<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


レセン島探訪記 〜悪夢は再び繰り返す?〜

「あ、そうそう、僕はフレデリック・ヨースター。このレセン島の生態について研究している生物学者なんだ。フレディって呼んでくれたら嬉しいな」
「あ……、あたしはカーディナル・スプランディドです。みんな、カーディって呼んでます」
 にこやかに片手を差し出す青年の手を握り返しながら、カーディは心中で乾いた笑いを漏らす。
 青年の向こうに見えるのは、青い空。白い砂浜。さんさんと降り注ぐ太陽。高々とそびえ立つ岩山。そこはまさしく、つい数十分程前に脱出したばかりの島だった。
 よっぽど日頃の行いが悪かったのだろうか。それとも、これが天の采配というやつなのだろうか。
 夏のバカンスに海水浴に繰り出して、ボートで遊んでいるうちに潮にさらわれ、無人島に漂着したのが昨日の話。ウサギに似た動物が角の生えた犬のような獣を食い殺すのを目の当たりにし、食料を捜している最中に巨大魚に襲われ、それを逆に仕留めて焼けば、今度はいきなり来襲したイナゴの大群にそれを横取りされながらも、どうにか一夜を過ごした。
 明けて今朝、魔石の力で近くを航行する船を見つけ、空を飛んでそこへと降り立ち、これで帰れると胸を撫で下ろしたのもつかの間だった。
 こともあろうに、その船は調査のためにこの島を目指していたのだった。そして、ついでとばかりにこのフレディとかいう青年に調査への同行を頼まれ――安請合いしたのが今となっては悔やまれるが――、今に至る。
「カーディさんだね、どうぞよろしく」
 そんなカーディの心中を知ることなく、フレディは無邪気に微笑んだ。
「よろしく……お願いします」
 引きつった笑顔を返しながら、カーディは胸の中で溜息をついた。
 こうなってしまっては後には引けない。カーディは魔石練師。本来なら相手の需要に合わせた魔石を練成するのが仕事の専門職であって、直接現場に赴く冒険者では断じてない。けれど、その辺りの違いがこの学者に分かるかどうかはかなり微妙だし、状況的にそういうことを言っていられない気もする。
 これもまあ一応は仕事のうち。頑張ってやり遂げるしかない。それに首尾よくいけば、顧客を増やすチャンスになるかもしれない。
 カーディは素早く考えを切り替えて、フレディと共に島へと降り立った。
「ところで今回は何の調査をするんですか?」
 そう話しかけたカーディに、フレディは実に屈託なくこう答えた。
「実はまだ決めてなくてね」
 がくり、とせっかく取り直した気がどこかへ逃げて行ってしまいそうだ。
「というよりも、今回は船と航路の確認が主な目的だったんだよね。あとはざっと見て帰る予定だったんだ。密林に入るにはちょっと装備が心もとないし。でも、カーディさんが来てくれたし、ちょっと欲張っちゃおうかな〜」
 ひとり、フレディは浮かれた声をあげる。
「で、でもあたしは冒険者じゃありませんし、護衛みたいなことはできませんよ?」
 慌ててカーディは釘を刺した。
「ありゃりゃ。そうなの?」
 フレディは目を丸くした。
「あたしは魔石練師ですから……」
「へぇ、魔石練師さんなんだ」
 今度はそれがフレディの興味を引いたらしい。緑色の瞳がきらきらと輝き始める。
「僕、魔石って見たことないんだけど、どんなことができるの? さっき空を飛んでたのも魔石の力?」
 矢継ぎ早に繰り出される質問に、カーディは目を瞬いた。
「ええ、あれは魔石【飛行】って言います。一時間の間、自由に空を飛ぶことができます。後は調査用ですと、遠くのものを水に映せる【遠見】とか、地中の構造や地質を知ることができる【地脈感知】とか……」
 それでも頭の中で問いを反芻しながら1つずつ答えていく。
「それじゃあ、この島の成り立ちを知ることができるかもしれないんだ。素晴らしい!」
 さすがは学者魂と言うべきか。すぐにその有用性を悟ったフレディが、大げさに両手を挙げた。
「そうですね。【遠見】で見た感じだと火山島みたいな地形でしたし……」
「ええっ。もう見てくれたんだ。嬉しいなぁ」
「ええ、まあ……」
 よもやこの島に漂着して脱出してきたばかりだとは口が裂けても言えない。カーディは曖昧に言葉を濁した。
「で、地脈も見てくれるの?」
 より期待に満ちたまなざしで、フレディはカーディを見つめる。
「ええ、そうしましょうか」
 その熱意に押されてカーディは頷いた。
 結局、同行者の男――おそらく航海士だろう――が船で待つことになり、フレディとカーディは岩山の麓を目指して歩き始めた。魔石の有効範囲は500メートル程。島の中央部で使用するのが良いだろう。
 が、昨日は確かこの岩山から黒雲のようなイナゴの大群が下りて来たのだ。あの金属音のような羽音と、見る間に魚を食い尽くした所業を思い出すとカーディの背筋はぞくぞくした。
 見上げてみれば、高い空を猛禽と思しき大きな鳥が舞っているだけで、あの黒雲はかけらも見当たらない。けれど、うかつに食べ物を出したりしたらきっと今度はあの鳥が急降下してくるだろう。
「結構高さのある山だねぇ。これが元々火山だったってこと?」
 フレディの方は至って呑気に岩山を見上げている。
「そうだと思うんですけど」
 カーディはそれに相づちを打った。【遠見】で見た感じから、この中央の火山が噴火して、南東に流れ出た溶岩が密林と浜辺を形成したのではないかと睨んでいる。
「うん、うん、海にぽっかり浮かんでいる島だから、火山島には間違いないと思うんだけど」
 フレディは楽しそうに大きく頷いた。
「でも、僕、あんまり地質学の方は詳しくないんだよね」
「あたしもあまり詳しくありませんが、見てみますね」
 カーディの方も専門的な知識があるわけではないが、相手も似たようなものなら魔石は自分が使った方が調整の手間が省けて手っ取り早い。
 地と闇と光。カーディは精神を集中させ、3つの属性を融合させた。ほどなくして魔力が凝析し、透明感のある深い紫黒の魔石を形作った。
「これが魔石練成……。すごいねー」
 目の前で繰り広げられたカーディの練成術に、フレディは子どものように目を輝かせる。
「あ……、ありがとうございます」
 ここまで喜ばれると、かえって照れてしまう。カーディは軽く頭をかき、そして魔石を解放した。石が光と魔力を放ちながら消滅する光景に、再びフレディは歓声を上げる。
「えーっと、やっぱりこの岩山を中心に、全体的にバウムクーヘンみたいな層になっていますね……」
 おそらく、噴火を重ねた跡だろう。茶色がかった灰色の層が幾重にも積み上げられているのがわかる。砂浜の両脇の磯へは、溶岩が固まったらしい、ごつごつした黒い岩の層が続いている。その隙間に砂がたまったのが砂浜だろう。
 見えたことを説明しながら、カーディは密林の方へと意識を動かした。ここからだとほんの端っこだけが、何とか魔石の範囲内にかかる。
「あれ?」
「どうしたの?」
 思わず声をあげたカーディに、フレディは心配そうに首を傾げた。
「地層が違うんです。あそこだけえぐれてるというか、違う地層がめりこんでいるというか……」
「違う地層がめりこんでいる?」
 フレディはカーディの言葉を繰り返し、考え込むような顔になった。
「何かが空から墜ちて来た……ということかな。そういえばここの生態はいくつかの系統に分かれると思っていたんだけど、その説明がつくかもしれない」
「じゃあ、密林の近くまで行って力場感知してみましょうか。近くまで行くだけ……ですけど」
 今にも躍り上がりそうなフレディに、カーディはしっかり釘を刺した。

