<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


ソーン買出し紀行

●ニュアーゼル領事館
 ニュアーゼル地方と言っても、それが何処であるのかわかる者などはほとんどいない。だが、その領事館と銘打たれた屋敷に足を向ける者がいないわけではなかった。それはごくわずかな縁ある者と、屋敷の一角を改装したショップを訪れる者。また領事館の建物は通りに面しており、通りかかって店先に惹かれて立ち寄る者もいた。
 キング=オセロットも、そんな者の一人だった。キングは、このソーンという世界を訪れるようになって、まだいくらかしか経っていない。この街のことも、すべて理解したというわけではなかった。
 そんなキングがショップに惹かれたのは、紙巻き煙草がないだろうかと思ったからだ。ここではない地方の店ならば、望むものがあるかもしれないと。
 中に入って、陳列棚を見て回る。一角に、スペースはわずかだが、煙草の棚もあった。だが紙巻き煙草は見当たらなかった。並んでいるのは、パイプと、切り葉と、葉巻が少し。
 諦めるのはまだ早いかと、店員を探してキングは店内を見回した。
「あるかい?」
「切らしてるな」
「ついでだし、色々買ってきたほうがいいか……」
 ショップの奥で青年が二人、話をしていた。商品なのか、消耗品なのかはわからないが、何かを探しているようだった。他に客はいないので、探している物は消耗品なのかもしれない。
 そこへ歩み寄り、キングは声をかける。
「すまないが」
 煙草はないだろうか、と。
「煙草? 葉巻で良いかな?」
 黒髪の青年のほうが振り返った。
「いいや、探しているのは紙巻きなんだが」
「紙巻きか……うちにはないかな?」
 パイプと葉巻ならあるのだがと、青年は先ほどキングが見ていた棚を示した。
「そうか、すまなかった」
 残念に思いながらも、キングは店を出ていこうと踵を返した。目的が果たされないならば、長居することもないだろう。
「ああ、ちょっと待ってくれるかい?」
 そこを、やはり青年が呼び止める。
「紙巻きなら何でもいいのかな?」
「そういうわけじゃないんだが……贅沢は言えないか」
 キングは記憶の彼方にある、愛用していた紙巻き煙草のパッケージを思い出した。渋い濃い色の紙箱だ。あのままのものがあるとは、さすがに思ってはいない。
「そうなら、ここじゃあないが、ある店もある。僕もこれから買い物に行くから、良かったら一緒にどうだろう」
 黒髪の青年は眼鏡の奥で理知的な目を笑みの形に細め、キングをそう誘った。
 キングがつけているのは片眼鏡だが、彼がつけている眼鏡も与える印象は近いような気がした。
「いいのか?」
「ああ……そのかわり、お願いがあるんだが」
 そして青年は愛想の良い笑みで、そう続ける。
 ただ親切心であると言われるよりは、条件があるほうがすんなり聞けるのは確かだ。
「私に出来ることならな」
「問題なく。ただ荷物持ちを手伝って欲しいだけなんだ」
 黒髪の青年の後ろに立つ金髪の青年は、店番に残らないといけないらしい。
「ああ、かまわない……特に用というほどのものもないし」
 そこまで言って、キングはわずかに考え込んだ。
「……ついでなので、この辺りを案内してくれないか? まだ不案内でね」
「店までの行き帰りでよかったら、いくらでもね。少し大回りするくらいなら」
 じゃあ、と黒髪の青年は後ろに立っていた青年に告げて、キングと共に店を出た。

