<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
例えばこんな冒険譚
酒場にてルディアを引き止めて、まるで子供のように瞳を輝かせながら話をしている青年−コール。
キング=オセロットは白山羊亭に足を踏み入れるやその姿を発見し、薄く紫煙を吐きながらコールの元まで歩み寄る。
「先日はありがとう」
オセロットは椅子に座っているコールを見下ろして微笑する。
コールは呼ばれた事に気が付き、顔を上げるとぱぁっと顔を輝かせてオセロットの名前を呼んだ。
「新しい話を考えたそうだが、今回も良いかな?」
「いいよ!」
そしてコールはルディアにも話した今回の話の冒頭を話し始めた。
炎の山−フレアランス。
フレアランスに、1匹の獰猛なサラマンドルが住み着き、近隣の村々を炎へと包んでいっていた。
サラマンドルが住み着いてから、フレアランスはその働きを思い出したかのように噴火が続き、その熱い空気を世界中に吐き出す。
森だった山の周りも一切が枯れはて、今では荒野が広がるばかり。
人々は、サラマンドルを倒す勇者を待っていた。
「それ、新しい、物語……?」
1人テーブルに付こうとしていたアレスディア・ヴォルフリートは、コールの声に気が付き、カウンターに歩み寄る。
「その話に、私もまた、加えていただけるかな?」
勿論! と、コールは屈託なく笑い返す。
(なんでしょう?)
独特のテンポで白山羊亭の入り口を潜ったシルフェは、やけに人だかりが出来ているカウンターに首を傾げる。
「お! 今日も居るねぇ」
「……!!?」
そんなシルフェの後からぐいっと顔を出したオーマ・シュヴァルツの出現に、驚きに瞳を大きくしてきょとんとしている。
「これも縁だ! 嬢ちゃんもこいや」
「え? はぁ」
気があるんだかないんだかよく分からない返事を返したシルフェだったが、そんな事には気にもせずオーマはコールに向けて大きく手を振った。
コールもそれに気が付き、手を振り返す。
そんな賑やかになっていく一箇所に、また興味を持った人が1人。
ステージ上のレピア・浮桜は、踊りも早々(しかし完璧)に終らせると、ルディアも混じるその一団へと足を向けた。
「何の話?」
レピアはこっそりとルディアに問いかける。
すると、ルディアは事の起こりをかいつまんで説明してくれた。
「ふぅん」
普段はエルファリア別荘で石像になっている自分だが、たまにはこういうのもいいんじゃないかと、話に参加してみる事にする。
「そうだなぁ、どんな役がいい?」
ニコニコと問いかけるコールに、一同は一度顔を見合わせ、
「魔王なんて、どうだ?」
にかっと笑うオーマに、コールは一度何かを考えるように瞳が弧を描き、うんうんと頷く。
「役職は、前回の引き続きで、いいじゃないかな」
「うん、分かった〜」
オセロットの言葉に、またコールはうんうん頷く。
「今回は……サラマンドル退治なら……私は、人を護りたい。例え、物語の中でも」
苦笑気味に答えたアレスディアに、コールは任せといて! と、にっこり微笑む。
そしてワンテンポ遅く、まるでやっと話を理解したと言わんばかりに、シルフェは口を開くと、
「わたくしは、水操師ですし、癒し手…でしょうか」
「そうだね、冒険に回復役は必要だよね!」
と、あっさりとシルフェの役も決まったらしく、視線受けたレピアは、
「囚われのお姫様とか…」
レピアが口にした一言で、コールは何かを思いついたのかポンと手を叩くと、しばらくして意気揚々と話し始めた。
【アンハイドの王女】
机に顔を伏せて泣き崩れている女性。
アンハイドの王女である女性は、サラマンドルを静めるために生贄として贈られる事になっていた。
「大丈夫」
レピアは泣きはらし真っ赤になった瞳で顔を上げた王女に力強く微笑みかける。
「あたしが王女に代わってフレアランスに行って、サラマンドルを倒してあげるから」
幼い頃から剣技を修めてきた自分だ。簡単にやられたりはしない。例え適わなくても少しでも攻撃が効くのなら、この国を守るためレピアは刺し違う覚悟でサラマンドルに挑む気でいた。
「でも、レピア!」
王女もそれが分かったのか、レピアに向けて声を張り上げる。
しかしレピアは大丈夫とウィンクして、王女の衣装を身に纏った。
「何であんたが居るんだ?」
フレアランスの麓の小国であるアンハイドのカフェで、足を組みながら珈琲を飲んでいるのはオセロット。先日王政が廃止されたばかりのアフェランドラからなぜこんな辺境の小国へ来ているのか。
