<PCクエストノベル(3人)>


戻りゆく世界 〜チルカカ遺跡〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2083/ユンナ       /ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫 】
【2086/ジュダ       /詳細不明                】

【助力探求者】
なし

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 ここに、1本の『道』がある。
 誰が繋いだのか、それは異世界へ通じる細い道。自由に行き来することは出来ないが、時々『道』自身が大きく揺らぎを見せる際に比較的広く場所が開く事もあるため、世界と世界を移動しようとする者にとっては非常に大事な道で、そうしたものはソーンのあちこちに存在している。
 だが、それはまた同時に無理やり違うものを繋いでいるという事でもあり、常に世界からの歪みを溜め込んでしまうと言う側面もあった。
 だからこそ、ひとつの個所に長期間『道』を繋ぐ、と言う事をする事は無かったのだが…。

 ――ここに、1本の『道』がある。
 遺跡の側に作られたそれは、今、大きくうねり、新たな力を手に入れようとしていた。そして――誰もその関連性に気づく事は無かったが、エルザードに程近い村の前に、この辺りでは見かけない顔立ちの幼子が発見、保護されていたのだった。

*****

 ふっ、と朝に目を覚ましたのは、自分でも珍しいとちょっと驚いてしまう。昨夜も仕事で歌いに行っていたため、午後まではしっかり睡眠を取るつもりだったのだが…。
 ころん、とベッドの上で寝返りをうつも、いつものように柔らかな眠りは訪れて来ない。
ユンナ:「もう…睡眠不足はお肌の大敵なのに」
 歌姫との呼び声が、もといた世界のように次第に高まっているためか、この所呼び出しが多く、必ずではないが呼ばれればだいたい引き受けて歌いに行くため、この所は特にゆったりのんびりと午前中は眠りに耽っている事が多いユンナが、眠気がどういうわけか戻ってこない事に困った顔をして、のろのろと体を起こす。

 ――そして、ようやく気が付いた。何故、自分の体が眠りを拒否しているのか。
ユンナ:「そういうことね…仕方ないわね」
 エルザードの外から、ごく僅か感じ取れる気配。それがユンナを刺激し、眠りから遠ざけていた。つまり、あの気配を消してしまわなければ、ユンナに安眠は訪れないと言う事。
 それだけ、その気配が異様なものだったと言う証でもあるのだが。
ユンナ:「おはよ」
オーマ:「お?早いな」
 エプロン姿でいそいそと朝食の用意をしていたオーマ・シュヴァルツが、テーブルに所狭しと焼いたパン、バター、ジャム、スクランブルエッグに生野菜とこの家に居る人数分を置きながら、現れたユンナへ明るい笑顔を見せた。
ユンナ:「起こされちゃったわ。せっかく気持ちよく眠ってたのに」
オーマ:「わはは。そりゃ災難だったな。さて――と。出来た、と」
 ことん、と最後の一皿をテーブルに置いてエプロンを外し、フライパンの底をフライ返しでがんがんがんがん、と威勢良く叩く。
オーマ:「メシだぞー。寝てるヤツぁ起きて来ーい。俺様は出かけて来るから俺の分残しておいてくれー」
 家のどこかでもぞりと人の動く気配がしたのを感じたオーマがそんな事を大声で言い、そしてユンナに目を向けて、
オーマ:「行くか」
 と、言った。
ユンナ:「ご飯も食べないで行くの…戻ってきたら冷えちゃうわね」
 オーマ特製、ふわふわとろりのスクランブルエッグに未練たっぷりな視線を注ぎつつ、ユンナがふうとため息を付く。
ユンナ:「戻ったら私の分はオーマにあげるから作り直してちょうだい」
オーマ:「はいはい。ご希望どおりに致しますよ…っと。また、来たな」
 再び、2人がその気配に気づいて顔を上げる。
 そして、今度は無言で目を合わせると、早朝のエルザードを出て行った。チルカカ遺跡の方面へ向かって。

