<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


レセン島探訪記 〜レセンの海を食い尽くせ〜

「はて……。いきなりソーンという国に来たと思ったら、次はレセン島……。ずいぶんと此処は面白いところだな」
 砂浜に立ち、海を眺めてそう呟いたのは、1人の女性だった。艶やかな黒髪と、凛とした瞳が印象的な、どことなく少年ぽい面差しをしているが、何よりも黒の厚手の衣装が人の目を引く。この世界ではまず見かけないようなそれは、彼女の端正な顔立ちをよく引き立てていたが、同時に、どこか厳格な、近寄りがたい雰囲気を醸しているようにも見えた。
「さて、海といえば馨(かおる)さん」
 女性は、くるりと連れの青年を振り返った。その深い蒼の瞳でまっすぐに相手を見据える。
 どこまでも広がる青い海。秋の高い空はどこまでも深く澄み渡り。この開放感溢れる景色の中、さして広くないとはいえ白い砂浜には2人っきり。そこでやることはと言えば。
「釣りだと思う」
 至極真面目な顔できぱりと言い放つと、いつの間にやら準備していた釣り竿をずい、と差し出す。
「今の季節は秋。きっと海ならではの美味しい魚が! というわけで釣りをしよう」
「ええ、そうしましょう」
 連れの青年、馨は、どことなく育ちの良さを感じさせる、柔らかい物腰の細身の美丈夫だったが、それを気取った風もなく彼女の言葉ににこりと頷いた。
 そう、異世界からソーンへとやってきた2人は、ただいまグルメ観光中。どこかちょっと珍しい名物が食べられるところはないかと聞いて教えられたのがここ、レセン島。変わった生き物がいる無人島と聞いて、キャンプがてらグルメ紀行としゃれこんだわけである。
「でもちょっと待って下さい、清芳(さやか)さん。今、テントを張り終えるところですから」
 同じ異世界から来たといっても、俗世離れした印象の清芳とは違い、馨の方はすっかりこの世界に溶け込み、馴染んでしまっている。今も地術師としての能力を使い、植物の力を利用してテントを張ったところだった。
「お待たせしました。さて、釣りをしましょうか」
 馨はにこりと微笑み、自分の荷物から釣り竿を取り出した。数段階に長さを調節でき、遠くに糸を飛ばせるようになっているそれは、清芳の差し出したものよりもはるかに本格的なものだった。
「馨さん、何処からそのようなものを?」
「海に釣りは基本でしょう、清芳さん」
 かみ合っているのかいないのか微妙な会話を交わしながら、2人は針に餌をつけ、準備を進める。
「さて、どんな魚が釣れるでしょうね」
「危険なのもいるかもだけど、其処はそれで……面白いかと」
 にこやかに笑う馨に、真顔で返す清芳。
 そして、準備が整った2人は、さっそく海辺へと向かった。馨は遠くに糸を投げ、清芳は比較的近くに糸を垂らす。
 と、まもなく馨の竿に当たりが来た。馨は慣れた手つきで、しばらく引き合った後、一気にそれを釣り上げた。
「変わった魚だな、馨さん」
 糸の先にぶら下がって尾をぴちぴちと振り回す魚を見て、清芳が呟く。それは大きな目玉が飛び出して、尾びれが豪奢のドレスの裾のように何枚もついていた。何より奇妙なのは、胴体の中程が人間の女の腰のようにきゅっとくびれていることだった。
「そうですね、清芳さん」
 さして動じてもいない様子で馨も頷く。とりあえず、と用意して来た容器にそれを入れると、再び海に糸を投げ入れる。と、すぐにまた当たりがきた。
「これはまた奇怪な魚だな」
 釣り上げられたものを見て、再び清芳が呟く。それは、鱗がなく、表面が寒天を固めたようにてろんとしていた。それより何より、色が全身紫色。
「面白い魚が釣れますね」
 馨は針からそれを外し、再び糸を投げる。と、すぐにまた当たりが来た。
「よく釣れるな、馨さん」
 清芳が真顔のまま、目をぱちぱちと瞬いた。
「きっと釣りをする人間がいないので、魚の方も慣れていないんでしょうね。……でもそう言えば、清芳さんのところにはさっきから当たりが来ませんね」
 緑と紫の横しま模様という微妙な色彩の魚を針から外しながら馨が首を傾げた。
「似たようなところで釣っているのに何故だろう?」
 清芳は首をひねって、糸を引き上げた。
「ああ、餌だけもっていかれてたのか」
 露になった針を見て、得心がいったとばかり、頷く。
「綺麗にやられましたね」
 再び真っ白な魚を釣り上げながら、馨が苦笑した。
「さて、次こそは」
 清芳が再び針に餌をつけ、水面に投げ入れた横で、馨が今度は身体中がごつごつとした真っ青な魚を釣り上げる。
「それはおこぜかな、馨さん」
「色が赤黒ければそうですね」
 そんな会話を交わしながら、相変わらず馨は次々と釣り上げ、清芳の方には当たりが来ない。
「また餌だけ持っていかれてしまった」
 確認のために糸を引き上げ、清芳が溜息をつく。
「それにしても珍妙な。食いつかれた感触はなかったのにな」
「清芳さん、それは雑魚に食い荒らされているのかもしれませんね」
 またまた魚を釣り上げながら馨が首を傾げた。
「ちょっと待ってて下さいね」
 馨は一度テントに戻り、長い柄のついた網を持ってくると、清芳が糸を垂らしていたあたりの海中に突っ込んだ。
「馨さん、何処からそんな……」
「海に釣りは基本でしょう、清芳さん」
 ぱちぱち、と目を瞬いた清芳に、やはり馨はにこりと返す。
「ああ、やっぱり」
 果たして馨が引き上げた網の中では、小さな魚がたくさんぴちぴちと跳ねていた。
「これならかき揚げにでもしないと食べられないかな。それとも踊り食いという手もあるか」
「まあ、食べても良いんですけど、毒味をしてもらおうかと思いましてね。この大きさであっという間にその餌を食い尽くすぐらいですから、食欲旺盛なのでしょう」
 言いながら、馨は手近な潮溜まりに小魚を放した。その横で清芳はぽん、と手を打つ。
「成る程。毒のある魚もいるかも、だな」
「先ほど、危険な魚もいるかもと言ったのは清芳さんですよ」
「あ、いや、それは襲いかかってくるような魚もいるかと……。とりあえず、私は場所を変えるよ、馨さん。ここでは入れた途端、雑魚に餌を食われてしまう」
 言うと、清芳は竿を手に、裾を持ち上げ、少し深い方へと移動していった。そこで再び糸を垂らしたその時。
 少し離れた海面が盛り上がったかと思うと、そこから巨大な魚が飛び出して猛烈な勢いで清芳へと突進した。その鼻先には長く鋭い角がついている。
「おや」
 清芳は釣り竿でその角を受け流すようにして魚の一撃を避けた。そのまま手首を返し、すれ違い様にそのエラに突き刺すように竿の根元を突っ込む。
 魚は盛大な水しぶきを上げて海面へと落ち、その巨大な尾びれをびくびくとけいれんさせた。
「いましたね、襲いかかってくるような魚」
 とぼけたような顔をして、馨はしっかりいつでも地術を放てる体勢に入っていた。
「竿がダメになってしまった……。でも大漁だな、馨さん」
 清芳が満足そうに巨大魚を見下ろす。
「そうですね。ではそろそろ火をおこしましょうか。清芳さんも身体を乾かさないと」
「あ」
 馨の言葉に、今初めて気付いたというような顔をして、清芳は自分の身体を見回した。先ほどの巨大魚の水しぶきをまともにかぶってしまっていたらしく、衣服のあちらこちらからぽたぽたと雫が落ちていた。

