<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
レセン島探訪記 〜密林密猟調査紀行〜
聖都エルザード、天使の広場。様々な人が行き交うこの広場に人待ち顔の少女が佇んでいた。細身の、可憐な顔立ちの少女だが、まっすぐ背に流れた銀髪の合間からは猫のようなふわふわの三角の耳が覗く。
その腕の中では珍しい首長竜の子どもがくりくりとした瞳を主人に向け、その真似をするように軽く首を傾げていた。
その様子に、少女、エルレイル・ナレッジはくすりと微笑みをこぼし、そして再び雑踏へと視線を遊ばせた。と、その顔が花のようにほころぶ。待ち人の姿を見つけたのだ。
「こんにちは、エルレイルさん。ごめんね、待たせちゃったみたい」
伸ばしっぱなしの金髪を無造作に束ねた、細身というよりは貧相な青年がエルレイルの前に立ち、頭をかいた。
「こんにちは、フレデリックさん。いいえ、私も今来たところですから」
「『フレデリックさん』とか呼ばれると照れちゃうな。フレディって呼んでよ。……今日は調査への同行、ありがとう。どうぞよろしくね」
青年は親しげな笑みを浮かべて右手を差し出した。
「こちらこそ、フレディさん。異世界から墜ちてきたかもしれない島……。とても興味深いです」
エルレイルもそれを握り返す。
「レシーもよろしくね」
「クー」
青年はエルレイルの腕の中の首長竜にも手を伸ばすと、その前のひれを軽く握った。
この青年、フレデリック・ヨースターは生物学者で、独自の生態を持つというレセン島の生物の研究をしている。ただ、体力的に多少冒険には向いていないため、いつも酒場で調査への同行者を募っているのだが、それが今や聖都では名物となりつつあった。
一方、エルレイルは稀少生物保護官。特異な生物が多いと聞けば、興味がわくのは自然なことだ。それに、中には保護のために何らかの対策が必要なものもいるかもしれない。
必然的に2人の目的はぴたりと合致して、合同調査と相成ったのだ。
「でも、密猟者が出るかもしれないという話も耳にしましたし、動物さんたちが襲われた時のことを考えて、同行して下さる冒険者さんを探してみた方が良いかもしれませんね」
エルレイルは小さく首を傾げた。主人を見上げ、レシーも「クー」と首を傾げる。
エルレイルも、フレディも、体力的にはさして人に誇れるものはない。2人だけでは、何かあった時に対抗するのは難しいだろう。
「そうだね。じゃあ、酒場で探してみよう」
フレディも頷き、2人は冒険者の集う酒場へと歩き出す。そして、人影の少ない通りに足を踏み入れた時のことだった。
「きゃっ」
「クーッ!」
いきなり物陰から男が飛び出し、乱暴にエルレイルを突き飛ばしたのだ。そして、その腕から レシーを強引に奪い取ると、振り向きもせずに走り去って行く。
「エルレイルさん!」
役立たずなフレディは、おろおろしながらようやくエルレイルを助け起こしにかかる。
「返して下さい! その子は……」
慌てて起き上がり、エルレイルは男の後を追って走り出した。さらにその後を慌ててフレディが追う。
先ほどの男が飛び込んだ路地へと足を踏み入れ、エルレイルは思わずその場に立ち尽くした。
そこに立っていたのは、軍服に身を包んだ長身の若い男だった。年の頃はフレディとさほど変わらないように見えるが、その身にまとう一種の威厳のせいだろうか、「青年」という言葉は彼には似つかわしくないように思えた。
そのすぐ前に、先ほどの男が地べたに尻餅をついて、怯えたような表情で彼を見上げ、彼はその男を冷ややかに見下ろしていた。
「レシー!」
軍服の男の手にレシーの姿を認め、エルレイルは思わず声を上げた。彼の、吸い込まれそうに深い闇色の瞳がゆっくりとエルレイルへと向けられる。
「これはお前の連れか?」
「は、はい……」
エルレイルがゆっくりと頷くと、軍服の男は無造作に――それでもレシーが傷つかないようにという配慮を感じさせながら――、レシーを差し出した。
「ありがとうございます」
エルレイルが礼を言うその隙に、彼の足元にうずくまっていた男が慌てて逃げ出し、ようやく追いついたフレディがひょこりと顔を出す。
「別に礼を言われる程のことでもない」
「あ、待って下さい!」
こともなげにそう言って立ち去ろうとする男を、エルレイルは慌てて呼び止めた。男がゆっくりと振り返る。
