<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【月空庭園】月の輝く夜に

 小夜啼鳥と言う鳥が居る。
 月夜の下、美しい声を、美しい歌を聞かせてくれる、鳥。

「La luna della notte、Dolcemente ci proteggera……」

 鳥と聞き間違えるほど、明瞭な歌声が風に乗り、響く。
 まるで花を眠らせるように、安らかであるように響く歌声は、一人の少女から紡がれていた。

 優しい髪の色が、風に撫でられ――、ティアラ・リリスは、何時しか自分自身、知らない場所へと辿り着いた事に気付いた。

(あれ……此処は……?)

 白い門が眼の前にある。
 門を囲うように蔦が絡み、薔薇が絡んだアーチがあった。
 夜だというのに昼に負けぬ花の香りに自然と心が惹きつけられる。

 だが、この時間だ。鍵がかかっているだろう事は想像に難しくないし……、と、思いながらもティアラは門へ、手をかける。
 すると。

 キィ………

 軽やかな音を立て、門は開いた。

 ティアラはそのまま、静かに庭園へと入り――、花を、手に取った。

 白薔薇。
 白の花びらに青味がかってるように見える、その薔薇は何処までも美しい佇まいで。
 月夜だから、白薔薇も青く、見えるのだろうか?

 それとも――……?

「その薔薇の名はアイスバーグだよ、気に入ったかな?」
「え?」
 振り返ると、人の姿。
 一瞬驚くも、目の前の人物に怒りも何も無い事を見て取ると、ティアラはほっとしたように微笑い、声をかけた人物へと近づいていった。

「こんばんは。ええ、あの薔薇凄く綺麗で……もし大丈夫なら一輪頂けない、でしょうか?」
 図々しいお願いかもしれませんけど……と、唇を、きゅ、と結びながら。
 が、予想に反して相手の声は明るい。
 無断で入ってきたのに怒っていない事といい先ほどから、興味深い事ばかりだ。
「いいよ」
「―――ゑ?」
「ただし、お願いが一つあるのだけれどね」
「お願い……?」
「そう、それさえ聞いてくれたら一輪と言わず花束にして贈呈しよう」

 そうして、青年はティアラに一杯のお茶を飲む事と話をしてくれる事を所望した。

「どうかな?」と問う言葉を待たず、そよそよ、白薔薇が揺れ――、ティアラも白薔薇と同じように首を縦に振った。
 花のような満面の笑顔を残して。




 月夜のお茶会。
 アールグレイのお茶に、お茶請けはジンジャークッキー。
 夜まだ深い色の中、静かに言葉が重なっていく。





 今夜は、とても月が明るくて……ついつい、お散歩がてら此処まで来てしまいました。
 こんな夜は、少しだけ、とある事を思い出すんです。

 ……4つの時に亡くなったって言うパパの、事を。

 ううん、正確にはパパじゃあなくて、パパの掌。
 いつも優しく頭を撫でてくれた温かい手。
 その手に撫でられると不思議と安心して、良く、眠れたような……そんな気がする。

『パパ』

 今は呼んでも返事が返ってくることもないけれど。
 けれど哀しむことは、あまり無い。
 だって――……

「パパの存在って何となく、お月様に似てるから」
「月に?」
「はい♪」

 形を変える、お月様。
 ティアラの、パパへの気持ちもその日によって違う。
 懐かしい気がして、日々満ちていったり、お友達との楽しい話で時折、欠けてしまったり……

(それに)

 姿が見えているのに遠いところに居る、触れない、なんて本当にお月様だなあって。

「こんなに近いのに……実際は、此処から離れたところに居るのでしょう?」
「そうだね、月に触れられたものは居ない。……無論、月に辿り着く人たちは居るかもしれないが、掌に乗せて掴んだ人は、皆無だ」
「だから、人はお月様を見上げるのかもしれないですよね」