 間近で見る密林は、いっそうに異様さを際立たせていた。つる性の植物が多く、鮮やかな緑がねじり、よじれ合いながら思い思いの方向に伸びているのだが、隙あらば他を押しのけてでも自らの領域を広げようとしているような貪欲さを感じさせる。
 昨日の経験から考えて、生物相からして異常なのだから、植相だって推して知るべし、というやつだろう。そして、やはりここらの地質は、先ほどまでいたところとは全く違うもののようだった。
 カーディはその密林から数歩手前で精神を集中させた。今度は魔石を練成するまでもない。力場感知は術の基本だ。
「やっぱりこの奥の方……からかすかですけど、何か感じますね。魔力とは少し違いますけど、何か力のようなものの……残滓、でしょうか」
 カーディは首をひねりながら感じた通りのことを口にする。感じるものの異様さは明らかなのに、いかんせんあまりに希薄なのだ。あたかも、力を持つ「何か」が去ってしまった後に漂う残り香のように。
「残滓……。やっぱり入ってみないとわからないのか……。でもこの奥には確かに『何か』があるんだね」
 フレディは、ううむと唸って密林を睨む。
 と、密林の中からいくつかの小さなかたまりが転がり出てきた。
「逃げましょう!」
 カーディはとっさにフレディの腕をつかんで走り始めた。あれはまぎれもなく、獣を食い尽くしたあのウサギだ。あんなのに食いつかれたらたまらない。
「え?え?」
 よく状況のわかっていないらしいフレディも、目を白黒させながらカーディに引きずられるように走り出した。

