<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


レセン島探訪記 〜密林密猟調査紀行〜

 聖都エルザード。ソーンの世界の中でも、最も活気あふれるこの都には、世界中から、時には異世界からさえ様々な人間が集まってくる。
 一攫千金を夢見る冒険者や、新たな知を希求する学者、自らの腕を試したい職人たち。そして、それを相手によからぬことをたくらむならず者たちまでも。そんな清濁伴った喧噪溢れる都の片隅では、時に事件が起こることもある。
 折しも、人通りの少ない通りで、1人の男が銀髪の少女を乱暴に突き飛ばしたところだった。彼女が悲鳴を上げてよろめいた隙に、男はその手から何かを奪い取って走り出す。
 それを遠目に見て、ジュダはわずかに瞳を細めた。ひったくりならさほど珍しいことでもない。が、あの男が奪って行ったものは生き物ではなかったか。
「返して下さい! その子は……」
 連れらしき金髪の貧相な男がおろおろする横で、少女は必死に起き上がり、男の後を追い始めた。
 無用な世話を焼くのを好むわけではないが、あの男の所業はあまりに感心できない。ジュダはすっとその場から姿を消した。

「うわっ」
 その男は尻餅をついたまま呆然とジュダを見上げた。
 まあ、いきなり軍服姿の長身の男が目の前に現れ、避けようもなくぶつかって転倒したのだから無理もないのだろうが。
 ジュダはそれを冷ややかに見下ろすと、男の手から奪い返したものへと視線を移した。
「クー?」
 それはきょとんとした顔をして、人なつこい瞳をジュダへと向けた。そして助けられたと悟ったのか、それとも例によってジュダの体質故に懐いてきたのか、その頬をジュダの胸元へとすりよせた。
「首長竜か……。陸上でも生息可能とは珍しい種だな」
「……てめぇっ! 何しやが……」
 ようやく我に返ったらしい男が、ジュダに向かって怒鳴りつけたが、ジュダが再びひと睨みすれば、その声は中途半端に消えていった。
「レシー!」
 そこへ先ほどの少女が駆けつけた。銀髪の間から三角の獣に似た耳が覗く。稀少な半獣人の一種、霊獣人の特徴だ。
「これはお前の連れか?」
「は、はい……」
 ジュダの問いに、少女はゆっくりと頷いた。レシーというらしい首長竜は、嬉しそうに甘え声を上げる。ジュダは無造作にそれを少女に返した。
「ありがとうございます」
 少女が心底安堵した顔で礼を言うその隙に、足元にうずくまっていたままの男が慌てて逃げ出した。ジュダがそれをちらと視線だけで追うと、今度は先ほど少女と一緒にいた金髪の青年が息を切らしながら姿を現した。
「別に礼を言われる程のことでもない」
 短く言い置いて去ろうとすると。
「あ、待って下さい!」
 少女が慌てた様子で呼び止める。
「私、稀少生物保護官のエルレイル・ナレッジと申します」
 ジュダがゆっくりと振り返ると、少女はまず名乗りを上げた。そして、傍らの金髪の男を軽く振り返る。
「生物学者のフレディさんと、これから希少な生物が生息しているという無人島に調査に行くのですけれど、よろしければ一緒に来て頂けませんか?」
 何でも、この少女と青年は無人島へ生物の調査に赴くところらしいのだが、何分変わった生物が多いので密猟が心配なのだという。けれど、そういう事態に遭遇しても、この2人ではとても密猟者に対抗できないので、同行する冒険者を探していたところらしい。ちょうどその時、ジュダに出会ったというのだ。
「そういうことなら」
 正義感を振りかざして乗り込みたいわけではないが、頼まれたなら断る理由もない。ジュダが短く承諾すると、エルレイルは少し困った顔をして首を傾げた。
「ありがとうございます。えーっと、あの、お名前は……」
 確かに呼び名がなければ不便なこともあろう。
「ジュダ」
 ジュダは表情ひとつ変えずに、自分の名を告げた。

