<PCクエストノベル(1人)>


春の音楽祭
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【2989/グレイディア=レナティス/異界職】

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クレモナーラ村。
この村はソーンからの発注が絶えることがないほどの、伝統ある楽器の名産地。
年に一度の春の音楽祭には、人がひしめき合い立っていることもままならなくなるほどに賑わう。
普段からどこからともなく軽やかな音楽が鳴り響いているが、この時ばかりは村中を挙げて大合奏になるらしい。
今年もまた、春の音楽祭が行われようとしている。
癒しを求め、くつろぎを求め、また観光をしに沢山の人がやってくるようだ。
春の香りを嗅ぎつけ、心もほんわかと暖かくなるこの頃、ソーンでも人々はそわそわとし始める。
王国中この時期はひっきりなしに音楽祭の話で持ちきりだ。
そんな中、ここにも一人音楽祭を楽しみにしている男性がいる。
グレイディア=レナティス。御歳64歳の男性で気品に満ちた落ち着きのある、ゆったりとしたオーラを持つ男だ。
このところずっと休暇もままならない程働きづめだったグレイディア。
ここに来て、ようやく長い休暇を与えられたのか、眩しそうに屋敷の窓から外を見てお茶を楽しんでいる。
グレイディア:「そろそろ音楽祭なのですね…。私も久し振りに行ってみる事にしましょうか」
やんわりと微笑み、誰に言うともなくそう呟いた。
軽く手荷物をまとめ、グレイディアは一路クレモナーラ村へ向かった。


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グレイディア:「ははぁ…。この華やかな装飾の数々、実に素晴らしい」
クレモナーラ村に到着したグレイディアは、村に着くなり大きな溜息を吐く。
全員総出になって村を美しく装飾し、色鮮やかな花々や楽器の彫られたオブジェなどで彩られている事に心底感心、感動を覚えたようだ。
近くの宿に連泊の予約を申し込み、部屋に荷物を置いたグレイディアは村を見て回ることにした。
少年:「おじさん、観光で来たの?」
あちらこちらを見て回っている時、ふいに後ろから声をかけられた。
グレイディアがそちらへ顔を巡らすと、キラキラとした大きな瞳の少年が何かを伝えたそうに見上げているのが眼に入る。
グレイディアは腰を落とし、少年と同じ目線にまで自分の目線を下げて大きく頷いた。
彼は子供の世話や話し相手をするのが嫌いではない。落ち着いた物腰から逆に好かれる事の方が多いようだ。
グレイディア:「はい。お仕事がひと段落したので、こちらで音楽祭でも楽しもうかと思って来たんですよ」
少年:「ふぅん、やっぱりね! でもおじさん、音楽祭はまだ一週間も先なんだよ」
少年にそう言われたグレイディアは、少し驚いたような表情を浮かべる。
グレイディア:「そうなんですか。それは困りましたね…」
彼は音楽祭の日取りを間違えてしまっていたようだ。
これから音楽祭が始まるまでの一週間もの間、どう過ごせば良いものか困ったような表情で考え込んでいる。
少年:「なぁ、おじさん。この音楽祭に出すのに楽器に必要な金属が無くて困ってる姉ちゃんがいるって言うんだけど、時間持て余してんなら尋ねてみたら?」
グレイディア:「ほほぉ、それはそれはお困りでしょう。私も一週間も何もしないでいるのも何ですから尋ねてみましょうか」
少年から情報を受け取ったグレイディアは、その女性のいる家の場所を聞いて尋ねてみることにした。
ドアをノックすると勢いよく扉が開かれ、中から肩までの長さの綺麗な女性が顔を覗かせる。
相当うろたえていたのだろうか。顔が困惑に満ちた表情をしているところを見ると、この女性が少年の言う「困っている姉ちゃん」なのだろう。
グレイディアは右手をスッと胸の前に当て礼儀正しくお辞儀をする。
これは昔からの彼のクセでもあり、礼儀でもあるようだ。
グレイディア:「初めまして。私はグレイディア=レナティスと申します。先ほどとある少年から楽器に必要な金属が無くて困っている女性がいると聞きましてやってまいりましたが、あなた様でしょうか?」
やんわりとした物腰のグレイディアに対し、女性はまくしたてるような勢いで話し出す。
女性:「そうなのよ! もう一週間しかないって言うのに塗装に必要な金属がなくなっちゃって…。この近くにある鉱山には良質の金属があるって話なんだけど、あそこはモンスターが出るから取りに行けなくて…。あぁ! どうしよう!」
一瞬唖然としたような表情を浮かべたグレイディア。息もつかせぬほどの彼女の勢いに少し気圧されたようだ。
しかし心底困っているような様子から、グレイディアは気を取り戻し一つ咳払いをする。
グレイディア:「私でよろしければ、その鉱山に金属を取りに行きましょうか?」
女性:「本当っ!? 助かったわ! 早速ですけど時間がないの。行きましょう!」
慌しくグレイディアの返事も待たず、女性は喜び勇んで家を飛び出した。
グレイディアはそんな彼女の迫力に半ば気後れしているのか、慌てて後を追いかけるのだった。