「あなたこそ、ご苦労な事だ」
声をかけられ答えた先の男性。青味がかった黒髪を持った褐色の肌のオーマは、実は人間ではない。
どちらかというと確かもっと南の方を統治している魔王だった気がする。その彼が何故こんな所へ駆り出されて来ているのか。
「理由を聞くなら先ず俺が話すのが礼儀だな」
オーマはそれだけ言うと、なぜか立ち上がりオセロットに向かって何処から取り出したのか分からないマイクなどを手に持ち、
「確かに此処は俺の親父愛マッスル桃源郷範囲じゃぁないが、サラマンドルだって腹黒イロモノ☆火竜である事には変わらねぇ。噂を聞きゃぁちぃっとばかしやんちゃだが、俺んとこ来ればプリティー親父腹黒火竜になれるはずだぁ!!」
「ほぅ…そうか。要するに引き取りに来たわけだな」
しかし、そんなオーマ大演説も、オセロットにさらりと交わされ、オーマはがっくりと肩を落とした。
オセロットはかちゃりとソーサーにカップを置くと、オーマも話したのだから自分も話すべきだろうと口を開く。
「私の守るべき人々が、サラマンドルの餌食になったらしいと報告を受けたのでな」
それだけ(と言ってしまっては失礼だが)の事で、隊長自ら出向くなど、どれだけ国民が愛されているかが分かる。
しかしそれならばオーマもオセロットも直ぐにでもサラマンドル退治に出向けばいいのだが、それをしない。
それもそのはずだ。
この街へ来る前、それぞれの故郷で聞いていたサラマンドルの話が、この街へ来ることで確実性を増し、更につい先日この国の王女が生贄にと捧げられたと言うのだ。
それだけならば魔物と人族との間の取引でよくある話しであると納得できるが、確か名をレピアとか言う王女はサラマンドルに勝負を挑み、石像と化してしまったと言う……
要するに、サラマンドルには石化の能力があると言う事。
(しかし、確かサラマンドルとは―――)
ぐっと珈琲を口に運び、オセロットは瞳を細くする。
サラマンドル――それは火精霊であり、火竜の事をさす。
どんな生き物、そうリンクスなどは獲物はむやみに追いかけず、足音を忍ばせ時に待ち伏せし、獲物を一撃でしとめるという方法を取る。それは、サラマンドルも同じではないのだろうか。
しかし、実際は人を襲い、今では石化の術まで使う。
オセロットが知っているサラマンドルとは何か、違う気がする。
「なんだかなぁ」
ぼりぼりと頭をかいて、どかっと椅子に座りなおしたオーマは、目の前の溶けかけたパフェに長いスプーンをぶっさして、空を仰ぐ。
分かり合おうと思っても言葉が通じなければそれも叶わない。
眼を見れば通じ合えるなど、本当は…幻想なのだ。
オーマだって今の地域の王足りえるには沢山の葛藤があり、いろいろと傷つき、拳をあわせる事で分かり合えた事もある。
今はフレアランスに身を置き人々に害をもたらしているサラマンドルだが、きっと何か事情があるはず。それを見つけなければ解決には至らない。
2人は今、それぞれの対応策と解決策を練っている最中だった。
アレスディアの後にぴったりとくっ付いて歩いてくるのはシルフェ。
シルフェは眉を八の字にゆがめ、先を歩くアレスディアに置いていかれないように長いスカートを上手く捌きながらちょこちょこと付いていく。
とうとうアレスディアは大きく一度溜め息をついて立ち止まると、ゆっくりとシルフェに向けて振り返った。
「本当にいいから、ね?」
実家に帰るんじゃ無かった…と、アレスディアは後悔しながら、自分を見上げるシルフェに声をかける。
「このまま私と一緒に来たら、シルフェが怪我してしまうかもしれない。それが私は嫌なんです」
幼馴染の彼女は生まれつき法力を有しており、僧侶として癒しの力を修めていた。
親の頼みもあったにしろ、今は心誓士として世界を旅するアレスディアにくっ付いて、結局アンハイドまで一緒に来てしまった。
「だったら、アレス様の怪我は、誰が治すんですか?」
私だって、怪我をして欲しくない。と言われては、アレスディアも返す言葉が見つからず、ただ肩を落とす。
やれやれこの幼馴染様は…と、どこか嬉しくも思いながら苦笑いを浮かべてアレスディアは振り返る。
当のシルフェは、むっと揺るがぬ決意を秘めた表情でアレスディアを見つめていた。
何でも屋や傭兵紛いの事も行っているアレスディアは、今回偶然にもこのアンハイドを訪れ、サラマンドルの噂を聞く。
何か力になる事はできないだろうか?
