<PCクエストノベル(1人)>


りとる・まあめいど。(多分) 〜ルナザームの村〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【助力探求者】
なし

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 オーマ・シュヴァルツは追い詰められていた。

 それは何よりも強大な敵。どんなにどんなに毎回戦い、辛くも勝ちを取ったとしても、再びすぐに前よりももっと強い敵として現れる――それは、家計。
オーマ:「なぁんでこんなに値が跳ね上がったんだよぅおうおう…」
 嘆きつつかりこりと書き込み、計算し、どうにか切り詰めたり出来ないかと考えてみては撃沈し、嘆く。その目の前には今月の赤字がほぼ決定している家計簿がある。
 その、家計簿一面を真赤に覆ってしまいかねない直接の原因は、食費にあった。
 オーマを含め、このシュヴァルツ病院の居住スペースで住み暮らしているオーマの家族や仲間たちは、皆魚料理が大好物。それも、前に住んでいた所では魚などは珍味の最たるもので食卓に上がる事は無かったため、こちらの世界に来てからは当たり前のように市場にその姿を現す魚たちに目が無く、食卓に頻度の高い割合で顔を出していた。
 の、だが。
 ここ最近は市場を巡っても、ここなら必ず魚があると言われている最後の砦、ルナザームの村でさえも魚の姿はほとんど無い。
 あっても異常な値上がりで手を出せるレベルではなく、最初は他の料理でなんとか凌いでいたのだが、頻繁に食べていた口が次第次第に魚を要求するようになり、血の滲むような思いで買った魚は量が少ないと責められ、最後にはオーマの船盛りが食卓に上がりそうな殺気だった状況に命の危険を感じたオーマが、
オーマ:「お、俺様原因見つけてきっと今晩は魚料理のオンパレードを……ッ!」
 という確約をして家を飛び出して来たのである。
 ――今日本当に魚を大量に持って帰らなければ命は無い、多分きっと絶対。
 そんな悲愴な覚悟を決めて、オーマは僅かな期待に縋り付きながら、今日もまたルナザームの村へと向かったのだった。

*****

オーマ:「やっぱり、無いのか」
漁師:「すまねえな。いつも来て貰ってるんだが、こればっかりはどうしようもねえよ」
 がっくりと肩を落とすオーマが背負った巨大な籠に、哀れな視線を注いだ漁師が、
漁師:「魚自体が取れねえ訳じゃねえんだけどな…」
 と、ぼそりと呟く。
オーマ:「なにっ!?じゃ、じゃあ、何で!」
漁師:「その理由はな――」
 常連のお前さんだから教えてやる、と連れて行かれた先は漁場。不思議な事に、魚が無い無いと言われている割には、水辺をばしゃばしゃと跳ねたり泳いだりしている魚影が見えた。その上を鳥の群れが飛び回っている光景も、良く見かけるものだ。
漁師:「これさ」
 網も竿も使わず、わしっと水から直接掴み取った魚をオーマへと掲げる。
オーマ:「……………へっ」
 びちびちと漁師の手の中で跳ねる魚。…その顔部分は、もこりと膨れ上がり、何故かどこかで見たような人間の顔をしていた。
漁師:「あの辺でびちびち跳ねてるのが全部これさ。お陰で普通の魚がこれっぽっちも取れやしねえ」
 確かに胴体は普通の魚に見えるし、顔を切り落とせばそのまま市場に流せるかもしれない。しれないが…。
漁師:「元がコレだって噂が流れりゃ、売れるもんも売れなくなるわな。そんなんでここの漁場を潰したくはねえよ。――つうことで、アレは全部あっちに積んである」
 びちびちびちびちびちびち、と元気良く跳ねる人面魚の山が、隅っこにいくつも大きな山を作っていた。
オーマ:「…これは…確かにこれは腹を壊しそうだな」
漁師:「だろうな。仲間うちじゃ、どうにかしてコレを食えないもんかと調理しようとしたつわものがいたらしいが」
オーマ:「どうなった?」
漁師:「よりにもよって手に取った魚が幼馴染みそっくりでとてもじゃねえが切れないと叫んで、失踪した」
 なんともいえない表情を浮かべたオーマが、
オーマ:「何も失踪しなくたってなぁ…つっても俺も気持ちは分かるが」
 もし、あの魚の顔が――に似ていたら。
 きっと自分もこの世界から失踪するだろう、と思ったからだ。
漁師:「他にも若ぇモンがずっと来なかったりよ、ったく根性がねえぜ」
漁師:「ん?ちょっと待てよおやっさん、あいつは人面魚が揚がる直前から来てねえじゃねえか」
漁師:「おうそうだったか。人面魚が出てから何人か逃げちまったから、奴も同じかと思ってたぞ」
 そんな話を聞くとも無く聞きながら、オーマが海を遠い目で眺める。
 ――問題はあの人面魚にある。
 いや、当たり前の話なのだが、そう結論付けるまでにオーマにちょっとした躊躇があった事は否めない。
 何しろ相手は人面魚。何か理不尽な事が起こりそうで、それが怖くて仕方ないのだ。
 だが、逃げれば即極刑が待っている。覚悟を決めようと体に力を入れた。