 掴めそうなのに掴めない、その感覚を置いておきたくて。
 だから、見上げる。
 存在を、ほんの少しでもいい、心に留めておけるように。

「成る程……見上げるのは思い返すためだけでもなく」
「どうして、ティアラが此処にいるんだろって、そう考える事じゃないかなって」
「うん」
 これはティアラを育ててくれた人が言ってくれた言葉なんです。
 ふふ、と花のような顔に笑顔を浮かべるとクッキーを一口、齧った。
 ジンジャーのほろ苦さが口に広がる。けれど、それは受け入れられない苦さではなく。
「パパが向こう側に行ってしまってからも、凄く……、凄く、沢山の人に優しくしてもらって、これまで、育って来ました」
 ママが居なくなっても、パパが居なくなっても、ティアラはティアラへと差し出された手を忘れない。
 ティアラを引き取ってくれた劇場の主人夫妻、そうして、まるで妹のように面倒を見、可愛がってくれた劇場の人たち……皆が慈しみ育ててくれた。

 だから、と言う訳ではないけれど。
 時折、人が善すぎると言われる事も無い訳ではないけれど。

 ティアラは歌を歌うことを、一つの恩返しのような気持ちで、舞台へと臨んでいる。
 14の頃から舞台へと上がり、瞬く間に「癒しの歌姫」と呼ばれるようになったけれど――、欲しいのはその呼び名ではなく。

 慈しんでくれた人たちが幸せな嬉しい気持ちになってくれる事、ただ、それだけ。

『歌を聴いてるだけで嬉しい気持ちになる』って言われたら、満足だし、幸せ。
 勿論、歌を歌うことを嫌だと思ったことも無い、寧ろ、大好きだし歌っていて楽しいし。

 ただ。

『無理をしてないか』と言われる事だけは苦手で。

 どうして、そう思う人が居るのだろう。
 違うと言っても無理してると思われていそうで、上手く、言えない。

「それはね」
「?」
「無理をしてると思うのが人によって真実に見えるからだよ」
「一人一人思うことが違っても?」
「人は自分の身で他人の事を思いやろうと試みる。そう言うときに、知らないことから推し量る事は出来ないからね」
「あ……そうですね、確かにそれはあるのかも…なら、ティアラは――……」
 その人たちが言う言葉を頷くのではなく、何か言うのではなく、聞くしか出来ない。
 けど……本当に楽しいもの。
 此処には居ない、パパとママ。
 ティアラが此処に居られる場所を造ってくれた二人が居る場所まで、この歌声が届いていると、聞いてくれていると信じているから。
 だから、皆の優しい言葉はそのまま、パパとママの言葉。

 大好きな人たち、全ての、言葉。





 風が、二度、三度と吹く。
 その度、ティアラの髪も門番の髪も揺れる。
 けれど、もう一つ、存在こそ示さないが揺れるものがあって。

 何故だろう。時に存在を忘れてしまうけれどいつも身近なところに、花は、咲いている。

 とても不思議で、でも、当たり前の事。

 月も花も星も、全部、全部がとても良く似ていて、そして少しずつ、違っている。




 随分時が経ったように思うのに、紅茶は、まだ温かい。
 不思議に思いながらもティアラは、一息に話した事に対してなのか、疲れたのかは示さずに肩を竦めた。
 表情にはいたずらっ子の様な輝きを秘めながら、喉を潤すかの如く、紅茶を飲み、漸く言いたかった言葉を継いだ。

「なんて……随分話してしまいましたけれど、迷惑、じゃありませんでしたか?」
「いいや、そんなことは無いよ。とても良い話を聞かせていただいて感謝しているし、それに」
「はい?」
「あの薔薇も、貴方の元なら飾られるのを喜ぶだろうからね」
「え……? どうして、ですか?」
「薔薇の花言葉はね、有名なのに"愛情"があるけれど――……」

 クス、と微かな笑い声を立て、門番は次の言葉を言う。
 笑い声を含まない声で、真面目に。

「"温かい心"、とも言うんだよ」
「そう、なんですか……?」
「中々、貴方に似合う――……って、初対面の人にいうと警戒されてしまうだろうけれど」
「いいえ、嬉しいです♪ 初対面の人にもそう思われるのなら、とても幸せな事だなって」

 白い薔薇。
 他にも好きな色の薔薇は沢山あった。
 自分の髪の色のピンク、それより更に薄く柔らかい、ほんの僅か色づいたようなパールピンクに、黄色の薔薇も赤の薔薇も好きなのに。

 なのに、目に付いたのは引き寄せられるようにしたのはこの薔薇。
 今にして思えば青味がかってるように見えたのも、この薔薇が呼んでいたからかも知れない。

(不思議……って、あ、あれ?)