「私、稀少生物保護官のエルレイル・ナレッジと申します。生物学者のフレディさんと、これから希少な生物が生息しているという無人島に調査に行くのですけれど、よろしければ一緒に来て頂けませんか?」
エルレイルが事情を説明すると、男は黙ってそれを聞いた後に「そういうことなら」とあっさりと同行を承諾した。
「ありがとうございます。えーっと、あの、お名前は……」
無口な男に、エルレイルはやや気後れしながらも尋ねる。
「ジュダ」
男は、実に短く答えたのだった。
聖都にいるうちは穏やかに晴れていた空も、島に近づくにつれて雲が多くなり、上陸する頃にはしとしとと雨が降り始めた。
「雨のレセン島って初めてだけど、悪くないねぇ」
灰色の空を見上げ、フレディが呑気に言う。
「そうですね。生き物たちも雨の日には雨の日の姿を見せることでしょうし」
エルレイルもそれに頷いた。ジュダは無言のままで、しかし無表情ながらもそこはかとなく興味深そうな視線で辺りを見回している。
「密林というのはあれか?」
そのジュダが向こうを指差した。雨に煙る空の下、わずかに色彩を落として、それでも鮮やかな緑が盛り上がっているのが見える。
「ええ、そうです、ジュダさん。……ところで」
それに答え、フレディが軽く首を傾げた。
「ジュダさんだけ雨に濡れていないように見えるんですけど、気のせいですか?」
フレディの洋服はまだらに染まり始め、エルレイルの繊細な銀色の前髪の先には、透明の雫が垂れている。その腕の中のレシーは、エルレイルにかばってもらってはいるが、やはりいくつかの水玉を皮膚に浮かせている。が、ひとり、ジュダだけが変わらず佇んでいるのだ。
「……さあな」
短く答え、そのまま足を進めようとして、けれどもジュダは一度足を止めた。
「これでも着ていろ」
どこからともなく雨よけの外套を出すと、2人に無造作に投げ渡す。
「あ……ありがとうございます」
「ジュダさんも用意のいい人ですねぇ」
エルレイルは戸惑いに目を瞬かせながら、フレディは感嘆の溜息をもらしながらそれを受け取り、着込んだ。
「では、行くか」
2人が外套を身につけたのを確認すると、さっさとジュダは足を進めた。
「ここが……」
密林の入り口に立ち、エルレイルがぽつりと呟く。
「……秘境、か……」
それはまさにジュダの呟きを体現するかのような光景だった。
つる性の鮮やかな緑が、絡まり、よじれ合いながら思い思いの方向に伸びていく様は、あたかも人智の及ばぬものの意志が働いて、見知らぬ者の進入を拒んでいるかのように見えた。
「濡れているから足元に気をつけてね」
「はい。……この森にはどんな生き物が住んでいるんでしょうね」
エルレイルはフレディの言葉に素直に頷いた。
「さて、行くか。こちらの方が道がよさそうだ」
道と呼べる程の道もないのだが、ジュダが少し脇を指す。2人に異論があるはずもなく、さっそくそちらへと足を進めた。
「静か、ですね……」
薄暗い密林の中を歩きながらエルレイルが口を開いた。
雨だれが植物の蔓を打つ音が、あちこちから清浄な音を響かせる。が、それがかえって静けさを引き立てているようにも思えた。
「動物さんたちも雨宿りしているのでしょうか」
周囲を見回し、そう続けるたところで。
「あら?」
足元に、白いウサギのような動物を見つけ、エルレイルはかがみ込んだ。
白いふわふわの毛皮に覆われたそれは、密林の中で邪魔にならないようにということだろう、耳こそ短かったが、丸っこい姿といい、突き出た鼻先といい、前肢に比べて発達した後肢といい、ウサギの一種と見てよさそうだった。
「おや、可愛いね」
それに気付いたフレディもその隣に腰を下ろす。
と、いきなりウサギが牙を剥き、フレディの手に噛み付こうとした。
「わわっ」
慌ててフレディがその手を引っ込めた。
「大丈夫ですよ。この人は悪い人ではありません」
エルレイルには動物と心を通わせる力がある。見慣れない「人」に怯えているらしいウサギをなだめようと優しく声をかけて、どうやらその見込みが間違っていたことに気付く。
「それに……おいしくもないですよ」
そう加えると、ウサギは、そうなの? とでもいうような残念そうな顔でエルレイルを見上げる。
「意外と獰猛なんだ。びっくりしたよ」
「この密林の中では白は保護色にならん。捕食者の側と考えるのが自然だろう。単体ではなく群れを組んで狩りをするのだろうな」