 流木を集め、清芳が持って来た火付け石で火をつけている間、馨の荷物からは包丁、まな板、鍋、網、竹串と様々な料理道具がごろごろと転がり出てきた。包丁は牛刀、出刃、柳刃と揃っている上に、砥石まで持参する念の入り様だ。
「馨さん、何処からそんな……」
 清芳の声にも少し呆れた響きが混じり始めた。
「海に釣りは基本でしょう、清芳さん。……魚捌くのも、料理もお手の物、です」
 包丁の刃を日にかざしたり、軽く研いだりしながら、馨は得意そうに応えた。
 まずは一切れずつ先ほどの小魚の潮溜まりに落とし、その反応から毒のありそうなものを選り分けて捨て、馨は魚を捌きにかかった。
 慣れた手つきで鱗を落とし、頭を落としてはらわたを取り除く。
「こう、頭を落とす時に背骨までで止めると、頭と一緒にはらわたもきれいにとれるんですよ」
 しきりに手を動かしながら口も動かす馨。あっという間に魚は三枚に下ろされ、皮が剥がれる。
「こう、切る時に刃を長く使ってですね、切断面の組織をつぶさないようにするのがコツなんです」
 得意げに話しながら馨は顔を上げた。が、そこに清芳はいない。
「清芳さん?」
 馨がきょろきょろと辺りを伺うと、何かを両手いっぱいに抱えた清芳が海辺から戻ってくるところだった。
「馨さん、貝がたくさん獲れたよ。これも食べられるのでは?」
 言って、その貝をぼとぼとと砂の上に落とす。
「……ああ、そうですね。それも焼きましょうか」
 捌いた造りを皿の上に盛りつけながら、馨も笑う。 
「さて、次はあの大物ですが……」
 気を取り直した馨が、先ほどの巨大魚に目をやった。黄色と赤のまだらという何とも食欲をなくす色彩の魚だが、毒がないのは確認済み。
「あれだけ大きくて白身ですし……。大味そうですね。ここは煮付けにしましょうか」
 半ば清芳に確認を求めるように呟くと、再び鮮やかな手並みでそれを捌く。かと思えば手際良く鍋に調味料を合わせ、それを火にかける。
「煮魚のコツはですね、清芳さん。煮汁が煮立ってから魚を入れるんです。皮にはあらかじめ包丁を入れておいて、落としぶたをするのも大切ですね」
 再びうんちくを傾ける馨。が、肝心の清芳はというと、手頃な大きさの魚に串を刺し、塩を振って火の周りに刺しているところだった。その焼き加減の調整に余念がない彼女は、当然馨の話など聞いてはいない。
「馨さん、この魚、火を通すと緑のところが黄色くなったよ。面白い魚だな」
 馨の視線に気付いた清芳が顔を上げる。
「……そうですね」
 馨は再びにこりと笑った。

