<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
【月空庭園】月の輝く夜に
「へぇ〜こんなコトあったんだ」
レイモーン・ホーを迎えるように、さわさわ、揺れる花々。
波の音とはまた違う、揺れる花々の音に瞳を細める。
月があまりに綺麗だったから。
いつもとは違う道を歩いていたから。
だから。
時に、面白い場所を見つけることもあるし、見ず知らずの人にお茶を勧められたりする事もある訳で。
(けど、その前に不法侵入を咎めるのが先じゃねーかって思うんだけどさ)
まあ、良いか。
レイモーンは、にかっと微笑うとお茶を勧めてきた人物へと話し掛けた。
+
「たまには、夜、歩くのもいいもんだな……って、その前に名前名乗るのが先、だよな。俺はレイモーン、宜しくな」
「私はカッツエ…見ての通り、暇人だ」
「カッツエ……? 確か、ええっと……猫って意味だっけ? こーゆーのは上司のが詳しいンだ。お茶とか他にもイロイロ詳しい人でさ」
「知識に幅がある、と言うのは素敵な事だよ。その分、見聞も広がるからね」
「そう言うモン? あー…でも、上司にしろ身内褒められるのは嬉しいや♪」
「いい人なんだね」
カッツエが笑うと、レイモーンは、うんうん首を振った。
だがその直ぐ後、はた、と気付いたように真顔になると、
「でも、その分厳しいけどな……他人にも自分にも」
そう、呟き、苦々しげな苦笑を浮かべる。だが直ぐに自分の柄ではないと気付いたのか表情を切り替え、目の前にあるものを不思議そうに、見た。
目の前にあるものとは言っても茶器やお茶菓子、お茶などで珍しいものは特にない筈なのだが……。
「ところでさ」
「うん?」
「お茶……とか言ってたけど、まさか、此処の花使ってお茶とか作ったり、してるのか?」
「花を、かい?」
「うん。後さ、そのお菓子、何?」
レイモーンがまじまじと見ていたのは、薄紫色をしたケーキだった。
近くに泡立てたクリームが置いてあるので、このケーキに使うだろう事は傍目にも解るけれど、この薄紫色が何を使っているかまるで解らず、つい、聞いてしまったのだ。
初めて来た場所、見たことの無いケーキ…と来れば、レシピを聞いて帰りたい気持ちも満々で……つまりは全ての事に興味津々なわけだけれど、聞かれた相手は立て続けの質問に驚きながらも、ゆっくりと、答え出した。
「ええと……まずはお茶の件だけれど、このお茶は此処の花は使ってないよ。それから、お菓子については……乾燥した食用ラベンダーをシフォンケーキにしたのと…口に合わないようならと言う事で、ある国では伝統的なレモンのケーキ」
「へ? ラベンダーって、確かアレだろ? 良く睡眠不足の人が使う香料で更には痛み止めとか薬になる……」
「詳しいね」
「仲間達からの受け売りなんだけどな。って、まあ、レモンはさて置いて…、食用ラベンダーって本当に、く、喰えるの?」
「美味しいと主には評判が良かった…けどレイモーンさんはどうだろう……まずは一口、どうかな?」
「勿論♪ うし、じゃあ……いただきまーす♪」
ぱくり。
まずはクリームつけずに一口、と口にしたのだがクリームをつけた方が美味しいかもしれない。
比較的、食べれはするのだが何と言うか……、
「う、うーん……面白い味ではあるけど……、やっぱ香りを楽しむだけにした方が良いと俺は思うね」
と、正直な意見を一つ、言うと、口直しにとモンのケーキへ手を伸ばす。
「ああ、これの方がうまい! 伝統的って言ったけど、誰か、其処の国の人なのか?」
「主の両親が昔、其処にいたことがあるそうでね」
「へえ……後でレモンの方だけでもレシピ教えてもらおうかな……これだったら皆で食えそうだし、持ち帰り、可能?」
「バターを使わずに焼いてるのが軽さの秘訣なんだけれど……気に入ったのなら持って帰って良いよ?」
「マジ?」
「勿論。レシピについては、後ほどお渡ししよう。役に立つといいのだけれど」
