<PCクエストノベル(2人)>


強欲-avaritia- 〜底無しのヴォー沼〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2085/ルイ        /ソイルマスター&腹黒同盟ナンバー3(強制】

【助力探求者】
なし

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 底無しのヴォー沼。
 その中には数々の秘宝が眠っているとされており、命知らずの者たちによる潜水が後を絶たない。中には生還し、大金持ちになっている者がいるという噂もあるが、その成功した者が誰であるのかは語られる事が無い。
 そんな沼を見る者たちがいる。いつものぎらぎらした目ではなく、どこか怯えたように、沼の上に浮かんで来るモノを見詰めている。
 それは、7つの棺。ソーンでは見かけないデザインと、異質な雰囲気が漂うその棺は、ある日突然音も無く浮かんで来たのだった。
 沼に浮く船を持ち出して、好奇心旺盛な者が棺を調べてみたものの、蓋は開かず、そこに刻まれた文字も読めず、そして――その棺は間違い無く沼の上に浮いていた。
 どう見ても沈んでしまいそうに重く見えるのだが、軽いのだろうか、と持ち上げようとした者もいたが、かえって自分が沼に沈んでしまいそうなくらいの重さがあった事が明らかになり、そして、棺がこれだけ浮いている状態でヴォー沼の中に潜ろうという者はいなくなった。その代わり、すぐ近くにある村を拠点とした観光地のようになり、露店はますます増え、村も店も繁盛し始めていた。
 そんな、ある日の事。
 ふらりと立ち寄った、観光客らしくない2人の男が村の中に流れる噂話を聞いて、互いに目を見交わす。
 棺が浮かんだと言う噂――それがソーンのものではないらしいという話を聞いて、もしかしたらと思いながら訪れたのは、オーマ・シュヴァルツと、死人に関することならわたくしの出番ですね、と眼鏡をくいくい動かしながら得意げに言ったルイの2人だった。
オーマ:「…で、今も浮かんだままなのか」
少年:「うん。時々触りに行く人もいるけど、あのままだね。潜る人がいなくなった代わりに名物になった感じだよ」
ルイ:「観光名所というわけですか。オーマさん、後で参りましょう」
オーマ:「最初からそのつもりだったけどよ」
 ――それにしても、奇妙な棺桶が浮かんだ底無し沼…それが新たな観光名所になる理由が良く分からない。
 底無し沼に潜ろうとする者、潜ろうとする者を見に来る者を当て込んで露店が出るというのは分からないでもないのだが、浮かんでいるのは7つの棺。不吉な事この上ない。
オーマ:「不死の王が眷属引き連れて底無し沼の上に居座ったのと気分的には変らねえだろうに」
ルイ:「それはそれで非常に楽しそうですね。わたくしなら喜んで観光に行きたいと思います」
オーマ:「そりゃあおまえさんだけだ」
 そう言うオーマも、腹黒同盟に勧誘するとあればどこにいようがすっ飛んで行くのだろうが、その辺りは完全に棚上げしつつ、2人でぶらぶらと例の沼へ向かって行く。
 やはり、村と沼の往復をする人影が予想以上に多い。奇妙な事だと思いながらも、珍しいものみたさという言葉もある、と納得させつつ沼へと赴いた。
ルイ:「――――――ふうん」
 じめついた大地の、安全圏と分かる部分を踏んでもどこか頼りなげな、柔らかさを持つ地面にやや慎重な足取りになりながら沼の上部を見ると、
オーマ:「…遠目じゃ詳しい事はわからねえが…やっぱり想像通りだな」
ルイ:「かの国の様式ですね。形も、恐らく材質も。…とはいえ」
オーマ:「誰があんなトコに持って来たか、だよな。浮いてきたとか言う話もあるが」
ルイ:「そうですねえ」
 7つの不吉な姿を浮かべている棺を見ながら、2人がぼそぼそと言葉を交わす。
 不思議な事に、何らかの事象を起こしているにも関わらず、あの棺からはそうした波動が一切感じ取れなかったのだ。となると、わざとあの棺を持ち込んだ誰かが居ると言う事になるが…そういう結論に来た所で、ルイがゆるりと首を振る。
ルイ:「匂いますね。…何か、鼻が利かなくなっているような気がしてなりません。無臭だからこその匂いもあると思われます。ま、戻りましょうか。ここにいても何も変わらないと思いますので」
オーマ:「だな」
 そうして、何となく心引かれるものはあるものの、ここにじっとしているのも芸が無いと村へ戻り、そして、
オーマ:「ほう?不死者がこの辺に良く姿を見せるっつうのか」
 先程話をした少年が再び近寄ってきて、そんな事を言い出した。
少年:「そうだよ?俺も見たかったんだけどかあちゃんに止められてさ」
 じめついた沼が呼ぶのか、不死者や、ウォズがこのあたりをうろついて旅人に襲い掛かるという事件がこのところ増えているのだと言う。
ルイ:「ウォズもですか。…良くその名を知っていましたね」
少年:「見に行って、教えてもらったんだ。そこに居た人にさ」
 へへん、と得意げに言う少年が、手のひらをオーマたちへ差し出すと、
少年:「でさ。いくらくれる?面白い話してやったんだからさ、少し色付けて貰いたいな」
 にっ、と悪戯っぽい目で笑った。
ルイ:「おやおや。そんな年からもう強請りがましい事を言うようになるのですか。ですがわたくしはともかくこの哀愁の中年男性は駄目ですよ。奥様からぎっちりと財布の紐を硬く結ばれているために自由にならないのです」
少年:「じゃあそっちのおじさんでもいいよ。情報には対価がいるんだぞ?」
 オーマがじろりと睨むのを涼しい目でかわして、ルイがにこりと眼鏡の奥で笑うと、
ルイ:「おとといおいでなさい。その程度の情報はその辺りのおばさまに伺ってもわかる事。もっと有益な情報であれば、わたくしは考えてあげない事もないですよ」
 きっぱりとそう言いきった。
少年:「ちぇー、なんだよケチー。そーゆーヤツの事、しみったれって言うんだぞー!」
 ぶー、と頬を膨らませた少年がたたたっと駆けて行く。
ルイ:「おやおや、言われてしまいましたねオーマさん」
オーマ:「俺じゃねえっつうの。おまえだおまえ」
 びし、と指で刺されたルイはふっと顔を横に向け、
ルイ:「どういたしましょうか。奇妙な事件も起こっているようですが」
オーマ:「人の話を聞けよ。まあ…滞在してみるしかねえだろうな。ウォズ絡みなら俺様にもやりようはあるし」
ルイ:「そうですね」
 こくりと顔を見合わせて頷いた2人は、村の中で唯一に見える宿で暫く滞在する旨を告げ、無愛想な男に他の観光客も泊まりたがるんだからとか何日と指定するわけじゃない滞在じゃこっちも困るんだとか色々細かく言って、この辺の相場を遥かに超えた金額を前金で要求され、仕方なく支払う事になった。