*****

 ――エルザードだけでなく、ユニコーン地方全体でこのところ行方不明者が頻発している。
 不思議な事には、それが人間に限らないと言う事。凶悪なモンスターに狙われたと言う訴えがあってその近くに言った兵士たちが探し回っても見つからない、と言う事が何度もあり、どこかに逃げたにしては被害の続報が入らない事に首を傾げてしまう。
 そして、それと同時に、エルザードの近辺ではどこからともなく現れた幼子や、今まで見た事も無いモンスターの幼生が出回り始めていた。
 …消えた数と現れた数。それがほとんど同じである事の不思議に気づいたものは、今のところいなかったが。
 そうして、行方不明者を捜索に出た者たちも次々行方不明になっている現状に頭を悩めていたのは王宮の関係者たち。訴えがあれば探さずにはいられないのだが、探す事でまた行方不明者が増えては、と、そんな事を考えていたのだが、良い案が見つからずにいる。
 オーマたちが知るのは噂話に過ぎなかったが、それでも行方不明の人間がこのところ増えていると言う話は何度となく聞いていた。
オーマ:「この辺だな」
ユンナ:「そうね」
 ゆらゆらと、波のように揺らめく気配は、ぽっかりと口を開いた洞窟――チルカカ遺跡の中から感じ取れる。
オーマ:「うぅし行くか。早く戻らねえと家事の続きが出来なくなっちまうしな」
ユンナ:「オーマ…つくづく、変わったわね。いつも世話をしてもらう私が言う台詞じゃないんだろうけど」
 2人で遺跡の中へ躊躇いもなく足を踏み入れながら、ユンナがほんのりと笑いを含んだ声で言い。
オーマ:「しょーがねーだろ。俺様の主夫スキルをよってたかって皆が磨いてくれたんだからよ」
 いつものよりも数段サイズダウンさせた、それでも十分大きな銃をその手に具現化させながらオーマがにぃと笑い――そして、ぴたりと足を止める。
ユンナ:「――来た、わね」
オーマ:「ああ」
 今も感じ取れる気配、それとは違うのだが、ひとつの気配が奥からゆっくりと現れるところだった。それはどう考えてもウォズなのだが…少し、どこかが違うような気がして、オーマが一歩前に出る。
 そこに現れた姿を目にし、武器を構えていたオーマも、その後ろで窺っていたユンナも「え…?」と呟いて、目を見開く。

 ――原初のウォズ。
 約8000年前に出現し、今のウォズの祖先とも言うべきウォズが、目の前にぼうと立っていた。…殺気は感じ取れない。どころか、ウォズが持って当然な『穢れ』の気配も目の前のウォズからは全く感じる事が出来なかった。
ユンナ:「どういうこと…ウォズは穢れを具現化した存在ではなかったの?」
 だからこそ被害が出るたびに、禁忌に触れないよう、確実に封印させていた筈だ。それが、このようにまっさらな存在だったとすると、ウォズの存在意義がそもそも変わってしまうのだが――。
ジュダ:「…やはり。ここに来ていたか」
 2人が呆然とその姿を見ていたからだろうか。
 不意に、入り口方面から現れた姿と声に、咄嗟の反応が出来なかった。
オーマ:「おう、来たのか。そういやそうだな、おまえさんの得意分野っぽいし」
 ようやくほんの少し時間経過した後で、オーマがはっと我に返ってジュダへ話し掛ける。
ジュダ:「問題があるのはこの地の下だ。誰かが開いた異世界への道…その隙間から滲み出るモノがとうとう現実世界まで侵食し始めたらしいな」
ユンナ:「いやな話ねえ。こっちは朝ご飯を我慢してまでやって来てるって言うのに」
 その台詞に、ジュダとオーマが軽く目を見交わして、それから少し笑う。
オーマ:「そうだったそうだった。硬く構えることはないわな。ちゃっちゃと済ませちまおう」
ジュダ:「…ああ」

