<PCクエストノベル(2人)>


虹の雫 〜貴石の谷〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2079/サモン・シュヴァルツ/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー   】

【助力探求者】
なし

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 がさごそと、オーマ・シュヴァルツが背中を丸めて荷物を詰め込んでいる。
 今はまだ早朝。皆が寝静まっている間に出かけようと言う腹だったのだが、
サモン:「……もう、出るの」
オーマ:「おう。そりゃもうあんな話を聞いてじっとしてられねえ――って」
 静かにかけられた声にるんるん気分だったオーマがつい返事をしてしまい、慌てて振り向いた時には、同じく出かける準備が整っていた娘のサモンが静かに立っていた。
サモン:「…それじゃ…行くよ」
 何かリアクションがあるかと思い一瞬身を竦めたオーマだったが、サモンはそんなオーマの横をすいと通り抜け、入り口でちらとそんな父親の姿を見て、するりと外へ出て行く。
オーマ:「随分乗り気だな。やっぱり場所が場所だからか?」
 貴石の谷――そこの最深部調査を依頼されたオーマが、貴石と言えば宝石ざくざく、となりゃあ年頃の娘のサモンもやっぱり気になるか、そうだよなぁ、とにんまり笑いかけたオーマが、そこで笑みを引きつらせる。
オーマ:「いやいやまだまだまだまださきのはなしだからな、そうだよな。うん、そうだそうだ」
サモン:「…オーマ」
オーマ:「はいっ今すぐ行きますっっ」
 危く自分の考えがどこかへ飛んでいきそうだったオーマへかけられた言葉に、オーマが飛び上がって外へと飛び出して行った。

*****

 貴石の谷は、昔宝石鉱山として栄えていた場所だった。現在では採掘量も減り、産業として成り立たなくなったためにそうした作業員は撤退している。また、それに追い討ちをかけるように、宝石喰らいと言われるモンスターも現れて人々を寄せ付けない場所になっていた。
 だが、それでも僅かながら宝石は取れる上、奥へ行く程貴重な品が手に入るため、探検家、冒険者という人々は時々その中に潜っては一攫千金を夢見ていた。
オーマ:「屋敷サイズの宝石喰らいか。いたら楽しそうだなぁ」
サモン:「………」
 谷に足を踏み入れながら、楽しそうに言うオーマを無言で眺めるサモン。
 それが噂通り宝石を餌とする生き物なら、病院に置くのは危険行為どころか即死の可能性があると言うのに――オーマが。
 そんな事を思いながら、相変わらず無駄の大きい考え方をする、と冷静に親を分析するサモン。
 深部の調査と、採取できるだけの宝石を、と調査機関に依頼されたのが何日か前の事だったが、依頼料にプラスして、深部で取れた宝石の一部も自分たちのものにして良いという契約を済ませているため、オーマが内緒で懐に入れないよう監視役としてサモンが付けられたと言うのが本当の所だった。
 その懸念を出したのは当然ながら女性たち。そして、ちゃんと綺麗なものを選んで持って帰って来てね、と期待感いっぱいの笑顔を向けてきた事を思い出しながら、
サモン:「貴石…そんなに嬉しい物…?」
 不思議そうに、前を歩く父に訊ねる。
オーマ:「そうだな。貴重っつう簡単な理由もあるが…サモンも見れば分かるかも知れねえな。どうして貴石を人がありがたがるのか、さ」
サモン:「………」
 オーマが言ったその言葉に、サモンが僅かに反応した。今まではただオーマの目付け役としての同行としか考えていなかったのだが、そこに小さな好奇心らしきものが生まれたのだ。
 ――どうして、貴石をありがたがるのか。見て、分かるのだろうか。
 心が、その石を見て動かされるのだろうか――。
 足元がでこぼこと安定しないところを慎重に抜け、人々が掘り返した坑道跡を下へ下へと下って行く。
 時折きらっ、と壁の一部が小さく輝く事があり、
オーマ:「おう、こりゃ宝石の結晶だな」
 こことかこことか、とオーマが後ろから付いて来るサモンへ言って指差す。
サモン:「…これが?小さい…」
オーマ:「わはは。そりゃそうだ。宝石ってな、ほとんどがこういう小さな色んな結晶が寄り集まってるだけさ。その間にどこにでもあるような石を挟んでな」
サモン:「…ふうん」
 そっと、きらきら光る小さな粒に、サモンが触れる。
オーマ:「やっぱりこの辺はほとんど掘り返されちまってるな。もっと奥に行くか」
 ざっと見ただけで、オーマがそんな事を言ってずんずんと下って行く。
 その後を、サモンが無言で付いて行った。
 ――どのくらい長い間下りて来ただろうか。
 あたりは次第に乱雑に掘り残したでこぼこの壁だらけになり、床も歩きにくくなっていた。この辺りまでは掘り進んだのだろうな、と思われる場所を抜けて、進んで行く2人。
オーマ:「疲れてねえか?」
サモン:「別に…」
 ここに来るまでに何匹かの『宝石喰らい』をあっさり片付けたオーマが、サモンを労わるように言葉をかけると、そっけない答えが返って来る。それに苦笑しながらも、オーマがふっと別の方向へ目をやった。
オーマ:「…今、なんか…」
サモン:「風が――」
 2人の間を駆け抜けた僅かな風。そこから漂う香りは、こんな場所にありながら、2人にとても馴染みの深いもので、ちらと視線を合わせると、少し方向を変えて風の吹いてきた方へ歩いて行く。
オーマ:「あの雰囲気は…まさか、こんな場所に」
 驚いたようなオーマの呟きと共に。

