<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
【memory――あの刻ふたりは‥‥<memory2―退避―>】
――荒野の中を一頭の馬を駆って少女が駆け抜けてゆく。
馬のリズミカルな足並みに合わせ、茶色のセミロングヘアと、たわわな胸の膨らみが上下に揺れる中、後ろ髪から延びる二本の触覚が棚引いていた。彼女はパフティ・リーフ。エマーン人の少女である。
「この辺って聞いたのですけど‥‥間違えたかな?」
周囲に黒い瞳を流し、パフティは独り言を洩らす。見渡すばかりの荒野に、端整な風貌は不安に染まってゆく。少女は手綱を引き、馬を一旦止まらせると、前足を上げて『彼』は嘶き応えてくれた。吹き抜ける風が砂塵を舞い上がらせ、口笛のような音を響き渡らせる。
「‥‥モラヴィがいないと、なんて不便なんでしょう。レーダーも無ければ、お馬さんじゃ話相手にもなってくれませんよね?」
パフティが馬の頬を撫でてやるものの、彼は鼻息荒く応えるだけだ。少女は深い溜息を洩らすと、もう一度羊皮紙に描かれた地図を開いた。相当な距離を走ったのか、彼女の表情に疲れが滲む。刹那、再び突風が吹き抜けた。
「きゃッ! あっ!」
少女は慌てて手を差し延ばす。突然吹き抜けた突風が、パフティの手から地図を攫って行ったのだ。無情にも悪戯な風は、羊皮紙を舞い躍らせ、一気に遠ざかってゆく。
「そんな! 追いますよ!」
――『賊が侵入したぞ! 追え! 追えいッ!!』
「えっ!?」
パフティの脳裏に男達の声が響き、二本の触覚が激しく跳ねた。瞳は大きく見開かれ、鼓動が激しく胸を打つ。何かを思い出そうと記憶がフル回転を始め、視界に広がる荒野が、薄暗い通路へと変容した――――。
●甦る記憶と少女の目的
――そう、私はアセシナート公国の王城へ忍び込んだのです。
「モラヴィ、二手に分かれましょう。危険になったら精神感応サークレットを通して呼ぶ約束は忘れないで下さいね」
<OK〜☆ パフティ、気をつけろよ>
「モラヴィもね☆」
ウインクを投げて微笑むと、少女は城の奥へと進んだ。
辺りに衛兵は見当たらないものの、パフティは極力靴音を響かせないよう、用心しながら城内を散策してゆく。幸い、彼方此方のバルコニーは解放されており、体の柔らかさを利用し、上の階や下の階に移動するのは容易な事だ。ふと、辿り着いたバルコニーの先に寝室が見えた。
「‥‥誰かの寝室みたい‥‥子供!?」
少女の瞳に映ったのは、ベッドで寝息をたてる二人の子供だ。パフティは足音を殺してゆっくりと近付く。月明かりに浮かぶ室内は質素なもので、調度品の一つも見当たらない。
(誰の部屋かしら? 高貴な感じはしないけど‥‥違う部屋みたいね‥‥)
彼女の目的はこの国の公王に会い、戦争への懸念を伝える事だった。しかし、つい子供の眠る寝室に、母性本能が疼いたのか、気になってしまったのである。
「だぁれ?」
つい部屋を眺めていたパフティの背中に、寝惚けたような声が飛び込む。少女は一瞬ピタリと動きを止めたが、驚きを露にした二本の触覚は勢い良く跳ねた。
「ん〜? 妖精さぁん?」
(妖精? そっか、この触覚はエマーン人特有のものだから、そう見掛けるものじゃないものね)
すぅーっと少女は瞳を閉じて深呼吸すると、意を決して半身を起こした子供に振り返る。
「起きちゃったかなぁ〜? 妖精さんですよ〜♪」
にっこりと満面の笑みを浮かべ、パフティは両手をパタパタと振って見せた。子供はどうやら男の子のようだ。年齢は5才位だろうか。ぽけ〜と愛嬌を振り撒く少女をじーっと見つめ、目をゴシゴシと掻いては、もう一度じーっと見つめた。マズイ! 流石に妖精は無理があったか!? まして、彼女は精神感応サークレットというキャノピーで目元を隠すようなヘルメットを被っているのだ。
「‥‥よ、妖精さん、です、よ〜☆」
それでも笑うしかない。次第に笑顔が引き攣ろうとも、笑うしかないのだ。沈黙の中で男の子と少女の瞳が交錯する。次第に男の子は表情を変容させ、パフティが焦りを覚える中、瞳を爛々と輝かせた。
「わぁ〜☆ 妖精さんだぁ! ねぇねぇ、妖精さんだよぉ」
ゆっさゆっさと同じベッドで眠る子供を起こし始める。マズイ! 今は起きてくれない方が得策だ。
「しーッ! 大きな声だしちゃダメよ☆ 起こしちゃダ〜メ♪」
口元に人差し指を当て、少女はウインクしてみせる。「妖精さん、帰っちゃうぞ☆」と駄目押しすると、流石に起こすのを止めて、フルフルと首を横に振り続けた。パフティはふと、同じベッドで眠る子供に視線を向ける。
――兄弟? 妹かしら? それともお姉さん? もしかすると双子?
