<PCクエストノベル(5人)>
鎖解き放つ者 〜チルカカ洞窟〜
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2081/ゼン /ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー 】
【2082/シキョウ /ヴァンサー候補生(正式に非ず) 】
【2083/ユンナ /ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫 】
【2086/ジュダ /詳細不明 】
【助力探求者】
なし
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ユンナ:「行くわよ。準備はいい?」
オーマ:「おう。――つーわけで。いい子で留守番してろよ?」
早朝の朝もやが広がる中、シュヴァルツ病院を出る2つの影がぼうと浮かび上がる。
これからチルカカ洞窟へ向かおうとするオーマ・シュヴァルツとユンナの2人だった。その2人を見送るのは、にこにこ顔のシキョウと、むっつりしたまま返事もしないゼンの2人。
シキョウ:「うんっ、シキョウいいこでおるすばん〜〜〜♪」
オーマ:「おうよしよし、シキョウはいい子だな。ゼンはどうなんだ?まーだ不服なのか?」
ゼン:「ったりめえだっつうの…なんだよ、そんなに役立たずかよ」
ぷいと横を向くゼンに、シキョウが気遣うような視線を向けるも、そう言ったきり家の奥へ引っ込んでしまうゼン。
ユンナとオーマが苦笑を浮かべ、
ユンナ:「仕方ない子ねえ。すっかり拗ねちゃって。それじゃシキョウ、また後でね」
シキョウ:「はーい、いってらっしゃ〜〜〜いっっ」
大きく手を振るシキョウにユンナもオーマも笑顔で返すと、戸を閉めた。
途端、ほんの少しだけ表情を硬くする。
これから先、何が起こるか分からない…その事を、何よりも2人が一番良く知っていた。
最近、ソサエティマスターのユンナの元へ、解せない報告が次々と飛び込んで来ていた。それは、ウォズの封印がかなりの割で出来なくなった、と言うもの。封印の方法が変わったわけではなく、ウォズにしても封印に対し耐性が付いた訳でもなさそうなのに。
唯一の封印方法と言えば、絶対封印になるのだろうが――それだけは出来ない、とユンナは相変わらず強固にその方法を選ばないよう、また、ヴァレキュライズに単独で連絡を取らぬよう、言い伝えていた。
と言って、ユンナたちに出来る事はほとんど無い。原因を探ろうにも、そのウォズがどこから現れているのかが不明な上、生態調査などももっての他と突っぱねているために一向に対策らしきものが浮かび上がってこないのだ。
最も、生態調査と言えば聞こえはいいが、実際には解剖も含むため、禁忌に触れる可能性も高く、また、そうした行為は異端殲滅を今もって望んでいる某団体の行為をなぞりかねないと言う事で、様々な理由から制限がかかってしまっていた。
それには、ソーンに移住して来たヴァンサーからも不満の声が上がってはいたが、さりとて彼らにしても良い案が浮かぶわけもなく、少しずつだがヴァレキュライズを望む声が上がって来ていた。
そんな折、ひとつの急報がユンナの元へもたらされた。
『チルカカ洞窟から、封印出来ないウォズが大量に出現した』と言う、考えたくないような報告が。
だが、オーマはその報を聞くなりにやりと笑って言った、「これで原因が究明出来るじゃねえか」と――。
オーマはオーマなりに探ってはいたようだが、やはり原因は不明のままで、それをどうにかしたいとずっと待っていたものらしい。
