<PCクエストノベル(1人)>


軋み 〜コーサ・コーサの遺跡〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【助力探求者】
なし

【その他登場人物】
ヴァレキュライズ
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 かりかりと紙に何かを書き記している音が先程からずっと続いている。
 灯りの中ぼうと浮かび上がった顔は、ご近所で色々な意味で評判の高い病院を経営しているオーマ・シュヴァルツの横顔。
 他の者がいる時には大抵浮かんでいる人を食ったような笑みも今は無い。
 そこには、滅多に見る事の出来ないオーマの医者としての顔があった。

 ――奇病が流行っているらしいと聞いたのはほんの数日前。
 事の発端は、とある医者の所に、何人かの正体不明の病を発症した患者が担ぎこまれた事だった。ひとりではなく複数が同様の症状を示している事から、もしや流行り病かと患者の家族を調べてみたところ、本人以外にはまるでそういった異常は無く、どう言った手当てをしても容態は一向に良くならず、じわじわと悪くなっている様子に首を捻るばかり。
 そんな1人の医者が、他の医者仲間にぽつりと漏らしたところ、同じ症状の者を知っている、と言う話が別の医者から聞こえて来たのだった。
 良く話を聞けば、それは1人ではなく、複数の医者がそれぞれ同じ悩みを抱えていたと言う。どれも症状が安定せず、治療は全く役に立たず、おまけに本人以外に感染していたり異常を訴える者もいない。
 それが、それぞれの医者に1人ずつしか患者が現れなかったため、自分1人だけが困った患者を抱えているのだと思い込んでいたらしい。
 ――そして、今はもうそうした患者が10数人に上っていた。

 その頃、オーマは何をしていたかと言うと…これが、何もしていなかった。
 と言うのも、発症した患者の家が遠かったと言うのがひとつ。オーマの診察を過去に一度も受けた事のない者ばかりが罹ってしまったと言うのがもうひとつ。
 そして――これが1番大きな要因だったらしいのだが、シュヴァルツ病院の周辺での評判や不気味な噂が、患者…そしてその家族の足を遠ざけてしまっていたのだった。
 だが、それでも医者仲間にはオーマの腕がきちんとした医者のそれである事は知られており、かつ、異世界から来たと言う事もあるからか、奇妙な現象への解決能力の高さもまた良く知られていた。
 その結果、次々に患者たちがシュヴァルツ病院へ運ばれて行ったわけだったが…。

 ――がりりっ。
オーマ:「…ち」
 インクを付けたペンが紙を引っ掻いて小さな穴が空いたのを見て、小さく舌打ちを漏らすオーマ。
 全ての患者の容態や、その前後の行動を診療記録として残していた所だったが、運ばれて来た患者は皆、他の医者が匙を投げるのも仕方ない状況に陥っていた。

 オーマの書くカルテには、この世界の人間が読めない文字でこう綴られていた。
 『細胞異常変化』
 と。
 ――体内から、日を追うごとに具現波動がじわじわと広がり、患者の体を侵して行く。その速度は非常にゆっくりとしたものだったが、進行が進めばその者は人間としての情報を全て書き換えられ、ウォズにすらなってしまいかねない、そんな状況が予測として立てられていた。
 既に1番最初に発症したと思われる患者の体の一部からは、ウォズの気配が感じ取られていた。それでもまだ大部分が人間と言う、オーマたちヴァンサーにとっての危機感を煽る状況に陥っていた。
 こんな状況を、もしヴァレキュライズに見られたとしたら。
 ――この間、自分たちに接触してきたあの男のような、ひととしての心を持たない者が今のこの患者に気付いてしまえば、有無を言わさず封印されてしまう可能性は高い。
 だからこそ、その原因を突き止め、排除しなければ――と、最後の一文を書き付けながらオーマは口をぎゅっと結んでいた。
『――日、コーサ・コーサに調査に行く。万一この日を含め3日以内に戻らなければ、マスターに相談のち処置を仰ぐこと』
 カルテの束と、その上にメモを貼り付けて、オーマが立ち上がる。
 患者全てに共通するもの…『遺跡へ訪れた事』が、どういう意味を持つのか分からないまま、その原因を探るために。