このアンハイドの国であっても、かなりフレアランスに近いと思うのに、この場所以上にフレアランスに近い村や町が存在し、その幾つかはサラマンドルに消されてしまったという。
アレスディアは聳えるフレアランスを見上げ、その頂上からマグマではない湯気が立ち上っている姿を見る。
サラマンドルが吐く熱い吐息が山から見えているのだ。
人々を守りたい。その思いで、アレスディアはサラマンドルに挑む決意をする。
そしてシルフェにまた同じ言葉を繰り返し「帰りません!」と、怒り顔で怒鳴られた。
☆
フレアランスの入り口で、結局のところの解決策を見つけられずにオーマとオセロットは山頂へと続く洞窟の入り口へ来ていた。
「あなた方も、サラマンドルを退治に…?」
むっとした表情で意地でも帰りませんと言わんばかりにシルフェを腕にくっ付けたアレスディアは、先に洞窟の入り口にたつ2人を見つけ、声をかける。
「そういう嬢ちゃん達は…その口ぶりだと、サラマンドル退治か」
オーマはアレスディアとシルフェを見下ろし、オセロットはただ視線だけをそちらへと向けた。
「アンハイドの国の者か?」
それならば石化されたと噂の王女を助けに来たとしてつじつまが合う。しかし、アレスディアの口から出た言葉は、
「いいえ。私は人々を護るために、自ら志願して此処に来ました」
その瞳の光に、偽りも曇りもない。
オセロットは毒気が抜かれたようにふっと笑うと、
「酔狂な人だ」
だが、アレスディアにはそんな様子のオセロットの方が不思議で首を傾げる。
「そんな事ないですよ。私の力で人々が守れるなら、これほどうれしい事はありませんから」
そう口にすると、そっと首から掛かる十字架をぎゅっと握り締める。
今この場で出会ったのも何かの運命だろう。
一同は共に行く事を決めると、名を名乗りあった。
「2人で此処へ来たということは、勝算でもあるのか?」
どう考えても戦士と言うには頼りないアレスディアと、魔法師としては少々頼りない面持ちのシルフェ。
「わたくし僧侶ですので、石化といった呪いの類は防いでみせます」
「それは心強い」
治癒や祈りの力を使える僧侶の存在は、時にその戦いの勝敗に繋がる。
「オセロットさん達は、石化の対策が?」
それは…と、口を開こうとしたオセロットを遮るようにオーマは一歩前へ出ると、
「そんなもの俺の腹黒マッスル大筋肉★には効かねぇさ」
ポーズを決めて歯がキラーンと輝く姿に、一同無言になり、すぐさま話の輪を戻す。
「俺は無視かー! しくしくしく……」
わざとらしく泣きまねしながら、ぴくぴくっと耳を動かして3人の会話を耳に入れる。
「待った待った! サラマンドルは倒さねぇでくれねぇか?」
元々から自分の支配地域へと連れて行こうと思っていたオーマは、完全に倒す算段で話を始める3人に言葉を挟む。
「そう言えばそうだったな」
わざとらしく今思い出したと言わんばかりの口調でオセロットが答え、その続きをきょとっと首をかしげたシルフェが続ける。
「なら、程々に弱らすという事で?」
「あ…いや」
出来れば無傷と言いたい所であったオーマだが、此処まで人々に被害を与え暴れまくるサラマンドルを無傷で押さえられるなどとは思えずに、仕方ないと肩を落とす。
「レピア王女も助けられるといいですね」
生贄をなり果敢にもサラマンドルに戦いを挑み、その呪いによって石像と化してしまった、美貌の王女。
だがアンハイドの人々は、無謀にもサラマンドルに牙を向けたせいで、火竜は怒りは収まらず、村や森が消えていっているのだと思い込んでいた。
しかし、それでは少々辻褄が合わないかもしれない要素が転がっている。
レピア王女を運んだ御車の運び手が見つからない事。
この先のサラマンドルを倒す為の策を国民が知らない事。
そして―――
王女と親しい冒険者の姿が見えないという噂。
(サラマンドルを倒せば分かるか)