*****

 ――こぽり。
 沼の底から、泡がひとつ浮き上がってきて、水面にぷくりと膨れ上がる。
 ぱちん。
 瘴気を内包した泡がはじけた音は、夜闇の中にかき消されて行った。

*****

 滞在している間、毎日のようにウォズや不死者が村の近辺に現れて、オーマたちはその対応に追われていた。だが、それらは全て『別の要因』によってもたらされたものではないかと2人は疑い続けていた。
 観光客は毎日わいわい押し寄せて来る。そんな中をぴょこぴょこ飛び回っては情報を『売りつける』、例の少年も宿の2階から良く見えた。
オーマ:「とは言え、大元の原因がわからねえんだよな」
ルイ:「わたくしはやはりどう考えてもあの棺が怪しいと思うのですが…」
 ふっ、とそこでルイが言葉を切った。
オーマ:「が?どうしたんだ?」
ルイ:「…わたくしたちには、今回の事件は見えないのですよ。招待されて来たにも関わらず、ホストは現れず待たせ続けているのです。事件を起こして」
オーマ:「そりゃどういうこった?」
 ルイにとっても良く分からない事らしい。それだけを言うと、薄い唇に指を当ててじっと何かを考え込む。
ルイ:「今日は棺が浮かび始めてから――何日目ですか」
 不意に。
 ルイがそう呟いた。宙の一点を見詰め続けながら、独り言のように。
オーマ:「今日で…俺たちが来た時には2日か3日目経っていたから、大体5日か6日目ってとこだが」
ルイ:「そうですか」
 その後、ルイは声に出さずに何かを呟いていた。
 あと――か、と。

*****

 ぷくりと、沼底から上がって来た泡が水面で再び膨らむ。
 ぱちんと弾けた音は、闇の中に溶けて行く。
 そして――じんわりと、沼の水の色がほんの少し赤らんだように見えた。

