<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


レセン島探訪記 〜脱出! 無人島〜

 夏。青い空。白い砂浜。さんさんと降り注ぐ太陽。どこまでも続く海。
 この身も心も弾むような状況で、カーディことカーディナル・スプランディドは砂浜に座り込み、しょんぼりと俯いて溜息をついた。自慢の尻尾も、三角の耳もくにゃりとうなだれる。
「ここ、どこぉ……?」
 ああ、どうしてこんなことになったんだろう。
 故郷から魔石練師の修行をすべく出て来た聖都は、暑いながらも憧れの海の近く。そして、最近仕事も増えて、少しずつ軌道に乗り始めていた。そう、それでちょっと舞い上がっていたのかもしれない。
 夏だっ! 海だっ! 海水浴だっ! と意気込んで繰り出したのがそもそもの間違いだったのか。それとも修行中の身で遊びほうけようとしたのがいけなかったのか。
 ああ、こんなことなら、「猫さんって水苦手じゃないんですか?」と言われた時に思いとどまればよかった。
 いや、ボートなんか借りずに、足の着くところでぱしゃぱしゃ水遊びをして満足していればよかった。
 いやせめて、綺麗なお魚を見つけて、それを追いかけたりしなければよかったのだ。
 ともかく、結果としては、いつの間にか沖に出てしまい、潮にさらわれて、気がついてみれば知らない島に漂着していた。乗っていたボートは磯に乗り上げて壊れてしまい、もう使い物にならない。
「ごめんなさい、聖獣様、ごめんなさい」
 強く後悔した時につい謝ってしまうのは、人の――正確にはリンクスの――性というものだろうか。
 けれど、どんなに謝ったところで、向こうの岩場の裏側が聖都の天使の広場に繋がったりはしない。
「はぁ……。でもこうしてたってしょうがないよね」
 カーディはもう一度溜息をつくと、頭を振って気持ちを切り替えた。
 なんとしても聖都に戻らなければ。カーディは勢い良く立ち上がった。そしてまずは周囲を見回す。
 今いるところは砂浜。そして両脇には磯が広がっている。砂浜には流木やら海藻やらが打ち上げられてはいるが、カーディ以外の足跡はついていない。内陸部の方を見ても、建物らしきものはない。
「ひょっとして、無人島?」
 たらり、と冷や汗が一筋流れる。こうなると完全に自力で脱出するしかない。しかも悪いことに、先日納品を済ませたばかりで、魔石数個分の魔力がまだ戻って来ていない。
「あはは……、これも修行のうち……だよね」
 けれど、それを嘆いたところで仕方がない。とりあえずできることをやってみるしかないだろう。最終的には魔石【飛行】で脱出はできるだろうが、その効果は1時間。場所もわからない今、やみくもに飛ぶわけにもいかない。
 とりあえず必要なのは、場所の確認。同じくらい緊急に食料の確保。空腹で動けなくなってからでは遅い。そのために、カーディはまず周辺を探索してみることにした。とはいっても足で歩き回るのは、体力も時間も消耗する。
 カーディは精神を集中させた。すぐに魔力が凝集を始める。光と水。いつもの練成室でないとはいえ、もはや2属性での魔石練成はお手の物だ。
「できたっ。【遠見】」
 ごくごく淡い水色の差した透明の魔石を手に、カーディはいそいそと水辺へと寄る。砂浜ではなく、磯の方を少し歩けば、ちょうど良い具合の潮だまりがあった。
 カーディはそこで【遠見】を解放する。水面にちょうど今いる磯辺が映し出された。
「うん、いい感じ」
 どうやら魔石練成は無事成功したらしい。これで、周囲1キロくらいなら水面に映して様子を見ることができる。
 まずは島の海岸沿いに南の方へと辿ってみる。砂浜が磯になり、その向こうにはうっそうとした密林が張り出している。植物がよっぽど緻密に茂っているらしく、その中までは伺うことはできない。けれど、植物が茂っているということは真水があるということだ。飲み水も確保しておきたいところだが、カーディの中で猫の直感が警鐘を鳴らす。
「何か嫌な感じがするなぁ……」
 と思っているうちに、密林の中から何かが飛び出してきた。それはどうやら、犬くらいの大きさの獣だった。だが、その耳は翼の形をしており、その付け根に小さな角が生えている。
 それを追うように飛び出して来たのは、ふわふわの毛に覆われたウサギが数羽。普通は逆じゃないのか、と何気なく見ていたカーディの前で、ウサギたちは一斉に獣に飛びかかった。たまらずに倒れた獣に群れたウサギは、あっという間にそれを骨だけにしてしまう。
「……」
 カーディの首筋に、冷たい汗が幾筋か流れた。あの密林には近づくまい、あそこは危険地帯だと、カーディは固く心に誓った。
 次に、今度は北の方へと目を向ける。しだいに岩の増えて来た海岸は、ほどなくしてごつごつとした岩場に突き当たった。今度はその岩場に沿うように、島の内部へと向かってみる。
 砂浜が切れ、わずかな草地の向こうはやはり岩場になっている。しかも、どうやらそのまま山へと続いているらしい。こちらもあまり踏み込むのは得策ではなさそうだ。
 が、その時、岩の合間に何か黒いものを見つけた。それはほんのわずか、揺れ動いているようだった。カーディはさらにそこを集中して水鏡に映し出す。
「……湧き水だ!」
