<PCクエストノベル(4人)>
孤児院にて 〜アロマ・ネイヨット〜
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2081/ゼン /ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー 】
【2082/シキョウ /ヴァンサー候補生(正式に非ず) 】
【2086/ジュダ /詳細不明 】
【助力探求者】
なし
【その他登場人物】
アロマ・ネイヨット
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???:「シキョウーーーっ、大変だよーー!」
どたばたどたばた。
いくつもの足音が入り乱れて病院に飛び込んでくるのを、待合室で待っていた人々と診察室にいたオーマ・シュヴァルツがぎょっとして音の主を見…そして、ああ、と納得したように何事も無く元の姿勢へ戻っていった。
声を上げて飛び込んできたのは、ここから近くは無いがそう遠くもない孤児院で生活している子らで、施設の者の手が行き届いているのか、古着とひと目で分かる服装ではあったが綺麗に手入れされており、子どもたちも皆清潔そうな顔をしている。
…もっとも、夕方までには再び泥んこになって孤児院へ帰っていくのも良くある話なのだが。
「ん〜〜〜〜〜」
こしこし、とお昼寝していたシキョウがその声に体を起こして顔を擦った。その近くでソファに寝転がり、暇そうにしていたゼンも突如飛び込んできた子どもたちに驚いて飛び起きる。
シキョウ:「どうしたの〜〜〜?」
子どもたち:「どうしたのじゃないよ。枯れちゃったんだよ!るべ…るべれ…」
子どもたち:「ルベリアが!」
子どものひとりが言いよどむのを、他の子どもがフォローする。
シキョウは最初、意味が分からなかったのかきょとんとしていたのだが、ぱちくりと目を1度瞬かせると、次第にその目をまん丸にして、
シキョウ:「ええええええええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!?!?」
病院内はもとより、表を歩いていた人さえも足を止めてしまうような大声で、叫んだのだった。
――ルベリアの花。
古くは薬の材料としても重宝されていたその花は、思いを伝える花としても有名で、その花から作り出された結晶は、家族や恋人同士などで身に付ける事が多い。
その花は、ソーンでは気候や風土が合ったらしく、いくつかの場所で芽吹いたそれが立派に花を咲かせ、根を下ろしていた。
その種を、シキョウが時折遊びに行く孤児院の庭に植えて、最近花が咲いたと言う報告に喜んで見に行ったばかりだったのだが…。
シキョウ:「かれちゃったんだって〜〜〜〜〜〜〜!」
子どもたちの慌てふためいた様子が伝染したように、シキョウが叫んだ直後に家の中を走り回り、そして診察室へも飛び込んでいく。
オーマ:「…あー。シキョウ…つうかゼン。すこーしだけ、静かにしててくれるか?あと何人もいねえからさ」
ゼン:「俺かよ…ってしゃあねえな。ほらシキョウこっち来い。話なら後で聞いてやるから――てめぇらもだ」
午後のおやつ用にと仕舞われていたお菓子をざらざらーっと皿の上にあけながらゼンがシキョウたちを呼ぶ。
シキョウ:「うぅ〜〜〜……あっ、このおかしシキョウのーーっ!」
子どもたちもわーっと歓声を上げつつ飛びつくのを見て、自分の分が無くなるかもと危惧したらしい。
数瞬後には、子どもたちと一緒になってにこにこと笑いながらお菓子を口にするシキョウの姿があった。
オーマ:「――んで、何がどうしたって?枯れたとか何とか言ってたが」
患者の診察を終え、必要な人には薬を出して休憩に入ったオーマが、すっかり空になった皿を眺めて目を細めながら、子どもたちとシキョウを見る。
子どもたち:「ルベリアが、枯れちゃったの。シキョウと一緒に種を撒いたのに」
オーマ:「急にか?」
お腹も落ち着いて、ようやく自分たちがここに来た目的を思い出したのだろう。しゅんとした子どもたちがこっくりと頷く。
