<PCクエストノベル(2人)>


その歌声に乗せて 〜クレモナーラ村〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【2083/ユンナ/ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫】
【2086/ジュダ/詳細不明               】

【助力探求者】
【エルファリア/王女】

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 ざわざわざわざわ。
 人々がざわめいている。不安げな顔を向けながら、どうにかならないだろうかと何かを頼るような目を見せつつ。

 ここは、クレモナーラ村。
 秋に差し掛かったこの日は、クレモナーラ村ならば特に賑やかな日になる筈だった。

 秋の音楽祭――その祭りのフィナーレを飾るのは、歌い手と作詞家が2人一組で組んで歌い上げるコンテスト。当然、作詞家が他の歌い手と掛け持ちで出る事は許されず、高名な作詞家には大金が積み上げられるという噂が毎年付きまとう。
 それも仕方の無いことだ。このコンテストで優勝すればプロデビューの道も開けるし、更に名誉ある事として王室のお抱え歌姫となる可能性も出て来る。そんな由緒正しきコンテスト、是非我が子をと金に糸目を付けない大金持ちが毎年奔走する姿が下町の者に揶揄されているからだ。
 当然と言えばいいのか、容姿、家柄、立居振舞もコンテストの点数の参考にされると言われ、どう足掻いても庶民には手の出ないコンテストだ――そういう噂さえあった。

 ところが。
 このコンテストに、土足で踏み込んできた者たちがいたのだ。

 真っ白に塗りたくった顔に、真っ黒に塗った目の周り。舌や唇にピアスを付け、真赤な唇をニヒルに捻じ曲げて笑う男――これが作曲家として。同じく白塗りの顔に真っ青な唇、青いアイシャドウ、そして紫に染めた髪に金のラメをきらめかせたど派手なドレス姿の女が、歌い手として現れ、受付に紹介状を叩き付けたのだった。
 その紹介状は確かにエルザードでも高名な家の主が書き記したもの。そして、どう見てもこの祭りに相応しくないと受付を止めようかと迷っている司会者を審査員たちが悉く非難し、そしてその場でクビにされていた。
 男女は早速広いステージで当然のように練習を開始した、が――その歌声は激しい叫びとだみ声で何を言っているのかはほとんど聞き取れず、よくよく聴いてみれば、『全てを破壊せよ』だの、『体制なんてクソ喰らえ』だの、更には聴くに耐えないどころか聴く者が皆赤面してしまいそうな台詞がぽんぽん出て来ている事が分かった。
 そんな今までの常識では在り得ない事が次々と起こる中で、主宰者も審査員に選ばれた貴族たちも、顔をしかめつつあからさまな褒め称える言葉を連呼するに及んで、
 『このコンテストは買収されているのではないか』と言う信憑性の高い噂となって王宮まで届いたのだった。