*****

 とりあえず、港の隅で積み上がっている人面魚たちをつんつんとつついてみる。
 びちびちびちっ!
オーマ:「おい、ちょっといいか?こいつらいつ頃揚がったんだ?」
漁師:「あ?ああ、それか。気味悪いよな。そいつらは最初の日に上がったやつだよ。魚じゃねえんじゃねえのかって俺は思ってるけど」
 ――魚が突如高騰し出してから最低でも数日は経っている。その間に魚が普通に生き延びられるとはとても思えないが、この人面魚は普通ではないらしい。
オーマ:「おまえさんたちが喋れりゃあなあ。何か分かるんだろうが」
 そういうオーマにも、どろんとした目を向けて口をぱくぱくさせるだけ。とりあえず言葉は通じないらしいな、と思いながら、さてどうしたものかと首を傾げる。
 そんな折、健気にも海に出て漁をしていた漁船が何かに慌てたように全速力で港へ戻って来るのが見えた。
オーマ:「どした?」
 全身で息をしながら港に付いた船の中でへたり込んでいる漁師にオーマが声をかけると、震えながらも海を指差す男。
オーマ:「なんだっつうんだ…」
 振り返ったオーマの顔が、ぴきーん、と引きつる。

 ずん、ずん、ずん、ずん、ずうぅぅぅぅん…

 BGMがかかりそうな地響きと共に、山のように巨大な人面魚が海の向こうからゆっくりと姿を現そうとしていた。

 ばっしゃああああん…………!

 尾びれをひとふり。それだけで、港に大きな波が押し寄せる。
オーマ:「と、とりあえずおまえさんたちはこっから避難しろ!今回はまだ小さかったが、津波みてえになっちまったら皆海に呑まれるぞ!!」
 その様子を見て、逃げ始めていた人々に、オーマが追い討ちをかけるように声を張り上げ、そしてゆっくりと進んでくるソレに向き直った。
オーマ:「こんなトコで闘えっつうのもなぁ…仕方ねえか」
 足元でびちばちとたくさんの人面魚が打ち上げられて跳ねているのをあえて無視しながら、オーマがざぶざぶと海へ入って行く。
漁師:「お、お前、何を!」
オーマ:「いやだからさっさと逃げろって。俺様は大丈夫だからよ――それに、二次災害が起きねえとも限らねえからな」
 オーマの突然の行動に漁師の1人が慌てて声をかけるのを、くるりと振り返ってにやりと笑ったオーマがひらひらと手を振り、蜘蛛の子を散らすように人が減って行くのを見て、オーマが全身の力を解放し、巨大な獣へと姿を変える。

 おおおおおお…………ッッ

 びりびりと鼓膜を振るわせるような吼え声を人面魚へ向けて、これ以上ルナザームの村へ近寄らせないよう、勢いを付けて頭からぶつかって行った。
 どおおん!
 それだけで、大地が軽く揺れた。
オーマ:『おまえさんがどんな理由で来たかは知らねえがな――これ以上来られると、俺様の命の家計が大ピンチなんだよ!』
 近寄ってみると、何だか威厳のありそうな顔に見えなくも無い、けれど魚が、オーマの攻撃に驚いたようにびちんと跳ねて、自分の尾びれでびしべしばしっ、とオーマの顔面を叩く。
オーマ:『うぉぉっっ!?』
 その力強さに僅かに後ずさるオーマ。その勢いでざばあああん、と港へ波がかかり、揚がっていた僅かな魚と共に、大量の人面魚が一気に海の中に戻って行く。
 ばしゃばしゃと嬉しそうに海の中で飛び跳ねる魚たち。
 そこで――何故か、巨大な人面魚の動きが止んだ。そのまま、自分の周りに纏わり付いて来る魚たちを、ヒレで波をかき回しながら撫でてやる。
オーマ:『…大きさが偉く違うが仲間は仲間か』
 そう言いながらも次なる攻撃は、と考えるオーマ。その頭の中に、言葉なのか何なのかが分からないビジョンのようなものが浮かんで来た。
 ――見れば。
 巨大人面魚の顔が、オーマへひたりと視線を注いでいる。
オーマ:『あー…どうにかコミニュケーション取れるかもしれねえ、な』
 ちょっと疲れるが、と思いながら、オーマもそのビジョンを読み取れるよう、また同じような絵の映像を相手へ送れるよう、神経を集中させ始めた。