 聖都にいるうちは穏やかに晴れていた空も、島に近づくにつれて雲が多くなり、上陸する頃にはしとしとと雨が降り始めた。
「雨のレセン島って初めてだけど、悪くないねぇ」
 灰色の空を見上げ、フレディが呑気に言う。
「そうですね。生き物たちも雨の日には雨の日の姿を見せることでしょうし」
 エルレイルもそれに頷いた。ジュダはそれを耳だけで聞きながら、周囲を見回した。一見何の変哲もない島に見えなくもないが、砂浜に磯、岩山に密林と、ずいぶんと様々な地形を一カ所に凝縮しているような印象も受ける。これなら奇妙な生物が生息していたとしてもおかしくないだろう。
「密林というのはあれか?」
 雨に煙る空の下、うっそうとした緑の塊に目を留めて、ジュダはそれを指差した。
「ええ、そうです、ジュダさん。……ところで」
 それに答え、フレディが軽く首を傾げた。
「ジュダさんだけ雨に濡れていないように見えるんですけど、気のせいですか?」
 言われて見ればフレディの洋服はまだらに染まり始め、エルレイルの繊細な銀色の前髪の先には、透明の雫が垂れている。その腕に抱かれたレシーの皮膚にも、いくつのかの水玉が浮いていた。
「……さあな」
 短く答え、そのまま足を進めようとして、けれどもジュダは一度足を止めた。
「これでも着ていろ」
 雨よけの外套を具現を用いて出すと、2人にそれを投げ渡す。
「あ……ありがとうございます」
「ジュダさんも用意のいい人ですねぇ」
 エルレイルは戸惑いに目を瞬かせながら、フレディは感嘆の溜息をもらしながらそれを受け取った。フレディが「も」と言うあたり、既に彼は誰かと探索を共にしているのだろう。それが誰かは察しがついたが、わざわざ確認することでもない。
「では、行くか」
 2人が外套を身につけたのを確認すると、さっさとジュダは足を進めた。

「ここが……」
 密林の入り口に立ち、エルレイルがぽつりと呟く。
「……秘境、か……」
 それはまさにジュダの呟きを体現するかのような光景だった。
 つる性の鮮やかな緑が、絡まり、よじれ合いながら思い思いの方向に伸びていく様は、あたかも人智の及ばぬものの意志が働いて、見知らぬ者の進入を拒んでいるかのように見えた。
「だが……潜在的に最も脅威となりしは時に『人』でもあるがな……」
 他の2人には聞こえない程の小さな声でそう続け、ジュダはその黒い視線をすっと滑らせた。
 不穏な気配がする。おそらく密猟者だろう。聖都でレシーを狙った男の一味かもしれない。
「濡れているから足元に気をつけてね」
「はい。……この森にはどんな生き物が住んでいるんでしょうね」
 が、エルレイルもフレディもそれに気付く様子もなく、ただ未知の生物との出会いの期待に胸を躍らせているようだ。
「さて、行くか。こちらの方が道がよさそうだ」
 ジュダは、さりげなく密猟者から狙撃しにくい場所へと2人を誘導し、自分は最後尾についた。

「静か、ですね……」
 密林の中を歩きながらエルレイルが口を開いた。
 雨だれが植物の蔓を打つ音が、あちこちから清浄な音を響かせる。が、それがかえって静けさを引き立てているようにも思えた。
「動物さんたちも雨宿りしているのでしょうか」
 周囲を見回し、そう続けるたところで。
「あら?」
 足元に、白いウサギのような動物を見つけ、エルレイルがかがみ込んだ。フレディの注意もそちらに向いた隙に、ジュダは素早く姿を消す。
「なっ……」
 その男は、突然目前に現れたジュダの姿にびくりと身体を震わせた。その手には、エルレイルに狙いを定めていたボウガンが握られている。
 が、次に男が何か言葉を発する前に、その頭の上に石が降ってきた。もちろん、ジュダが具現で作り出したものだ。ごちん、と鈍い音を響かせて、男はその場に昏倒した。
 運が良ければこの島から生きて出ることもあるだろう。ジュダは冷ややかに男を見下ろすと、再び2人の元へと戻った。
「意外と獰猛なんだ。びっくりしたよ」
 どうやらフレディがウサギのような動物に手を出して噛まれかけたところらしい。彼は、ぱちぱちと目を瞬きながら呟いている。
「この密林の中では白は保護色にならん。捕食者の側と考えるのが自然だろう。単体ではなく群れを組んで狩りをするのだろうな」
 おもむろにジュダは口を開いた。生態自然地学等の研究をしていたのは、もう8千年も前。それでもその頃の知識や経験、観察眼は身に付いたまま失われたわけではない。
「ああ、なるほど。言われて見れば! ジュダさん、詳しいですね」
 感心した様子で、ぽん、とフレディが手を叩く。と、その横をウサギがするりと通り抜け、ジュダの方へとやってくると、慕わしげにその身をすり寄せた。またか、とジュダは内心苦笑する。これは体質というべきか、ジュダはやたらと動物に好かれるのだ。
「あら、この子、ジュダさんのこと気に入ったみたいですね」
 エルレイルはにこりと笑った。
 と、隠れていたウサギが次から次へと現れてジュダにすり寄ってくる。
「うわぁ、ジュダさんモテモテですね。えっと、そのまましばらくじっとしてて下さいね」
 フレディは歓声を上げると、ウサギたちがジュダに夢中になっているのを良いことに、スケッチとメモをとった。ついでに、手近な一匹の耳や尻尾をめくってみたり、目を覗き込んでみたりもしている。
「けれど、この毛皮は、欲しがる人が出そうですね……。気をつけないと」
 エルレイルもまた、せっせと自分用に記録をつけながら呟いた。
「それにしてもいいなぁ。2人とも動物が懐いてくれるんだもん。傷つけたりする心配なく調査し放題だよね」
 それまで動かしていた手を止めて、フレディが羨望まじりに溜息をつく。
「……終わったのか?」
 ウサギに囲まれ、身動きのとれなくなっているジュダは憮然と口を開く。
「あ、はい。一応は」
「なら行くぞ」
 ジュダが一歩足を踏み出せば、ウサギたちは名残惜しそうにしながらも、ジュダから離れた。それでも一塊にかたまって、いつまでも3人を見送っていた。