*****

 コーサ・コーサの遺跡は、昔栄えたと思われる文明の修道院だった、と言われている場所である。今も瓦礫の並んでいる形で当時の建物のサイズなどを知ることも出来、時折観光客や研究者たちが訪れる事もある。
 その目玉たるものが、今オーマが険しい顔で睨み付けている、こんこんと湧き出ている水。この水は枯れる事が無く、今でもそれを口にした者は富と幸福をもたらすと言われている。…問題は、欲心、悪心を持って近づいた者は触れることすら許されないという所にあった。
オーマ:「――腹ん中に入れても、妙な作用を起こすっつうのか…やっかいだな。そうだろ?」
 オーマは目線を外さず、水の底、地中に深く突き刺さった破片…あの、VRS戦艦の欠片を睨みながら、オーマの姿を見てゆらりと現れた影へ問い掛ける。
オーマ:「守り手だからこそ、1番最初に罹っちまったんだな」
 半人半獣のワーウルフ。それこそが水の守り手であり、欲にかられてこの地へやって来た者へきついお仕置を下す頼もしい存在なのだが、今はもう見る影も無かった。
 自意識は持っているのだろうか、ゆらりゆらりと揺れながら、水へ近づいているオーマをどうにかしようとするようにゆっくりと歩み寄るその姿は、半身以上を侵され、元の気配さえ判別し難いくらいウォズ化が進んでいた。
 痛ましい顔でオーマが彼を見ながらも、とにかく先に破片を取り出そうと水の中へ入って行く。オーマの体をも取り込もうとするようにぞわりぞわりと蠢く具現侵食の中を。
 どのくらいの大きさだっただろうか。破片がほんの僅か水底から顔を出しているのを指先でつまみ、その感触に顔を顰めながら引き出す。それだけで今ここに湧きかえっている水が侵食から逃れるかどうかは疑問だが、やらないよりはマシと、慎重に欠片を外に出そうとしているオーマ。
 ぬるん、と、その手に何かが巻き付き、それ以上の動きを阻もうとする。見れば、水辺にまでやってきていたワーウルフが、ゆらゆらと揺れながらその肩から触手を伸ばし、オーマの手や腕に伸ばしているのが分かった。
オーマ:「おいおい。駄目だぜ、大人しくしてないとな。こわーいお兄さんが来るからよ?」
 邪魔をされているのは分かるが、だからと言ってこの『患者』を傷つけたくは無いオーマがそう言いつつ、そっと手首へ巻きついた触手を外して行く。
 それは、生まれたての赤ん坊を触れた時の感覚に似ていて、オーマは目を丸くしてワーウルフを見た。
オーマ:「生まれたて、か…考えてみりゃその通りなんだが――この地で純正のウォズが生まれるなんてのはあり得ねえと思っていたのを変えなきゃならねえな」
 と言って、このままウォズの誕生を祝福するつもりは無い。まずはこれからだ、とぐいと破片を引き抜いて、意外に大きかったそれを見てやれやれと肩を竦めた、その時。
???:「なぁんだ。ぷんぷん匂うと思ったら、ヴァンサーも来てたんだね」
 くすくす、と楽しそうな笑い声が上から聞こえて来て、ばっと顔を上げるオーマ。
 ――瓦礫の中でも、まだ原型を多少保っている壁の上。
 そこに、ひとりの少年が座っていた。
オーマ:「…誰だ?」
 眉を寄せながら言うのは、その少年の言葉には似合わず、少年からは人間以外の気配は感じなかったからで。――前にもこんな事があった、と思いながら、嫌な予感に負けてついその言葉を口に出す。
オーマ:「――ヴァレキュライズ」
少年:「あっれぇ?なんだ、気付いてたんだ。つーまんないのー」
 椅子の上から降りるような気楽さで、数メートルは上からすとんと降り立った少年が、にっこりと笑ってオーマたちを眺め、
少年:「どいてくれない?こういう状況さ、僕駄目なんだよね。ちゃーんと後始末しないと気持ち悪くてさ」
オーマ:「…おい。そりゃどう言うことだ?この世界じゃアレは使っちゃいけねえってマスターから聞いてねえのか」
少年:「なにそれ。じゃあこのまま放って置いていいの?あれだけ一般人に迷惑かけた癖にさ」
 そこまで調べ上げていたのか、とオーマが渋い顔をすると、またくすっと少年が笑う。
少年:「やだなぁ。そんな顔しなくたっていいじゃないか。――どうせいくら渋ったって最後には僕らの言う通りになるんだから。だから――キミは邪魔だよ」
オーマ:「!?」
 笑みが消えた、と思ったら、その直後に巨大なプレッシャーがオーマへ圧し掛かってきた。その目は凍りつきそうな色をしているだけで、無表情のままだったのだが。
少年:「ね?だからどいてくれないかな。さっさとやっちゃうからさぁ」
オーマ:「……悪ぃが。それは出来ねえ」
少年:「えー?どうしてさ、キミだって今の状態がどんなものか分かってるだろ?」
 ぶー、と、単に欲しがってる玩具を与えてもらえない、というだけの不満めいた顔をしつつ、
少年:「今ならさっさと済ませてマスターに事後承諾でオッケーもらってはいサヨナラって出来るのにさ。病院の中のあの子たちだって、自分の存在が下手をすれば世界の存亡に関わるなら大人しく封印させてくれるよねぇ、普通は」
 無邪気な笑顔を浮かべつつそんな事を言う。
オーマ:「――事後承諾なんつったらお尻ぺんぺんされてクビになるだけだ。ヴァレキュライズは、この世界でアレを使っちゃいけねえんだよ」
 プレッシャーはオーマの心まで削り取ってしまいそうな勢いだった。そんな中にあって、オーマは苦しそうな顔もせずに少年と向き合い、あくまでその場を退かないと言い張るようにむん、と胸を張る。
 そんな別次元での睨み合いは長い間続いていたが、やがて少年からふぅっとプレッシャーが消え、
少年:「何やってるんだかなぁ。キミはこんなトコで雑用やってるやつじゃないって言うのにさ。キミがいたら封印も出来ないし」
 通常、有無を言わさず封印する場合は、全く関係なくその場を通りかかった素の人間を巻き込んでもお咎めなどある筈がないヴァレキュライズが、オーマを巻き込む事に難色を示した事にはオーマも少し驚いたのだが、
少年:「1日だけ猶予をやるよ。キミがその間にここの原因とあっちの子たちの波動を分離したら褒めてあげる。出来なかったら、どんな手を使ってでも封印はさせてもらうからね。あーそれと、次はこうはいかないよ。邪魔する前にやっちゃえばいいだけだしさ」
 あーあ、つまんないのー、と言いつつ、少年はその場から瞬きする間にふっと消えて行ってしまった。
オーマ:「……ったぁく。部下のしつけくらいしとけっての」
 いつの間にか額にびっしりと浮かんでいた汗を拭い取りながら、ここにはいない仲間へ悪態を付き、そして、前回にも増して繊細な作業を要求される『治療』に取り掛かっていったのだった。

