<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
【砂礫工房】 捻れの塔の大掃除
------<オープニング>--------------------------------------
「よーし、掃除くらいしないと管理任されてる人間としてダメだよねー‥‥」
気合いを入れて冥夜が捻れの塔の掃除を決意する。
相変わらず塔の捻れ具合は変化し続けており、何階まであるのかも分からない。更に、言えば侵入者対策の仕掛けの止め方も未だに解明されてはいない。
しかし放置すればする程、内部の埃は溜まっていくばかり。
仕掛けの攻撃を避けつつ掃除を一人で行う事など到底不可能だ。
ここは一つ協力者を募ろうではないか、と冥夜は思い立った。
全てを解明された訳ではない捻れの塔は、隠し部屋なども多数有り行く度に違う部屋を見つける事がある。宝探しなどにももってこいだ。これなら冒険者も掃除をしながら楽しんでくれるに違いない、と冥夜は一人頷く。
「一緒に面白楽しく掃除をしませんか‥‥でいいか」
これでよし、と冥夜は砂礫工房の入り口にぺたりと紙を貼り付けた。
------<砂漠の家>--------------------------------------
本日も青空が拡がり、洗濯日和だ。掃除をするのにももってこいで、青空の下のティータイムを満喫するのにも適している。
今日も朝からオーマ・シュヴァルツこと下僕主夫はせっせと働いていた。
手を休めるとあちこちから声が飛んでくる。掃除洗濯何でもこなす天才主夫のオーマを頼る者は妻以外にも屋敷にはたくさん居た。何処にいてもモテモテマッチョなオーマだった。
頼りにされるという事は誇らしいことでもあり、喜びでもあった。
初めはオーマも鼻歌を歌いながら作業していた。しかしオーマはふと逃走したいという衝動に駆られた。
今日は素晴らしく天気も良い。こんな日に何も家の中に籠もっているこたぁないよな、とオーマの脳裏で誰かが囁く。そしてその後からは誘惑の声は次々とオーマの脳裏に響いた。
そして逃亡決行の時は訪れる。今日は残った時間を自分の為に使うとするか、とオーマは決心した。
たまたま席を外した妻が居ない今がチャンスだ。一目散に家から逃げ出すオーマ。
その姿はフリフリ苺エプロンに三角巾、手には今まで拭き掃除をしていたものだから雑巾が握られている。るんたったーとスキップしながら逃亡生活満喫中。今見つかったり、戻ったりしたら、妻による本格的責めが待っている。ナマ絞りどころではすまない。これは大人しくほとぼりが冷めるまで何処かに逃げ込むしかない、とオーマは追って来るであろう人物から逃げる為に街道を走り続けた。
そして突き当たりの角を曲がった時、オーマは何故か突然砂漠の真ん中に立っていた。
「おっと、こりゃまたすげぇ所に出たな」
急激に空間が歪められ、そこへと繋げられたかのような感覚。
驚きはしたがそれはオーマにとって好都合だった。ここまでは妻も追って来れないだろうとオーマは思う。
それに幸い砂漠で行き倒れになることもなさそうだった。砂漠の真ん中だったが、目の前にはオアシスが見えておりそこには一軒の家が建っている。
「こりゃいい。匿って貰うとするか」
ニタリ、と笑みを浮かべたオーマはフリルのエプロンを揺らしながらその屋敷へと向かったのだった。
オーマは玄関の前に立ちベルを鳴らす。その時、オーマはベルの下にはポスターが貼られているのに気付いた。
「掃除? 面白楽しくか。面白そうだが……っと待てよ? 捻れの塔……?」
読み進めていると凄まじい音が近づいてきて、勢いよくドアが開けられる。咄嗟の判断で後ろに飛んだオーマはドアとの直撃を危機一髪で避けた。
「いらっしゃーいっ! ……あれ? オーマ? 何その格好。もう準備万端?」
オーマのフリフリ苺エプロン主夫ルックを指差しながら冥夜が首を傾げて尋ねる。オーマの格好はまさしく『これから掃除を気合い入れてやるぜ!』な素敵ルックだった。
「なんだ、ここ冥夜の家だったのか。丁度良い。俺の事匿ってくれねぇか?」
「え? それはいいけど……また奥さんから逃げてるの? 今日は何をしたのかなぁ?」
ほら冥夜ちゃんに言ってご覧、と冥夜がニタリ、と笑う。オーマは苦笑気味に告げた。ただ単にサボって逃げてきただけだと。
