完璧だった。
 ユイスはぴゅうと感嘆の代わりに口笛を吹く。それにカイルはおかしそうに肩をすくめ、視線を『強王の迷宮』に視線を移した。
 いつまでも眺めているわけにも行かず、二人濃い闇へと足を踏み入れる。真っ先にユイスが魔法で手の平に灯かりを灯した。ユイスが先に歩き、後ろにカイルが続く。人より夜目のきくカイルは辺りを見回した。たが、迷宮と言われるだけあり深い闇の中から見える景色から、得られる情報は少ない。
 ユイス:「とりあえず、行き止まりまで歩いてみるかー」
 カイル:「そうだね。地下二階までは地図があるし」
 ユイス:「穴だらけだけどな」
 苦笑いをしながらユイスは地図を灯かりに照らした。念のために、と手に入れた地下二階までの地図は階段までの道筋は示しているものの、それ以外の道は一切書かれていない。ただ地下三階に向かうためだけに書かれた地図なのだ。
 初めの曲がり角を、地図に記された真っ直ぐではなく、途中から書かれていない右へと向かう。二人の足音だけがこつこつと響いた。
 カイル:「思ったより静かだね」
 ユイス:「あぁ。っと、ここで行き止まりだな」
 前を歩いていたユイスが立ち止まり、目の前にある壁を照らす。そこにあるのは天井まで敷き詰められた、石の壁だった。カイルは荷物からカンテラを取り出し、火を点ける。それを横目で確認すると、ユイスは魔法の灯かりを消しマッピング用の紙とペンを荷物から取り出した。
 さらさらと書き込んでいくのを、カイルはユイスの手元を照らしながら、興味深そうに見つめる。
 カイル:「ユイスって本当にマッピングが好きなんだ」
 感心したような声音に、薄い光に照らされたユイスの顔が苦笑いをした。
 ユイス:「マッピングは浪漫だって言ったろー」
 カイル:「ごめん、半分冗談だと思ってた」
 素直なカイルにユイスは、はははっと声を上げて笑う。
 ユイス:「素直でよろしい」
 ほのぼのとした空気が流れる中、マッピングを終えたユイスが紙とペンを再び荷物に入れ、魔法の灯かりを灯した。少しでも油を節約するため、すぐにカイルがカンテラを消す。
 ユイス:「さて次行くかぁ」
 来た道を戻り、再び曲がり角へと戻った。こっちが来た道だから、正しい道はこっち、と一人呟くユイスの服をカイルが引っ張る。
 カイル:「ユイス……」
 声を落とし呼んだ名の意味を、ユイスは正確に受け取った。ユイスより夜目が利き、耳が良い分先に気付いたカイルが左の掌から剣を抜き、意識を前方に集中する。ユイスもそれに倣い、すぐにでも魔法が放てるように構えた。
 『強王の迷宮』に出ると言われている三種の恐怖は、それぞれ攻撃方法が違う。黒い恐怖は魔法を増幅し跳ね返してくるという。魔法を試し撃ちするわけにもいかず、二人は静止していた。
 しかし、気配は近づいてくるのに、恐怖の姿は見えてこない。ふと、あることに気付いたカイルがユイスを見上げた。
 カイル:「ユイス、もっと光を増幅できたりする?」
 ユイス:「あぁ、もちろん」
 頷くと共にユイスの掌にあった灯かりが、弾けるように広がる。それはただ暴力的に強い光なのではなく、暗さに慣れた目を傷めない柔らかなものだった。壁に囲まれた狭い通路をカイルの目の前に曝け出す。
 カイル:「あれだ……っ!」
 光の中に浮かぶ、異質な黒を見つけたカイルは剣を構えたまま走り出した。カイルに気付いた黒い恐怖の最初の一撃をやりすごし、後ろに回るとそのまま剣を振り下ろす。耳をつんざくような音が辺りを支配し、黒い恐怖が破裂した。
 ユイス:「お見事っ」