●雑貨店まで
 黒髪の青年の名はイリヤ、金髪のほうはギリアンと言うのだと、道々でキングは聞いた。
 そしてそこで初めて、キングは今出てきた店が遠い地方の領事館の一角なのだと知った。この辺りの地方ではない特産品を扱った店らしいというのは、看板からもわかったのだが。領事館だということは、店のほうには書かれていなかったからだ。領事館の入口は、隣に別にあったので。
 さて、通りに出た後は、イリヤとゆっくり歩きながら、そこから見えるものを説明してもらった。遠くには城も見えるが、そのくらいはキングにもわかる。説明は、この近所のコミュニティのことが主だった。
 この辺りは、この街の中心部からはやや外れている。中心部ほどの賑やかさはないが、住宅が多い分、生活に密着した店は点在しているようだった。
 イリヤは、店の前を通るたびに、その店の名物などを説明してくれた。
「ああ、あそこのパン屋のミルクブレッドは美味しいよ……こんな話はつまらないかな?」
「そんなことはないな……まあ、私は、ミルクブレッドは食べないかもしれないが。誰かの土産などには良いだろう。そんなに美味しいかい?」
「そうだね、子どもなら『ほっぺたが落ちそうだ』と言うくらい」
 そんな月並みな表現が、こういう素朴なものの味を示すのには適しているのかもしれない。キングは頷いて、今度世話になっている店の看板娘の土産にでも持って行こうと思った。
「目的の店までは、まだ距離があるのか?」
「いや、もう見えているよ」
 あそこだ、と、イリヤが指差した。そちらを見ると、雑貨屋の看板があった。
 思ったよりも小さい、と思っていると、それを読んだかのようにイリヤが言った。
「小さいけれど、品揃えは良いんだよ。古くからある店でね、色々な地方の商人さんが出入りしているから」
 一つのものがたくさんあるわけではないが、品数が多いのだと言う。小さな店に、びっくり箱のように色々と詰まっているのだと。
「なるほど」
 ならば……もしかしたら、キングの探すものもあるかもしれない。わずかにそんな期待を抱きつつ、ニ人は雑貨屋の前間でたどり着いた。
 古い木の扉を押し開けて、中に入る。すると、賑やかな色彩が目に飛び込んできた。
 明かり取りの窓から入る外の光と、中に置かれたランプの明かりに照らされて、棚とケースに置かれている色とりどりの品が鮮やかに見える。
 びっくり箱というのもうなずけたが、それよりはオモチャ箱のようだとキングは思った。そしてゆっくりと店の中に足を踏み入れ、店内を見まわした。
「いらっしゃい」
 奥にいた主人が、にこやかに出てくる。
「こんにちは。うっかり、羊皮紙を切らしてしまってね。あとインクも、予備に二瓶ほどもらえるかな」
「羊皮紙は一束で良いんですかね。後は、インクが二瓶ですね」
「ああ、まだあるんだよ……」
 イリヤは、まだいくつも続けた。ランプの油に、キャンデーを一瓶。
 瓶のものが多いからか、主人は棚からふたの閉まるインク瓶や、キャンデーの瓶やら取ると、木屑と共に袋に入れてイリヤに渡した。
 見るからに重そうだ。
「持とうか? 元々、この手伝いに来たのだし」
「いや、これは重いから良いよ。羊皮紙の束を持ってくれないかな、一緒に持つとつぶれてしまうから」
「いや……多分、私のほうが力持ちだ」
 そう言って、キングはイリヤの手から袋を取る。生身には重かろうと思う加重が、キングの腕にかかった。
「私は見た目よりも力持ちだから。問題ないので、そっちで羊皮紙を持つといい」
「いいのかい?」
 少し驚いた顔で、軽々と袋を持ったキングをイリヤは見ている。
「大丈夫だ……ところで、ご主人」
 キングは自分の探し物を訊ねてみた。
「紙巻きは置いていないか?」
「ありますよ。いかほどで?」
「そうか、1カートンほど欲しいんだが……」
 買える場所で、いくらか調達しておかないと、キングはヘビースモーカーだ。あっという間になくなってしまう。
「1カートンですね。ええと、銘柄はなんでもよろしいので?」
「選べるのか?」
 銘柄まで問われるとは思っていなかったので、思わず身を乗り出す。
「そうたくさんあるわけでもないですがね。1カートンでお売りできるのは、この辺りですが」
 箱の並んだ奥の棚を示されて、キングはドキリとした。
「その、臙脂の箱のものを」
 本来望んだ箱とはやや違うことはわかったが、パッケージとロゴはよく似ていた。
「……すまないが、持ってもらえるかな」
 煙草の箱をイリヤに預ける交換のような形になったが、一緒に持って潰したくはなかったので……

●再び領事館にて
 買い物を終えて領事館に戻ると、キングは一休みしていくように勧められた。速く煙草を持ち帰りたくて、一度は断ったが。
「裏にテラスがあるから、そこで一服していったらどうだい?」
 と、灰皿を差し出されたら、その誘惑には勝てなかった。
「煙草は大丈夫か?」
「僕は平気だよ、育ての親みたいな人が吸っていたから」
 荷物持ちのお礼にと、お茶を持ってきたイリヤに問う。
「そうか……」
 紙箱の中から、一本出してキングはそれを咥えた。
 火をつけて、深く吸い込む。
 味が変わりないような気がして、キングはもう一度紙箱を見直した。
「どうしたんだい?」
 イリヤに問われ、それを答える。
「色々な人が来ているからね……その煙草は、真似て造られたのかもしれないし」
 キングは、もしかしたらどこかに同じ嗜好の者がいるのかもしれないな、と思って……紫煙の中に、少し微笑みを浮かべた。


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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【2872/キング=オセロット/女/23歳/コマンドー】

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         ライター通信         
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 遅くなって申し訳ありませんでした。