<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
レセン島探訪記 〜幻の赤珊瑚を求めて〜
ある日、聖都の酒場にて、冒険の同行者を募る1人の青年の姿があった。それは別段珍しいことでも何でもない。けれど、違和感を覚えるとすれば、どう見てもその青年が冒険者には見えないことだろうか。
伸ばしっぱなしの金髪を後ろで無造作に束ねた彼は、細身というよりは貧相な体つき。とても冒険に耐えられるようには見えない。それが、よりによって未知の生物溢れる無人島への同行者を募っているのだから、無謀にも程がある。当然、名乗りを上げる者はいない。
ノエミが酒場に入った時には、ちょうど青年がしょんぼりと溜息をつきながら椅子に腰掛けたところだった。
「あーあ、赤珊瑚が見つかるかもしれないのにな」
元気なく俯いてぼそりと呟く。
「あの……」
ノエミが声をかけると、青年はびくっと身体を震わせた。
「うわぁ!」
「あ、ごめんなさい」
ここまで驚かれると、ノエミの方も驚いてしまう。
「いえいえ、こちらこそ。で、何かご用?」
青年は取り繕うようににこりと笑う。
「あ、いえ、先ほどの話、無人島に同行させてもらおうかと。赤珊瑚をお探しなのですか?」
ノエミが切り出すと、青年は目をしばたかせた。
「あ、やっぱり聞いてたんだ……。うーん、でも君、いい人そうだし、強そうだしいっか」
彼が何気なく呟いた「いい人」という言葉に、ノエミの胸がちくりと痛む。何せ今のノエミはこのソーンに混沌をもたらす使命を帯びているのだから。
「僕は生物学者なんだ。レセン島という無人島に、赤珊瑚が生息していそうな環境を見つけたんだけど、この通り、冒険に向いてなくてね。それで一緒に確かめに行ってくれる人を探していたんだ。赤珊瑚は稀少なものだから、誰にでも頼めることじゃなくてね、君に頼めると助かるんだけど。赤珊瑚があれば、報酬はそれを1つ。こういう条件でどうかな?」
青年はノエミの戸惑いに気付く風もなく、ただ周囲に聞かれないよう声を潜めて話を進めた。
「ええ、構いません」
ノエミが頷くと、青年はにこりと微笑んだ。
「ありがとう。僕はフレデリック・ヨースター。フレディと呼んでくれると嬉しいな」
「私は修行中の騎士、ノエミ・ファレールと申します、フレディ様」
2人はしっかりと握手を交わす。
「じゃ、出発は明日の朝で」
日程や行程を確認し合い、そのまま2人は別れた。
翌朝、高く日の昇る頃。フレディとノエミは無人島の砂浜に降り立っていた。
「向こうの入り江の方だと思うんだけど、船付けられなかったし……、多分、地形からいって、あの辺りから地下で続いていると思うんだ」
言ってフレディは砂浜から続く岩場を指す。
「調べてみましょう」
ノエミも頷き、早速その辺りを調べ始める。果たして、入り口らしきものはさほど労せずして見つかったが、問題はその入り口が岩盤で塞がれていることだった。
「これじゃあ、入れそうにないなぁ……」
フレディががっかりした、と言わんばかりに肩を落とす。
「フレディ様、離れていて下さい。……インサニティ・ボルト!」
ノエミは神経を集中させると、岩盤に向かって雷魔法を放った。それは過たずに岩盤を直撃し、粉砕した。もうもうと土煙が上がり、それが収まった後はぽっかりと黒い洞窟が口を開けていた。
「ノエミさん、すごい! これで入れる」
フレディが歓声をあげた。
「さあ、参りましょう」
ノエミはフレディからカンテラを受け取ると、先に洞窟内に入った。いろいろ未知の生物が多い島だと事前に聞いている。洞窟内にも凶暴な動物がいるかもしれない。
洞窟内にはひやりとした湿った空気が満たされていた。どこからともなく、水のしたたる音が響いてくる。その微妙に高さの異なる澄んだ音は、幾重にも重なって繊細な奥行きを醸していた。