 剣を消して戻ってくるカイルを、ユイスの拍手が向かえる。迷宮の中でその音は大きく響いた。
 ユイス:「白い恐怖だったら、目に見えてるはずだもんなー。でも灰色の恐怖だったらどうするんだ?」
 カイル:「その時はユイスが合わせてくれるでしょ」
 にこっと可愛らしく笑うカイルに、ユイスが困ったような照れたような表情を浮かべる。
 灰色の恐怖は、物理攻撃と魔法攻撃を同時に与えなければならない。もし、近づいてきていたのが黒の恐怖ではなく、灰色の恐怖であったらカイルの物理攻撃にユイスが合わせなければならなかった。
 カイルの攻撃は、ユイスが合わせてくれると信じての行動だったのだ。
 ユイス:「任せとけ」
 カイル:「期待してる」
 ユイス:「そんなわけで」
 カイル:「もう少し頑張ろうね」
 二人は顔を見合わせたまま、苦笑いにも似た表情を浮かべる。先ほどからカイルとユイスの話し声に恐怖たちが集まってきていた。

 カイル:「流石にちょっと疲れたかな」
 ユイスが行き止まりに貼った結界の中で、二人は昼食の準備をしていた。荷物の中から一日目用に持ってきた食料を取り出す。一週間分の食料のうち、腐らない保存食を残しておくため、今日明日の食事にはまだ旨みのあるラインナップだ。
 ユイス:「でもこれでしばらくは出てこないだろ」
 ふうと一息を吐いてユイスは壁に背を預ける。二人を照らすカンテラの光が揺れた。辺りは二人の気配を除き、静かである。
 カイル:「うん。結構倒したもんね」
 あれからしばらくの間、次々と迫り来る恐怖を倒すことに専念していた。そのせいか、辺りにいた恐怖を一掃したようである。カイルが用意したせいか、やけ砂糖パンや砂糖漬けなどの甘いものが多い食料を雑談を交えながら食べた。
 食べ終わると早速ユイスは製作途中の地図と紙とペンを取り出し、何やら口の中でもごもごと言いながら書き込みだす。おやつ代わりの砂糖菓子を一つ二つ食べながら、カイルはユイスの真剣な横顔を覗き込んだ。
 カイル:「それで、マッピングの方は順調?」
 ユイス:「まぁそれなりに、な」
 随分と恐怖に邪魔されたけど、と付け足してユイスを覗き込んでいるカイルへ地図から視線を移す。青い瞳はカンテラの光の中でも分るほど、楽しそうだ。白かった地図が最初のころよりも埋まっている。
 ユイス:「カイル、体の方は大丈夫か?」
 手を止め、ユイスはカイルの顔色を伺った。
 カイル:「うん。甘いものを食べたら回復したよ」
 元より白くはあったが、カイルの顔色が先ほどの戦闘で青白さを増したことをユイスは見逃していない。しかし、可愛らしく笑うカイルの顔は言葉の通り回復したようで、頬に赤みを取り戻していた。
 安心したように小さく笑ったユイスに、カイルは首を傾げる。不思議そうなカイルに何も伝えずユイスは立ち上がった。
 ユイス:「よし、じゃあ次行くかー!」
 カイル:「う、うん」
 手元のカンテラを消し、カイルはユイスが作り出した魔法の光の後ろをぽてぽてと追う。カイルが追いついたのを見て、ユイスは再び歩き出した。
 地下一階ということもあってか、着々と地図の方は埋まっていく。時折恐怖が襲ってくるものの、今のところ探索に支障は無かった。
 ユイス:「よし、これで地下一階は完成だ」
 数時間後、地下二階へと続く階段の前で、ユイスはカイルを振り返りにっと笑う。全ての道を歩き、それを紙に書き終えたのだ。嬉しそうなユイスに、カイルも嬉しそうな顔をした。
 カイル:「どんな感じ?見せてっ」
 覗き込んだ紙は、既に紙ではなく立派な地図であった。思わずカイルがあげた感嘆の声に、ユイスはあんまり上手く書けてないけどな、と照れたように答える。
