<PCクエストノベル(2人)>


その日、二人は。〜ウィンショーの双塔〜

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 ■冒険者一覧■
【整理番号 / 名前 / 職業】

【 2666 / エンプール / 皇族(王様)】
【 2478 / エミリアーノ・オリヴェーロ / 海賊 】

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 雨が。
 雨が降っていたのだ。
 しとしと、しとしとと、葉を揺らし大地を打って、雨が降っていたのだ。
 だから、二人は――。



【T】


エンプール:「うーん、凄いねぇコレは」

 興味深々と言ったていで壁をなぞりながら、エンプールが楽しげに笑えば、後ろから彼を追って階段を昇るエミリアーノ・オリヴェーロは、小さなため息だけを返した。
 仄暗くて、どことなく黴臭いウィンショーの双塔。迷宮化したそれに雨宿りのつもりで立ち寄って、好奇心旺盛なエンプールに半ば引き摺りこまれたエミリアーノとしては、彼の言葉に素直に賛同してやる気にはなれなかった。
 それでも踵を返さないのはエンプールという人間が嫌いでは無いからで、何だかんだと愚痴りはしても、不思議と許容してしまう。
 エンプールという人間は、こうなのだ。
 各地の観光の為に案内役としてエミリアーノを連れまわすはた迷惑な性格。ちょっとお節介で馴れ馴れしくて、それでも悪い奴とは思えなくて。何より嫌悪を感じる程悪質では無いのだ、その行動のどれもが。
 だから何度も二人で出かけて、こうやって回り道もする。

エンプール:「それにしても、ここはどの辺なんだろうか?」
エミリアーノ:「さあな」
エンプール:「外から見た様子じゃ、最上階に二つの塔を結ぶ通路があったよね。まだそこには至って無いみたいだけど……」

 二人の脳裏に数時間前に見た双塔の全容が浮かぶ。
 外観的には全く同じ形をした二つの塔の天辺で、その二つを繋ぐ通路。そしてその中央には部屋らしきものが見えていた。丁度塔と塔の中間に位置しているので、何となく関所の様な印象を持つ。
 幾ら迷路の様に複雑化した塔といえ、その通路を渡った時には現在地位分かる。しかし窓の一つも無い上に特徴の無い通路故に、階段を通過する以外に進行状況を確認する術が無い。同じ場所をぐるぐると回っている様な気にさえなる。
 実際何度も階段を上っているにも関わらず辿り付かないのだから、迷っているのかもしれない。
 それにしては明るい口振りでエンプールが問うと、エミリアーノは素っ気無い口調でただ二言を放った。

エミリアーノ:「有翼の護人と、伝説の宝」
エンプール:「え?」

 暗号めいたそれにエンプールが更に問いを重ねると、

エミリアーノ:「ウィンショーの双塔にまつわる噂の一つだ。外から見ただろ?通路中央の部屋には伝説の宝ってヤツがあって、護人・ガーゴイルが宝を守ってるらしい」
エンプール:「じゃあこの塔の造り自体も、宝を守る為なのか?」
エミリアーノ:「さあな。あくまでも噂だから」

 振り返ったエンプールに簡素に答えて、エミリアーノは彼を追い越した。

エンプール:「ふーん。宝、かぁ」

 何かを含んだ様に呟いたエンプールだったが、後ろを顧みずすたすたと先を進むエミリアーノに、慌ててその背を追った。



【U】


 規則的な足音が二つ、静かな塔の中に響き渡った。

エミリアーノ:「同じ、だな」

 嘆息の元エミリアーノは壁の”印”に目をやって、腕を組んだ。

エンプール:「本当だねぇ」

 二人の視線の先には、先程――というかしばらく前に、流石に違和感を感じで残した刃の傷が一文字に走っている。
 迷っている、という結論に至ったのは果たしてどっちであったのか。この場合、どちらでも大した違いは無い。

エミリアーノ:「どう落とし前つけるつもりだ」
エンプール:「あはは、物騒だなあ」

 剣呑な瞳に睨まれながらも、エンプールは自分に向けられる軽い殺気を人事のように受け流して、微笑みながら壁を摩っている。
 その動きにエミリアーノは眉を顰めるが、手の動きに一貫性を感じて押し黙った。
 そのまま、しばらく待つ。
 足音は一つ、こつこつと響いて一呼吸止み、それを繰り返す。

エンプール:「あった」

 声は喜色を孕んでいたが、微かなものだった。代わりとばかりに大きく木魂したのは耳障りな音で、塔の不気味さを更に際立たせる類のものだった。
 微妙な振動に足元にも揺れが生じるが、二人にはそれが凶兆で無い事が分かっていた。
 三度見つめる視界には世界を切り取ったような闇がぱっくりと口を開いており、壁の向こうへ続く階段の姿を明確に映していた。