自然発生にしては報告の数が多すぎる、誰かの意思がそこにあるなら、近く尻尾を出す筈だと。
そこで、シュヴァルツ病院の一角で緊急会議が開かれ、結果、ヴァンサーとしての能力に長けたユンナとオーマのみの2人が調査に赴く事になった。
それには、ゼンが大反対したのだが、数あるヴァンサーの中でもトップクラスにいるオーマたちとは違い、一般のウォズに対してはともかく未知のウォズを相手にするには不安要素が多すぎるゼンは、ユンナの一声で留守番が決定となり、そうしてずっとふてくされてしまった、という訳だった。
オーマ:「不安と言やあ、じっとしてられると思うか?」
ユンナ:「…少しでも早く、解決方法を探れるといいわね」
洞窟に急ぎながら、オーマとユンナがそんな事を言い合う。正直なところ、ゼンがあのまま大人しく出来るとは思えない。だからこそ、早い解決を探らねばならないと、オーマだけではなくユンナも思ったようだった。
――そして。
予定時間よりも大幅に早く、洞窟の前に着く。
遥か昔に作られた、人の手が入った洞窟の前から中を覗きこんで見るが、ウォズがいる、ということだけは良く分かった。でも、分かったのはそれだけ。
オーマ:「行くか」
ユンナ:「……ええ」
こくり、と互いに目を見交わして頷き、そのまま2人は足音を殺しながら洞窟の中へと入っていった。
*****
――気のせいか、生臭いような、すえた匂いがむっと洞窟の中に漂っていた。それはあまり想像したくない類の匂いだったが、2人は顔を顰めもせずにするすると緩い坂道を下っていく。
いつ、ウォズが出てきてもおかしくない。そんな気配は重圧を持って2人を押しつぶそうとしてくるが、それをなんとか振り払い、先へ進む。
そんなユンナの脳裏に、来る途中に言ったオーマの言葉がふと蘇った。
オーマ:『2人いるからってどっちかがどっちかを犠牲にして助かろうなんて考えるなよ。帰るんだ、帰れるんだと考えるんだ。…なにせ、俺たち2人があの家の稼ぎ頭だからな?』
最後ににっと笑いながらそんな事を言うオーマに、張り詰めた気をふっと緩めながらユンナが笑う。
そうだ。帰ろう。…もう、誰かが犠牲になるのだけは、見たくないのだから…。
オーマ:「来るぞ」
つん、と軽く突付かれたユンナがその衝撃ではっと我に返り、洞窟の奥から現れてくるいくつもの気配に緊張した顔を見せる。
オーマ:「目的は奥だ。ここで大きな音を立てねえように気をつけて行くぞ」
瞬時に手に武器を――銃ではなく、フレイル状の打撃武器を作り出したオーマが、身を潜めながら囁き、出来るだけ引き付けてからその場を飛び出した。
ユンナ:「――ええ」
一歩遅れて飛び出したユンナが、ウォズと洞窟の奥への間にぴんと膜を張る。これで、少しは音が奥へ漏れるのを防げるだろう。
続けて、オーマが対峙する後ろから鞭と縄を手に生み出し、隙を見つけては相手の動きを止めるために何度か放った。
オーマ:「ふぃー」
ウォズ:「…………」
水揚げされたマグロのように、びちびちと地面の上を跳ねるウォズが数体。それらは全て、顔も手も見えない程縄でぐるぐる巻きにされていた。
ユンナ:「芸術的じゃないわ」
やがてぽつりと言ったユンナの言葉に、オーマが笑ってぽんとその肩を叩く。
オーマ:「親玉が奥にいりゃあそいつにたっぷりと使えばいいさ」
ユンナ:「そう、ね…」
まだやや不満げな様子を見せるユンナだったが、先に行かなければならない事を思い出したのだろう。具現で作り上げた特製縄でぐるぐる巻きになったウォズを端に寄せて奥へ顔を向けた。
それからも、奥へ行く度に何体かのウォズと出会い、その都度身動きできないよう縛り付けて道に転がしていく。何にせよ、封印出来ないのだからそれ以上の策は無いのだ。