 それで、ようやくわかった事。
 『彼ら』は、誰かを探してここまでやって来たらしい。
 普通サイズの人面魚の方が速度が速く、大きいのは一緒に出発したのに置いていかれ、ようやく今追いついたのだと、拙い映像を意訳するとそういういきさつらしかった。
 そして、探している者と言うのが――当たり前だが、やはり人面魚で。
 それもどうやら、目の前の巨大な人面魚の愛娘らしかった。
 まだまだ幼い愛くるしい顔立ちは、どこをどう見たら似るんだ、というくらい似ていない。
 しかも、触覚なのか皮膚の一部なのか、額のあたりからふんわりと伸びた細い幾本もの糸のようなそれがまるで金の髪の毛のように見えなくも無く。
 そんな可愛らしい人面魚の絵姿を延々映し続ける巨大人面魚に少し親近感を覚えながら、この子を探してここまで泳いできたらしい、と、その理由にもちょっと納得しながら、そこで考えた。
オーマ:『んで、見つかったのか?』
 どうにかこうにかコミニュケーション出来た質問には、この世の終わりとでも言う表情を浮かべながら否定し、海の中にはいないらしい、と嘆きのメッセージを送って来る。
 その時。

漁師:『ん?ちょっと待てよおやっさん、あいつは人面魚が揚がる直前から来てねえじゃねえか』
漁師:『おうそうだったか。人面魚が出てから何人か逃げちまったから、奴も同じかと思ってたぞ』

 カン、と言えばいいのか。
 そんな会話が急に思い出されて、オーマは人面魚たちをそこに待たせて、そこに浮かび上がった疑惑を確かめるべく、人間形態に戻って行ったのだった。

*****

青年漁師:「…すみません」
 開口一番。
 全身で苦悩の表情を浮かべながら、まだ少年と言ってもいい年頃の漁師が、大きめの金魚蜂をその手に持ちながら現れた。
青年漁師:「噂は、聞いてたんです…でも」
 人面魚が港に大量に現れた――そう聞いても、決心が付かなかったのだと呟く青年。

 ぱしゃん、と何かの不穏な気配に気付いたのか、その子が金魚鉢から身を乗り出して、不安そうな顔をしながら前ヒレを青年へ差し出す。
 青年が『彼女』に気付いたのは、早朝の網繕いをしようと浜辺に出た時の事。波に流されたのか、砂の上で辛そうに身を捩る彼女を見て、その可愛らしさとぐったりした様子に思わず家に連れ帰ってしまったらしい。
 そして、金魚鉢や綺麗な海草やきらきら光る石、喜びそうな食事と心を込めて世話をしていた。幼い人面魚も、そんな青年に懐いて、良くそのつぶらな瞳で青年を見詰めていたと言う。
 確かに青年を心から頼っている様子や、見た目ふっくらした顔付きの少女を見ればどんな生活をしていたかは分かるのだが…。
オーマ:「とは言ってもまだ子どもだろう?親に心配をかけちゃいけねえよ」
 大きさからしてもまだまだ幼子、家に帰してやらねえとな、とオーマが父親の顔になって言い、その言葉が分かったのかどうなのか、小さな人面魚は沈んだ表情を浮かべて金魚鉢の底へとふわりと降りた。
オーマ:「おまえさんも、分かってる筈だ」
青年:「分かってます。分かってるんです…でも…」
 港の仲間に迷惑をかけたくは無い。けれど、この小さな少女を手放すのは、心を引き裂かれるようで辛い。
 そんな板ばさみに追い討ちをかけるように、自分を頼りきって可愛らしいつぶらな目でじぃと金魚鉢の中から見上げる人面魚の目が、悲しげに伏せられた。
青年:「う、うぅ…」
 思い切り苦悩しながらも、自分がしなければならない事は分かっているらしく、最後にはがしっと金魚鉢を掴みながら、
青年:「すまない――すまない。君を、こうして連れて来てしまった事も、離してしまう事も…ッ」
 目の縁に涙を浮かべながら、苦しそうに、辛そうに頭を下げた。
 ぱしゃん。
 そんな彼に、再び表面へ浮き上がった人面魚がヒレを使って身を乗り出し、ほろほろと涙を流しながら、その額に小さな小さなキスをする。
 そして――『彼女』は、迎えに来た大勢の人面魚と、巨大な人面魚に守られるようにしながら、海へと還って行った。

オーマ:「まあ――結局は魚だしなぁ」
 海に住む者と陸に住む者。その上言葉が通じず、オーマのような精神感応の技を持っていてさえコミニュケーションは酷く難しい。
 そんな2人が出会ってしまったのは、悲劇だったのかもしれない。

 人面魚は――網で引き上げられた分も含めて、一匹残らず海の向こうへと消えていた。陸に上げられて何日か経っていたものもあったらしいのに、その生命力の強さは感嘆に値するとしか言いようが無い。
 とりあえず、オーマとしては久しぶりの大量魚――それも村を救った英雄と言う事でここ暫くは無料で提供してくれるらしい――にほくほく顔で、重くなった背負い籠を持って肩を落とす青年へ向き直ると、
オーマ:「おまえさんももう少し大人になれば、分かるかも知れねえな。こういう経験も大事だって事――と言う訳で俺様は帰る。また来るから、その時も宜しくな。じゃッ、そう言う事で!」
 魚が痛む前に、としゅた、と手を上げて急ぎ足で帰っていく。
青年:「…………はぁぁぁぁぁ」
 年若い漁師は、溜息を付きながら海の向こうをいつまでもいつまでも見送っていた。


-END-