エミリアーノ:「また階段か」

 隠し扉は見事に壁と同化しており、押しても引いてもうんとも言わない。けれどスイッチさえ見つけてしまえば、扉は地面に吸い込まれて正しい道を示してくれる。
 その様な事実を知る者は少ないし、二人に関しても知る由も無い。けれど彼らの経験はそのカラクリを見逃しはしなかった。
 うんざりとした顔で髪を掻き上げたエミリアーノに苦笑して、エンプールは言う。

エンプール:「まあ、良い運動って事で」



【V】


 多分長い事、その通路は使われていなかったのだろう。
 薄っすらと積もった埃がその事実を指していたし、その上そういった暗がりを好む魔物が潜んでいたのだから間違いない。
 だから余計に慎重になって先を進んで居た二人だったのだが――。

エンプール:「!! わわっ!」

 突然。
 予想外の所から足元を小さな生き物が走った。
 それは壁の低い位置から現われて、エンプールの足元を遮ったのだ。階段を踏みしめようとしていた右足は運動神経の良さが祟ったのか、器用に避けた上で階段を滑った。
 
エンプール:「わっわ――!!」

 何とか体勢を整え様と両手をばたつかせるが、体は背後へ傾ぐ。

エミリアーノ:「っ馬鹿……!!」

 足先を遮った小さな魔物が、エンプールの体を押すのを見た。エミリアーノの手が寸での所で虚空を掻いたエンプールの手首を掴む。
 エンプールを引き上げながら魔物を蹴りつけると、魔物はキっと小さく鳴いて、階段を駆け下りた。

エンプール:「ありがと、助かった!」
エミリアーノ:「ああ」

 満面の笑みでエンプールは体勢を立て直し、エミリアーノは素気無く言って手を離す。そのまま何事も無かったように前を向いたエミリアーノだったが。

ゴ。

 それは、聞き逃せない音だった。
 嫌な予感が、二人を沈黙させる。
 エミリアーノは前を見据えたまま硬直。エンプールは壁についた自身の手を見つめて、微笑の形のままで顔を凍らせた。

ゴゴ。

 二人はゆっくりと――実際には0点何コンマの次元ではあったが――上方を見上げた。暗がりの中、瞬間的な光が、二人を目掛けて……。
 ひゅ、と風を切る音が聞こえて、直ぐに二人の金色の髪が舞った。次に、すががががががっと歪な音。
 槍の穂先のような鋭い切っ先が階段に突き刺さって、その何本かは途中で折れ、宙を舞った後、軽い音を響かせて階段を転げ落ちていく。
 音が遠ざかると、またもや沈黙。
 暗がりの中で、瞳を大きく見開いて――エンプールとエミリアーノは、五月蝿くがなる心臓の音を耳元で聞いた。

エンプール:「だ、大丈夫……?エミリオ……」
エミリアーノ:「……大丈夫だ。あんたは?」
エンプール:「俺も、平気……」

 これもまた経験から来る反応だったのかもしれない。そこで素早く反応をしていなければ、二人の命運は尽きていた。槍に串刺されて誰も知らない塔の中で、崩れていくだけの――。
 二人の体を避けるように槍が突き刺さっているのは、偶然ではない。
 二人が咄嗟に手にしたのは、己等が武器と呼ぶもの。エンプールの手には普段は鈴に変換している、凝った柄を持つ大剣が。エミリアーノは右手に、格闘用のガントレットを。落ちてくる槍をそれで阻めたのは、流石というか何と言うか。
 乾いた笑みが、喉から零れた。



【W】


 それからは更に慎重に。カラクリの一つも見逃さぬようにと目を凝らし、エンプールさえ黙り込んで先を急いだ。
 やっとそこへ辿り着いた時、我知らず二人の唇からは安堵のため息が落ちた。
 ――すなわち、通路へ。
 特に目的があって塔を上って来たわけでは無いのだから道を戻れば良かった話なのだが、二人の選択視にそれは無かった。死にそうな目にもあったし、費やした時間を思えば、何が何でも宝を見てやろうという気になっていた。
 宝の真偽には関わり無く。
 しかし一歩を踏み出した途端、切れた緊張の糸は再び張り詰められた。

エンプール:「噂は、本当みたいだね」
エミリアーノ:「……」

 通路の先に小屋があった。鉄製の扉で中は見えないが、その中に居るであろう存在は見るまでも無く感じられる。
 獲物を構えて、二人は通路を進み、更に小屋への扉に手をかけた。