 カイル:「でも凄いよ、これ。尊敬しちゃうな……」
 ユイス:「そんな大げさなものじゃないぜぇ」
 カイル:「ううん、凄い」
 ユイス:「お褒めに頂けて光栄だ。それじゃ、さくさく地下二階に行こうぜ」
 カイルを促すユイスに、何かを閃いたカイルの青い瞳が、じっとユイスの青い瞳を見上げた。そこにはからかうような光が含まれている。
 カイル:「ユイス、もしかして照れてる?」
 ユイス:「……。さて、新しい紙を用意しないとな」
 話を変え、荷物から新しいマッピング用の紙を取り出すと、ユイスは地下二階の階段を降り始めた。カイルは慌ててその後ろを追う。だが堪えきれなくなり、前を歩く照れたようなユイスの背を見てくすくすと笑った。

 地下二階は、地下二階と同じような風に見えた。相変わらず辺りは暗く、状況を確認することが困難だ。降り立ったそうそう白い恐怖の姿を捕らえたユイスが、魔法を放つ。激しい音をたてて白い恐怖が破裂した。
 カイルも左の掌から生み出した剣を構え、意識を前方に集中する。まだ、気配は消えていない。ユイスは掌から魔法の光を放ち、周囲を照らし出した。いるのは灰色の恐怖と黒い恐怖が一つづつである。
 まず近くにいる灰色の恐怖に狙いを定め、カイルが走り出した。それに合わせてユイスが魔法を放った瞬間、後ろにいた黒い恐怖が灰色の恐怖とカイルの間に割り込んできたのだ。
 ユイス:「カイルッ!」
 放たれた魔法は、黒い恐怖の出現に戸惑ったカイルよりも先に黒い恐怖へと届く。無効化され増幅された魔法がはね返るのと、ユイスがカイルに向かって防御魔法を放つのはほぼ同時だった。
 容赦の無い光の海が二人の視界を覆う。
 奪われた視力が戻ってくると、ユイスは慌ててカイルがいた方を見た。
 ユイス:「大丈夫か!?」
 カイル:「ん、なんとか……」
 ユイスの防御魔法と、咄嗟にはね返った魔法が直撃するところから逃れたお陰で、しゃがみこんでいるもののカイルは無傷である。ほっとユイスが一息を吐く間もなく、カイルに黒い恐怖に襲い掛かってきた。
 しゃがみこんだまま、剣でカイルは黒い恐怖を突き刺す。黒い恐怖は破裂したが、まだ灰色の恐怖が残っていた。
 今度こそはと、ユイスは呪文を唱え狙いを灰色の恐怖へと定める。それに合わせカイルも視線を灰色の恐怖へと移した。カイルが踏み出したのと同時にユイスが魔法を放つ。
 激しい音と共に破裂した灰色の恐怖に、二人は安堵のため息を吐いた。
 ユイス:「カイル、大丈夫か?」
 カイル:「うん、なんとか。でも油断禁物だね」
 ユイス:「そうだな……」
 とりあえず近くにいた恐怖たちは倒したらしい。再び地図を作成する用意をし、二人は歩き出した。
 ユイス:「地下二階のが手ごわそうな感じがするな」
 カイル:「え、どうして?」
 ユイス:「なんとなく。手ごわそうって感じするだろ?」
 場の空気を和ませるようなユイスの明るい声に、カイルもそうだねと同意する。
 まだ探索初日だ。暗い迷宮にうんざりするにはまだ早いだろう。
 カイル:「歌でも唄おうか」
 カイルの提案に、マッピングをしていたユイスが背中越しに返事を返した。
 ユイス:「また恐怖が集まってきてもいいんだったら」
 地下一階での出来事思い出し、カイルはそうだねと肩をすくめる。不意にユイスが足を止めた。ユイスが急に止まったため、間に合わずカイルはその背にぶつかる。
 ユイス:「お、わりぃ」
 鼻を痛そうに押さえるカイルを振り返り、ユイスが謝った。しかし、心あらずといった雰囲気だ。不思議に思ったカイルは、鼻の痛みを忘れてユイスを見上げる。