実際遠い過去に出会った王女の顔など思い出せないし、本当かどうかなど先に詮索しても仕方がない事だ。
「思うんだがな」
やけに神妙な顔つきでオーマは口を開く。
魔物は人族と比べて見た目が異形であったり、異常に魔力が高かったりするだけで、中身はさして人と変わらなかったりする。
だから、
「理由があると思うんだ、俺は」
無闇に暴れるような、そんな非効率な事はしない。それにサラマンドルが石化の力を使うなどという話しは聞いた事がない。
「やけに、サラマンドルの味方をするんですね」
客観的に見れば魔物は人の敵。そして、魔王であれど人に近い姿を持っているオーマをすっかり人だと信じてシルフェはなぜだと問いかける。
「ん? おうともよ、俺ぁ南の親父魔王だからな!」
にっと笑って答えたオーマの言葉の内容に、驚きに瞳を大きくしたのはアレスディアで、当のシルフェはきょとんと首を傾げると、
「南の…親父さんですか」
と、斜め右方向に理解した。
もうその動きを完全に停止させてしまったはずのフレアランスの山肌は、サラマンドルが住み着いた事で熱く湯気を発していた。
御車も使ったであろう火口までの洞窟を進み、サラマンドルが眠る山頂を目指す。
一本道の洞窟は一同を程なくして目的地へと導いた。
「止まれ」
出口の端で足を止め、火口から差し込む光で出来た洞窟の影に身を潜める。
そっと伺うように顔を覗かせれば、赤い鱗の竜が1匹丸まって眠っていた。
流石竜1匹が住処に出来るだけの事はある。
フレアランスの火口はかなりの広さを有し、広いとは言えないが顔を上げれば小さな空を望む事が出来た。
「シルフェは危ないからここに居てくださいね」
アレスディアは十字架に唇を寄せ、呪文を唱える。
程なくしてアレスディアの手に細身の剣が現れた。
「防御の術ぐらいは使えます!」
言うと思ったと言わざるを得ない答えにアレスディアは苦笑いを浮かべる。
「シルフェはシルフェで好きに動けばいい。しかし、自分の身は自分で護れ。それならいいだろう」
オセロットは腰の剣を抜きながら、眠るサラマンドルだけをその視界に入れて、そう言い捨てる。
シルフェはそんなオセロットの言葉に、分かりましたと頷いてぎゅっと拳を握り締めた。
やはりどこか煮え切らないオーマだが、どちらにせよ相手を知るには本気で相手にぶつかって見るのが一番手っ取り早いと、ゆっくりと外へと歩き出す。
「おい! オーマ!」
洞窟から1人歩み出たオーマに向けて静止の言葉を叫ぶ。
だが、オーマはサラマンドルの目の前まで歩くと、その地面に下りた頭に向けて叫んだ。
「サラマンドルよ! 俺と来ないか!?」
オーマの声にぴくっと瞳を開けたサラマンドルは、その前足をオーマの上に振り下ろした。
土煙が辺りに立ち込める。
「っ…行くぞ!」
「はい!」
掛け声と共に剣を構えたオセロットとアレスディアがサラマンドルに切りかかる。
キイィィ…!
と、一声鳴いたサラマンドルは、オーマに向けて振り下ろした前足を上げようと体制を変える。
が、
「「!!」」
「俺はぁ死んでないぞー」
ぐっと服や髪の所々に土をつけてサラマンドルの前足を持ち上げる――いや、振り上げないように掴んで立ち上がる。
「そのまま持っていろ!」
「は?」
まぁ仮にも魔王であるオーマが簡単に死ぬとは思ってなかったが、不可抗力とはいえサラマンドルの攻撃の手段が減った事は好機と言えるだろう。
アレスディアはその身軽さを生かして軽く地面を蹴り、サラマンドルの尻尾を駆け上がる。
後から迫るアレスディアに気を取られている隙に、オセロットはサラマンドルの正面へと走りこむと、オーマが支える前足を踏み台にして洞窟の側面を蹴り、真上から剣を振り下ろした。
「っくぅ!」
硬い鱗は剣を弾き、オセロットは逆に手に響いた痺れに顔を歪める。
ドスン…と音を鳴らしてオーマはサラマンドルの前足を解放すると、パンパンと服を払う。
(ん?)