 3人がすたすたと奥へ移動していく。その前に、ジュダがウォズの前に立ち止まってそっとその体に触れた。それだけで、ウォズが何か感じ取ったのかくるりと方向転換し、オーマたちとは違う方向へ消えていった。
オーマ:「相変わらず、器用だねえ」
ジュダ:「いや」
 そんな事はない、と続けずに、短く答えたジュダがオーマたちと並ぶ。
ユンナ:「でも…ジュダまで出張ってくると言う事は、思っていたより深刻な事なのね?」
 奥へ、奥へと進みながら、次第に濃くなる気配に顔を顰めつつユンナが言い。
ジュダ:「…このところの行方不明、それは知っているだろう?――では、『見つかった』者の事は知っているか?」
 ジュダが前方へ目を向けたまま、2人に問い掛けた。
オーマ:「見つかった者?行方不明の者が見つかったのか」
ジュダ:「ああ。…ある意味では、な」
 ジュダがすいすいと先に進む。だから、2人もつい油断してしまっていた。
ユンナ:「ある意味って…――っ」
 最初に、声を上げたのはユンナ。自分たち3人の周りを取り囲み、侵食が出来そうな程濃い気配にまでなっているモノ、それにようやく気づいたためだ。
オーマ:「ちぇー、また黙ったまま俺たちを案内しやがったか」
ジュダ:「そうか?2人とも気付いていたかと思った」
 しれっとして言うジュダにも、やーれやれと肩を竦めるオーマにも、気味が悪そうに眉を寄せるユンナにも平等に気配は飛びつき、飲み込んで行く。
ジュダ:「この空間では、時間が遡っていく。…その範囲は、際限なく広がろうとしている。おまえたちが放置していれば、あるいはソーンが飲み込まれ、全てのものが時を遡っていたかもしれないな。今のところはたかだか十数年で済んでいたが――あのウォズを見ただろう」
 それは、いつもの具現侵食と違い、酷く違和感のある気配だった。まるで、ボタンをかけちがえたように、根本的なところでの違いは無いのだが、表面は大きく変化している――そんな感じで。
 そして、気付けば、3人は大きな城の中に立っていた。
 辺りには楽しげな表情を浮かべた者、いそいそと城の中の用事を済ませようとしている者、何人かで集まって話をしている者…それら全てがソーンでは見ないような衣装に体を包んでいた。
 そこへ、
オーマ:「わ、わははははははっっ!」
 無遠慮極まりない笑い声が響き渡る。ぎょっとしてこちらを見た人々には気付かず、オーマはジュダを指差しながら笑っていた。
ユンナ:「ちょっとオーマ。笑いすぎ…っ、――っ」
 そう言うユンナも、ジュダの顔を見てしまってから口元に拳を当て、笑いを堪えている。
ジュダ:「……………」
 背が縮み、温厚な――気弱そうな青年姿になったジュダが、2人の様子にどこか釈然としないものを感じていた。
 ユンナは全く姿が変化していない。オーマは、と言えば、
オーマ:「おっ。この感じは…おおっっ、俺様も若返ったか!?」
 突如体中の筋肉の動きを確かめるようにマッスルポーズを繰り返す青年に、ぎょっとしていた人々がすざざざっ、と後ずさり、城の奥へと波が引くように消えていく。
オーマ:「つうことは、ここは――大分前の世界なんだな」
ジュダ:「恐らく、先ほどのウォズが居た事も考えれば、今は8000年前。…ロストソイルか。あれが何かのきっかけになっていたのかもしれないな」
 今の口調と姿のギャップが激しく似合わないジュダが、それでも昔の口調に戻すつもりは無いらしく、その事でまた2人が笑いそうになるのを堪えて、
オーマ:「だ、だけどよ。この現象でそんな過去まで遡ったら、俺様たちはともかく普通の人間じゃ無理な話だぞ?」
ユンナ:「そうよねえ。…ねえジュダ、さっきの現象を食い止める鍵がここにあるの?」
 ユンナの言葉に、軽く頷いて返すジュダ。
ジュダ:「具現狭間、と言えば分かりやすいか?本来なら表に出てくるようなものではないのだが、まれにこうした現象が起こる事がある。時間、という概念すら消し去ってしまうような、曖昧で危険な揺らぎがな。その揺らぎのふり幅が一番大きいのが、8000年前――この時代だ」
 そう言って、ジュダが強い視線で城の中を見た。
ユンナ:「でも待って。どうして8000年前なの?時間さえも揺らぐようなモノなら、1万年だって10万年だっていい筈じゃない」
ジュダ:「…忘れたのか?この世界と向こうの世界が繋がったことがあるのが、いつだったか」
オーマ:「もしかして…ロストソイルの時に、ソーンと繋がっちまったせいか!?」
ジュダ:「それまでは全く接点の無かった世界同士だからな。そこに空間が繋がる事によって、ひとつ小さな絆が生まれた。――だから、それ以前の世界には繋がらない。そう言うことだ」
 そう言って、どこかを目指し歩いていくジュダ。何となくジュダの行き先が分かって付いていく2人が、次第に強くなっていくある感覚に嫌そうな顔をする。
ジュダ:「そう。それが、揺らぎの端。それがこの世界に引っかかり、不安定な中でも暫し安定してしまったのだろう」
 2人の様子に気付いたジュダが、こともなげにそんな事を言い、周りで不審気に見ている人々を無視し、どんどんと奥へ歩いていく。
オーマ:「やーやーどーもどーも」
 何となくその視線の居心地の悪さに、にこやかに手を振って返すオーマ。だが、ひそひそと囁く人々の視線からは、警戒が解ける事は無かった。
ジュダ:「ここだな」
オーマ:「おう、こりゃすげえな。爆弾並みの威力はあるぜ?」
ユンナ:「時を超えてしまうのだもの、当然よ」
 揺らぎの端から発せられるのは、溜まりに溜まった『力』そのもの。ここで外す事で、この揺らぎが一気に未来へ向かう事も予想できる。
オーマ:「範囲がどう広がるか分からねえしな。いったん避難させておくか」
ジュダ:「そうだな…あの柱からこっちへ近づかせないでくれればいい。そのくらいなら俺にも調整できる」
 先に奥へ行った人から訴えがあったのだろう、がしょんがしょんと鎧の音を響かせながら近づいてくる兵士らしき人影に、やっかいなのが来たな、と思いながら、
ユンナ:「アレも止めないと危険ね」
 オーマと一緒に、自分たちの周りに具現による壁を一気に立ち上げた。
 壁の向こうからどよめきと怒号が聞こえてくるが、それは無視してジュダの元に近寄っていく。
ジュダ:「済んだ。来るぞ――」
 間一髪。
 あっさりと作業を済ませたジュダが呟いた途端、オーマたちは再び気持ちの悪い気配に掴まれ、振り子に乗せられたようにぶぅん、と大きく振られた事を感じていた。