*****

 そこには、地の底とはとても思えない光景が広がっていた。
 乳白色の大きな石が壁から顔を出していたり、床に小ぶりな同じ石があったりする中を、どうやって根づいたのか、ルベリアの花が一面に咲き誇っていた。
オーマ:「…すげえ光景だな」
 オーマにしても、こんな場所に咲くルベリアの花は初めて見るもので、サモンもまた、こうした光景は初めてで言葉を失っている。
 そして、気付いた。
 風も無いのに微かに揺れるルベリアの花と、乳白色の石――恐らく虹の雫だろう――が、相互に作用を及ぼしながら、新たな命とでも言えばいいのか、乳白色のルベリアがそこに咲き誇っていたいた。…今も、呼吸をするように淡い、虹色の点滅を繰り返している。その側で、乳白色の石は僅かに虹色の輝きを見せていた。
オーマ:「ほうほう。こりゃあ、珍しい…」
 どう言う作用でこんなものが出来たのか、と手を伸ばそうとするオーマ。
 その背に、ゆらり――と、大きな影が被さった。
サモン:「…オーマ」
 サモンがすっと後ずさりしながら呟くその警告に、オーマが咄嗟に横に飛んだ。

 がちぃん!

 今までオーマのいた場所で、巨大な牙と牙が打ち鳴らされる音がして、ずうん、と巨大な――まさに屋敷サイズの宝石喰らいが現れる。
 とは言え、それは今までのまっすぐ獲物へ向かってくる普通サイズのそれとは違って、まるでこの場を守ろうとするかのような動きだった。今も、オーマが飛びのいたその場から外へ目を向け、ぐるぐると喉を震わせている。
サモン:「そう言えば…宝石喰らいは、人を餌にしているような様子だった、ね」
オーマ:「普通サイズは間違い無くそうだったなぁ。こいつも、サイズが違うだけと思えば同じか。ちぃっ、家に連れ帰ろうと思ったのによう」
サモン:「……まず、入らないと思う…」
 少なくとも絶対に家の入り口はくぐれないサイズだ、と見上げながら思ったサモンが、今度は自分へ背中から向けられた殺気にすいと数歩前に進み、その位置からくるりと振り返った。
男:「ち、気付きやがったか。まあいい、人数じゃこっちのが勝ってるんだしなぁ」
 そこに居たのは、数人の、見るからにならず者な風情の5人。とは言え、手に持つ武器に慣れている様子や、ここまで降りて来た所を見るとそこそこ腕は立つらしい。
男:「ここにあるモンは全部貰って行くぜ。そこのでけえのもだ」
オーマ:「ほおぅ?」
 ルベリアの花も、虹の雫も、虹の雫と相互の作用を受けて独自に進化した新たなルベリアも、そこに立つ宝石喰らいも全て自分たちのものだと、これ以上会話をする気もないようですらりと抜き放った武器を掲げて一斉に2人へ飛び掛っていく。
オーマ:「サモン、下がるか?」
サモン:「…冗談…」
 すうっ、とサモンが目を細める。
 その小さな身体から、巨大な気が噴き出してその場を覆い尽くした。
オーマ:「殺すなよー」
 緊張感のかけらもない声をサモンにかけるオーマも、どうやって取り出したのか巨大な銃を手ににんまりと男たちへ笑う。ただし、向けられた先は男たちではなく、宝石喰らい。先程から凶悪な瞳をぎょろぎょろとこの場にいる者たち全員に向けていたからだ。