「立つ立つ、役に立つって! やっぱ菓子とかだって毎日同じ物が出ると飽きるだろ?」
だからさ。
偶には目先が違うものが出れば気分も変わるし。
何より、美味いのがいい。
そう言いながら更にお替りを一つ。
カッツエはその様子を見て瞳を細めると「確かに」と相槌を打つ。
「で、君はどんな思い出話を聞かせてくれるかな?」
「思い出、という感じじゃないけど………海を見ている間の瞳に鮮やかだったから」
うまい具合に話せると良いんだけど。
何ていう花かは知らないし、誰かに聞こうとも思わなかった。
夢か現実かって聞かれたらどっちだったか解らなくなるくらいだったし。
ぶつぶつ呟きながらレイモーンは話始める。
海を渡る船。
帰る時に寄り、見た、花の話を。
+
丁度、航海している時だ。
いつもなら「仕事」が終わったら真っ直ぐ国元の港へと帰るんだけど、その時は船長も気分が良かったんだろう、少し寄り道しようって話になって……寄った事のない港へ寄ったんだ。
誰も寄った事のない場所って言うのも無いだろうと思ったんだけど、其処は船に乗ってる全員、寄った事もないって言う位、初めて見た場所。
…小さいけど、いや……小さい街な分、何て言うか可愛い場所でさ。
「それは、其処の港町自体がかな?」
「うん。絵本に出てきそうな煉瓦つくりの街だ。色合いが全部赤茶色で纏めてあって…石造りの道さえも赤い石を使ってた」
全ての家の窓に花が飾られてて、看板にさえ花を模した絵が描いてあったくらい。
一目見て皆で「俺たちが此処に居るのは合わない!」って笑い合ったんだけど、それでも直ぐ出て行く気にもならなかったのは……
「ならなかったのは?」
「懐かしいからって感じたのもあったと思う。けど、何より見たことの無い花が多くて」
色鮮やかな花しか見たことが無い。
原色に近い、花しか。
なのに其処に咲く花たちは、淡色―――あまりにも見たことの無い色が多すぎた。
まるで絵の具で薄めたような、いいや、それ以上の優しい色。
女が喜ぶレースを象ったような花びらに薄い色合いが凄く合っていて……夢のようだと誰かが言ってたっけ。
「……あれをカッツエに見せれないのが残念だよ」
本当に本当に綺麗だった。
絵本のような街、其処に咲く花、さざめくように優しい人たちの声……何処だったかもう一度思い出せたら、 どんな事があっても土産にして持ってくるのに。
「想い出は想い出として美しく……だね」
「え?」
レイモーンが問うと、カッツエは緩く首を振る。
「いいや、美しく留まるものは思い出に限らないかもしれないけれど……でもね、充分に話を聞いて見させて貰ったから」
だから、その言葉だけで充分嬉しいよ。
カッツエはそう言うと笑い、
「ところで、航海中と言うと職業は、あれかな?」
と、聞きかえした。
突然の切り返しにレイモーンは瞳を瞬かせるも、
「あれって何だよ……つか、ご名答…になるのかな? お察しの通り、海を渡り船から船へ……海賊だけど、けど、俺らは悪い事は特にはやっちゃいないぜ?」
と、胸を張る。そうだ、悪い事などひとつもしていないのだから何かを言われる筋合いも無い。
「職業に貴賎なしと言ってね、本人さえ良ければそれは最上の職になる」
逆に海から海へと渡れる良い職業だと思うけれど、と言いながら「きっと良い仲間にも恵まれたのだろうね」と、お茶を飲み干した。
「仲間かあ……どっちかってっと、家族かな。大事な、取替えのきかない。カッツェにもいるのか?」
「どうかな……家族、と言うよりも私の場合は」
「うん?」
「無くしちゃいけない人のような気がするよ、何と言っても主だから」
「なるほどなぁ……」
けど、それって家族でも言えることなんじゃ?とレイモーンは思うものの深くは追求しないでおく事にした。
人によって大事と言う意味合いは変わるものだろうし、それに。
(無くしちゃいけない、とまで聞くとなあ)
空を見上げると月はまだ明るく輝いている。