カンテラを掲げてみれば、つるりとした壁がぬらりとその光を照り返した。天井からはいくつもの鍾乳石がぶら下がり、足元には石筍が顔を出している。
「フレディ様、足元に気をつけて下さいね」
そう小さい声で言ったはずが、洞窟内に響き渡る。そこはせわしくなく動く時間の流れから取り残されたかのような静寂の世界だった。
「静かだね」
フレディの声もまた、幾重にも響き渡った。
時折、ネズミや虫がちりちりと走り、昼寝中だったコウモリが慌てて飛び立ったりすることはあったが――そしてそれは皆、妙に大きかったり奇怪な形をしていたが、普通にすれ違う分には実害がなかった――、懸念していたような危険な生物と遭遇することもなく、そして幸いにも鎧を着込んだままのノエミが通行に苦労するような狭い箇所に行き当たることもなく、2人は洞窟の奥深くへと足を進めた。
大地の懐へと沈んで行くのは、時を遡って行くような奇妙な感覚にも似て、いつしか2人は黙々と歩いていた。
と、どこからともなくうなり声のような不気味な音が響いてきた。思わず、2人が足を止め、周囲を伺った途端。ぐらりと地面が揺れた。
「フレディ様、伏せて下さい!」
ノエミは叫ぶと、彼の元へと駆け寄り、盾を構えた。揺れはますます激しくなり、立っているのも辛くなってくる。そして、ついに耐えきれなくなった天井の鍾乳石が、いくつも落下を始めた。
ノエミは盾でフレディの頭上を庇い、地面に落ちて跳ね返ってきた鍾乳石を剣で払った。フレディの向こう側に落ちて来た鍾乳石は、魔術で砕く。
ひとしきり揺れた後、どうにか地震は収まった。
「助かったよ、ありがとう」
フレディがゆっくりと起き上がる。彼が怪我をしていないのを見て、ノエミは胸を撫で下ろした。
「それにしても、こんな地震が起こるなんて……。ひょっとしたら近くに海底火山でもあるのか……。そして、今の落下の仕方、ここの地質は……」
揺れが止まってしまえば、フレディはすぐに学者の顔に戻り、周囲を見渡しながら呟いた。
「とりあえず、急ぎましょう。また揺れるかもしれません」
「ああ、そうだね」
ノエミが促すと、フレディも頷いた。再び、2人は足元に気をつけながら歩を進めて行く。
不意に、周囲が暗くなった。急に空間が開けてそれまで光を照り返していた壁が途切れ、カンテラの光が遠くへと逃げっぱなしになったのだ。露出した顔の肌に貼り付くようだった空気も、さっと霧散したかのようだった。
「地底湖だ」
フレディが呟く。
悠々と冷たい水をたたえ、しん、と静まり返ったその湖は、まさに神秘をそのまま絵にしたようであった。
2人は、しばし声もなく真っ黒の水面を眺めていた。が、ノエミの目はその隅に横たわる巨大な生物を捉えていた。
「……サーペント」
ノエミは低い声で呟いた。海に棲む巨大な蛇。気性は荒いものが多い。ここにいるのはまだ幼い――とはいっても、人間の尺度で考えると十分に長寿なのだが――個体のようだが、それでもその強大さは計り知れない。
幸いなことに今は眠っているように見える。このままそっと通り抜けて関わらない方が無難だろう。
「フレディ様、あれを刺激しないようしましょう」
そう言って振り向いた時、肝心の学者はそこにいなかった。何と、こともあろうに甘い菓子でも見つけた子どものような顔をしてサーペントに近づいていくのだ。
「フレディ様」
「だってサーペントだよ、滅多に見られないよ。ちょっとだけ、ちょっとだけ」
ノエミがたしなめても、すっかり興奮してしまっているらしく、その足は止まらない。こうなってしまうと学者の好奇心というものは、冒険者のそれと違って打算や危険性の認識がない分、かえってタチが悪い。仕方なく、フレディの後を追ったノエミだったが、次のフレディの行動を見て、あやうく卒倒しそうになった。
フレディは岸にもたれているサーペントの頭へと手を伸ばし、はがれかかっている鱗を一枚、取ろうとしているのだ。あまりの無謀さに、それを止める言葉すら出て来ない。