サモン:「…下手な抵抗を…しなければ」
 そう言いながら、サモンがその両手に短剣を生み出して男たちへと飛び掛っていく。
男:「けっ、お嬢ちゃんのそんな体で…」
 嘲笑って武器を構えた男たちだったが、次の瞬間1人がずん、と床に倒れていた。全身に細かな傷を幾つも付け、大きな打撲跡を胸に浮かべて。
サモン:「…邪魔」
 以前に『仕事』をしていた時に比べれば、赤子の手を捻るより簡単だったらしい。
 無駄な言葉を使う事の無いサモンの人間離れした動きに、ようやく男たちがざわめいたがもう遅い。
 ひゅ、ひゅ、と何度か風切り音がしたあとで、次々に倒れて行く男たち。
サモン:「――弱い」
 ぽつ、と最後にそう呟いて、背後でどんぱちやっているオーマへと視線を向けた。
オーマ:「何だこりゃあ、まるっきり銃が効かねえぞ」
 強力な弾を打ち込んでも、麻酔弾を打ち込んでも、全く効いた様子が無いまま、オーマをあしらう宝石喰らい。
サモン:「このサイズだと…ここを潰すくらいの威力が必要、かも」
オーマ:「そうなんだがなぁ、それじゃ駄目なんだよ。せっかくああして花も咲いてるってぇのに、潰せねえだろ」
サモン:「…そういう、もの?」
オーマ:「そう言うものだ。まあ、そんだけの威力がある弾を打ち込んだりした日には、こんな深い場所にいる俺たちも埋まっちまう可能性がかなり高いっつうのも理由のひとつだがな。…そうだ、サモン」
サモン:「何」
オーマ:「俺様が引きつけておく間に、いくつか取れねえか?あれを」
サモン:「石?」
 そうだ、とオーマが頷く。
オーマ:「残念ながらこいつをペットには出来そうもねえんでな。もう1つの案で行こうかと」
サモン:「やれ…と言われればやるけど…」
 躊躇無く、何歩か近寄るサモン。ぐるる、と喉を震わせたソレは、ぎろりとサモンへも視線を向けた。
オーマ:「おっと。そっちは駄目だぜ、いくら可愛い子だっつったってな、ちょっかいかけちゃいけねえよ」
 その目をめがけて弾を打ち込むオーマ。一気に殺気がオーマへ向けられるのをにやりと笑って見ながら、銃を構えなおす。
オーマ:「鬼さんこちら、ってな――」
 ぽんぽんぽん、と目くらましのような煙幕を宝石喰らいの目の前で弾けさせる。
 その足元で、サモンが適当にいくつか拾ったのを見、素早く戻ってきてオーマへ頷くのを見ると、
オーマ:「んじゃあ撤退するか。こいつらもな」
 具現で丈夫な網の袋を作り、そこに入れた男たちを亜空間の隙間に放り込んで引張って行く。はためには紐を引張っているだけのようにも見えるが、紐の先に繋がった空間の中には彼らが詰まっているというわけで。
 そうやってさっさと撤退していく途中でちらりと見ると、宝石喰らいは侵入者がいなくなった場所で、ルベリアの花をじぃっと見詰めているのが見えた。

*****

 男たちを適当な場所に放置し、戻って来たオーマたちが、僅かながらの成果をテーブルの上に転がして見る。
オーマ:「虹の雫、か」
 光を当てると虹色に輝く不思議な石を眺めながらオーマが呟く。
オーマ:「あそこにあった珍しいルベリアの花で結晶を作っても良かったかもなぁ」
 そうすりゃあ、それこそ世界にひとつしかない宝石が出来ただろうに、とそこまで言ってから、ルベリアの結晶は恋人たちが互いに持つ石だと言う事を思い出して、一瞬ダークサイドに落ちかける。
サモン:「オーマ?」
オーマ:「う、うん?ああ、どうした?」
サモン:「……なんでも、ない」
 そんなオーマの変化に気付いたか、サモンが声をかけたが、その言葉でいつも通りの父親の顔を見せたオーマに、軽く首をかしげながらサモンが答え。
オーマ:「…お。面白い形になってるな、これは」
 いくつか拾い集めた虹の雫の中で、3つの石が大きさも同じくらいでお揃いの形をしている事に気付いたオーマが、その3つを取り分けた。
 それは、涙型と言えなくもない丸みをおびた形をした乳白色の石で、だが見ようによっては卵型にも見える、そんな面白い形のまま結晶化したもの。
オーマ:「これは家族用にとっとくか。後ひとつふたつくらいは適当なのを残しとかねえと俺様が危険だな」
 サモンへそう言って笑いかけたオーマが、今度は拾った中で大ぶりのものと、可愛らしくまん丸に近い形のものをより分けて、残りは全て依頼人に渡すか、と皮袋の中に戻して行く。
サモン:「…お揃い?」
オーマ:「そうだ。サモンはこういう石、嫌いじゃねえだろ?」
 3つのうちひとつをサモンへ手渡しながら言うオーマへ、こくんと頷いて見せるサモン。
 そうして、手の平の上にのせられたそれへ、じっ、と視線を注ぐ。
 時折差し込む日の光を浴びてきらきらと虹色の輝きを見せるその石の魅力に取り付かれたように、飽きずサモンは虹の雫にいつまでも見入っていた。
 その時、心に湧き出していた気持ちをどう表現していいか、ほんの少し戸惑いながら。
オーマ:「………」
 そうしたサモンの心の動きに気付いているのか、オーマはそんな風に熱心に石を見詰める我が娘を愛おしそうに見詰めていた。


-END-