子どもたち:「あ、でもね、ひとつだけ咲いたままのもあるんだよ。他はみんな枯れちゃったけど…」
シキョウ:「なんでかれちゃったの〜〜〜ぅ?」
自分たちで種を撒き、花が咲いて嬉しかったのにー、とじたばた手足を動かして不満そうな顔をするシキョウ。
ゼン:「寿命…ってわけじゃねえよな。あの花は結構息長ぇし」
シキョウ:「う〜〜…オーマー」
オーマ:「はいはい、分かったからそんな顔をするなって。それじゃ、見に行くか。…ゼンもな」
ゼン:「俺も?」
オーマ:「そりゃそうだ。子どもたちとシキョウと、俺様に全部面倒見ろって訳じゃねえんだろ?」
ゼン:「そ、そりゃまあ」
おーし決まり、とオーマがにんまり笑い、病院の入り口を閉めに行く。
オーマ:「じゃあ行くかー」
シキョウ:「は〜〜〜〜〜〜〜いっっ」
子どもたち:「はーーーーーーーいっ」
何だかまだ納得いかない顔のゼン以外が、オーマの言葉に手を上げて元気良く返事をした。
*****
アロマ:「あらあら。どこへ行っていたかと心配したわよ。――いらっしゃい、シキョウちゃん」
シキョウ:「こんにちはーーっ♪」
ぞろぞろ子どもたちを引き連れ、その中でもまるで違和感の無い満面の笑みを浮かべていたシキョウが、孤児院近くの路上できょろきょろとあちこちを見回していた女性に手を振る。
孤児院に住み込みで働いている女性、アロマ・ネイヨット。いつもやさしげな笑みを浮かべ、子どもたちにとっては母そのもので、シキョウもまた、この女性に初めて会った時から可愛がられていた。
シキョウ:「あのねあのね、ルベリアがかれたってきいたからきたの」
アロマ:「…そうなのよ。子どもたちも交代で一所懸命育てていたから、皆残念がってるの。ああ、でもひとつだけ枯れていない花があったわ。どうする?それだけ他に植え替えてみる?」
シキョウ:「…う〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
腕を組んで、暫く悩むシキョウが顔を上げ、オーマを見上げると、
シキョウ:「オーマはどうしたらいいとおもう〜?」
かっくん、と首を傾げて聞いた。
ゼン:「俺には聞かねぇんだな」
オーマ:「わはは。そりゃ信頼度が違うからな。…つってもなぁ。枯れた原因さえ分かりゃあ、また種から育てられるんだが…あの花は案外丈夫だからよ」
どうしてゼンがちょっぴり拗ねているのか分からないシキョウがかくん、ともう1度首を傾げている間に、オーマがアロマへ現場を見たいと申し出た。
アロマ:「それならこちらです。…あっ」
孤児院の中から聞こえてくる泣き声に、アロマが申し訳ない顔をして、
アロマ:「ごめんなさい。ちょっとやらないと行けない事がありまして…あの、すみませんがご自分で行っていただけませんか」
オーマ:「ああ、気にするなって。忙しそうだし、俺たちは花の様子を見に来たんだから」
アロマ:「本当にすみません。…ほら、あなたたちもこっちにおいでなさい」
シキョウにまだ付いて行きたそうな様子を見せる子どももいたが、そこは手馴れたもの。アロマが手際良く子どもたちを室内へ導き入れるのを、オーマが感心したように見ていた。
シキョウ:「ルベリア…だいじょうぶかなぁ…」
シキョウがぱたぱたと移動する後についていくと、確かに中庭の一角に植えたルベリアはほとんど全てが枯れてしまっており、その中の一輪だけが真っ直ぐ伸びて花を咲かせていた。
シキョウ:「…………」
ちょこん、としゃがんで、枯れてしおしおになった茎や葉をそっと撫でるシキョウ。
オーマ:「ひとつだけ咲いてるってのも不思議だが…なんで枯れちまったんだろう。この世界とは相性がいい筈なんだが…」
オーマも不思議そうに、土の様子を見たり枯れてしまったルベリアをひとつ掘り出して根の状態を確かめている。
ゼン:「…シキョウ?」
シキョウ:「……枯れてるねー……」