しかし、そんな事を繰り返していけば、次第に疲労が溜まっていくのも事実。
今はまだなんとかやっていけるが、この先に集団のウォズが存在すれば――そう考えるだけで少し気分が沈んでしまう。
その度、自分は今ひとりではない事を思い出し、互いに言葉も無く視線をやっては、気弱になってはいけないと思い直すのだった。
*****
…どれほど歩いただろうか。
匂いが、集中させている意識をかき乱す程強いものになって来ていた。
ユンナ:「…なに、この匂い」
とうとう、ユンナがぽつりと言葉を漏らしてオーマを見やる。
オーマ:「…………」
対してオーマは、ゆっくりと首を振るだけだった。それは、知らないと言う事なのか、それとも何か思いついたが言わないのか、その表情だけでは窺い知る事が出来ない。
ただ、2人には良く分かっていた。
そろそろ、終点が近い事を。
蠢くような気配に向かい、そろそろと進み、そして――目にしたものに、思わず口を押さえた。
そうでなければ。
…きっと、叫んでいただろうから。
――呪詛のような響きが、洞窟の奥、突き当たりの部屋にこだましていた。
それは、呪われしモノを生み出すための呪文だったのかもしれない。
苦しげな呻き声は、壁に繋がれた女性たちのもの。その腹はあり得ない大きさに膨らみ、中に何かがぱんぱんに詰まっているのだろう、皮膚を突き破らんばかりの勢いでぐねぐねと蠢いていた。
大きな布で覆われていて、詳しくは見えないが――その、布の下から流れ落ちたモノを室内で動き回っていた者がこともなげに拾い上げる。
きぃ――きぃぃ
小さな…産声が、そこから上がるのが、はっきりと聞こえた。
ユンナ:「…っ」
う、ぐ、と小さな拳を噛みながら、ユンナが声を殺して首を横に振る。
オーマは…黙ったまま、底光りのする眼差しで室内を睨み付けた。
そう、分かったのだ。何故、最近現れたウォズが封印出来ないかを。
それは――人の胎内から生まれ出でたものだったから、だ。
ぽちゃん、と生まれたてのウォズが、中央にしつらえた緑色の液体のたっぷり詰まった大きな瓶の中に次々落とされていく。
その向こうでは、ウォズを産み落とす女性たちを目に見せられながら、恐怖に引きつった顔の若い女性が、今まさにウォズの一部を植え付けようとしている所だった。
許せないのは、それだけではない、とオーマが飛び出しそうになる自分の体を必死に押さえつけながら見る。
悲鳴を上げながら押さえつけられる女性は、明らかに妊娠していた。つまり、胎内に植え付けるのではなく――胎児に、ウォズの属性を融合させようとしていたのだ。
他にも、聖獣の気配が含まれているのを見ると、どうやら聖獣の気さえもその中に練りこもうとしているらしい。
それでは、どう対抗しようとオーマたちに封印など出来る筈が無い。
この世界のものと、異世界の存在であるウォズが混じりあってしまっているのだから。
オーマ:「…考えちゃ、いけねえのは、分かってるんだが、よ」
歯の隙間から、オーマが言葉を搾り出した。
オーマ:「この空間ごと――消し去ってしまいてえ」
このような事を人間に、あからさまな実験体としてモノ同然の扱いをする人間がいると言う事が、オーマには何よりも堪えたらしい。
これがエルザードの人間が仕組んだ事であれ、公国が仕組んだ事であれ。
VRSの事を知った時には、自分たち異端の血が相当流された事に憤ったものだったが、今はそれと少し違う。
怒りもあれど――畏れもあった。
ユンナ:「…オーマ」
ユンナが、そっとオーマの肩に触れる。
ユンナ:「感傷に浸るのは、後――よ」