******


クレモナーラからそんなに離れていない場所に、大きな岩陰になって隠れ普通に歩いているだけでは気づかないほどの場所に、鉱山への入り口があった。
ところどころ岩が光って見えるのは、金が混ざっているからなのだろう。
入り口は思ったよりも狭く、そして中は広いのだろうか、冷たく吹き抜ける風がひょうひょうと音を立てている。
グレイディア:「こんな場所に、鉱山の入り口があったのですね」
入り口をマジマジと眺めながら、グレイディアは呟いた。
道中、話を聞いたところ、この鉱山はクレモナーラ村の住民達の中でも楽器職人しか知らないと言われているらしい。
他ではあまり取ることが出来ないほど良質な金属が採れるということで、あまり世間に知れ渡っては困るのだ。
楽器を作るに当たり、その金属が無くてはならない物なのだから仕方がないだろう。
楽器職人達の間の話ではこの鉱山は『金鉱山』と呼ばれているようだ。
グレイディアは女性に案内されるままに、狭い入り口を潜り抜け広々としている鉱山の中に入り込む。
中はところどころ水溜りとミズゴケが生えてひんやりと静まり返っていた。
グレイディア:「では、参りましょうか」
女性の案内の下、鉱山の奥へと続く暗い路地を靴音を響かせながら入っていく。
モンスターの気配はまだ感じられない。
時折天井から伝い落ちた、地表に降った雨が地面を浸透し岩の隙間から零れた水音が耳に聞こえてくるだけで他は何の音も聞こえては来ない。
グレイディア:「静かですね。どこからもモンスターの気配が感じられません…」
その時、キーンと耳に響く金属音のような音が聞こえてきた。
グレイディアは後ろを振り返る。が、暗闇がただ広がるばかりで特別な気配は感じられない。
気のせいだと思ったグレイディアは再び前を振り向こうとすると、バサリ! と羽ばたく音が聞こえてきた。
グレイディア:「先に行ってください!」
グレイディアは前方を歩く女性にそう声をかけると再び後方を振り返る。
キラリと光る二つの何か。それは鳥のような猫のようなもののようにも見える。そしてそれは攻撃的だ。
再びバサリと羽ばたく音が聞こえてくると、グレイディアの頭上をそれはかすめ通った。
グレイディアがふいに瞳を閉じて相手の動きを感じ取ろうとした。
こんな時は下手に動き回る方が返って危険だと言うことを彼は知っているのだろう。
シン…と静まり返った空間に、遠くで小さな羽ばたきの音を聞きつける。
グレイディアがその気配を追いかけ、自分の傍を通り過ぎようとした瞬間、手刀のように構えた右手が振り上げられた。
ドサリと落ちる音がして、グレイディアが目を開くと通常の3倍はあるであろうかと思われる大きな吸血コウモリのモンスターが地面に倒れこんでいる。
剥き出しの鋭い牙が怪しく光ってみえる。
グレイディア:「弱いモンスターで良かった」
身だしなみを整え、銀髪の髪を撫で付けてピシッと元の状態へと戻す。
そうこうしている間にも先へ進んでいた女性が、拳大の大きさの金属を両手に大事そうに握り締め戻ってきたのだった。


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空に舞う花びらと軽やかな音楽が村中に響き渡る音楽祭。
金属を取りに鉱山へ向かったグレイディアも、満足げに、そして楽しげにその音楽祭に参加している。
少女:「さぁ、あなたも一緒に踊りましょう?」
グレイディア:「そうですね。では、私も少し踊らせていただきましょう」
少女に誘われ、音楽隊のいる前まで引っ張り出されたグレイディアも嬉しそうに微笑み、楽しそうに一日踊り明かしたのである。

END