「やだやだ! 行かないでよぉ」
「‥‥うん☆ 約束だよ♪」
男の子に近付き、腰を屈めて視線を合わせると、パフティは柔らかそうな髪を撫でる。男の子は嬉しそうに微笑み、気持ち良さそうに瞳を閉じて身を任せた。少女は思わず、双子の我が子を思い出し、切なそうな表情を浮かべる。
(あの子たち‥‥どうしてるかな‥‥)
『賊が侵入したぞ! 追え! 追えいッ!!』
刹那、ドア越しに声が響き渡り、大勢の靴音が駆け抜けた。またしても二本の触覚は激しく跳ね、男の子は手を叩いて喜んではしゃいだ。
「(モラヴィが見つかったの!?)きゃッ」
不安を表情に浮かばせた少女の胸に、男の子は勢い良く飛び込んだ。パフティは尻餅をついて受け止め、困惑気味に視線を下ろすと、豊かな胸に顔を埋めて、気持ち良さそうに瞳を閉じていた。
「‥‥もぉ」
「ままぁ‥‥」
そうか。未だ5才位の子供が母親と一緒にいないのは不自然過ぎる。何があったかは知らないが、パフティは男の子を優しく包んで、微笑んだ。
この子が眠るまで待ってあげよう――――。
男の子が健やかな寝息を洩らし、ベッドのシーツをそっと掛けてやった頃には、バルコニーは全て衛兵に封じられていた。侵入経路として推測されたのだろう。
「これじゃ外に出られないわ‥‥」
パフティは精神感応サークレットで、モラヴィに指示を告げる。
「モラヴィ! 一時上空退避!」
<OK〜! でも上空ってどこのだよ〜!!>
「兎に角、城の上に退避して! 私も直ぐに向かうわ!」
静かに子供部屋のドアを開け、周囲に瞳を研ぎ澄ますと、少女は更に城内の奥へと駆け抜けた――――。
●少女の目的と今やらなければならないこと
「あぁ‥‥見失っちゃった‥‥」
既に見えなくなった地図を追い、パフティは馬を走らせる。もしかしたら、何かに引っ掛かっているかもしれない。でも‥‥もし見つからなかったら、帰り道さえも分からなくなってしまう。
「ダメダメ! 何としてもモラヴィの部品を探さなきゃ‥‥」
ブンブンと首を横に振り、パフティが馬を走らせ続ける中、少女の瞳に崖が映った。周囲の景色から想像するに、落ちたら一溜りもないだろう。彼女は思いっきり手綱を引っ張る。
「こ、こらッ、止まりなさい! このままじゃ私達は落っこちてしまうんですよ! ‥‥!!」
崖のギリギリ先で馬は横滑りに足を踏ん張って止まると、眼下に小さな村が見えた。緩やかな風が吹き抜け、呆然とするパフティの茶髪を揺らす。
「‥‥あったわ」
どうやら風の悪戯は目的地に導いてくれたようだ。目標の村を見失わぬよう注意しながら、少女は馬を迂回させながら、荒野にポツリと点在する村へと近付いた。
――少し離れた村なら機械の部品が手に入るかもしれんな。
パフティが世話になっている農家の旦那が教えてくれた村は、確かに色々な物が手に入りそうだ。入口を通ると、一直線に道が伸びており、左右の道端に露店がズラリと並んでいる。どうやら、この村はジャンク屋の寄せ集まったものらしい。歩く度に店の者が少女に声を掛けて来る。アクセサリー売りもいれば、衣装売りもいた。パフティの家庭的な雰囲気を目敏く射抜くと、調理器具を勧める店もある。これには一寸興味を持ったが、別に自分の買い物に来た訳ではない。
「機械のパーツ売りの方はいないのかしら? ‥‥あったわ!」
人通りの少ない端の方に、露店はあった。木箱の中には無雑作に詰め込んだパーツ類が犇めき合い、逆さにした木箱の上に、目玉商品と言わんばかりに鎮座する部品が窺えた。パフティは腰の後ろで手を組んで、前屈みになってパーツを眺めてゆく。店主は、何でこんな小娘が機械のパーツなんか、と訝しげな視線を流し、堪らず口を開いた。
「お嬢ちゃん、冷やかしなら帰ってくれ!」「これと同じパーツありますか?」
同時に発せられた声に二人は顔を見合わせ沈黙する。先に声を出したのは店主だ。