「なんだ、それだけか。もっと凄いどろどろーってした夫婦ゲンカの末の逃亡かなって思ったのに。うーん、……サボって逃げてきた人捕まえて掃除してっていうのもなあ……」
残念そうに告げる冥夜の頭をオーマは、ポン、と撫でる。
「マッチョもといアナタの筋肉ゴッド親父降臨、ってな。掃除しに行くんだろ? 捻れの塔って前にウォズの少女が立て籠もってたとこだよな? アソコの掃除か……。よし、手伝うぜ。俺が此処に呼ばれたのもきっとその為だと思うしな。今日中に片付けてゆっくりすりゃ良いじゃねぇか。頼りになる俺様に任せておけって」
どーん、と厚い胸板を叩いてオーマが胸を張る。期待に満ちた瞳で冥夜はオーマを見つめた。
「本当に、本当にいいの? 手伝って貰えたら本当に嬉しいんだけど、いいの?」
「おぅ、任せておけっ」
これで仕事を頼まれてたから主夫業を途中でほったらかしにした理由が出来るぜ、とオーマが内心で腹黒く思っていた事を冥夜は知らない。純粋に感動し、珍しく瞳を潤ませていた。
「本当にね、酷い惨状なんだよー。一人だったら辛くてもう泣いてた、多分」
どんだけ凄いんだ、とオーマは思いつつも、オーバーすぎるアクションをしてみせる冥夜の頭を再び安心させるように撫でる。
「よーし、任せとけ。それに俺と冥夜でやったらあっという間に終わるだろ。さてと、早速今から行くか?」
「そうだね。早く行って終わらせて、ゆっくりしよう」
冥夜は笑みを浮かべるとオーマの手に腕を絡め、ぴょん、と飛ぶ。
「レッツゴー!」
こうして、何故か掃除をする前から格好だけはバッチリ決めたオーマと満面の笑みを浮かべた冥夜は共に捻れの塔へと向かったのだった。
------<大掃除>--------------------------------------
一度来た事のある捻れの塔は、また以前来た状況と異なっていた。それは捻れの回数も、そして状況も。
「おーい、冥夜。こりゃ一体……。なにをどうしたら此処まで凄い惨状になるんだ?」
うーん、と悩む冥夜だったが原因は分からないらしい。
辺りがジャングルのようになっているのも、扉を開けるのも困難な程埃がたまっているのも。
「まぁ、言ってても仕方ねぇな。やるしかねぇだろ、冥夜。気合い入れるぞ」
「了解! 冥夜ちゃんも、オーマに倣ってエプロンと三角巾を持参してきたからね」
きゅっ、と頭に三角巾をし、真っ白なエプロンをすると冥夜はひらりとオーマの前で回ってみせる。
「よし、ソレでこそ俺の弟子だ! よし、まずは埃を落とす所からだな」
二人が塔の内部に足を踏み入れると、埃の上に足跡がしっかりとつく。
「ここは一つ効率よくいくとするか」
埃は積もっているが塔内部は広さがある。上を見上げれば螺旋階段のように壁に沿って階段が続いているが、その中央部分は空洞なのだ。一番上まで登り埃を落としてやれば、中央へ埃が集まるはずだ。しかし舞い上がってしまっては意味がない。
「そこで、俺様の出番って訳だ」
ご機嫌な様子でオーマはいつもの具現能力で掃除機を目の前へと取り出した。しかし冥夜は首を傾げその掃除機の周りをぐるりと回る。二回、三回と回ってみて冥夜はオーマに尋ねた。
「ねぇ、この人誰?」
オーマが掃除機として具現化した物は、見た目がギラリと肌の光ったマッチョな筋肉親父だった。褌をきっちりと締めている。ニカッと爽やかな笑顔と共に白い歯まで冥夜に見せてくれた。しかし実際には爽やかなどころか暑苦しいのだが、多分本人は『爽やか』を狙っている、と冥夜は思う。
「ん? これこそ究極の掃除機だ。なんたって、一拭き時速無限キロだからな」
答えるオーマはマッチョ等身大ゴールデン褌アニキ型具現掃除機の隣で一緒になってポーズを取っている。
そんな耳元で囁かれたら腰砕けなセクシーナマボイス付きのゴッド親父こそ、オーマの具現化した掃除機だった。
全く掃除機に見えない。冥夜の言葉も尤もである。
「無限キロって……ちゃんと止まるんだよね? それよりも、本当に吸い込むの?」
動きを止めたオーマが掃除機に向かい声をかける。するとその掃除機は大きな口を開け、思い切り息を吸い込んだ。床にたまった埃が凄い勢いで掃除機の口の中に吸い込まれていく。冥夜はそれを見て大はしゃぎだ。
「っとまぁ、こんな具合だ。ぱぱっと上から埃を落として、こいつに吸い込んで貰えば少しは楽だろ?」