 そして――。

オーマ:「…酔った」
 くらくらする頭と視界に気持ち悪くなったオーマがぺたんと座り込む。
 そこは、遺跡と化したチルカカの城の中。どうやら無事戻ってこれたらしい。
ジュダ:「さて。道を外してしまわなければ、また同じ事が起こるな」
 今はたわんでいる揺らぎも、道によって繋がっている状態が続けば再び時間を遡ってしまいかねない。
オーマ:「あーちぃっと待ってくれ、ジュダ」
 すっかり元の姿に戻ってしまったジュダにちょっと勿体無いと思いつつも、オーマがゆらりと立ち上がる。
ユンナ:「どうしたの?戻さなければ危ないのよ?」
 ユンナも不思議そうに聞いていたが、
オーマ:「その揺らぎ、なあ。それって時間の幅を設定出来るか?たとえば、十年先や15年先みてえにさ」
 そう言ったオーマの言葉で、ぴんと来たらしくなるほど、と呟いた。
ジュダ:「…行方不明の者を元に戻す、と言う事か?」
オーマ:「そうそう」
 ジュダが少し考え込み、そして顔を上げる。
ジュダ:「細かな設定は無理だが――戻す事は出来るかもしれない」
オーマ:「へ?そりゃどういうこった」
ジュダ:「単純な事だ。――行方不明者は皆同じ年齢だったとは考えられないにも関わらず、皆幼児の姿で保護されている。遡る時に、ある一定の所で止めたとしか考えられない」
ユンナ:「それで…」
 続きを促すユンナ。
ジュダ:「こちらが調整せずとも、揺らぎが未来へ向かうようにして放り込めば、自然と元に戻る可能性がある、と言う事だ」
オーマ:「それって、すげー乱暴なんじゃ…」
 しかも可能性で語られても、と躊躇いを見せるオーマに、ユンナが、
ユンナ:「…悪くないわね。やってみましょうか」
オーマ:「おいおい…わかったよ。おまえさんたちにタッグ組まれちまったら、抵抗のしようがねえや」
 最後に、ふっ、とオーマが諦めたように笑った。