*****

エルファリア:「と言う訳で、ユンナさんお願いできないかしら」
 相変わらずの『お忍び衣装』のドレス姿で突如現れたエルファリア――王女の姿に、ユンナが目をぱちくりさせる。
 そして、話を一通り聞いた後で顔をしかめると、
ユンナ:「それはまた――あまりにもあからさまね。でも、主宰者も審査員も皆抱きこまれている風なのね」
エルファリア:「そうらしいのですわ。このままですと、私の王宮にそのような歌を持ち込まれてしまいますの」
 それはそれで興味があるのですけれど、とエルファリアがぽそりと呟いた後で、
エルファリア:「とは言え、式典で叫ばれても困りますわね」
 にこりと笑う。
ユンナ:「ひとつ聞いていいかしら」
エルファリア:「何でしょう?」
ユンナ:「…話は分かったわ。私の歌で撃退して欲しいという旨も理解した――けれど、どうして王女自らが私の所へ来たの?使いのものではなくて」
エルファリア:「あら、だって私の直属の歌い手になる方の事ですもの。私が動いても良いのではないですか?」
ユンナ:「…………大変ねえ…王女様の周りのひとたちは」
 思わず突っ伏してしまいそうになるユンナに、エルファリアがにこりと笑って、
エルファリア:「良くお分かりになりましたわね。じいやなどは体が弱くて、年に何度も頭痛や腹痛を訴えてお休み致しますのよ。そんなに大変なのでしたらいっそ引退なさった方が良いかと思っていますのに…」
 それが、相手を気遣っての言葉なだけに救いようが無い。
 これ以上エルファリアを責めるのは無理だろうとユンナが判断すると、どうにかこうにか痛む頭を切り替えて、
ユンナ:「それで…私1人では駄目なのよね?作詞家は王宮直属の者を貸して貰えるの?」
 そう言ったユンナに、王女がふるふると首を横に振る。
エルファリア:「原則として、王宮は手を入れる事が出来ないのですわ。ですから市井のユンナへお願いしているの。ああ…でも、作詞家はともかく、歌い手の方はプロではいけない決まりなので、変装していただかないといけないのだけれど」
ユンナ:「それは構わないわよ。なんなら本当に姿を変えても――いえそうじゃない方がいいわね」
エルファリア:「?…とにかく、引き受けていただけるのなら謝意を示さなければなりませんわね」
ユンナ:「いいわよ別に。変装してまで出て欲しいっていう歌のコンテストがあるだけでも面白いじゃない。――それで…作詞家は私が探すしかないのかしら?」
エルファリア:「いいえ」
 そう言った王女がすっくと立ち上がって、
エルファリア:「あの方を紹介しようと思っていますの。ついてらして」
 ぱたぱたと嬉しそうに外へ出て行くのを、ユンナが本当にフットワークの軽い王族だ、と半ば呆れながら見守っていた。
 そして、歩く事暫し。
エルファリア:「そう言う訳でお願いしたいのですわ、ジュダ」
ジュダ:「…………」
 何が『そういうわけ』なのか全く知らされる事無く、珍しく呆然とした顔で見上げるジュダ。その視線は王女と、王女の隣で同じく呆然としているユンナに向いている。
 その目はこう言っていた、『おまえの仕業か』と。その視線を受けて、思わずぷるぷると勢い良く首を横に振るユンナ。
ジュダ:「………すまない。話が見えないのだが」
エルファリア:「あら?」
 ユンナに言った事で説明した気になっていたらしいエルファリアが不思議そうに首をかしげる横で、
ユンナ:「王宮入りする可能性のある歌い手のコンテストがあるのよ。そこに慮外者が買収して乗り込んで来たので手伝って欲しいんですって」
 ユンナがそう簡単に説明する。
ジュダ:「…それで、俺は?」
 まさかデュエットしろというのではないだろうな、と言う視線に負けず、座っているジュダを見下ろしたユンナが、
ユンナ:「歌い手と作詞家とのペアが条件なのよ。…急な話だけど…引き受けてもらえないかしら」
エルファリア:「私からもお願いしますわ」
 何故この男をエルファリアが選んだのかは知らないが、話に聞いたコンテストは後数時間もしないうちに始まってしまう。それを考えると、今でさえももう遅いと言う気がしてならないのだが、これから他の者を選ぶ時間ははっきり言って無い。
 これが駄目なら、あの彼らを宮廷入りさせる他ない――。
ジュダ:「……仕方ない」
 ジュダの溜息が、了承の合図となった。