随分長い間話し込んでいたような気もするのだが、それほどの時間でもなかったと言う事だろうか。
それとも。
「月も待っててくれる時って、あんのかな」
「ん?」
「いや、随分話し込んでたような気がするからさ。なのに、まだ月は上にあるだろ?」
「ああ、本当だ」
「本当だって……だから暇人になるんじゃないか?」
「かも知れないね。じゃあ、少し待っててくれるかな? お約束のレシピを取って来よう」
「サンキュ♪」
消えていく黒い影を見、レイモーンはお茶のお替りをカップへと注ぐ。
港へ着いたら、皆へどうやって話をしようか。
面白い場所があったのだと言って話をすべきか、違う話し方のほうがいいか。
いや……あまりうまくは話せないかも知れないから手土産だけを見せるべきかもしれない。
(そうだな、その方がいいかも)
お茶を飲みながら、うんうん頷くと、戻ってきた影に「見つかった?」と話し掛ける。
「ああ、レシピを取るのは問題なかったんだけど、それとお菓子だけと言うのはあんまりだと言われたので」
はい、と差し出された花にレイモーンは驚いた。
紫の、花。
目の前のお菓子でも出ているラベンダーだ。
「これ……食べろって言わないよな?」
「言わないよ、それにこれは食用ラベンダーではなくてれっきとした観賞用ラベンダーで……"ラベンデュラ・アンガスチフォリア・ロゼア"と言うんだよ。先ほどの話を聞いていてね、これもレースのようだから」
「な、成る程…いや、良かった…って、ラ、ラベ……ごめん、もう一度言ってくれないか」
「ラベンデュラ・アンガスチフォリア・ロゼア」
「ラベンデュラ・アンガスチフォリア・ロゼア……りょ、了解。に、しても申し訳ないなぁ……有り難うって伝えといてくれな?」
「勿論。あとはお菓子を包んで、だね……」
「うんうん♪ 今日のおやつの時間に皆で食べるし」
「いいお茶の時間になれば幸いだ」
「なるさ」
「? それはどうして?」
「だって、知り合った奴のケーキを家族の皆と食べるんだから。美味しく、色々な話が出来て万々歳ってね」
「これは……」
「?」
「一本取られたよ、完敗だ」
「暇人に負けてやるほど、俺は優しくないぞ?」
そう言いあうと互いの顔を見合い、笑う。
月緩やかに、向きを変え――空のグラデーション、薄い色合いへ変化していく。
―End―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2637 / レイモーン・ホー / 男性 / 15歳(実年齢18歳) / 海賊】
【NPC:カッツエ】
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■ ライター通信 ■
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レイモーン・ホー様、こんにちは、初めまして。
ライターの秋月 奏です。
今回はこちらのゲームノベルにご参加、誠に有り難う御座いました^^
詳細部分お任せ、という事で立ち寄った港町を絵本のような世界に
花のモデルは「メアリー・マグダレン」と言う薔薇をもとに
小さい花として書かせて頂きましたが如何でしたでしょうか。
レースのような花びらのとても美しい薔薇ですので機会があれば是非
ご覧になってみてくださいv
それとレモンのケーキはドイツ地方で有名なケーキを、最後のラベンダーは
種類的にもカタログにあまり出ない品種のようですが紫より若干ピンクが
強く、ぱっと見、カスミ草のような…何処かたおやかな花です。
こちらも機会がありましたら、是非。
そうして、レシピの方、レイモーンさんの今後の役に立てば嬉しく思います。
ケーキもどうか楽しんでもらえますよう祈るばかりですが(><)
それでは、今回はこの辺にて失礼させていただきます。
また、何処かで逢える事を祈りつつ。
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