果たして、フレディの指先が鱗にかかり、そっとそれを抜き取る。が、まだ端の方はしっかりとくっついていたらしい。ぺり、と皮膚からはがれる音が大げさに響く。
当然、サーペントは目を覚まし、そして激怒したようだった。すさまじい勢いで頭を持ち上げる。
「おおっ。すごい。大きい牙だなぁ」
自分の身に降りかかりつつある危険にまったく自覚がないらしい。フレディはきらきらと瞳を輝かせてサーペントを見上げている。
「フレディ様!」
ここからじゃ間に合わない。ノエミはとっさにフレディの足元に雷魔法を打った。衝撃でフレディが尻餅をついた直後、さきほどまでフレディがいた場所をサーペントの頭が猛烈な勢いで通過する。
ノエミは素早くフレディの元に駆け寄った。体勢を整え直したサーペントと対峙する。
「あなたを傷つけるつもりはありません。鎮まって下さい!」
大声で叫んでも、その言葉はすっかり頭に血が上ったサーペントには届かないようだった。もっとも、鱗をはがしている以上、説得力がないのも事実だが。
再び、すごい勢いで牙を剥いた巨大海蛇の頭部が突っ込んでくる。
これをかわしたらフレディが巻き込まれるかもしれない。ノエミはそれを盾で受け止めた。が、サーペントの凄まじい力で、やすやすと壁際まで押し込まれる。
この力ではいかに鎧を着ていようとも押しつぶされる。壁に押し付けられる寸前で、フレディに危害を及ばないことを確認し、ノエミは横に飛び退いた。直後、サーペントの頭が壁にめりこみ、えぐりながら天井まで昇ってノエミに向き直る。カッと開いた口から矢のような水流が幾筋も放たれた。
体力的に考えても、長期戦になると不利になる。それに洞窟が崩壊する危険がある。
ノエミはサーペントの攻撃を盾で受け、剣で払いながら、精神を集中させて雷魔法を完成させた。
ひとしきり水流を吐いた後、サーペントは息継ぎをすべく天井を仰いだ。
「インサニティ・ボルト!」
その一瞬の隙を狙い、ノエミは十分に練り上げられた魔法をサーペントの頭部めがけて放つ。さしものサーペントもこれにはたまらず、ゆらりとよろめくと水中へと沈んでいった。
「ごめんなさい」
間違いなく侵入者はこちらの方だ。ノエミは激しく揺れる水面を見つめて呟いた。
「……死んじゃった?」
ことの元凶であるフレディは、呑気にもサーペントの心配をして水中を覗き込む。
「いいえ。少し眠ってもらっただけです」
「そう……。よかった。ごめんね、面倒かけちゃって」
フレディは心から安堵したように溜息をつくと、ようやく詫びの言葉を口にする。
「……いいえ」
どっと疲れが湧いてきて、ノエミは苦笑しつつそう答えるのがやっとだった。
地底湖の脇には、さらに奥へと道が繋がっていた。しだいに今度は上り坂になっていく。そして。
不意に懐かしい外の光が差し込んだ。それは天井から漏れ入ってくるわずかなものだったが、それでもカンテラの明かりに比べれば、ずっと頼もしく思えた。
地面にはまた水がたまっていたが、今度は湖ではなく、外の海から繋がっているようだった。
「やっぱりあった」
はいつくばるようにして水面を覗き込み、フレディが歓喜の声をあげる。
「綺麗ですね……」
横から覗き込んだノエミも思わず感嘆の息を漏らす。
深くえぐれ込んだ海底に、いくつもの深紅の珊瑚が枝を広げていたのだ。水に揺らめくその様は、この世のものでない花が一面に咲いているかのような、幻想的な美しさがあった。
「思った以上だったよ。こんなに浅いところにこんなにたくさんあるなんて。しかも形も申し分ない」
フレディは興奮気味にまくしたてた。
「赤珊瑚ってめったに採れないんだ。だからとっても稀少なんだよ。僕はきっと、赤珊瑚って本当は太陽の光が届かないくらいに深い深い海の底に生えるんだと考えてるんだけど、それを確認する手段はないから確証はないんだけど」