泣きはしなかったものの、自分で子どもたちと一緒になって種を撒いたルベリアが見る影も無くなってしまったために、シキョウはしゃがんだまま枯れたその地面をじぃっと見詰めていた。
ゼン:「枯れちまったものはしょうがねえだろ?」
シキョウ:「ううん」
ぷるぷる、とうなだれたまま首を振るシキョウ。
シキョウ:「だって、あんなによろこんでたのに……かれるなんておかしいよ…ぅ」
ひとの頭を撫でるように、さらさらとしおれた茎に手を伸ばすシキョウ。
オーマ:「そうだよなぁ――何か原因がなきゃおかしいんだが、すまんシキョウ、今はまだ分からねえや。…帰るか?」
シキョウ:「ううぅ〜〜〜〜〜〜〜」
ぎゅっと唇を結んだまま、いやいやをするシキョウに困った顔を見合わせるオーマとゼン。
ゼン:「何となくこうなる事は分かってたけどよ。オッサン、変な事色々知ってるんだから原因くらい突き止めろよ。もしくは枯れた花を元に戻すとかさぁ」
オーマ:「それが出来りゃ楽なんだがなー」
具現で仮の姿を作る事は出来る。または、オーマなら、あるいは…蘇らせる事は、可能かもしれない。
だが、具現を用いてこの場にルベリアらしきものを作るのは、シキョウが嫌がるだろうし、蘇らせる事はオーマの信義に反してしまうため、出来そうも無かった。
ゼン:「んで、どーすんだ?オッサン。ここにテントでも建てるか?」
オーマ:「そりゃ最悪の行動だな。と言って引きずって連れ帰るのもこうなっちまったら出来ねえし」
駄々をこねているわけではなく、ただ、その場にうずくまってしょんぼりしているだけなのだが、その方がシキョウの悲しさを表しているように見えてむげに扱う事も出来ない。
そうこうしているうちに、アロマが再び現れて、シキョウの様子に驚いたような顔を見せ、そしてオーマとゼンが語った言葉ににこりと笑うと、
アロマ:「それなら、今晩泊まったらどう?」
シキョウ:「いいの?」
アロマがあっさりと言った言葉に、シキョウならずオーマやゼンも驚いて、
オーマ:「いいのか?」
そう訊ねると、こくりと頷いたアロマが2人も見て、
アロマ:「どうぞお2人もお泊り下さいな。3人くらいの寝床なら何とかなりますし…一晩泊まれば、もしかしたらシキョウちゃんも落ち着くかもしれませんから」
ゼン:「そりゃまあ。落ち着くかもなぁ」
オーマ:「…悪いな。そう言うことなら、3人世話になる」
アロマ:「はい、どうぞ」
にっこりと笑い、アロマが孤児院の中を案内する。
シキョウも中庭からは離れたくなさそうだったが、孤児院内なら場所がそう離れておらず、シキョウを子どもたちが見つけて呼んだ事もあって、次第に落ち込んだ様子からいつもの明るい笑顔に戻ったシキョウが、子どもたちと遊び始めた。
アロマ:「良かったわ。皆元気になって」
ほっとしたオーマたちと同様だったのだろう。アロマも少し離れた場所から子どもたちを見る。
オーマ:「そんなに、あの花が枯れたのがショックだったのか?」
アロマ:「そうですね…子どもたちもシキョウちゃんの事が大好きですし、そのシキョウちゃんと一緒に種を撒いて世話をしたお花が枯れた、と言うのは悲しい事だったと思います。中でも何人かが枯れたのを見てからずっと泣きっぱなしだったんですよ」
今はあの中ではしゃいでますけど、とアロマが言って微笑み、
アロマ:「シキョウちゃんは、子どもの目線で物事を見ていますから…こういう時には本当に助かります」
オーマ:「なるほどなぁ。シキョウもそれが分かってるから、ここに遊びに来るのかもな」
ゼン:「…同レベルで遊んでるだけじゃねえかと思うんだけどな、俺は」
感心したようにシキョウを見るアロマとオーマに聞こえないよう、ゼンがぼそりと呟いていた。
*****
その夜。
シキョウ:「…んー…」
こてん、と寝返りを打ってそのままベッドから転がり落ちたシキョウが、目をこしこしと擦りながら起き上がった。
時刻はもう真夜中を過ぎ、孤児院の中で起きている者は彼女の他いない。
シキョウ:「……ゼン、オーマ」
ふと。
何かに気付いたのだろうか。シキョウが寝ている2人をゆさゆさと揺すり始めた。