 それもここからさほど遠くはない。カーディはさっそくそこへ向かった。ほどなくして先ほどの湧き水は見つかった。よく澄んだ水は、ちょろちょろと清冽な音を立てる。さっそくカーディは手を浸し、少し汲んで飲んでみた。
「おいしーい」
 ひやりと冷たい水は、疲れた身体に染み渡るようだった。ほのかに甘みがあるような気さえする。
「うん、水はこれで確保だね」
 急に元気が湧いてきて、カーディはにこりと微笑んだ。
「さて、次は食料、やっぱりお魚さんだよね」
 もう一杯手のひらに水を汲んで飲み、カーディは口元をぬぐった。幾分軽くなった足取りで、海岸へと戻る。
「さて、手っ取り早くいきますか」
 カーディは1つ、大きく息をつくと、精神を集中させた。風と光と火。雷のイメージのもとに、魔力を凝集させる。今回はさほどの威力は要しない。緑がかった黄色の中に、赤い小さな火がちらちらと燃えているような、小さめの魔石【雷掌】がほどなくしてできあがった。
 もう、だいぶ日も傾いてきていることだし、いちいち魚を手づかみしてはいられない。この魔石を使って魚を感電させれば、簡単に捕まえられる……という算段なのだ。
「さてと」
 カーディは魔石を手に、磯へと歩み寄った。やはりお腹の足しになるくらいの大きい魚が欲しい。そこそこその深さのあるところが良いだろう。
 膝くらいまで水につかり、カーディは目を凝らして水面を覗き込んだ。よく見れば、結構大きな貝も岩場に貼り付いている。これも食べられそうだ。
 カーディは服の袖を外すと、片側をきつくしばった。袋状になったそれに、せっせと貝をはがしては放り込む。ついでに、小さめのカニ――なぜか鮮やかな緑色をしていたが――も捕まえて放り込んだ。
 この調子なら、とりあえず食料にはさほど困らなくてよさそうだ。こうなると無人島生活も結構楽しいかもしれない。何より、とりたてのお魚が食べ放題。もちろん、うまくとれればの話ではあるが。
「さて、そろそろお魚さんにいくかな」
 かがみ込んでいたカーディが一度立ち上がって回りを見回したその時だった。
 不意に、少し離れた海面が盛り上がる。と、そこから凄まじい勢いで何かが、カーディめがけて飛びかかってきたのだ。
 とっさに跳ぼうとしたものの、水に足をとられてうまくいかない。
「ら、【雷掌】!」
 それでも何とか身体をよじって海面に倒れ込むようにそれをかわすと、先ほど作ったばかりの魔石を解放する。雷撃が直撃し、それは盛大な水しぶきをあげて、どうと水面に落ちた。
「お……、お魚さん? 一応、お魚さん、だよね?」
 頭までびっしょりと濡れたカーディは、白い腹を上に向けて転がっているそれを見て呆然と呟いた。
 確かに、形は一応魚だった。が、大きさが異様に大きい。しかも、鼻先には鋭い角が突き出し、大きく裂けた口元からは、巨大な牙が覗いている。どうやら、あやうく食べられるところだったらしい。
 いくら魚が好きとはいえ、魚に食べられては本末転倒だ。この海にも長い間入っているのは危険かもしれない。やはり、早くこの島を脱出しなければ。
 とはいえ、やっぱりお魚はお魚で、食料は食料。カーディは巨大魚の角をつかむと、それをずるずるとひきずって砂浜に戻った。
 次に、流木を集めて火をおこす。濡れた身体を乾かすためにも、そして何より、この夜を安全に過ごすためにも、どうしても火が必要だった。魔石を使えば簡単に火はおこせるし、幸い、燃料となる流木も十分にあった。
「はぁ……」
 心細い無人島でも、火を見るとなぜか安堵する。カーディは先ほど獲った貝を火元に置いた。そして。
「あれも一応焼いた方がいいよね……」
 その視線の先に転がるのは先ほどの巨大魚。よく見れば、目が3つもついていて、身体の模様も、黄色と赤のまだらという、何とも食欲のなくなる派手さ加減だった。けれども毒の匂いはしないし、食べられないことはないだろう。
 とはいえ、いくらお魚好き、お刺身好きのカーディでも生で食べる気にはなれなかった。魚の下に穴を掘り、そこに火を分ける。ほどなくして白い煙が立ち上り、香ばしい匂いが漂った。見た目はグロテスクな魚だが、焼ける匂いはおいしそうだ。
 これは意外と期待できるかもしれない、とカーディが心中ほくそ笑んだその時。どこからともなく、耳障りなうなり声のような音が聞こえてきた。次第に近づいてくるそれが羽音だとはっきりした頃には、背後の方から真っ黒な雲が湧き、一目散に焼けた魚へと突進していった。
 その黒い雲――イナゴにも似た虫の大群――が、金属音にも似た耳障りな音を響かせて、あっという間に魚と火を覆い尽くしていくのを、カーディはなす術もなく、ただ呆然と見守った。
 見る間に、それに押しつぶされるように、何とも言えない嫌な匂いをくすぶらせながら炎は消え、魚に群がった黒い塊はみるみる形を変えた。
 魚を焼く火を分けておいたのは不運だったのか幸運だったのか。すっかり魚をたいらげてしまうと、イナゴの大群は再び岩山の方へと帰って行った。
 後に残されたのは、骨だけになった魚と、火に飛び込んで死んだ大量のイナゴの死体だけだった。
「な、何、何なの、今の……」
 カーディはようやくそれだけを呟いた。やはりこの島からは早く出なくては。とはいっても、もう日が暮れる。今夜はこの島で明かすしかなさそうだ。
 カーディはとりあえず無事に残ってほどよく焼けた貝を胃袋に収め――それはたいそう美味しかった――、海岸で拾った大きくて分厚い海藻にくるまると、横になって目を閉じた。