ぱちぱちと目を瞬くフレディに、おもむろにジュダが口を開いた。
「ああ、なるほど。言われて見れば! ジュダさん、詳しいですね」
感心した様子でフレディが手を叩く横を、ウサギがするりと通り抜けてジュダにその身をすり寄せる。
「あら、この子、ジュダさんのこと気に入ったみたいですね」
エルレイルはにこりと笑った。
と、隠れていたウサギが次から次へと現れてジュダにすり寄って行く。
「うわぁ、ジュダさんモテモテですね。えっと、そのまましばらくじっとしてて下さいね」
フレディは歓声を上げると、ウサギたちがジュダに夢中になっているのを良いことに、ウサギのスケッチをとり、特徴やら行動やらをメモにとった。ついでに、手近な一匹の耳や尻尾をめくってみたり、目を覗き込んでみたりもしている。
「けれど、この毛皮は、欲しがる人が出そうですね……。気をつけないと」
エルレイルもまた、個体の数から群れの規模を推測したりと自分用に記録をつけながら呟いた。
「それにしてもいいなぁ。2人とも動物が懐いてくれるんだもん。傷つけたりする心配なく調査し放題だよね」
それまで動かしていた手を止めて、フレディが羨望まじりに溜息をつく。
「……終わったのか?」
ウサギに囲まれ、身動きのとれなくなっているジュダが憮然とした顔をした。
「あ、はい。一応は」
「なら行くぞ」
ジュダが一歩足を踏み出せば、ウサギたちは名残惜しそうにしながらも、ジュダから離れた。それでも一塊にかたまって、いつまでも3人を見送っていた。
その後も近くにいる生物たちが自分からジュダにすり寄ってきてくれるおかげで、エルレイルとフレディの調査は非常にはかどった。
「羽のついたトカゲ、耳が翼状になっている犬、緑色の地にピンクの大きな水玉模様の入った巨大蛇……。どれも稀少なものばかりですね」
雨でインクが滲みがちな調査記録に目をやり、エルレイルが呟いた。
「そうだね……。でもこうやって振り返ってみると、ここに住んでいる動物ってキメラ的なのが多いね。水の中には半分魚で上半身は獣みたいな動物もいたし」
フレディはすっかりほくほく顔になっている。
「それにこの植生……。これもまた珍妙な。小動物まで獲物にするような食虫植物といい、強い毒を持つ花といい、獣もそうだったが、食物連鎖が逆転しているな」
ジュダが軽く眉を寄せ、周囲を見回す。
キメラ化した動物。動物を狩る植物。か弱いウサギは牙を得て狩りをし、巨大な大蛇は保護色に護られておとなしく果物を食む。自然に独自の進化をしたと考えるべきか、それとも何らかの恣意の存在を想定すべきか。
「でも、それなりに生態系は安定しているように見えます。もちろん、長期的に調査しないと確実なことは言えませんが……」
ジュダの言葉に答え、エルレイルはふと耳を立てた。
「何か……鳴き声が聞こえます。助けを求めてる……?」
呟きながら、エルレイルはさらに耳を澄ませた。やはり、細い、弱々しい声が聞こえてくる。
「こっちです」
方向を聞き定めるや否や、エルレイルは植物をかき分けて駆け出した。
「あ、待って、エルレイルさん」
後ろから慌ててフレディが追ってくる。
「……やっぱり!」
植物の陰にうずくまる猿のような獣を見つけて、エルレイルは思わず声をあげた。それは額に一角獣のような角を持ち、背中には亀のような甲羅を背負っていた。
だが、そんなことよりも、エルレイルの目はその動物の後ろ足へと向いていた。そこには無情な鋼の罠が骨に届かんばかりにしっかと食い込んでいたのだ。苦痛にのたうち回ったのだろう。傷口から流れ出た血が泥と混じり合い、罠の周りにこびりついている。
「やはり、密猟者が入り込んでいるな」
いつの間にかエルレイルの隣に立っていたジュダが、やすやすと罠を外した。
「痛かったでしょう? もう大丈夫ですよ」
エルレイルは優しく声をかけ、獣を抱き上げた。肩の上に乗ったレシーも、獣を見て「クー」と心配げな声をあげた。
エルレイルが軽く目を閉じると、周囲に浄霊域という特殊な空間が広がった。この空間内では自己治癒力が高まり、傷の治りが早くなる。
さらに、エルレイルはてきぱきと獣の傷の手当をした。傷口を水で洗い流し、薬をつける。幸い、骨には異常がないようだ。これならさして時間をおかずに治ることだろう。
エルレイルがほっと一息ついた時だった。