 ほどなくして用意された昼食は、無人島でのキャンプの食事とは思えない程に充実したものだった。造りに煮物、唐揚げ、焼き魚、貝料理に海藻サラダがところ狭しと並んでいる。
「いただきます」
 2人してきちんと手を合わせてから、豪華な食事に舌鼓を打つ。馨は再び料理のうんちくを披露したが、清芳はすっかり料理に夢中で、ひたすら箸を動かしている。
 やはり、新鮮な海の幸はその味も格別だった。もっとも、どうしようもないほどの「ハズレ」もあったことはあったのだが、それもまた海釣りの妙味と言えなくもない。
「ところで馨さん」
 一通りの味見と論評を終えた後で、清芳がおもむろに口を開いた。
「だいぶ潮が引いてきたな。そういえば此処は遠浅。干潮時にしか顔を出さない陸地があると聞いているが」
「そうですね。ぜひ行きましょう。其処にはどんな食材があるのでしょうね」
 馨も興味深げな顔になって頷く。
「けれど、もう少し時間があるようですね。その前に、これを片付けてしまいましょう」

 ちょうど具合良くお腹が満たされた頃に、海は干潮を迎えた。岩だらけの陸地が水平線に向かってせりだすように姿を現している。2人は、腹ごなしを兼ねて、さっそく探索にでかけた。もちろん、目的は今夜の夕食を確保することだ。
「これはまた、珍妙なのがいっぱいいるな」
 周囲を見回して、清芳が嬉しそうに言う。
「貝にイソギンチャク、カニに、ナマコに、ウニ……でいいんでしょうか?」
 馨も少し困惑したような顔で周囲を見渡した。
 確かに、貝と言えば貝、イソギンチャクといえばイソギンチャクなのだが、そのどれもが見たことのない色と形をしていた。カニは鮮やかな緑色だし、ナマコは爽やかなライムグリーン、すみれ色のウニは棘の先に丸い物体がついていて、それが足のように動く。
「良いのではないかな。さっきの魚も旨かったのが多かったし。此れらはどんな味がするのだろう」
 清芳は至って無邪気なものだ。
「そうですね」
 それで納得する馨。
「じゃあ、採集にとりかかりましょう。清芳さん、こういうところには岩の下にも食材がいたりしますから、そういうところも見て下さいね」
 と、大きなかごを清芳に渡す。既に「生き物」ではなく「食材」になってしまっている。
 それから2人は黙々と食材を拾い集めた。水平線がぐんとせり上がり、静かな波の音が耳に心地よく響く。
 清芳は、貝やらウニやらナマコやらを獲ってはかごに放り込んだ。馨に言われた通り、岩をめくるのも忘れない。
 と、いくつ目の岩をめくった頃だろうか。岩の下に大きくて深い穴が続いているのを見つけた。
「これはまた、奇怪なこともあるものだな」
 清芳は呟きながらその中を覗き込む。不思議なことに、普段は海中にあるというのに、その中には乾いた空気が満たされていて、水に濡れた形跡もない。その不自然さは一目瞭然だった。が。
「……ということは、ここには食材はないな」
 ひとり納得して、清芳は岩を元に戻したのだった。