オーマ:「あー揺すらなくていいから。起きてるよ」
オーマもそれに気付いていたのか、シキョウが軽く揺さぶるとぱちりと目を開いてシキョウの頭を撫でる。
ゼン:「…ち。気持ちよく寝てた所を…何だと思うオッサン?」
オーマ:「さあなあ」
むくり、と体を起こしたオーマが小さな声で呟くと外を眺めた。
3人が、ほぼ同時に目を覚ましたきっかけ――それは、あの花が咲いていた方向から、何故だか酷く懐かしい気配を感じ取ったからだった。
適当に身づくろいを済ませて、庭へ出る3人。
そこには、夜と言う事もあってか淡い輝きを見せる花が、ゆらゆらと風にそよいでいるばかりだった。
オーマ:「特に何も…ねえの、かな」
そんな筈は無いとしきりに訴えている感覚を頼りに、花へと近寄っていく3人。
ゼン:「おい…この花はこんなに明るくなってたか…?」
ゼンの言葉を確かめるまでもなく、庭にただひとつ咲いていたルベリアの花は、3人が近寄る度に呼吸するようにその輝きを増しており、
シキョウ:「……」
ゼン:「わ、馬鹿てめぇ触ったらどうなるか分からねえのにっ」
その輝きに惹かれて手を伸ばしたシキョウを、ゼンが慌てて止めた。
だが、その時には3人とも花の輝きの中に入ってしまっており。――次の瞬間、花がぱああっ…っ、と目を開けられない程の輝きを見せ。
目を閉じた3人が光に包まれて消えていくのを、見たものは誰も居なかった。
*****
――まず目に付いたのは、綺麗に磨かれた壁と床。
ふっと気が付くと、考え事でもしていたのか、廊下でぼうっとしている自分に気付く。
オーマ:「…疲れてんのかな」
やれやれと首を振り、誰かが側にいたような気がしてきょろきょろと辺りを見回すも、誰もいないのに軽く首を傾げて、目の前の通路を進んでいく。
その時、自分が白衣を着ている事も、ヴァレルやいつものアクセサリを身につけていない事にも全く気付かないままで。
そのまま、すたすたと道を知っている者のように歩き回り、そしてひとつの部屋へたどり着いた。
人は何人もいる。皆、自分の作業に夢中なようで、オーマが来た事にも気付いている様子は無い。いや、気付いていても見知った者だから見過ごしているだけなのかもしれない。
…この場所を知っている。
いや。知っていてあたりまえだ。ここは――なのだから。
すっと室内に入り、様々な映像やデータが記録されている、とあるボタンを誰かに教えられているかのように躊躇無く押すオーマ。
――目の前の巨大なモニターが切り替わる。そこに映っているものは、見知らぬ、星が、消滅する記録。
オーマ:「(違う)」
オーマ:「(俺は、この星を『知って』いる――)」
急に頭の中を掻き回されたような不快感に思わず口元を押さえるも、出てくるのは熱を持った息だけ。
誰かがどこかのボタンを押したのか、
ぷつん、
映像はそこで途切れた。
*****
ゼン:「………」
何となく手を見下ろせば、そこにあるのは小さな子どもの手。
それが間違っているような気はしても、どこがおかしいのか自分では説明できない、そんなもどかしさを感じてならない。
――ここは。まっしろい、部屋。
子どもたち:「あれぇ、どうしたの?」
子どもたち:「そんなところにいないで、こっちで遊ぼうよ」
室内には、窓も扉も見当たらない。首からすっぽりと被る白い服を着た子どもたちが、何人も何人も室内にいるだけ。
自分が同じ格好をしている事に気付いたのはその時。なんだこれは、と思いながらも、気が付けばその子らと同じ遊びに興じていた。
子どもたち:「…これはね」
子どもたち:「ナイショの遊びなの」
子どもたち:「だからね、誰にも言っちゃだめだよ」
大人の目を盗んで、こっそりこっそりと溜めた、小さな食器のかけら。それを使って、おはじきを楽しむ子どもたち。
見つかればきっと没収されるのが分かっているから。だから、これはナイショの事。
ゼン:「…うん。分かったよ」
仲間に入るために、ゼンはそうして頷いていた。
これは当たり前の光景だと、誰かが囁いている。あの頃にはこうした子どもたちが何人もいたと。