「楽々だね! よーし!」
あとは仕掛けに引っかからなければいいんだけど、と冥夜は階段を上り始めた。
「そういや前回は結構仕掛けが発動したっけな」
「この塔も気まぐれだからねー。今日はどうだろ」
そんなことを冥夜が呟く。オーマはその瞬間、ふと目の前を不穏な物が過ぎったような気がして目をしばたいた。しかし何も見あたらない。気のせいかとオーマは歩を進めるが、再び目の前を過ぎる影。
「……でねー、この間此処で落としちゃって冥夜ちゃんしょんぼり」
冥夜の話も上の空でオーマはその影の正体を探るべく神経を集中させる。嫌な汗が背を伝うのは何故だろう。
そして意識を集中し漸く捉えたそれを見て、オーマは青ざめ壁にべたりと張り付いた。冥夜が不思議そうにオーマを見つめる。
「どうしたの? そんな壁にくっついちゃって。仕掛け発動しちゃうよー」
言った先からオーマめがけて大鎌が頭上から振り下ろされる。
「ちょっと、これは流石にヤバイだろっ!」
オーマは冥夜を小脇に抱え、必死に最上階を目指して逃げ出した。
「アタシは楽チンだけど、どうしたのー?」
「ちょーっとばかし、今回の仕掛けは下僕主夫ナマ殺しイリュージョン入ってるみてぇだな」
先ほどオーマが見たものは、ケルベロスのミニサイズだった。ケルベロスとは地獄の番犬。蛇の尾と蛇のたてがみを持つ三つ首の巨大な犬の様な姿をしている。ミニサイズといえども迫力満点なそれはとても作り物とは思えない。オーマにはこのケルベロスと某人物が重なって見えるのだった。逃げてきたというのに、この塔でも下僕主夫に成り果てるのか、とオーマはがっくりと項垂れる。
足下の床ががくりと一段下がり、今度は前方から鎌が飛んでくる。それを身を低くしてやり過ごしながら、更にオーマは登る。今オーマに史上最大級のピンチが訪れている事は確かであった。
「……っと、何処に逃げても追ってくるってか」
「えーと、オーマに何が見えてるのか分かんないけど頑張れー」
憤怒の表情を浮かべた苦手とするケルベロスの幻影がオーマの周りをふよふよと飛び回っているのだが、冥夜にはその姿が見えていないようだ。他人には見えないということはオーマだけに発せられる怨念か。はたまた生き霊か。
オーマの進む道筋に大鎌が突き刺さり、段々と酷い惨状になっていく。死なない程度の仕掛けでは無かったのか。これでは一回刺さるだけで重傷だ。いくら命があっても足りない。
その時、オーマに抱えられていた冥夜が叫んだ。
「あーったー!!! ちょっとストーップ!」
「なんだぁ? って、おわっ! 鎌が刺さる刺さる!」
バックステップでオーマは大鎌を避けると立ち止まる。下ろされた冥夜が手を伸ばしたのはオーマの肩だった。そこには一つのペンダントが引っかかっている。
「良かったー。これ持ってる人のより近い所にいる人の思いを増幅して映像を映し出す効果のあるペンダントなんだよねー。オーマには何が見えてた?」
「そりゃもううちの神々しいまでに美しく悪鬼のようなうちのカミさんの化身が見えました……って、そりゃこのせいなのか? 幻影とはねぇ……」
「うん、多分。でも仕掛けが幻影に作用する訳ないんだけど、大鎌出してくるなんてこの塔もやるねぇ」
「オイオイ、それどころじゃねぇだろ。下手すりゃ死ぬぞ」
それもそうだね、と冥夜は可愛らしく舌を出して笑う。
「でもそんだけ思われてるのって良いね」
「その愛が痛すぎるけどな」
遠くを見ながらオーマがそんな事を告げていると、大鎌の強襲に会う。すぐさま冥夜を抱えてオーマは階段を駆け上った。
その時、オーマがまた先ほどの褌マッチョな掃除機とは違ったものを具現化させた。
筋肉マッチョなのは変わらないが、額に『掃除マニア筋親父神』のはちまきをしている。冥夜は呆気にとられそれを見つめた。
「少々俺たちにゃ最上階までの道のりはキツイから、埃を落とすのはこの掃除マニアキングにでも任せようぜ。俺達は拭き掃除だ」
「おぉぉ、なんか凄い人がたくさん出てくるんだけど。雑巾掛けね、分かった!」
それじゃ水汲んでくる、と冥夜はかなりの高さから飛び降りた。ひらり、と舞い無事に床へと着地しオーマに手を振ると出て行った。
オーマは降臨した掃除マニアキングに残りの埃払いは任せ、大鎌から逃げながら一番下のホールへと向かう。その途中、腹黒同盟の勧誘ポスターを貼る所は見事だ。こんな人の居ないような所でも勧誘作業とは見上げたものである。