 その後も、近くにいる動物たちの引き寄せ役をしながらも、ジュダはエルレイルとフレディが調査に夢中になっている隙を縫っては、密かに密猟者たちを片付けていった。おかげで、2人は自分たちを狙う目に気付く様子もなく、着々と調査を進めているようだった。
「羽のついたトカゲ、耳が翼状になっている犬、緑色の地にピンクの大きな水玉模様の入った巨大蛇……。どれも稀少なものばかりですね」
 雨でインクが滲みがちな調査記録に目をやり、エルレイルが呟いた。
「そうだね……。でもこうやって振り返ってみると、ここに住んでいる動物ってキメラ的なのが多いね。水の中には半分魚で上半身は獣みたいな動物もいたし」
 フレディはすっかりほくほく顔になっている。
「それにこの植生……。これもまた珍妙な。小動物まで獲物にするような食虫植物といい、強い毒を持つ花といい、獣もそうだったが、食物連鎖が逆転しているな」
 ジュダは軽く眉を寄せ、周囲を見回した。独自の生態の秘密はここにあるのでは、と生命の揺り篭たる密林自体に注目していたジュダだったが、その異様さを目の当たりにすれば、自然と1つの疑念がわいてくる。
 キメラ化した動物。動物を狩る植物。か弱いウサギは牙を得て狩りをし、巨大な大蛇は保護色に護られておとなしく果物を食む。本来は弱い生物が戦う術を得、獰猛な生物がその牙を抜かれている。ここに何らかの意図がはたらいてはいないのだろうか。
「でも、それなりに生態系は安定しているように見えます。もちろん、長期的に調査しないと確実なことは言えませんが……」
 ジュダの言わんとすることを察したのだろう、そう言葉を返したエルレイルだったが、ふとその耳を立てた。可憐な顔立ちが、険しいものへと変わる。
「何か……鳴き声が聞こえます。助けを求めてる……?」
 呟きながら、エルレイルはさらに耳を澄ませているようだった。
「こっちです」
 言うや否や、エルレイルは植物をかき分けて駆け出した。
「あ、待って、エルレイルさん」
 慌ててその後をフレディが追う。
 その隙にジュダは素早く周囲を伺った。殺気を感じてすぐさまそちらへと移動する。
「うわっ」
 どこかを目指していたらしい男はぎょっとして立ち止まった。その手にはやはりボウガンが握られている。間違いなく密猟者の一味だ。
 問答無用で男の上に具現の岩を落とし、ジュダは男が目指していた先を見遣る。エルレイルたちが駆けて行った方向だ。おそらく、密猟者が仕掛けた罠でもあるに違いない。ジュダはそのまま姿を消し、エルレイルたちのもとへと移動した。
 案の定、エルレイルたちは罠にかかった獣を見つけていた。猿に似たその動物の額には一角獣のような角があり、背中には亀のような甲羅を背負っている。
「やはり、密猟者が入り込んでいるな」
 2人に告げながら、ジュダは獣の足に食い込んだ鋼の罠を外した。
「痛かったでしょう? もう大丈夫ですよ」
 エルレイルは優しく声をかけ、獣を抱き上げた。肩の上に乗ったレシーも「クー」と心配げな声をあげる。
 エルレイルはしばし目を閉じて特殊な空間を展開させると、そのまま獣の手当を始めた。稀少生物保護官というだけあって、その手並みはかなりのものだった。
 と、そこへばきり、と太いつるを踏みしめる音が響いて、数人の男が姿を現した。どうやら密猟者たちが罠を見に来たらしい。いかにも、というような悪人面をしたその手にはそれぞれボウガンが握られている。中には、一度ジュダがのした顔もあった。運良く仲間に回収されたらしい。
「よくも俺たちの邪魔をしてくれたな」
 リーダーと思しき男が憎々しげに3人を睨みつける。
「邪魔も何も、こんな酷いことを!」
 気丈にも、エルレイルが言い返した。フレディはこんな時にもおたおたとエルレイルと男たちを見比べている。
「まあいいさ。イカレた動物だらけのこの密林の中じゃ、死体も残らない。無人島に行って帰って来なくても、誰も疑ったりしないだろうさ。狩りはその後でゆっくりすればいい」
 男が口元に歪んだ笑みを浮かべると、周囲の取り巻きたちがいっせいにボウガンを構えた。
「ほう、貴様、いいことを言ったな」
 それまで黙っていたジュダがおもむろに口を開いた。
「あ?」
 眉をひそめそう言った男が、次の瞬間には目を見開いた。密林の木々の合間から、無数の動物たちが顔を出していたのだ。エルレイルとジュダの危機を察したらしい、その顔は一様に男たちを睨みつけていた。男たちの顔からみるみる血の気が引いていく。
「確かにここじゃ死体は残らん」
 そのジュダの言葉で、一斉に動物たちが男たちに飛びかかった。獣たちが体当たりを喰らわせ、ひっかき、かみついて男たちの動きを封じた後は、巨大な蛇がその身体で悠々と男たち全員を締め上げた。
「動物さんたち、もういいです……」
 エルレイルが言うと、動物たちは静かに男たちから離れた。その視線は油断なく男たちに注がれたまま。
 が、すっかり戦意を失った男たちは力なく地面に崩れ落ちただけだった。