 翌朝、目が覚めたのはかなり日も高く昇った頃だった。なんだかんだいっても、疲れのせいか、眠り込んでいたらしい。さて、今日こそは脱出しなければ。
 カーディは再び魔石【遠見】を練成した。手近な潮溜まりに、今度は島から離れた海の上を映し出す。【遠見】で見られる範囲内に人の住む陸がある可能性は限りなく低いが、せめて何かのヒントくらいはあるかもしれない。
 カーディはじっと目を凝らして水鏡を覗き込んだ。と、そこに白い小さなものが映る。
「……船だ!」
 カーディは歓声をあげた。あの船に乗せてもらえば、少なくとも人の住む陸地には連れて行ってもらえるはずだ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
 風に風を重ねる。すかさず、カーディは魔力を集中させ、魔石【飛行】を練成した。
「さあ、行くよ、【飛行】!」
 疲れのせいで若干の怠さを覚えたが、そうも言っていられない。カーディはすぐに魔石を解放すると、船を目指して飛び立った。
 【遠見】で見える範囲内ということもあり、船に到着するにはさほどの時間は要さなかった。
「すみません、海で遭難したんです。どこか人の住む陸地に連れて行ってくれませんか?」
 空から降ってきたリンクスの姿に唖然とする乗員たちに、カーディは上目遣いの笑顔で頼み込んだ。
「この船は最終的には聖都エルザードに帰るけどそれでいいの?」
 乗員の1人、金髪を無造作に束ねた細身の青年が、小首を傾げた。
「はいっ。もちろん!」
 願ってもない話だ。カーディは力一杯頷いた。
「けど、その前に寄るところがあるんだけど……。猫さんなのに空飛べるくらいだから魔法使いさんだよね? ちょっと付き合ってもらっても大丈夫?」
 再び青年がのんびりした口調で尋ねる。
「もちろんです。あたしもまだ元気ですし、寄り道しても大丈夫です」
 本当はすぐにでも聖都に帰りたかったのだが、そう言うわけにもいかない。それに、帰れるとさえわかっていれば、ちょっとの寄り道くらい、旅行気分で楽しめそうな気がしたのだ。
「ありがとう。もうちょっとで着くから休んでてね」
 青年はにっこりと無邪気に微笑んだ。カーディは心からの安堵を覚え、甲板の隅に座らせてもらう。
 そして、数十分くらい経っただろうか。
「着岸するぞー」
 その声に、カーディも前方を伺った。海に浮かぶ島影がはっきりと見える。が、それに見覚えがあるのは気のせいだろうか。
 胸の中にじわじわと嫌な予感が広がるのを感じながらカーディはその場に立ち尽くした。いつの間にか先ほどの青年がその側へと寄っている。
「あそこの島にはね、いろいろ変わった生き物がいるんだ。それでちょっと探検と調査に、ね。いやぁ、魔法使いさんがいてくれると心強いなぁ」
「……あはは……」
 呑気に笑う青年の横で、カーディは乾いた笑いを漏らした。
 そりゃそうだ。この広い海で、たまたま船が無人島の近くを通るということはまずないだろう。この船は最初からこの島を目指していたのだ。
(でも、ま、今度は帰る手段がきちんとあるから、ね……)
 そう自分に言い聞かせて、何とか納得しようとするカーディだった。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2728/カーディナル・スプランディド/女性/15歳(実年齢15歳)/魔石練師】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度はご発注、まことにありがとうございました。
初の脱出型シチュエーションということで、書き手の方は大変楽しませて頂きました。

無人島体験はいかがでしたでしょうか?
なんだかロクでもない目に遭わせてしまった上に、オチがあんなので申し訳ないのですが、今度こそちゃんと帰れると思います……多分。
これに懲りずにまた遊びに来て頂けたら幸いです。きっとおいしいお魚もあるはずです。

とまれ、少しでも楽しんでいただければ幸いです。ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。