*****

 世界が赤い。
 カラーコンタクトを付けたユンナが、長い黒髪のウィッグをさらりと首から流しながら考える。
 ここは、コンテスト会場の入り口。受付は先程ぎりぎりで済ませて来た所だ。
 王女はあの後王宮から馬車で会場へと飛ぶように走らせ、すまし顔で特別審査員席に座っている。
ユンナ:「ところで、私まだ今回歌う歌詞を貰ってないんだけど?」
ジュダ:「まだ作っていないからな」
 あっさり言った言葉に、流石に唖然としたユンナが、
ユンナ:「どうするつもり?もう始まるのよ」
 そう言って詰めかかる。
ジュダ:「大丈夫だ。審査は受付順に行われるのだろう?」
ユンナ:「そう聞いているわ」
ジュダ:「問題無い」
 中途までは作る気も無いらしく、宛がわれた椅子に腰を降ろして目を閉じるジュダ。
 ユンナもちょっと焦った顔をしながら、他にする事も無くジュダの隣に腰を降ろした。
 コンテストの始めは、勢い込んで顔を真赤にした、初々しいお嬢様といった風情の少女と、その家お抱えの偉そうな作詞家とがペアになって舞台に立ったところから始まった。
ユンナ:「可愛いわねえ」
 レッスンをずっと繰り返してきたのだろう。確かに上手いが、まだ歌に歌われていると言うレベルで、情感を伝えるには至っていない。
 次々と現れる少女たちも、音程の確かさの差こそあれ、ほとんどが最初の少女と同じようなレベルだった。だが、それもまた楽しいもの、とユンナも見物している一般の人々も目を細めて舞台の上を見上げている。
ジュダ:「…来るぞ」
 そして何曲かが終わった後で、突如、
 ジャアアア――――ン!
 耳をつんざくばかりの激しい音が、会場だけでなく村全体に響き渡った。
ユンナ:「これは――」
ジュダ:「…この程度か」
 ユンナが何かを言いかけるのを、ジュダの手が目の前にすっと上がって止める。そして、そこでようやく懐から紙とペンを取り出すと、まるで舞台の上のがなり声から出る歌詞を書き留めるように、さらさらと緩急を付けながら何か書き記し始めた。
 ―――――――――!!!

女:『全てを破壊しろ、全てを破壊しろ、全てを破壊しろ――!!』

 激しいリズムに乗って流れる歌声は、最初耳を塞いでいた人々も次第に目を血走らせ、手を振り上げて同じ台詞を叫び始める。
 それは――耳の中でこだまする曲。叫ばれているのに、耳元でそっと囁かれているような気さえする。
ユンナ:「あいつら…歌に、何か乗せて――」
 ユンナは、全ての音が音階となって聞こえて来る絶対音感の持ち主で、歌を生業とする仕事に付いている事もあり、こうした音の中から滲み出て来る不快な感覚を察知するのは素早かった。
 だが――そんな訓練すら受けていない普通の人々は、
村人たち:「「「「おおお!破壊しろ!破壊しろ!破壊しろ!」」」」
 手を振り上げ、顔を真赤にしながら怒鳴り続けている。
 そうした人々が暴動を起こすのではないかと、音に対し防御を続けながら僅かに力を解放し、見守り続けるユンナの隣で、何の影響も受けていないのだろう、ジュダがさらさらと静かに歌詞を書き綴っていた。
 ジャ――ン!!

 センキュウ!と最後に叫んだ女の声で、会場がしん、と静まり返り、その直後に割れんばかりの大歓声が起こる。
 煩い音と思っているのがありありと分かる審査員たちは、そうした会場の客に不審の目を向けながらも、大きな拍手を2人に向けていた。

*****

 その後のコンテストはぼろぼろだった。
 特にあの男女の直後の歌い手たちは、半泣きで…歌詞も歌い方も忘れ、おろおろとし、更に客席からの容赦ない、棘のあるブーイングを受けて、舞台の上で泣き出した者もいた。
ユンナ:「酷い…まだ影響は抜け切らないわ。こんな…可哀想に」
ジュダ:「………それは、違うな」
 さらさらっ、と最後の一節を書き終えたジュダが、手を当てて乾かすとユンナへその紙を手渡し、
ジュダ:「『歌』という物を良く知る者は、あれしきの事で挫ける事はない。歌うと言う事、その事自体の意味を知ればな」
 そんな事を言って、ユンナの目をじっと見た。
 ユンナはその目をまっすぐに見返して、そうしてから手渡された歌詞を読み――そして、くすっと笑う。
ユンナ:「本当ね。歌う事の意味は、忘れちゃいけないわ」
 ユンナの2つ前の少女が、やはり衆人環視の中震えながらようやく歌い終え、舞台袖に逃げて行くのを見ながら、ユンナが呟いて立ち上がる。
ユンナ:「行きましょう。歌姫の実力、甘く見てもらっちゃ困るわよね」
ジュダ:「……ああ」
 ジュダも、その言葉に軽く頷いた。