*****

 エルザードは、この1ヶ月ほど連続して起こった不可解な事件に頭を悩ませていた。
 まずは、次々に訴えが来る行方不明者の捜索。そして、突如現れた捨て子たちの事件。更には、保護していた筈の子らが全て誘拐され――その犯人を探している間に、一番最初の事件の行方不明者が次々に戻って来るという納得のいかない解決を見た。
 行方不明者たちは、エルザードに戻ってきた時には何やら神隠しにでもあったように、ぼうっとしていて取り留めのない事ばかりを話していたと言う。
 それも暫く経つうちに元の状態へ戻ったが、行方不明になった前後の事は全く思い出せないようだった。
 そして、共通している事――それは、誘拐犯にも言える事なのだが、彼らがエルザードに戻って来た時には、男女3人のグループに連れられて来たらしいという事だけが分かっていた。
 幼子らを一斉に誘拐した犯人たちも、数少ない目撃者によれば、男女3名だった、と言う証言があり、何らかの関連性を疑われながらも、たった数日で迷宮入りの様相を見せていた。
 ――何よりも。
 あれだけ大勢の子どもたちが見つかったと言うのに、子どもが誘拐された、または捨てた親がここにいる、と言う情報がまるで無かった事も、捜査を困難にさせた一因だった。
 それはまるで、宙からいきなり子どもだけが降って降りたとしか解釈出来ないような出来事だった…。

*****

 ――ここに、小さな家族がいる。
 長年子どもが生まれない事を寂しく思っていた夫婦の家の前に、ある日、突如降って沸いたかのように、記憶を全て失った幼子が倒れていた。
 それを、神様の思し召しだと真っ先に思ったのは、今や1児の母となった妻。父親となった夫も、近隣の村やすぐ近くのエルザードへ迷子の情報を探したものの、この子と一致する情報が無かったと一安心し、村長へ捨て子らしきこの子どもを養育する事を宣言しに行き。
 それから数日経った今ではすっかり、本当の親に対するように幼子は両親にべったりと甘えきっていた。
 もしかしたら、都市の中に住み暮らしていると言う異世界からの住人かもしれない。
 目や髪の色、顔立ち…そして雰囲気が違うこの子を見て、そう思うこともある。
 だが、子どもは子ども。しかも自分たちを慕ってくれる子を、ただそれだけの理由で手放せる筈は無い。
 子どもが欲しくて、だが生まれる事が無く諦めていた時間を取り戻すように、夫婦は毎日せっせと子どもの世話を焼き、無償の愛を注ぎ続け。
 ――そんな3人のもとへ、名も知らぬ男が訪ねて来たのは、更にその数日後。
???:「あっちゃあ…ビンゴか。しゃあねえな」
 不審そうな顔を向ける母親に、かなりの上背がある黒髪の男がジュダがどうとか後始末がどうとか呟いていたが、やがてそんな思いを振り切ったのか軽く息を付いて母親へにこりと笑いかけ、
男:「突然変な事を言うかもしれねえが、…その子、大切に育ててくれるか?」
 笑顔なのに、どこか真剣な表情でそう言った。
母親:「あの…この子は、あなたの…?」
???:「いや、違う。けど――そうだな。俺と同じ人種だと思ってくれて間違いない。もしかしたら将来、この世界の人間とは異なる力を使うかもしれない。それは危険な力かもしれない…そう言うことだ。そんなでも、おまえさん、大切に育てられるか?」
 異質な力を持つ者を、責任を持って育てる事が出来るのか。そうした力を発露してしまっても――と、目の前の男は問い掛けている。
 それは、笑顔を見せながらも真剣なもので。
 きゅっ…と、女性は腕の中に抱いた幼子を抱きしめた。
母親:「変わらないのでしょう?」
男:「うん?」
母親:「あなたは、力以外では、他の人と変わらないのでしょう?」
男:「まあなぁ…趣味は嫌がられるし妻や娘には虐げられる事も多々あるが、そんくらいだしな」
母親:「なら――問題は何もないわ。それに、今更手放せと言われても嫌よ…こんなに懐いてくれているのに」
 男がいる間も、母親にじっとしがみついている子どもを守るように抱きしめながら、ねえ、と腕の中の子どもに問い掛ける女性。
 すると、腕の中の幼子は、前にも増して実に嬉しそうな笑顔を見せ、ぎゅっと母親へしがみ付いたのだ。それを見て、男も驚いたように、かつ嬉しそうに笑う。
男:「それだけ繋がっているなら大丈夫そうだな。まあ、守ってやってくれ。いくら力があっても、心は脆いもんだからな」
母親:「ええ…分かったわ」
 何か困った事があったらここに連絡してくれ、そう言って男が一枚の小さな紙を手渡して去っていく。
 そこには、エルザードのとある住所と共に男のものらしき名前が書かれている。
 男の名は――オーマ・シュヴァルツ、とあった。


-END-