ノエミが聞いているかどうかはおかまいなしらしい。軽く苦笑を浮かべながらも、一応ノエミはフレディの話に耳を傾けた。
「で、たまーに見つかるのはこういうところなんだ。ここは岩が切り立っているし、流れも速い。水温もちょうど良いし、外の光も少ない。とれる場所の条件は揃ってるとは思っていたんだけど」
ここで満足したのか、ようやくフレディは顔を上げた。
「さて、約束の報酬だね」
どうやら肝心のこともしっかり覚えていてくれたようだ。フレディは長いロープを取り出すと、その先に何かの金具をくくり付け、海の中へと沈めた。意外と器用な手つきで数度それを回すとゆっくりと引き上げる。果たしてその先には、見事に枝を広げた珊瑚が一株、ついてでてきた。
「綺麗……」
血がしたたるようでいて、それでも不吉さは全く感じさせない。滑らかな表面は、薄い光を跳ね返して美しく艶めいた。
宝飾品に加工しても良いし、このままでも十分に美しい。
(これを女王様に献上すればきっと喜んでもらえるはずです……)
そう思えばノエミの胸は弾む。オペレーション・ケイオスの遂行とは違って他の世界の人間を傷つけることなく女王に貢献できると思うと、安堵にも似た穏やかな気分が広がった。
「じゃ、帰ろうか」
珊瑚の生育状況などを手早くメモし、そこの海水を採取した上でフレディが言う。
「ええ、戻りましょう」
ノエミは珊瑚が傷つかないように丁寧に布で包みながら幸せな気分で頷いた。
「どうもありがとう。おかげで赤珊瑚の確認ができたし、いろいろ助けてもらったし」
島から戻り、聖都の港に着くと、フレディが右手を差し出した。
「いいえ、私の方も良い修行になりました。赤珊瑚も手に入りましたし」
ノエミもそれに応えて握手を交わす。ふ、と急にフレディが神妙な顔になった。
「ええと、その赤珊瑚のことなんだけど……。洞窟でも言ったけど、すごくそれは稀少なものなんだ。そして、育つのにすごく時間がかかる。それくらいの大きさになるのに、100年とか1000年とかかかるんだ。あの場所が知れたら、それこそあっという間に取り尽くされてしまう。だから、あの洞窟のことは秘密にしておいてくれる?」
「ええ、もちろんです」
あの幻想的な光景が再びノエミの頭に浮かぶ。あれは、決して私利私欲のために荒らされて良いものではないだろう。
ノエミの返事に、フレディがいつもの笑みに戻った。
「ありがとう。また機会があればご一緒してね」
「え、ええ……」
フレディの無邪気な申し出に、ノエミは一瞬言葉を詰まらせた。次があるのなら、せめてもう少し慎重な行動をとって欲しい。言葉にならなかったその思いに、つい顔がこわばってしまう。
すっかり傾いた夕陽が、そんなノエミを真っ赤に染め上げた。
<了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【2829/ノエミ・ファレール/女性/16歳(実年齢16歳)/異界職】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度はご発注、まことにありがとうございました。
ほとんど盾に近かったフレディの護衛、お疲れさまでした。いくらノエミさんとはいえ、気苦労が絶えなかったこととお察しします。赤珊瑚1つじゃ割に合わない思いをされたかもしれませんね。
でもおかげさまで大変貴重な発見ができたようで、フレディは喜んでいるようです。またよろしければ次は遊びに(遊べるかどうかはともかく)いらして下さいませ。
とまれ、少しでも楽しんでいただければ幸いです。ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。
それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。
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