 果たして採集は大漁に終わり、その日の夕食も美味珍味、そして時には大ハズレと様々な味に彩られることになった。西側に岩山がそびえ立っているせいもあって、太陽はあっという間に沈んでいく。茜色に染まった空に、紫色が、そして藍色が差し、やがて一面に銀色の星が瞬き始めた。
 一面の星は、自然と人の思いを遠くに誘う。かつていた故郷は、あの星の彼方にあるのだろうか。ふと、2人の胸に自然とそんな思いが去来した。
「異世界に来ても空は変わらず美しいですね」
 しみじみと、懐かしさを噛み締めるように馨が呟く。
「ああ、そうだな。元いた世界とは何もかも、こんなに違うというのに」
 視線を空に据えたままで、清芳も頷いた。すぐにこの異世界に馴染んだ馨と違い、生真面目な清芳は何かと戸惑うことが多かった。その中で、馨が側にいてくれると、どこか安心感を覚えるのだ。あたかも、優しい父親が側で見守ってくれているかのように。
「いつか、あそこに帰る日は来るんでしょうかね」
「さあ……。どうだろうか。ああ、でも戻ることがあったら、もう一度此花亭の胡麻豆腐を食べたいな」
「此花亭も良いですが、望月屋の料理も捨てがたいですね。あそこのは、まったりとしてそれでいてしつこくなく、季節ごとの素材の味をよく活かしています。」
「そうだな。ああ、でもやはり甘いものも良いな。こちらに来てからだと聖都の露店で食べたあれ、何だっけな」
「あの、木の実を蜜で煮詰めたやつですよね。私には少々甘すぎの感がありますが、香りが良かったですね」
 いつの間にかすっかり話題は食べ物に移り、しみじみとしたムードは一瞬にして消し飛んで熱さえ帯び始める。
「あと、白山羊亭のプディングも良かったな」
「そうですね……って、いつの間にか食べ物のことばっかりですね」
 と、ここに至った頃には既に夜はすっかり更けていた。
「うん……? でも、食は良いものだ……」
 清芳は目を瞬かせながらもそう呟く。
「そうですね。おいしいものがあればこそ、異世界でも楽しくやっていけるわけですから」
 馨は軽く微笑んで清芳に答え、星空を見上げた。改めて見れば、話し始めた頃からかなり星座の形が変わっていることに気付く。
「……馨さん?」
 しばしの沈黙の後に清芳が口を開いた。
「はい?」
「……有り難う」
 それは半ば独り言のように、ぽつりと漏らされた。
「こちらこそ」
 返事もまた、半ば独り言のように。
 波の音が、遠く、近く、高く、低く、響く。満天の星の中から、1つ、2つと鋭い光が空を滑る。秋の夜空がぷるぷると小さく震えた。
「さて清芳さん、冷えてきましたね。そろそろ眠りましょうか」
 つい感傷的になりそうな空気を断ち切るように、馨が言う。
「そうだな。……明日はもう一度、あの大きい魚を釣りたいな」
 清芳が頷いた。
「釣れますかね」
 馨はくすりと笑う。
「馨さんが海の中に立てばすぐだろう」
「……清芳さん、それは私に餌になれと?」
「うん? 馨さんならあの魚に遅れをとったりはしないだろう?」
 思わず半眼になりかけた馨に、清芳はあくまできょとんとした顔で返す。どうやら素でそう言っているらしい。
「とりあえず、もう寝ましょうか」
 馨は立ち上がり、テントを指す。
「そうだな」
 清芳も立ち上がった。

 再び、無人島に静寂が訪れる。波の音を背に、また星が一筋滑り落ちた。

<了>
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3010/清芳/女性/20歳(実年齢21歳)/僧兵】
【3009/馨/男性/27歳(実年齢27歳)/地術師】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。この度はご発注、まことにありがとうございました。
お2人でのご参加、ありがとうございます。今回は、ずっと一緒に行動という形になりましたので、お2人に同じものをお届けしております。ご了承下さいませ。

レセン島でのグルメ紀行、海には意外と「食える」ものが多かったようです。とはいえ、妙な食材ばかりですので、お腹を壊されないと良いのですが……。
父娘のような、そして漫才コンビのような間柄のお2人ということですが、うまくそれを表せたか心配です。清芳さんがボケというより、方向の違うボケが2人……みたいになってしまいました。

とまれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。