ゼン:「(…あの頃?)」
そうしてゆっくりと見回すと、もうひとつ気が付いた事があった。
子どもたちの右腕には、皆白い腕輪が嵌められていた。軽くて半透明なそれには、十桁近いナンバーが刻まれている。
ゼン:「(まるで…病院のアレだな)」
患者を識別するためのコードが刻まれた腕輪――そこまで考えて、ふと、ゼンは自らの手にも違和感を覚え、右手を見る。
そしてようやく気付いた。…同じモノが自分の腕にも嵌められている事に。
*****
シキョウ:「わあー。きれいー」
磨き上げられた床は、廊下とは違い機能的ではないが優雅なデザインのタイルがびっしりと敷き詰められている。
その上には青々と茂ったプランターが置かれ、只の緑だけでなく、季節を問わない色とりどりの花が咲き誇っていた。
シキョウ:「…あれ?」
ぱたたた、と花の側に近寄ったシキョウが、花へ手を伸ばそうとしてその違和感に気付く。
自分の手はこんなに大きかっただろうか、そしてプランタはこんなに遠い位置にあっただろうかと。
――さらさらと頬を流れる髪は何故か黒く、そして背は、いや、見た目は年頃の女の子のようにすらりとした身長に変わっていた事に、シキョウは今更ながら気が付いて、赤い瞳をまん丸にして辺りを見回した。
そこに、
――かつん。
硬い足音を立てて現れたひとつの影があり。その音に気が付いてくるりと振り向いたシキョウが、にっこりと笑う。
ジュダ:「…ここにいたのか」
いつもと変わらない、だからこそこの世界では違和感のあるジュダが、無表情でシキョウを見詰めていた。
シキョウ:「ジュダ」
名を呼ぶシキョウ。だが、そのすぐ後にあれ?と首を傾げる。
シキョウ:「ジュダ…で、いいんだよね?」
ジュダ:「ああ」
シキョウ:「でも――違うよね」
ジュダ:「……」
少し近くて、決してそれ以上縮まらない距離。
その間に対峙する2人。
シキョウ:「…何だろう。懐かしいよ、とっても」
にこりと、普段に似合わない儚げな笑みを浮かべるシキョウ。自分の胸にそっと手を当てて、僅かにうつむき、そこからまたゆっくりと顔を上げてジュダを見詰める。
ジュダ:「……」
ジュダは、シキョウの深く問い掛けるような目には何も言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。
…ゆっくりと彼女から目を逸らしたのは、ジュダの方だったのだから。
シキョウ:「ああ、そうだね。やっぱり、ジュダはそうだったんだね」
それは、問いかけですらなく。只の確認作業。
そうと分かっていても、シキョウはその先の言葉を続けずにはいられなかった。だから、
ジュダ:「―――――夢は」
一瞬で距離を縮めたジュダが、唇が触れ合うぎりぎりの所で顔を止めて、囁く。
ジュダ:「…終わり、だ」
シキョウ:「……そっか」
納得したような、呟き。
それでシキョウは目を閉じた――ジュダが抱きかかえると間もなく、シキョウの体がぐん、と縮んでいく。
さらりと緑の髪がシキョウの額にかかり、気付けば、ジュダは何も無い空間でシキョウを抱き上げていた。
その足元には、同じく元の姿へと戻ったゼンとオーマが倒れ伏している。
ジュダ:「…これは、夢だ。目が覚めたら儚く溶ける夢だ――だから、おまえたちが思い出す事は何も無い。今はまだ――」
思い出す必要も、無い。
*****
子どもたち:「シキョウーーーっ、遊びに来たよー!」
シキョウ:「はあああい、いまいくよ〜〜〜〜〜ッ」
すっきりした気分で孤児院での朝を迎えたシキョウは、昨日庭でぐずっていた事などすっかり忘れてしまったかのように、また来ると子どもたちに約束してあっさりと自宅へ戻り、そして数日経った今日は約束の日。
アロマが引き連れた子どもたちと、今度は孤児院だけでなくその周辺、近所の公園、小高い丘の上、そんな様々な場所にもルベリアの種を撒こうツアーを企画したシキョウがにこにこ顔で、男の子顔負けのスポーティな格好で表へ飛び出していく。
オーマ:「さーて。俺たちも出かけるか。おうゼン、そこのバスケット1個持ってな」