ユンナも、深く静かに怒っていた。だからこそ、終わらせなければならない、と、目だけで語ると、すっと立ち上がる。
その時。
瓶に入れられた、生まれたてのウォズが、次々に異様な速度で成長したその姿を窮屈そうに抜き出し――そして、本能なのか、一斉に入り口で身を隠している2人、ヴァンサーへとぎろりと目を向けた。
*****
ゼン:「やああってらんねえっっ!」
何度目かの叫びが、病院の内部にびりびりと響き渡る。
俺だけ除け者扱いしやがって、チクショウちょっとばかり先に生きてるからって偉そうな態度見せやがって。
ゼンの我慢は、そう保たなかった。2人が出て行ってからずっと、2人の言葉を反芻し続けていたせいはあるかもしれない。
つまり、足手まといはいらないと言う事だと、ゼンは解釈していた。もちろん、自分の実力不足は分かっている。制限された身で動いているせいもあるが、ヴァンサーとしての素養が絶対的に不足しているのだ。
もちろん、能力不足を経験や技術力で補えるほど、ヴァンサーになってからの年月は過ごしていない。そんな事は分かっている。分かっているが、だからこそ悔しくて仕方ないのだ。結局最後まで子ども扱いしかされなかった事も、ゼンの能力を知って切り捨てたその態度も、そして――気遣われたと言う事が、何よりも悔しかった。
ゼン:「いい。もういい、俺は行く」
がばと立ち上がったのは、煩悶を繰り返した後の事。生ぬるい慈悲よりも伸るか反るかの命を賭けた戦いの方が性に合っている。無茶でも連れて行けと最後までごねれば良かった、と、ぎらついた視線で部屋を出る。
そこに、シキョウが膝を抱えて座っているのに出くわして、少し毒気が抜かれた顔でゼンが彼女を見下ろした。
シキョウ:「…ゼン」
うつむいたまま、シキョウがゼンの名を呼んだ。
ゼン:「分かってんだろ。俺がこんなんで止まるようなヤツじゃねえって事くらい」
シキョウ:「……うん…でも、でもね」
ゼン:「ああわかった言うな止めるな、何言われたってもう決まってんだ。てめぇはここにいろ。いいな、一歩も外に出るんじゃねえぞ」
シキョウ:「……う、ん…」
ふるふると震えていたシキョウが、ようやくこくりと頷きながら、それでも目だけは縋り付くようにゼンを絡め取り。
ゼン:「んな目で見るなっつうんだ。うっとーしーだろうが」
その視線をあっさりと振り切ったゼンが、階段を下りる前にくるりと振り返ると、
ゼン:「いいな。出てくるんじゃねえぞ」
もう1度ぴしりと言ってから、階段を駆け下り、そして――ばたん、と勢い良く戸を閉める音が聞こえた。
シキョウ:「…だって…だめだよ…」
きゅっ、と自分の体を強く抱きしめるシキョウ。
大きく見開いた目は、何かを恐れるようにあらぬ方向を見詰め。そして――抱きしめても押さえきれない震えが、全身に起こっていた。
*****
早馬用に訓練された馬を借り、目的地へ急ぐ。
嫌な予感は初めからしていた。もちろんオーマたちだって気付いていただろう、一筋縄ではいかない相手が待っているのだから。
ゼン:「おらっ、もっと早く走れよっ!」
自分がこんなにも急いているのは、別にあの2人が心配だからじゃない。
ただ、戦闘に身を置きたいだけだ。
本当に心配なんかしていない、何故ならあの2人は自分をガキ扱いしてさっさと行ってしまったのだから。
そんな事をぐるぐる考えながら、きゅっと口を引き結んだゼンが馬を駆る。
無茶な走らせ方をしているのは十分承知の上で、出来る限りの速度でゼンは進んでいた。馬が泡を吹きそうになっているぎりぎりの所で、何とか手綱を引きながら。