*****

 病院から、ぞろぞろと快復した者たちが帰っていく。
 流石にこちらは数の多さもあり、いくらか手伝ってもらったのだったが、オーマはそのほとんどを自分の手でこなしていた。
 そして、不思議に思う。どうしてヴァレキュライズが自分をあの場から退かそうとしたのか――自分はいつの間にこうした波動に侵されたものから一部を引き剥がす事が出来るようになっていたのか、を。
 礼を仲間が受けているのを聞くともなしに聞きながら、オーマはどうしても持ち上がらなくなった体を深々とソファの上に埋めていた。
 ――これもまた、『治療』を施した後の不思議のひとつになっていた。
 確かに作業は細かく、時間もかかり、疲労は溜まっていた。が、魂が軋むようなこんな疲れは初めての事。起き上がれないどころか、このまま地の底へ沈んでしまいそうな重さは、何故なのだろうか。
 しかも頭だけはびりびりと刺激を受け続けているかのように冴え渡っていて、全身が疲れ切っていると言うのに眠りで回復する事も出来ない。

 …ヴァレキュライズがまだいる事、マスターの意に従わない可能性が十分にある事、伝えておかなければならないのになぁ。

 言葉さえもまともに出ない今、とにかくこうやって少しでも体力の回復を待つ他無かった。
 体の中、もしくはこころの中から聞こえて来る、軋みの音を感じながら。


-END-