「本当、今日はすっごく調査が進んだよ。密猟も阻止できたし、2人とも本当にありがとう」
 聖都へと戻り、密猟者たちを兵士に突き出した後で、フレディはにこやかに2人に手を差し伸べた。
「今回はあれで済んだが、島が人に知られればまた密猟者が増えることになる。調査も良いが、密林全ての命を護る為の対応策も練った方が良い」
 ジュダの言葉に、フレディは頷いてエルレイルの方を伺った。
「そうですね。そのことなら、エルレイルさんに」
「ええ、今回の調査をまとめ、保護対象とするよう、王家に申請しておきます」
 エルレイルが言えば、レシーも元気な鳴き声をあげた。
「よろしくね。……今度はレシーにもお嫁さんが見つかるといいね」
 上機嫌のフレディがレシーの頭をなでる。
「よければまたご一緒してね。お2人がいると動物が懐いてくれて本当に調査しやすいから」
 反応に困って苦笑するエルレイルと、やはり相変わらずの無表情なジュダに構うことなく、フレディは屈託なく微笑んだ。

<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1349/エルレイル・ナレッジ/女性/18歳(実年齢18歳)/稀少生物保護官】
【2086/ジュダ/男性/29歳(実年齢999歳)/詳細不明】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、こんにちは。ライターの沙月亜衣と申します。
この度は、ご発注、まことにありがとうございました。

今回は、調査陣の護衛役をありがとうございます。ミステリアスというよりは、ややおとぼけキャラになってしまった部分が悔やまれる部分ではありますが、書き手は非常に楽しませていただきました。ありがとうございます。
あの密林のナマモノたちに愛されながら、人知れずの護衛は大変なご苦労だったと思います。これに懲りずに、また遊びに(?)来て頂けたら幸いです。

尚、今回はお2人に別々のノベルを納品しています。
微妙な違いですが、お気が向かれましたら、お暇な折りにでももう1つのお話に目を通して下さいませ。

PC様のイメージと違うようなところがあれば申し訳ありません。とまれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。ご意見等ありましたら、遠慮なくお申し付け下さい。できるだけ真摯に受け止め、次回からの参考にさせて頂きたいと思います。

それでは、またどこかでお会いできることを祈りつつ、失礼致します。本当にありがとうございました。