*****

オーマ:「あーいい朝じゃねえな」
 体中が重くて仕方の無い朝、ふああああ、と大きく欠伸をしたオーマが体を伸ばす。
 昨日もあの後、数度に渡って何人かの人々がウォズや不死者に襲われると言う事件があり、村人ももう分かっているのか真っ直ぐにオーマたちの所へ駆け込んで来るようになって来ていた。
 そのせいでか、体がなんとなくだるい。
ルイ:「しっかりして下さいよオーマさん。そんな事では大事な役目が務まりませんよ」
 対してルイはいつも通り。持参して来た薄い本をぱらぱらと捲りながら、退屈そうにベッド脇に腰を降ろしている。
オーマ:「そうは言ってもなぁ――ん?」
 連日増え続ける人々を2階から眺めていたオーマがつと身を乗り出した。そのままじっと村の広場を凝視する。
ルイ:「どうしましたか。好みの女性でも見つかりました?」
オーマ:「そうだな3番目のが――って違う違う。…ちょっと出て来る」
ルイ:「どうぞ」
 一緒に行く気はないらしく、座ったまま本を捲りながらオーマに返事をする。オーマが素早く上着を着て外へ出て行く時も、目線はオーマの去った扉へ向けながら、ぱらりと読んでいないページをまた捲る。
ルイ:「恐らくは今日。ようやく『主人』の出番ですね。待ちくたびれましたよ」
 そんな事を呟きながら。
 オーマが戻って来たのはそれから少ししての事だった。
オーマ:「ルイ、ちょっと手伝ってくれ。村人に聞き込みだ」
ルイ:「この日にですか」
オーマ:「ああ。…あの子どもが昨日から行方不明になっているらしい。それだけじゃねえ、その前の日にも、村人が消えてるんだ。誰も騒がねえから気がつかなかった」
ルイ:「1日1人…そういう計算ですかね」
オーマ:「とにかく、」
 ルイの呟きには気付かなかったようで、オーマがルイを急かす。
オーマ:「どのくらいの村人が消えているのか確認を取りてえんだ。で、ついでに注意して回る事にしよう」
 ――絡められた糸が、首を締めていくようで落ち着かない。
 オーマに押し出されるように外へ連れ出されたルイも、仕方なくオーマと手分けして村の中を回り始めた。
 その結果。
 行方不明者は6人。エルザードに行ったんだろうとか、旅人とどこかに遊びに行ったに違いないとか、そんな理由を考えて全く何の手も打っていなかった村人たちにちりちりとした違和感を感じながらも、最後に行方不明になった少年の家へ行く。
 すると、
母親:「あの子はあの年で儲け話に目が無くてね。何の因果かと呆れてますよ私は。昨日も夕方近くに何か美味しい話を聞いたとかで目の色を変えてましてね――思ったとおり、寝静まった頃に抜け出したみたいですよ。きっとどこかの遺跡に行ったんでしょ」
 そんな、何でそんな事を聞くのかと言ったつんつんした態度の女性が現れ、それだけを言うとぱたんと戸を閉めた。何があったのかとか、オーマたちが聞きまわっているのはどうしてなのか、とかは考えもしないらしい。
オーマ:「…何だか気味が悪いな」
ルイ:「目隠しされ、口枷を嵌められ、後ろ手に縛られているようなものですからね。今は」
 オーマの呟きにルイが返し、すたすたと数歩歩いて、オーマをくるりと振り返った。
ルイ:「オーマさん、行かないのですか」
オーマ:「行くって――どこに」
 ふう、とルイが大袈裟に溜息を付くと、涼しげな目を向ける。
ルイ:「オーマさんまで鈍化してしまってどうしますか。沼ですよ。あの棺を見に行きましょう」