そして汚れの目立った部分を雑巾で拭き取りながら、オーマは無事に下へと辿り着いたのだった。
冥夜が戻ってきて、オーマと共に雑巾掛けを開始する。主夫の腕の見せ所、とオーマはきびきびと床の拭き掃除をこなしていく。その横で冥夜が掃除をしていたが、その始動を行っているのは掃除マニアキングと掃除機の二人である。『あら、まだ埃が残ってるわよ』というような嫌みな姑のように、冥夜の一挙一動を観察している二人。しかし冥夜はそれが気にならないのか、マイペースに掃除をこなしていった。
掃除している最中もたまにボールが降ってきたりはしたが、先ほどまでの大鎌の攻撃はピタリと止んでいる。ふんばりどころだ、とオーマと冥夜はラストスパートをかけたのだった。
------<大掃除終了☆>--------------------------------------
掃除を終えた二人は満足そうに中央に座り塔を内部から見上げた。
「アリガトウ! やっとここまで綺麗になったよ」
「なかなかスリリングで楽しかった。そういや冥夜、手荒れてねぇか?」
やはり拭き掃除をしたため、あちこち切れたりしているようだ。
「うーん、あっちこっち荒れてるかなぁ。ちゃんとハンドクリーム塗ってたんだけど」
自分の手をひらひらと動かして眺めている冥夜にオーマは塗り薬を手渡す。
「ほらよ。コレ塗っておけば直ぐに治る」
「ほんと? アリガト!」
わーい、とそれを塗り始める冥夜にオーマは言う。
「掃除完了祝いに俺が飯ご馳走するとするか」
「オーマのご飯? あの、よく言ってる下僕主夫手料理ってやつ? 食べたい、食べたい!」
首を傾げつつ告げる冥夜にオーマは笑いながら言った。
「よぉーし、それじゃさっさと戻るか。ここには材料もねぇみたいだしな」
「うん、それじゃそうしよう〜」
冥夜はしっかりと鍵を閉め、捻れの塔を出たのだった。
それからは飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。
オーマは冥夜が師匠の酒蔵から失敬してきた酒を心ゆくまで飲んで、ほろ酔い気分のまま眠りについてしまう。
その隣で騒ぎ疲れた冥夜は寝ていたが、冥夜の手には捻れの塔の内部で見つけたペンダントが握られていた。しかし冥夜の手からそれはこぼれ落ちる。落ちた衝撃で、再びスイッチが入り、転がったそれはオーマの手に当たり止まった。その瞬間、ゆらゆらとそのペンダントから浮かび上がったのは影のように黒いケルベロス。塔の内部で現れたケルベロスの幻影だった。
口元に浮かぶのは壮絶なる笑み。オーマにとっては捻れの塔での悪夢再開といった所か。ケルベロスはいつでもどこでもオーマの天敵だった。
オーマに安らかな眠りが訪れるのは何時の事か。
冥夜が寝返りを打った瞬間、冥夜の足がオーマを蹴り上げる。
その衝撃で目を覚ましたオーマが目の前に揺れるケルベロスを見つけ、顔の筋肉を引きつらせた。冥夜は起きそうもない。
じりじりと後退したオーマはケルベロスに追いつめられ後がない。
ケルベロスとは逃げ出した者を捕らえて喰らうのではなかったか。冷や汗が滴り落ちる。幻影と分かっていても苦手なものは苦手なのだ。
くわっ、と三つ首が大口を開けオーマを飲み込もうとする。
砂漠に佇む屋敷にオーマの絶叫が響き渡ったのだった。
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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
●1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。 夕凪沙久夜です。
大変遅くなってしまい申し訳ありません。
今回のケルベロスとの戯れは如何でしたでしょうか。(笑)
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
ありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。
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