なにやらオーマに向けられる大きな視線を感じる。
「大丈夫ですか!? アレス様」
シルフェの声にハッとして辺りを見れば、身震いしたサラマンドルに飛ばされたアレスディアに、シルフェが駆け寄っていた。
「あぁ平気だ」
衝撃で十字架に戻ってしまったペンダントを拾い上げる。はっと顔を上げると駆け寄るシルフェに影を落とし、サラマンドルがすぅっと息を吸い込んだ。
「シルフェ!」
庇うように腕を引くが、シルフェはきっと瞳を鋭くしてサラマンドルに振り返り、両手で一度祈りの形を取り、すっと両手を差し出した。
1箇所に注意を向けていれば、他の場所の注意は散漫になる。
オセロットは、その首元に剣を振り下ろすが、
「流石硬いな…!」
そのダメージはむしろこちらへと蓄積しているように思えた。
結界の祈りによってサラマンドルのブレスは2人に届く前に消えうせる。しかし、結界の祈りで護られなかった岩肌は、無残にも熱で溶けてなくなっていた。
そしてまた、オーマに向けて感じる視線。
これは誰のものか。
はてさてとコキコキ首を鳴らすと、ばっちりサラマンドルと視線がかち合った。
(おやぁ?)
オーマはひやりと口元を歪めると、余裕綽々の笑いを浮かべて、
「こらぁ! サラマンドルゥ!!」
と、びしっと指を差す。
これには流石の一同も、驚きにその動きを止めた。
「こ、こらオーマ! 挑発するな!」
「何やってるんですか? オーマさん!?」
「危ないですよ。オーマ様!」
3種3様の叫びを受けて、それでもオーマはその笑いを崩す事無く真正面からサラマンドルを見据える。
サラマンドルは、すぅっと息を吸い込み先ほどアレスディア達に吹き付けたブレスを放つ準備を始めているようだった。
「まぁシールドを作ってもいいんだがなぁ」
それでは、サラマンドルを全力で受け止めた事にはならない。
「これでも南の地を統括する魔王様に、こんなブレスが効くと思うなよぉ!!」
満を持したと言わんばかりに、サラマンドルは業火のブレスを吐き出す。
オーマは、にやり笑顔で仁王立ちにのまま、それを真正面から受け止めた。
「「「オーマ!?」さん(様)!!」」
流石の魔王も辺りの山を溶かすほどのブレスに耐えられないのではないか? と、一同はその名を呼ぶ。
しかし、そのブレスの中、オーマはきっと瞳を鋭くすると、徐に口を開いた。
「我が侭もいい加減にしろ甘えん坊がぁ!!」
その山を震わせるほどの大声に、サラマンドルは口から吐き出したブレスをぐっと飲み込んだ。
オーマの一喝でしゅんと身を小さくしたサラマンドルは、まるで拾ったばかりの子犬のようにオーマの頬にすりよる。
はっはっは! と、親父笑いでそれの答えた頬からジュッという音と焦げ臭い匂いがしたのはきっと気のせいじゃない。
しかし、完全にオーマに懐いているサラマンドルに、オセロットを初め、アレスディアもシルフェもただただ微笑を漏らす。
「オーマ様、お怪我の方治しましょうか?」
先ほどのオーマの叫びも唯の自称と思い込んでいるシルフェは、手の平に癒しの光を集めて、オーマの頬に触れる。
が―――
「ヤ、ヤメヤメヤメ!!!」
法力を持つものなら誰でも使う事が出来る初期治癒法術に、オーマは盛大に身をのけぞらせて避ける。
人族に優しい流石の魔王も、神の力を行使する法術には俄然弱いらしい。