 前を見ると先ほどまで居た筈の門番が居ない。
 何処へ行ったのだろうと辺りを見渡すと、夜露に濡れた白薔薇が目の前に飛び込んできて、ティアラは瞳を丸くさせた。

「あの……?」
「いや、花束にして贈呈すると言ったからね。少なすぎたかい?」
「いえ、充分ですっ!! でも本当にいいんですか…?」
 欲しいと言ったのは確かだけれど、一輪でも充分だっただけに、この多さには圧倒されてしまい逆に申し訳ないような気がしてしまう。
 けれど、目の前の人物は最初にあった時から変わりなく、口元に笑みを浮かべるだけだ。
「勿論。帰りは気をつけてお帰り。まだ夜であることには変わりないし……」
 花束を作りながら門番が言った言葉に対して、ティアラは更に瞳を丸くさせた。
「あは、大丈夫ですよ♪ 此処までも問題なく来れたから、きっと」
 でも、有り難うございます、と呟くと門番が作った花束を抱え、ティアラは庭園を後にした。
 開いていた門の前には、門番が一人、ティアラを見送るように立ち、それを何度か確認するようにティアラは振り向き、その後は必ず、花束を見た。

(ちゃあんと、あるよね?)

 どちらも現実味が無いような出来事で、本当に現実なのか、まるで迷い込んだ童話の主人公になったような気持ちで月を、見上げた。

(パパ、ママ。今日ティアラは…夢でなければ面白い一日を過ごしましたよ)

 すると、薔薇がふわりと腕の中で馨り――、ティアラはその馨りに合わせるように瞳を閉じた。
 まるで、両親があわせて頭を撫でてくれるような安心感を覚える馨りに、漸く今日のこれが夢ではないと言う実感を手にして、ティアラは来た時と同じように再び歌いだす。

 月に寄り添うように、花へ想いを歌うように、密やかに、歌声だけを風に乗せて。





 小夜啼鳥と言う鳥が居る。
 月夜の下、美しい声を、美しい歌を聞かせてくれる、鳥。

 だが、それは、秘めた想いを歌い聞かせてくれる鳥でもある。

 自らに芽生えた小さな想いを聞く人のみに届ける、耳を澄まさなくては聴こえない、その聲。

 ――月だけが、全て、知っている。




―End―

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2009 / ティアラ・リリス / 女性 / 16歳 / 歌姫】

【NPC:カッツエ】

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■         ライター通信          ■
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ティアラ・リリス様、こんにちは、初めまして。
ライターの秋月 奏です。
今回はこちらのゲームノベルにご参加、誠に有り難う御座いました^^

優しくも雰囲気があるプレイングで、色々考えながら
楽しく書かせていただきました。
最初に出てくる歌は「ラ・ルーナ」と言うドヴォルザーク「ルサルカ」の
歌劇に使われる歌でして、その歌をティアラさんには歌っていただきました。

そうして。
言葉づかいなど可笑しいところがないといいなあと思いつつ(汗)

それと、花は薔薇が良いという事でしたので色々調べまして……、
アイスバーグ、別名シュネービッチェン(白雪姫)と言う薔薇を
使わせていただきましたv
ティアラさんの優しい雰囲気に似合う、とても優しい白薔薇です。
四季咲きですので、いつでも咲いていると言うのも素敵な薔薇で……
機会がありましたら、実物を見てみるのも良いかと思います^^

カッツエも花のようなお嬢さんとのお茶会を楽しませて頂きましたv
本当に本当に有り難うございます♪

其れでは、今回はこの辺で。
また何処かにてお逢いできる事を祈りつつ……