ばきり、と太いつるを踏みしめる音が響いて、数人の男が姿を現した。いかにも、というような悪人面をしたその手にはそれぞれボウガンが握られている。この男たちが罠をしかけた張本人なのだと一目で知れた。
「よくも俺たちの邪魔をしてくれたな」
リーダーと思しき男が憎々しげに3人を睨みつける。
「邪魔も何も、こんな酷いことを!」
自分が生きるためにどうしても必要というわけでもないのに、他の動物を傷つけるなんて許せない。男に負けず、エルレイルは睨み返した。
それまでは穏やかだったエルレイルの強い語調に驚いたのか、フレディは横でおたおたとエルレイルと男たちを見比べている。
「まあいいさ。イカレた動物だらけのこの密林の中じゃ、死体も残らない。無人島に行って帰って来なくても、誰も疑ったりしないだろうさ。狩りはその後でゆっくりすればいい」
男が口元に歪んだ笑みを浮かべると、周囲の取り巻きたちがいっせいにボウガンを構えた。
「ほう、貴様、いいことを言ったな」
それまで黙っていたジュダがおもむろに口を開いた。
「あ?」
眉をひそめそう言った男が、次の瞬間には目を見開いた。密林の木々の合間から、無数の動物たちが顔を出していたのだ。エルレイルとジュダの危機を察したらしい、その顔は一様に男たちを睨みつけていた。男たちの顔からみるみる血の気が引いていく。
「確かにここじゃ死体は残らん」
そのジュダの言葉で、一斉に動物たちが男たちに飛びかかった。獣たちが体当たりを喰らわせ、ひっかき、かみついて男たちの動きを封じた後は、巨大な蛇がその身体で悠々と男たち全員を締め上げた。
「動物さんたち、もういいです……」
エルレイルが言うと、動物たちは静かに男たちから離れた。その視線は油断なく男たちに注がれたまま。
が、すっかり戦意を失った男たちは力なく地面に崩れ落ちただけだった。
「本当、今日はすっごく調査が進んだよ。密猟も阻止できたし、2人とも本当にありがとう」
聖都へと戻り、密猟者たちを兵士に突き出した後で、フレディはにこやかに2人に手を差し伸べた。
「今回はあれで済んだが、島が人に知られればまた密猟者が増えることになる。調査も良いが、密林全ての命を護る為の対応策も練った方が良い」
相変わらず表情も変えずにジュダが言う。
「そうですね。そのことなら、エルレイルさんに」
フレディはそれに頷き、エルレイルの方を伺った。
「ええ、今回の調査をまとめ、保護対象とするよう、王家に申請しておきます」
エルレイルが言えば、レシーも元気な鳴き声をあげた。
「よろしくね。……今度はレシーにもお嫁さんが見つかるといいね」
上機嫌のフレディがレシーの頭をなでる。
「よければまたご一緒してね。お2人がいると動物が懐いてくれて本当に調査しやすいから」
反応に困って苦笑するエルレイルと、やはり相変わらずの無表情なジュダに構うことなく、フレディは屈託なく微笑んだ。
<了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【1349/エルレイル・ナレッジ/女性/18歳(実年齢18歳)/稀少生物保護官】
【2086/ジュダ/男性/29歳(実年齢999歳)/詳細不明】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、ご発注、まことにありがとうございました。
今回は、フレディのお相手、ありがとうございました。素敵なPC様とご一緒できて大変嬉しかったです。
エルレイルさんの優しさや愛らしさ、動物に対する温かな心をうまく描写できていればと思います。
それにしても、実はフレディはナンパ師じゃなかろうかという気にもなってきた今日この頃です。
これに懲りずに、また遊びに来て頂ければ嬉しいです。
今回は、お2人に別々のノベルを納品しています。
微妙な違いですが、お気が向かれましたら、お暇な折りにでも両方に目を通して下さいませ。
PC様のイメージと違うようなところがあれば申し訳ありません。とまれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。
それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。
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