 カイル:「大丈夫。……どうしたの?」
 ユイス:「あぁ。実は俺たち一応地下二階までの地図を持ってきただろ」
 カイル:「うん、入れたはず」
 頷くカイルに、ユイスは手に持っていた二枚の地図をカイルに向けた。一つがまだインクが乾きかけの、白い部分の多いもの。もう一つは一応道が描かれているものの、ひどく簡素なものだった。
 ユイス:「この地図、間違っているんだ。俺たちは今階段から真っ直ぐ来てるんだけどな、この先は行き止まり。だけどこっちの地図では真っ直ぐが正しい道順なんだよ」
 地図を指でなぞりながら説明し、魔法の光を正面に照らした。先にあるの道ではなく、行き止まりである。
 カイル:「本当だ……」
 ユイスは既製の地図をしまい、軽く腕を組んだ。
 ユイス:「これが、地図を作った奴のドジとかだったらいいんだが……。地下四階はいくつも存在していると言われている。もしかしたら……この地下二階でも、そういうことがあるのかもしれんな」
 場を和ませた声が、今は少し緊張した色を滲ませている。カイルは神妙に頷き、ユイスの言葉を受け止めた。
 ユイス:「まぁ、俺の地図作りが大変になるわけだけどなー」
 カイルの翳った表情に向かって、ユイスは笑顔と共にウィンクをしてみせる。妙に似合うその仕草にカイルが吹き出した。
 ユイス:「おいっ、なんで笑うんだよっ」
 カイル:「や、なんでもな……っ、その地図作り、がんば……ろう!」
 笑いに混じりながらカイルは必死に声を出すものの、押さえれば押さえただけ止まらなくなるのか、目尻に涙が浮かんでいた。カイルの笑いの発作に、困ったようにユイスは頭をかく。
 ユイス:「ほら、さっさと笑うのやめないと、置いていく」
 カイル:「わ、ごめん……、待ってユイス!」
 置いていく素振りをして行き止まりを引き返し、右に曲がったユイスに、慌ててカイルが近づいてきた。そこから更に逃げようと踏み出したユイスの体が、がくんと沈む。その瞬間、足元が崩れだした。
 カイル:「ユイスッ」
 ユイス:「カイル、来るなっ!」
 だが、制止の声は間に合わず、カイルが立っていた地点の足元も崩れだしていた。
 カイル:「うわぁっ」
 差し伸べられる手も無く、暗い闇の中に二人は落ちていく。後にはただ、二人を飲み込んだのと同じ、深い深い闇が残った。

 ユイス:「ってて……、おい、カイル! 無事か!?」
 咄嗟にユイスは浮遊の魔法を使ったものの、とっさのことで無傷というところまではいかなかった。すぐに同じように落ちた親友を探すため、強い光魔法を使って辺りを照らす。
 すると、傍にはユイスの浮遊の魔法のお陰か、多少擦り傷はあるものの、起き上がろうとしているカイルの姿があった。近くに恐怖がいなかったのが、不幸中の幸いである。
 カイル:「うん、なんとか大丈夫……、ありがとう」
 ユイス:「良かった……。にしても、ここは……」
 光に照らされた辺りの景色は、先ほどまでいた地下一階、地下二階と酷似していた。
 カイル:「多分、地下三階だよね」
 ユイス:「あぁ……、多分な」
 闇が覆う迷宮の中で、二人は座ったまま身を寄せ合った。



++ライター通信++

 初めまして、蒼野くゆうです。
 この度はご依頼有難うございました。
 発注文章の方に、地下四階までの探索とありましたが、
 続き物を予定しているとも書かれていたので、
 今回は地下二階までの物語となっています。ご了承ください。

 何はともあれ、楽しんで頂けたら幸いです。