突然逃げ出したオーマに、疑問符を浮かべながら逃げる者は追わねば精神で追いかけ始めたシルフェを、アレスディアは苦笑いで見つめる。
しかし、ふとアンハイド中が騒ぎになった、あの話を思い出し、山の中を見回した。
「石化されてしまったという王女様はどこでしょう」
きょろきょろと辺りを見回すアレスディアに気が付いたオセロットは、山肌を撫でるだけで簡単に火が付いた煙草をふかしながら、同じように辺りを見回す。
「横穴などあったか?」
横穴と呼べるものがあるとすれば自分達が此処まで来るために使った入り口のみ。それ以外に何か保管をしておくような部屋を作ってあるようには思えない。
「もぉ! 卑怯ですよオーマ様!!」
いったい何の勝負になっていたのだろうか? と、アレスディアはシルフェの方へ顔を向けると、オーマがサラマンドルの背中に乗って、ぜーぜーと肩で息をしながらシルフェと対峙していた。
「丁度いい、俺はこのまま帰るかな」
オーマの言葉に答えるようにサラマンドルはその羽根を広げる。
「…っ!」
「きゃぁ!」
「シルフェ!」
頭を抱えてその場で縮こまるシルフェを庇うようにアレスディアはマントを広げて覆いかぶさった。
硬く広げられた羽根はこの洞窟の山肌を崩し、軽い振動を足元に伝え、土屑が頭の上に降り注ぐ。
オセロットはやれやれと洞窟から広くなりすぎた空を見上げ、オーマに向けて文句の言葉を投げかける。
しかし、どこかうきうきで飛び去るサラマンドルは、オーマの返事をかき消すように去っていってしまった。
「アレスさ…ま…?」
顔を上げたシルフェの瞳に映った1つの石像。
「シルフェ?」
「アレス様、あれでは?」
サラマンドルが飛び去った活動を停止した火山口の中、沢山の財宝に埋もれている1つの石像。
「確かに、彼女か…?」
その立場上アンハイドの王女にも顔合わせをした事があるオセロットは、記憶の中にある王女の顔と多少違うような気がして眉を寄せる。
しかし、彼女が本物であろうとも偽者であろうとも、それは現状どちらでいい。
「呪いを解きますね」
サラマンドルも遠くに去っていったし、その魔力も弱まっている事だろう。
祈るように祝詞を唱えるシルフェ。
すると、財宝の中の王女はじょじょに生身を取り戻していった。
振り上げていた腕が、がくっと財宝の中に落ちる。
その痛みははっと顔を上げて、王女は辺りを見回した。
「こ…ここは!?」
場所はフレアランスであるのに、居るはずのサラマンドルは居なくなっている。
「手を貸そう、レピア王女」
オセロットは火口に膝屈め、そっと手を伸ばす。
「ありがとう」
今だ頭の半分を困惑に支配されながら、レピアはその手を受け取って火口から外へと上がる。
「サラマンドルは……?」
オセロットは先ほどまでの事を掻い摘んで説明すると、レピアは驚きに瞳を大きくしつつ、これで訪れた平和に安堵の微笑を漏らした。
そして呪いの力から解き放ってくれたシルフェに深々とお礼を述べる。
「さて、説明してもらおう」
オセロットやアレスディアが聞いたアンハイドでの話は、フレアランスに住み着いたサラマンドルを沈めるため、王女を生贄に捧げたというもの。
だが実際にサラマンドルの財宝の中に居たのは、王女と年の頃も髪の色も、そして名前も同じのまったく別の女性。
あの王女は自分が助かるために他人を犠牲にしたのか?