ガーゴイル:『汝ラ、欲すラバ冥府へ導かン』

 薄らと開いた扉の向こうで、圧迫すらされる気の持ち主の声が耳朶に染込んだ。人間の音域とはまた異なった声音は静かに続けられる。

ガーゴイル:『即刻立ち去ラバ、追わヌ』

それは、警告だった。
 けれども二人は扉を開け、小屋へと侵入を果たした。

ガーゴイル:『汝ラ、望むハ死地か?』
エンプール:「宝見ないで、帰れますかってね……!!」
エミリアーノ:「………」

 噂に違わぬ翼を背中に一対携え、全身黒塗りの鎧の奥で、小さく笑った気配がした。

ガーゴイル:『警告はシタ』

しかし吐き出される声は音と呼ぶに近く、感情の起伏も、凹凸も感じられない。
 ふわりと、ガーゴイルの体が浮き上がる。

ガーゴイル:『死出の手向けダ。一撃で終わラソウ』

 そこからは、速かった。何の予備動作も無しに、ガーゴイルの巨体が宙を滑った。一瞬で間合いをつめられ、二人は意識の外で横っ飛びに交わす。
 それを悟っていたのか何時の間にやら引き抜かれた腰の剣が、両手に一本ずつ。左右に散ったエンプールとエミリアーノの体を追って、軌跡が走る。
 エンプールはそれを更に後方に転げて交わし、エミリアーノはガントレットと左手に握りこんだ短剣で受け止めた。
 しかし速さに加えて重量まで伴った一閃に、エミリアーノの小柄な体は吹っ飛ばされる。

エミリアーノ:「っ!!!」

 小さな部屋での事。受身を取る暇も無く背中から壁へと突っ込み、エミリアーノは小さく呻いた。
 咳き込むエミリアーノに、ガーゴイルが突っ込む。

ガーゴイル:『……久しぶリに、手応エがアル』

 ガーゴイルの言葉は、エミリアーノとの間に立ちはだかったエンプールに向けての賞賛だった。けして声音は弾まないが、どことなく嬉しそうな響きを感じて、エンプールは苦笑した。
 魔力を上乗せした大剣でガーゴイルの細剣を受け止め、流れるような所作でガーゴイルの懐に入り込む。そこに魔力を打ち込めば、踏鞴を踏んでガーゴイルの巨体が僅かに地を掠った。
 その上空から影が落ちてくる。
 シルエットは右手に鋭い爪を持った特異な姿を形作っている。
 先程の衝撃における痛みなど微塵も感じさせぬ跳躍でガーゴイルの頭上に迫るエミリアーノ。ガントレットが兜を砕かんと振るわれる。
 ガーゴイルは神速でそれを避けるが、あまりにも肉薄していた為にエミリアーノの一撃を微かに喰らった。ガントレットの一撃では無く、保険に薙がれた短剣によってだったが。
 しかし玲瓏な音を持って折れたのは、エミリアーノの短剣だった。

エンプール&エミリアーノ「!?」

 驚愕に、一切の動作が止まった。それは戦闘中には作ってはならぬ隙だった。
 それでも二人には信じられなかったのだ。ただ掠っただけの、それも先端が辛うじて摩擦を起こした程度のそれで、あっさりと折れた剣が。最強の硬度を誇ると謳われる金剛石に劣らぬ剣が。手入れの行き届いた剣が。折れた事が信じられなかったのだ。
 そしてエンプールの魔力を喰らって、歪みもしない胴周りのプレートが。
 
ガーゴイル:『サラバだ』

 重い一撃は致命傷を避けるのがやっと。二人の脇腹に入り、扉の外へと吹っ飛ばされる。通路に体を打ちつけながら、二人は伝説の宝の意味を無意識に考えた。
 視界が滲む。
 意識が遠のく。

ガーゴイル:『――汝ラ、欲すラバ冥府へ導かン』

 機械的な声が再び繰り返すのが、最後に聞こえた。
 そこで、二人の意識は途切れた。



【X】


”金剛石より更に硬質な物質が、この世の何処かに存在する”

 それもまた、噂の一種ではあった。
 誰も真実を知らない。真偽を確かめる術も無い。数多に存在する世界全てを探った者は居やしない。だから、誰にもわからない。
 存在するかもしれないし、存在しないかもしれない。
 それは、一つの【伝説】。

 そう、伝説。

 
 雨の上がったぬかるんだ道を、二人の青年はお互いを支えながら行く。
 一人は足を引き摺りながら。一人は朦朧とした意識を抱えながら。
 誰も居ない道を、二人の青年は行く。




 雨が。
 雨が降っていたから。
 ――その日、二人は――




END


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初めまして、この度は発注誠にありがとうございました!!!
そして、本当に本当に申し訳ありませんでした!!これだけの事を書くのにどれだけ待たせるんだとお怒りの事と思います。本人でさえ流石に無いだろうと……思うのに。
それでも何とかお届け出来た事に安堵しつつ。
不甲斐なく、申し訳ない思いです。
少しでも楽しんで頂けましたら、幸いです。