ゼン:「あーこれか?――って何入ってんだコレ、めちゃくちゃ重てぇぞ…!」
オーマ:「そりゃ決まってる。あの子たちと俺たちの昼飯。プラス飲み物デザート付きだ」
ずっしり来たバスケットを持ち上げたゼンがげえっと叫ぶ。
ゼン:「何でそんなモノを俺が持たなきゃならねえんだよ!」
オーマ:「あー?そう言うこと言うなら俺様の荷物も持たせるぞ」
そう言ってオーマが持ち上げたバスケットは、ゼンのそれよりも一回り大きいものが2個。
ゼン:「……いい。わかった。持っていけばいいんだろ、持っていけば」
オーマ:「おう。あーちなみにそっちはゼンとシキョウのらぶらぶ弁当な。モチーフは当然花とハートだ、喜んで食えよ」
ゼン:「だっ!だ、誰が……ッッ!?」
オーマ:「食べねえっつうんなら孤児院の誰かとツーショットさせるぞ〜。シキョウはあの通り大人気だからなぁ。この間も男の子に告白されたっつって嬉しそうにしてたしなー」
ゼン:「っっ!?が、…ぅ、あ…」
何か言い返そうにも言葉が見つからず、悔しそうにバスケットを無言で持ち上げるゼンに、オーマがにやりと笑いかけた。
アロマ:「ありがとうございます。何とお礼を言ったら良いか」
オーマ:「なぁに。この間泊めて貰って美味い晩御飯をご馳走になったからな。こういうのもいいさ…シキョウも喜んでるし」
オーマが申し出た昼食の提供に、恐縮しながらも嬉しそうなアロマが、意気揚揚と歩いていくシキョウたちを後ろから眺めながら、つつ、とオーマに近寄っていく。
アロマ:「あの…申し訳ありませんでした」
オーマ:「あ?」
アロマ:「…原因がわかったんです。何故枯れたのか」
その言葉を聞いて、オーマがやや緊張した顔を見せる。が、アロマは困ったような顔を見せて、オーマに申し訳無さそうに何度かちらちらと顔を見上げると、
アロマ:「うちの子でした。原因は」
オーマ:「――あの子らが?」
その言葉を聞いて、不思議そうな顔をするオーマ。いくらなんでも、シキョウへのいやがらせやいたずらで花を枯らすなど考えられないのだが…と、そこでアロマがいえ、違うんです、とオーマの顔色を読んだらしく、困ったように笑って首を振り、
アロマ:「あの子に悪気は無かったんです。ただ、お花をもっと綺麗にしたくて、お夕食のスープを撒いてしまった、と言うんです…本当にごめんなさい。子どもにしてみれば、肥料のつもりだったらしいんです」
まだ湯気の立つそれを、良かれと思って庭にばしゃばしゃと降りかけている小さな姿を思い浮かべ、そしてゆっくりと苦笑を浮かべるオーマ。
オーマ:「そりゃ、怒れねえな」
アロマ:「はい。でもしっかり注意はしておきました」
そう言えば、孤児院であの日ずっと泣いていた子がいたな、とオーマが思い出す。が、犯人を突き止めたところで何もならないとその事は言わず、
オーマ:「じゃああの咲いてた花は?あれだけはスープがかからなかったって事か?」
そこで浮かんだもうひとつの疑問をぶつけてみた。すると、アロマもそこで僅かに首を傾げて、
アロマ:「私もそれについては良く分かりません。けれども、子どもたちは言うんですよ。『あれはシキョウちゃんが種を埋めた場所だから、咲いたままなんだ』って」
オーマ:「なるほど。説得力たっぷりな言葉だ」
――そしてそれが、恐らくは真実だったのだろうと思う。
誰よりも純粋故に強い思いを持つシキョウの事だから。そして、今日こうしてまた種を撒きに行く場所には、きっと丈夫で綺麗な花が咲くだろうとも確信が持てた。
シキョウ:「オーマ、ゼン、はやくーっ」
オーマ:「おう、分かった分かった。ほれゼン、お呼びだ行ってやれ」
ゼン:「お、俺が重いモン持ってるのを知っててそーゆーこと言いやがるのかてめぇは…っ」
秋晴れのいい天気の中。
くすくす笑いながら子どもたちの後を追うアロマと共に、オーマたちは一路孤児院へ向けて歩き続けて行った。
-END-
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