「違うよ! あたしが勝手に身代わりになったんだ」
レピアにはそんなオセロットの心情が読み取れたのだろう、王女を庇うようにそう叫び、ぐっと顔を伏せる。
「でも、王女もレピア…さんも、無事でよかったと私は思うよ」
本当にほっとしたような微笑を浮かべてそう言ったアレスディアに、オセロットも弾かれたように一瞬瞳を大きくし、その後ふっと微笑んだ。
☆
身代わりの王女の格好ではない、いつもの動きやすい冒険者の格好で、レピアは広いテラスにそろえられた椅子に腰を下ろしていた。
簡素なドレスに身を包んだ王女は、その手に紅茶のトレーを持ち、本当に嬉しそうに微笑んでいる。
「あたしが運ぼうか?」
「いいの。レピアは座ってて」
サラマンドルから助けられた日、レピアはそのままアンハイドの城へと連れて行かれた。
今は王政ではなくなったとはいえ、それなりに名の知れているオセロットの鶴の一声で、本物の王女との再会を果たす事ができた。
王女が淹れてくれた紅茶を口に運びながら、レピアは思い出す。
『私はお礼とかそう言ったものに興味はないんだ』
苦笑してそう言ったアレスディアは、本当に自分達が無事だった事を喜び、
『わたくしの力が、皆様のお役に立てたことが嬉しいです』
シルフェもまた似たような事を言って去って行った。
そんな2人に、レピアは思わずくすっと笑う。
「お人好しって言われないのかな」
テーブルに頬杖を付いて見つめた空の遠く、聳えるフレアランスは沈黙を取り戻した。
終わり。(※この話はフィクションです)
すっとコールは話し終えると、にっこりと一同を見回す。
「……良かった」
ほっと安堵の微笑を漏らして息をつくアレスディア。
「あたしも元に戻れるといいんだけどね」
話しの最後で呪いの解けた自分に向けて、レピアは苦笑して言葉を漏らす。
「どうかしたの?」
苦笑しているレピアに向けて、コールは首を傾げる。
「なんでもないよ」
しかし、レピアはあっさりと切り返すと、またステージへと戻っていった。
「しかし、だ」
ふむふむと顎に手を当てて、物語を思い出すように一時瞳と閉じたオーマだったが、
「伝説の筋肉魔法(謎)ならいざ知らずよ、普通の魔法ってぇのはちぃっとばっかし相性がナニな俺なんだが…」
知っている人は知っているが、オーマが行使する具現と魔法は相性が悪い。
「たまにゃぁそういうのも悪かねぇってか、こうなったらいっちょ腹黒爆裂大腹筋パレード親父魔法★なんつーのでも習得アニキしてみるかね?」
などと口にしながら、ニヤニヤと笑いを浮かべる。
そんな中、ほぅっと自分の役割に溜め息を漏らしたのはシルフェだ。
「……サラマンドルに頭から水をかけるのでは駄目なのかしら」
聞くだけで熱い話に、現実でも熱くなってしまったらしく、真水を出してもいいかとまわりに打診する。しかし、あっさりとダメ出しを食らい、そうですか、と何事もなかったかのようにコールに向き直った。
「お話はとても面白かったです。ふふ、またご縁があれば聞かせて下さいね」
と、満面の笑みを浮かべる。しかし、シルフェはコールから視線を外すと、
「でもなんだか健気過ぎるのも大変そう」
と、今回の自分の役割に小さく呟いた。
「ところで何が良かったの?」
きょとんとした表情のコールに覗き込まれ、アレスディアははっとして顔を上げる。
「物語だとは分かってる。分かってるんだぞ、うん……」
そこで一度言葉を止めて、アレスディアの表情は穏やかになる。
「でも、人を護れて、良かった…」
「アレスちゃんは、本当に優しいんだね」
そんな何気ない一言に、アレスディアはそんな事ないと、照れるように手を振った。
「私が最後になってしまったか」
それぞれが自分達の場所へ、物語を思い起こしている様を見て、オセロットは新しい煙草に火をつける。
「『私』は今、こうして椅子に座っている」
カウンターに肘を着きゆっくりと口を開く。
「だが、あなたの口から紡ぎだされる『私』は火蜥蜴相手に立ち回っている……何とも、奇妙な話だが」
「そうかな?」
帰ってきた言葉に、オセロットは微笑を浮かべつつ、
「そう、話だから、こういったことも楽しめるのだろう。楽しかったよ、ありがとう」
「お粗末様でした」
そうして完成した話をコールは持っていた白紙の本に、サラサラと記録していく。
こうしてまた新しい物語が完成した。
☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆
【1953】
オーマ・シュヴァルツ(39歳・男性)
医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り
【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師
【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー
【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト
【1926】
レピア・浮桜(23歳・女性)
傾国の踊り子
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
例えばこんな冒険譚にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。長いです。とりあえず長いです。しかしPC様PL様共に楽しんでいただければ幸いです。
お初にお目にかかります。レピア様は皆と行動を共にしないため、あまり出番を多くは設けられず、話の始まりとしめを担当していただきました。所々で皆の話しに出てくるという出番の作りはいかがだったでしょう?皆様が指定した役割が丁度良くマッチしたため、サラマンドルを殺す事無く呪いを解く道を選らばさて頂きました。
それではまた、レピア様に出会える事を祈って……
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