「‥‥なんだって? あんたパーツを探しに来たのかよ?」
「そうですよ☆ これと同じのありますか?」
少女が掌を見せると、小さな部品が収まっていた。
「ほう、これはマイクロチップだな? 似た物ならあるぜ、ほら」
「ふーん、ちょっと大きいですね」
店主の差し出した部品を手に取り、パフティは状態を確認する。
「同じ物なんて無茶言っちゃ困るぜ。機械なんざゴロゴロ転がってる訳じゃねぇ」
「‥‥確かにそうですね。はい、これ下さい!」
「即決かぁ! 50Gだ。‥‥ん?」
商品が売れると笑みを浮かべた店主の眼前に、少女が翳した掌が映る。
「待って下さい。50Gですか? 25Gが妥当ですけど」
「何だって!? 25だとぉ! 冗談じゃない! じゃあ45Gだ!」
「これ中古品ですよね? ほら、砂が詰まっている所もあるし、このままじゃ使えないわ。30Gでどうですか?」
射抜くようなパフティの瞳に、店主は奥歯を噛み締めた。自信に満ち溢れた不敵な笑み。この小娘は素人じゃない。尤も彼女が交易船のメカニックだったなどと知る由もない事だ。
「‥‥分かった! 30Gだ!」
店主が折れると、少女は満面の笑みで応える。
「ありがとうございます☆ それと、この部品とそれも欲しいんですけど〜♪」
「‥‥ったく、恐いお嬢ちゃんだ。35Gで負けてやらあ」
「もう一声♪」
パフティは二本の触覚をリズミカルに躍らせて、露店を後にするのだった――――。
記憶を失ったパフティが世話になっている農村に戻ると。納屋で早速パートナーの修理を始めた。お目当ての部品さえ手に入れば、多少の改良で事足りる。それでも、作業は数日を用するものだった。
「さあ、モラヴィ次はこっちに種を捲くのよ♪」
軽やかに跳ねるように駆けると、振り返ってパフティは手を叩いた。少女にゆっくりと向かってゆくのは、優麗なフォルムに包まれ、白に近い肌色の装甲に覆われた一機のドリファンドだ。約2mの慣性制御バイクは、耕した地面に種を捲きながら、黄色の丸いライトを点滅させ、少年のような声を響かせる。
<パフティ〜、俺は病み上がりなんだからさぁ>
「なに言ってるのですか? 修理は済んだのですから、移動に問題は無い筈よ☆」
そうは言っても、モラヴィが低速で動けるようになっただけである。通信機の修理や本来の機能を修復するには暫しの時間と部品が必要だろう。嬉しそうにはしゃぐ少女の背中に急接近し、驚かす悪戯も出来ない。
「ほら、こっちこっち☆ はいはい、上手ですよ〜♪」
<赤ん坊扱いしやがって〜! パフティが寝ている時に悪戯してやる〜>
モラヴィの思考回路の中、川辺に移動した後キャノピーの開き、寝息をたてる少女を水面も落っことす計画が描かれているなどと、今のパフティは知る由も無かった――――。
<ライター通信>
この度は2度目の発注ありがとうございました☆
お久し振りです♪ 切磋巧実です。
先ず始めに、双子の公王という指定のNPCはルール上登場できません事を御了承下さい。
ノミでの発注や口調の件など、お心遣いありがとうございます。前回は楽しんで頂けたようで、持続できるよう頑張らせて頂きました。ただ、やはり目的に無理がある為、今回は双子の子供(多分に親を亡くした使用人)として演出させて頂きました。
さて、いかがでしたでしょうか? 二手に分かれての行動で、視点がパフティさんでしたので、なかなか登場頻度が薄くなったモラヴィ君ですが、シングルノベルで「その頃モラヴィは――」みたいな補完も可能です。
果たして、逃げ道を失った二人に何が待っているのか?
楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
それでは、また出会える事を祈って☆
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