 沼は見た目に全く変化が無いように見える。強いて言えば観光客の数が異様に目立つくらいか。こんな場所で露店を開いている者も、売れ行きは好調でほくほく顔――いや、もっと売りさばこうとだみ声を張り上げていた。
ルイ:「見て下さいオーマさん。棺の変化に気付きませんか」
オーマ:「変化、か?」
 そう言われ、目を凝らすオーマ。
 確かに言われるようにどこかが変ったように見える。が、どこがどう変ったのか、明確に答えを出す事が出来ないオーマに、
ルイ:「――来た時に比べ、棺の位置がずれています」
 そう、他の観光客には聞こえないようそっと囁いた。
 ルイに言われて、もう一度良く見るオーマ。少しして、目が少し見開かれてルイを見ると、ルイがくるりと踵を返してすたすたと村へ戻って行く。
 それに追いついた時、ようやくルイが口を開き、
ルイ:「わたくしたちがこの地へ来た時は、僅かですが3つの棺が他のものに比べ沈んでいるように見えました。――今日見た時には、1つを残した6つが沈んでいましたね」
オーマ:「行方不明になった連中と数は合うな。まさかあの中に?」
ルイ:「…本当に重さ分だけ沈むのなら、あのような微妙な変化にはなりませんよ。恐らくあれは象徴でしょう。となれば、残るはあとひとつ。オーマさん、今晩は眠れませんよ」
 ルイの言葉に、オーマが静かに頷いた。

*****

 ぶくぶくと沼全体が泡立っている。
 そんな中、かたかたと7つの棺のひとつが、今までびくともしなかった蓋を鳴らし始めた。
 時は来たり――そして、強烈な負の波動が沼を中心に天へ昇る。

*****

 初めに異変に気付いたのはオーマだった。
 眠らないようにするどころか全く眠気が兆してこない体が、何かを感じ取っていたのだろう。
 それは、飲み水を取りに下に降りた時の事。散々値段を釣り上げて宿代を払わせた癖に、昨日再び追加料金を取りに来た宿の亭主の姿が無い事に気付いたのだ。
 尤も昨日は初日に支払った金額以上を出すつもりが無かったオーマがべらべらとまくしたて、最終日にお互いの目の前で細かく2人が泊まる事でかかった費用を計算する事にさせたのだが。
 四六時中受付に座り、眠い時でもすぐ後ろにあるソファで仮眠を取る姿しか見た事が無い男が、こんな時間にどこかへ行く筈が無い――そう思ったオーマが、2階にいるルイに声をかけようと階段を昇り始める。

 そこに、

オーマ:「―――――!?!?」

 全身の毛が逆立つような気配が襲い掛かり、そしてそれはいつの間にか村全体をすっぽりと包み込んでいた。
 だが、それは只の前兆でしか無く。

 同時にばくんと1つの棺の蓋が大きく開き、そして、その中の闇が――負が煮凝った闇が夜の闇に溶けて広がり、すぐ近くにあったひとの気配が多い場所、村をひと口で呑み込み。

 村は、闇の中に堕ちて行った。

*****

オーマ:「…………」
 うっすらと、オーマの目が開く。
 そこは――上にも下にも延々と続く透明度の高い水の中。だが呼吸は苦しくない――いや。
 息を、していない。心臓の鼓動もまた、聞こえない。
 上を見ても、きりがなく。下を見ても、底は無い。

オーマ: ――俺は――死んだ、のか?
 まさか、と思う。
 だが、ここに来るまでの記憶が曖昧で、どうしてこんな場所に…とぼんやり思うだけ。
???:『大罪を犯した者には、罰が与えられる』
オーマ: だれ――だ、そこにいるのは