ゼン:「よし良くやった!てめぇは用済みだ、帰るなり遊ぶなり好きにしろ!」
洞窟が目に入ってきた途端、ゼンが手綱をばっと手放して同時に馬から飛び降りる。
馬はそうしたゼンの動きにパニックを起こしたか、目を引きつらせて走り去って行った。その様子をちらと見ながら、ゼンが呼吸を整えて洞窟の中に駆け込んでいく。
オーマたちが来た時よりも酷く濃いその気配に、ぞくりと身を震わせつつ。だが――それは恐怖ではない。何故なら、ゼンの目は見開かれていたものの、視線は獲物を狩る獣さながらの鋭さを持っていたからだ。
ゼン:「これだよ、これ…ッ」
最後にぶるりと武者震いをし、ゼンはまだ見えない敵へと向かって、笑みを浮かべつつ足を速めて行った。
*****
オーマ:「どうだよユンナ。まだ余裕あるか?」
ユンナ:「また、愚問を…そう言うことを言うあなたこそどうなのよ?余裕が少しでもあって?」
2人は、囲まれていた。
生まれたばかりのウォズたちが、本能的に認めた『敵』――その意識に従いながら、しなやかな体を跳躍させてオーマたちへ何度も飛び掛る。
血の匂いは辺り一面に立ち込めていた。
新種のウォズとは言え、ウォズそのものの実力から言えば、HRSクラスには遠く及ばない。あれはまた別種の強さを秘めているからだが、とは言え、封印出来ない以上、ある程度以上の深追いは禁忌の発動を意味するため、2人は手をこまねいていた。
しかし、放置してしまえば確実に自分たちがやられてしまう。
相手を殺す事なく、戦闘能力だけは解除させなくてはならない。
それがどれほど難しいものなのか、分かっていても、それ以外に方法は無かった。
人と混ざりあったウォズは、絶対封印以外ではその存在を封じる事も出来ないのだと――分かっていたから。
ゼン:「――っだっせえ事やってんじゃねえよ!」
オーマ:「!?」
ユンナ:「ゼン――どうして」
そこへ。
家に置いてきた筈のゼンが、姿をあらわして叫ぶ。
ゼン:「何が、いい子にしてろ、だ。こんな場所でピンチに陥りやがって――いい、大人、だろうが……ッ!!!」
その体が返り血によって染まったのではないことが分かったのは、ゼンがぐらりと体を揺らした時。
勢い込んで来たのは良いが、やはり実力と経験の絶対的な不足によって、多大なダメージを与えられてしまったようだった。
オーマ:「ゼンッッ!」
ゼン:「喚くなオッサン。てめぇの声は体に響くんだよ」
しっかりと剣を握っていることさえ出来ないらしいゼンが、それでも真っ赤な口でにいっと笑ってみせる。
ユンナ:「なんて、無茶を――待ってなさい、今手当てをするから」
ゼン:「へ…っ。囲いを抜けられねえ癖に偉そうな事言うなってんだ……」
壁に寄りかかったゼンが、ずるりとそこから床へ滑り落ちる。
その動きに沿うように、ゼンの背が当たった壁が、赤い軌跡を描くのを、オーマとユンナの2人が蒼白になりながら見詰めていた。
オーマ:「お…おお…っ、邪魔だおまえら、どけえええっっ!!!」
次の瞬間、囲いの一部がオーマの叫びと共に崩れる。――が。その間にも次々生まれ落とされるウォズが、十重二十重に囲み、わらわらと2人へ殺気と共に腕を伸ばしつづけていた。
オーマ:「く、くそお…っ」
ユンナ:「ゼン、ゼンが――」
オーマ:「まだ大丈夫だ。あいつだって腐ってもヴァンサーだろう、体力はそこらへんの人間よりゃある筈だ。だが、急がねえと」
この囲いを突破して、ゼンの元へ行かないと、何が起こってもおかしくない。
そんな絶望が頭をよぎったのを何とか押さえて、もう姿さえ見えないゼンの方向へ視線を送る、と――そこに、見覚えのある緑色の髪がちらりと見えた気がした。
オーマ:「まさか」