「お疲れさん」
 全速力で走ってようやくたどり着いた浜辺で、カーディは思わず立ちすくんだ。あの同乗者の男が魚を焼いていたのだ。それも、あの赤と黄色のまだらの巨大魚を。
「イ、イナゴが……!」
 思わずカーディは口走っていた。
「イナゴ?」
 2人の怪訝そうな視線がカーディに注がれる。
 が、カーディはそれどころではなく、岩山を振り返った。けれど、あの黒雲が湧いてくる気配は見られない。
「夕べはあんなにすぐに来たのに……」
 カーディは半ば胸を撫で下ろしながらも、恨めしげに呟いた。
「夕べ?」
「あ……」
 どうやらつい口が滑ってしまったらしい。仕方なく、カーディは昨日のできごとを話した。
「ふーん、そりゃ風向きのせいじゃないかな」
 話を聞いた男が口を開く。
「今は昼間だから陸から海に向かって風が吹く。夕方になれば逆向きになるからな」
「つまり、この魚の焼ける匂いがイナゴを呼び寄せたということ?」
 男の言葉に、フレディが目を輝かせた。
「面白いなぁ。魚の匂いに原因があるのか、イナゴの習性の方に原因があるのか。夕方を待ってもう一回この魚焼いてみたいな」
「……やめて下さい」
 カーディはげんなりと肩を落とした。
「あはは、ごめんごめん。じゃあやるのは今度にするよ」
 それでもいつかはやるつもりらしい。カーディは密やかに溜息をもらした。
「ま、とりあえずメシにしようや。魚もいっぱい釣れたからな」
 男が豪快に笑い、昼食と相成った。昨日食べ損ねた魚は、非常においしかった。この島にたどり着いてから、ようやく報われた気のするカーディだった。

 食事を終え、今度こそエルザードに向かって船は進み始めた。
 男たちの言葉に甘え、カーディは船室で横にならせてもらった。やはり疲れていたのか、すぐに眠りに落ちる。
 いかほど眠った頃だろうか。大きな揺れを感じてカーディは目を覚ました。何やら操舵室の方が騒がしい。
「大変だ、今ので舵が壊れた。操縦不能になっちまってる」
 男が舵を睨み、忌々しげに吐いた。
「どうしたんですか?」
 カーディが聞くと、男は舌打ちを1つして振り返る。
「でかい魚に体当たりをくらったんだ……。このままじゃ、潮に流されちまう」
「流されるって……」
 いつの間にか海面は大きく波立っている。カーディの背中の毛も、嫌な予感にぞぞぞと波立った。
「ああ、さっきの島に逆戻りだな」
 男は苛立たしげに壁を拳で殴った。
「えっ……」
 カーディは慌てて外に目をやった。見覚えのある島影が、徐々に大きくなってくる。
「そんな……」
 そんなに日頃の行いが悪かったのだろうか。それとも天というものはこんなに意地悪なのだろうか。
 カーディは呆然と立ち尽くした。身体中から力が抜け、へなへなとキジ茶の尻尾と三角の耳がしおれていく。

「カーディさん、着いたよ」
 フレディの声にカーディははっと目を開けた。そこは、最初に眠った船室だった。
「着いたって……どこに?」
 カーディはおそるおそる尋ねる。
「もちろん、エルザードの港だけど?」
 フレディはきょとんと首を傾げた。
「ああ、よかった……」
 どうやらあれは夢だったらしい。カーディは大きく息を吐く。
「今日は本当にありがとう。島の秘密の大事なヒント見つかったし。カーディさんに出会えて助かったよ。よければまたご一緒してね?」
 無邪気に微笑むフレディに、曖昧な笑みと礼の言葉を返し、カーディは港へと降り立った。
 太陽の光が眩しくて、思わず掌を額にかざす。遠くに、見慣れたエルザード城が見えた。やっと聖都に帰ってきたのだという実感が湧いてきて、その姿がわずかに潤んで見えた。
 また明日からは修行の日々だ。今度は絶対にさぼったりしない――今までも決してさぼっていたわけではないのだが――と、カーディは固く心に誓った。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2728/カーディナル・スプランディド/女性/15歳(実年齢15歳)/魔石練師】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度はご発注、まことにありがとうございました。
よもや前回の続きを発注していただけるとは夢にも思っておらず、大変嬉しかったです。
もし、前回の終わり方がきちんと収まっていない感じになってしまっていたなら申し訳ない限りなのですが……。

フレディのお守りも含めて2日間に及んだ無人島体験、お疲れさまでした。今夜はゆっくり休んで下さいませ。
ちょっと(?)変わったお魚が食べられたこと以外はさして良いこともなかった日々でしたが、少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
お気が向かれましたら、また遊びにいらして下さいませ。

この度はまことにありがとうございました。