???:『汝、欲に塗れた人生を送る者よ。その欲で一体どれだけの命を奪い取ったのだ』
オーマ: ―――――あれ、は――――――

???:『罪に見合った罰を、汝らに――』

???:「やれやれ…こんな場所で大懺悔祭りですか?随分な趣味と思われますが」

 その言葉が耳に届いた瞬間、オーマのいた世界が、裂けた。
オーマ:「うぉっ!?」
 一気に視界が暗転し、目が見えなくなったかと思ったオーマへ、
ルイ:「ずいぶんと下らない夢を見せられてしまいましたよ。――このわたくしが、ですよ?」
 氷点下に達しているんじゃないかと思う、ルイの言葉がオーマの耳を捉えた。それは先程の負の感触よりもひやりとオーマの背を撫で。
オーマ:「あー…ここは何処だ?」
ルイ:「棺の中でしょうね。随分と広いとは言え、オーマさんとご一緒するのは遠慮申し上げておきたい所です」
オーマ:「俺様だって入るときは家族だけにしておきたいぞ」
ルイ:「ほほう、一家心中ですね?それはそれは豪儀です」
オーマ:「そーゆー意味じゃねえっつーの。ったく」
 暗闇の中、口をひん曲げるオーマ。どうにもこのルイの滑らかな口から出て来る言葉は棘よりも鋭く、毒を含んだ刃物を身に付けているような気がしてならない。
オーマ:「そういや、おまえさんが見せられた『夢』っつうのは?」
ルイ:「…言うなれば若気の至りという所でしょうか。わたくしにもありましたからね、何も考えずに己の思い赴くままに行動を起こしていた時期が」
オーマ:「おまえさんにもそういう時期があったのかね…想像できねえ」
ルイ:「オーマさんもなかなか言いますね。さて、こんな話をしていてもキリがありません。外に出ましょう」
 ルイが立ち上がった気配がする。それに合わせ、オーマも恐る恐る立ち上がってみたが、天井に頭が付くどころか、両腕を上に前後に伸ばしてみてもどこにも当たる様子が無い。
オーマ:「そうか、ここも異空間のひとつか」
ルイ:「そのようです。どうやら詰め込まれているのはわたくしたちだけではなさそうですし」
 ルイがそう言って、
ルイ:「オーマさん。ここは断腸の思いで提案させていただきますが、協力いたしませんか」
オーマ:「…俺は構わねえけどよ。おまえさん、嫌なのか?協力っつうのは」
ルイ:「いえいえ。適材適所というのもございますから?個人個人で力を出し合って結果的に協力したという形ならばわたくしとしても異存はございません。ですが、今回のものは、少々手ごわいものですのでね。そうなると、相手に同調しつつ心を合わせていくと言う恥ずかしげも無く言えるようなものではない力の発露になってしまいますから」
オーマ:「あー待て待て。おまえさんのその物言いを聞いてるとこっちまで恥ずかしくなっちまうじゃねえか。つうか…そうか。異質な力には単品じゃ対抗できねえっつう事だな」
 こくり、とルイが頷き、眼鏡を動かしたのか何故か暗闇できらん、と光るのが見えた。

 ルイの波長に合わせて『見る』と、今いる場所の異質さが良く分かる。
 ここは、ひとが居ていい場所ではない。
オーマ:「裂目があるな。分かるか?」
ルイ:「どこですか…ああ、そちらですね。ではそこを破壊しましょう」
オーマ:「棺の中だっつっても抜けた途端沼の真上ってことはねえだろうな」
ルイ:「いやですねえ。そのくらいもうオーマさんにも分かっている筈ですよ?」
 ――ルイの言う通り。
 棺はあくまでも、罪びとを寄せ集める装置のひとつにしか過ぎない。だから、沼の上に浮かぶ棺の『中』に押し込められていると言う訳ではない。
 それはあくまでひととしての感覚。
 存在するもうひとつの『棺』の中こそが、今いる場所なのだ。いや、本当はここも場所ですらないかもしれない。
 そして――その中に、オーマは、ルイは、明らかな『異端』の気配を感じ取っていた。
 やがて、ばりばりと言う悲鳴のような音が聞こえると共に、朝の光が闇をかき消すように差し込んできて。その眩しさに目を閉じている間に、村は元へと戻っていた。

*****

 沼には、もう棺は無い。
 朝一番で店を開いた者によれば、棺は――何故か1つがぼろぼろに腐り果てており、残りの6つと共に音も無く沈んでいってしまったのだと、自分ひとりしか見ていないその情景を自慢気に語っていた。思わせぶりに語りながら、それを興味深そうに聞く者たちへ駄賃を要求しつつ。
オーマ:「結局、7人は戻って来なかったんだな」
 夢から覚めたように、7人の行方を捜し始めた村人に、やはり何らかの術が混じっていたのだろうと思いながら、沼を眺めてオーマが呟く。
ルイ:「いいえ」
 何も変化が無いように見える沼をちらりと見たルイが、帰りましょう、と呟いて村の外へとオーマを連れ出すと、そこでようやくほんの少し表情を緩めて、
ルイ:「戻ってきていますよ。…彼らは、あそこにいます」
 ついさっき、2人が眺めていた方向を見やった。そこには、深い、底の無い――。
オーマ:「まさか――」
ルイ:「彼らの罪は在ったのでしょう。だからこそ選ばれたのかもしれませんね」
 わたくしたちのように。そう呟いたルイは、珍しく遠い目をして空を見上げた。

 ――それから、数日後。

 何もかも飲み込んで離さないと言われている底無しのヴォー沼に、何体かの遺体が日を置いて浮かび上がってきたと言う怪現象が噂されていた。
 その話を聞いた調査員や野次馬がヴォー沼へと出かけて行く中、オーマは少しだけ暗い目をして、いつもと変らないように見えるルイと目を見交わしたのだった。


-END-