*****

 最後の1人――その1人にも、罵声を浴びせる気満々の人々が、出て来るのを待ち構える。
 そして現れた若い女性に早速とブーイングを浴びせる人々へ、
ユンナ:「おだまりなさい」
 ぴしり、と鞭のようにしなる声をかけた。その、今までのようにおどおどした顔では無く、厳しい表情を浮かべたユンナに一瞬しんと場が静まり返るが、つづいてざわざわと怒りのオーラと共に会場がざわめく音がする。
ユンナ:「歌わせていただきます――タイトルは『めざめのとき』」
 言って、

 ――にっこり、と笑う。

 それから、ゆるりと口を開いた。
 始めは、只の朝の歌かと野次を飛ばしていた者たちが、次第に静かになっていく。

 夢からの目覚めを。
 恋の目覚めを。
 親としての目覚めを。
 春の温かさを、夏の眩しさを、秋の切なさを、冬の静けさを――全てに『気づいて行く』その過程を、柔らかな音と声でゆるゆると編み上げて行く。
 それは、誰もが行く道、通り過ぎる道、思い出す道。
 柔らかな毛布に包まれるように、抱きしめられた親の大きな腕の記憶。

ユンナ:『大好き――だいすき――だぁいすき』

 幼子を見る目で微笑みながら。
 恋人を見る目で照れ笑いしながら。
 大切な人を見る目で――それに気付いた事がどんなに幸せかと、目で、唇で、声で歌い上げる。

 最後にすっと息を吐いて終えた後、ユンナはにこりともう一度笑って、舞台の隅に立っていたジュダと共に舞台裏へ消えて行く。
 会場は沈黙していた。
 だが、それは否定の沈黙ではなく、ただただ圧倒されていただけに過ぎない。
 だから、

 ――ぱち、ぱち…

 秋の雨のように静かに、だがしっかりとした拍手が、さざめきのように広がっていったのだった。

*****

エルファリア:「助かりましたわ」
 そして数日後。再び『お忍び』の格好で来たエルファリアが、事の次第を呆れた顔で見守っているユンナへ告げる。
 結果は、ユンナの1人勝ちだった。買収され、洗脳されていた審査員たちでさえ、ユンナへ票を入れずにはいられなかったのだから仕方が無い。
 ステージの上で地団駄踏んでいた2人も、主宰者ならびに審査員たちも、そのコンテストが終わった後速やかに身柄を拘束された。今は、王宮に害なす可能性のある者を入れようとしたある種の反逆罪に近い罪に問われ、審査員のほとんどが謹慎の処遇になるだろうと言われている。
 だが、問題はあの2人。
 べったりとしたメイクで素顔を見せなかった彼らは、調査を受けている最中もだんまりで通し続け、素顔を見せる事無く、ある晩に見張りの目を盗んで僅かな時間の間に脱走してしまったのだった。
 とは言え、調査した結果浮かび上がった金額が半端なものでは無かったため、あの2人だけの仕業とはとても思えなかったのだが、そういうわけで今も捜索中なのだと言う。
エルファリア:「本当に素敵な歌でしたのに、あの方は辞退した事になってしまっているのよね。…ユンナ、私のところへ来る気は無い?」
ユンナ:「残念ですけど。私は市井の中で歌っているのが性に合っているのよ。だから、そう言ってくれるのはありがたいけどごめんなさい」
エルファリア:「良いのですよ、言ってみただけですから。それで承諾していただければもっと宜しかったのですけれども」
 くすり、とエルファリアが笑って、そう言えば、と続ける。
エルファリア:「ジュダはどうしているのかしら」
ユンナ:「ああ…彼は、そうねぇ。元気だと思うわよ」
 また今日もどこかで物思いに耽っているのだろうと思いながらも、あの見た目とは激しくそぐわない歌詞を書いた姿を思い出してくすりと笑う。
エルファリア:「どうなさったの?」
ユンナ:「ちょっと…楽しい事を思い出しただけよ」
 そう言ってもう一度笑ったユンナが、昔、歌と言うものを教わった時の事を甘い思いと共に思い出していた。

 もう、それは遠い過去で、決して手に入るものではないけれど。
 それでも――その時があったからこそ、今、歌う事が出来るのだと。


-END-