ユンナ:「オーマ!?どうしたの?何かあったの!?」
これ以上どう最悪になると言うのか、そんな思いを抱きつつ、さっきよりも顔色が白くなったオーマがある一点を凝視する。
ユンナ:「…シ、キョウ――何で、どうしてあの子がっ!?」
あの小さな体で、しかも行き先が名前しか知らない状況で、どうやってここまで来れたと言うのか。
だが、それは確かにシキョウだった。ぱたぱたと頼りない足取りでやって来て、意識無くその場に倒れているゼンを見つけ、駆け寄って、服が汚れるのも構わず抱きしめる。
オーマ:「に、逃げろ――シキョウッ!」
その小さな姿を確認したオーマが、シキョウまでも凶刃に倒れては、と必死に叫ぶ。が、シキョウはゼンの体を抱きしめたまま、ぴくりとも動こうとしない。
――いや。
シキョウは、小刻みに震えていた。ゼンに顔を埋めながら、何かを堪えるように、かたかたと――そして。
シキョウ:「――――――――――っっっっっ!!!!!!」
叫びは――聞こえなかった。
音にならず、声にならず、それでも、心が引き裂かれそうな思いだけは確実にオーマとユンナに届けられ。
――次の瞬間、シキョウを中心とした広い空間一体が、爆発した。
*****
オーマ:「………」
ぱらぱらと落ちる天井からの細かな石に、意識を取り戻したオーマが、自分が生きている事に不思議そうにぱちぱちと瞬きする。
隣を見ると、ユンナもまた気を失っており、ゆさゆさと揺すって起こした。
ユンナ:「う…ん」
少しぼうっとしていたユンナも、意識が戻るに従ってはっと周囲を見渡す。
ユンナ:「ど、どうして…生きてるの?オーマ」
オーマ:「俺が生きてちゃおかしいか」
ユンナ:「あ、いえ、おかしくはないのよ。おかしくないけど…どうして?何かが爆発したのよね?」
ジュダ:「…それは、爆発が『こころ』に対するものだったからだ」
――答えは。
意外な人物の口から発せられた。
オーマ:「来たのか」
ジュダは、シキョウとゼンを抱きかかえていた。いや、シキョウのみを抱きかかえているのだが、シキョウががっちりとゼンを抱きしめてしまっているために、意図せず2人を抱える姿勢になっている。
そして、気付いた。
視線を遮る存在――ウォズがどこにもいない事に。
実験場を見れば、倒れているのは人ばかり。やはりどこにもウォズはいない。
ジュダ:「流石、だな」
ジュダが謎な言葉を呟いて、具現化した毛布でシキョウを包み込む。ゼンを少し外す形で。
オーマ:「そうだ、ゼンっ」
ウォズがいない事の不思議もそうだが、酷い怪我で意識を失っていた筈のゼンへと駆け寄ると、シキョウもゼンも穏やかな寝息を立てて寝入っていた。
ユンナ:「寝てるわね。呑気に」
ユンナもそういって覗き込む。
怪我は――意識を失う程の怪我は、ゼンの体のどこを見ても存在しなかった。
*****
仲良く眠っている2人を置いて、ジュダを交えた3人で部屋の中を見て回る。
妊婦もまた、辛そうな顔はどこに行ったか、穏やかに眠りについている。そして、その腹部はと言うと――。
ユンナ:「…信じられない。胎児しか彼女たちの中にはいないわ――ってこら、そこの2人は触って確かめないの!」
ぺちぺちと、女性たちの腹部に触れようとしたオーマとジュダの手の甲を、ユンナが軽く叩く。
オーマ:「だってよう。気になるじゃねえかよ。なあ」
ジュダ:「……まあ、な」
同じく倒れていた研究者たちは容赦なく縛り上げてその辺に転がしておき、妊婦たちを外へ連れ出す手配をしながら、
オーマ:「つうか、どうして消えたんだ?あんなに数がいたってのに」
何度も首をかしげるオーマ。
ジュダ:「…消えたわけではない」
ジュダは、そう言って再びシキョウの元へ戻る。その柔らかな髪を撫でながら、
ジュダ:「あるべき場所へ戻っただけだ――『彼女』なら、そう言うだろう」
愛しい者を見る、柔らかな目線をシキョウへ落としながら、呟く。
ユンナ:「あるべき、場所――でも、それは」
何かに気付いたように、ユンナが驚きの声を上げた。ジュダがその言葉に頷いて、
ジュダ:「…人の身には余る力、だ。持たない方がいいに決まっている」
ゆっくり、ゆっくりとシキョウの髪を撫でる。
ジュダ:「分かるか?この言葉の意味が」
そう問い掛けられて、オーマが小さく頷いた。
オーマ:「――分ける事が出来るんだな。望まない姿から、何の代償も必要とせずに、開放される――」
それを。
それを、誰か望んではいなかっただろうか。
ジュダ:「代償はある。生命の根本を直接弄るのと同じ事だからな。だが、それは、技を使う者に限定されるのだ。分けられる方ではない」
神のみ業に近い、冒涜とも言える行為に対して何の代償もないわけがない。
むやみやたらに使い続ければ、それは、確実に彼女の体を蝕んで行くだろう。
ユンナ:「………」
ユンナは黙したまま、何も言わない。ただ、何か問い掛けるような視線をジュダへ向けるのみ。
ジュダ:「…勝手な願いだと、分かっている。が――秘密にしておいてくれ。そして、くれぐれも、彼女にこの力を使わせないよう…他の者に知られぬよう、気を配って欲しい」
その言葉は、ジュダの本心からの言葉と分かったから。
2人は何も言わずに、ただ、頭を上下に動かした。
*****
妊婦たちを、用意してきた荷車に乗せるために幾度目かの往復を終えて洞窟内部に戻ってみると、驚いた事にその中はすっかり綺麗になっていた。血の跡はおろか、匂いさえもじめついた洞窟特有の匂いしか残ってはいない。
実験機材はどうしたか、と聞くと、
ジュダ:「処分した」
とあっさり答えられ、それ以上の事を聞く事が出来なかった。
オーマ:「さーて、と。これでいいんだよな」
最後に、2人でひとつにがっしり組んでしまっているシキョウとゼンの2人を抱き上げたオーマが、ジュダを見る。
オーマ:「おまえさんはどうする?またひとり寂しく家に帰るのか?」
ジュダ:「………ああ」
ユンナ:「そんな。せめてシキョウが目を覚ますまでは側にいてあげてよ」
ユンナの誘いに、かなりぐらついた様子を見せながらも、
ジュダ:「隣のソレが、な」
ゼンをモノ扱いし、ほんのちょっぴり敵意を持っている事を曝け出してしまう。
オーマ:「……ぷっ」
ユンナ:「…そ、それって…その…嫉妬?」
ジュダ:「………………」
吹き出したオーマと、恐る恐る訊ねるユンナ。
その2人に明確な答えを出す事無く、ジュダはくるりと背を向けて、すたすたと一足先に洞窟の外に出て行ってしまう。
オーマ:「うわマジだ。あの親父」
ユンナ:「…シキョウも、これから大変かも…」
いろいろと。
ユンナが微妙な顔をしながら呟いて、オーマの腕の中にいる彼女の頬をそっと撫でる。
シキョウ:「う〜〜ん…んん〜〜〜」
オーマ:「動くなコラ、2人一塊なんだから扱いづらいんだぞ」
もぞりと動いてバランスを崩しかけたオーマが、小声でシキョウへ文句を付けて、器用に肩を竦めると外へ向かって歩き出す。
――あるべきものを、もとに戻すだけ。
それがどんなに難しい事か、どれだけ切望している者がいるのか、オーマには分かる。それだけに、今腕の中にいる小さな少女の存在が、急に重くなったように感じられた。
-END-
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