<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


地下室の聖歌

月に雲がかかっていたろうか、訪れた一人の青年は、やがて訪れるであろう夜風のように颯爽と現れた。彼の名前はデュナン・グラーシーザ。長い銀色の髪を編み、それを風に流す。白い肌が印象的で、顔つきは若々しく美しい。それでいて、年長者を思わせる雰囲気は、神秘的な人間を形象させた。
ロゼはデュナンの足に絡みつくようにして縋り、懇願する。瞳には涙を浮かべて、上目遣い。良く言えば可愛らしく、悪く言えば捨て犬のよう。まぁ、後者が妥当だろう。
デュナンは、ロゼの勝手なお願いにも曇り顔ひとつせず引き受けた。教えられた地下室のドアへ歩みつつ、「もし幽霊だったら悩み相談くらい乗ってあげよう。」と漏らした。幽霊という単語に反応してすっころんだロゼを、ひょいと持ち上げて立たせる。「いってきます」と、柔らかく微笑み軽く手をひらひら振ると、彼は薄暗い地下室へと消えていった。残されたロゼに、地下室のドアが重く閉じる音が心臓にずんと響いていた。





◆◆◆◆



地下室は、上とは比べ物にならない程埃が積んでいた。もはやこれは雪と呼ぶに相応しい。靴で床を踏みしめると、ざくっと音がする。デュナンは、一度乱雑に地下室全体を見渡す。暗がりが何処までも続いているようで、果てがわからない。とりあえずデュナンは、壁にかかったランプへ明かりを灯してみる。些か視界が良好になり、近ければ細部まで認識することが可能だ。それによりよくよく辺りを見渡すと、不可思議な点が数点・・・。

「俺のじゃない足跡がある。それに、このランプは明らかに誰かが最近付けたことがあるな・・・。」

ロゼ・・・という事も考えたが、あの怯え様でここに出入りしたとも考えにくい。それに、残された足跡はロゼよりも大きく、壁のランプまではロゼの背では届かないだろう。
この足跡のつき方は完全に人間だ。そうなると幽霊ではない。泥棒でも入り込んだのだろうか。
デュナンはそんな思考をしつつも、恐ろしがるような姿勢は無く、その周りにはいつもと変わらない穏やかなオーラが漂う。
ふと、壊れかけた古時計を見つける。もう動くことは適わないはずであるほど破損しきったそれは、文字盤だけになりつつも、その機能を果たしていた。デュナンがふいにそれを見やった時、長針と短針がぴたりと合い、ゴンと鐘を1ダース鳴らした。




―――― 天使 唄え 眠る フェレット 我は 永久に 生きて・・・



細い、男の声だろうか。鐘が鳴り終えるのを待っていたのか、突如歌いだされた聖歌。ロゼが言う通り、真夜中に始まった。
音源はそう遠くは無いらしい。木霊する歌声を聴きながら、デュナンはそう導き出した。埃の雪をゆったりと進み、あるひとつの影にかち合う。どうやら二十歳ばかりの男らしい。この雪の埃にまみれ、全身真っ白だ。今にもくしゃみが出そうになる。物陰に蹲るようにして隠れる彼は、それでいて大きな声で気持ちよく歌っていた。歌に夢中で、未だデュナンの存在には気がついていないようだ。


「こんばんわ〜。」


デュナンは物陰をひょっこりのぞきこんで、男に声をかけた。聖歌はぴたりと止まり、ゆっくりと振り返った聖歌の男とデュナンの視線が合致する。デュナンはゆるい笑顔を浮かべ、男は雷でも落ちたかのような形相。なかなか無い組み合わせだ。まもなく男は、それこそ落雷のような叫び声をあげ、地上でコーヒーの準備をしていたロゼは、当然カップを引っ繰り返し、モップを再びとらなければならなかった。ただデュナンは、両手を両耳にぴたりと当て、その音を的確に回避。しかしそれでも慌てふためく男の混乱の舞は収まらない。男が大人しくなったのは、暗い地下室を散々走り回り、落ちていた書物に躓いてすっころんだ頃だった。もはや男は埃まみれというよりは、埃と同化しつつあるとした方が良いかもしれない。


落ち着いた男を前に、デュナンは疑問符を投げかける。もちろん、何故聖歌をこんな時間に、こんな場所で歌っているのか。しかし、解答は実に簡単なモノだった。

「私は、以前この教会にお世話になった者なのですが、是非ここで聖歌隊に入りたいと思ったんです!・・・ですが、私はこのとおりの音痴で・・・。仕方が無いので、夜中にこっそり練習していたのです。できるだけ大好きなこの教会に近い場所で。」

近い場所・・・というより、もう地下室に入り込んでしまっている時点で家宅侵入罪なのでは?という言葉をごくりと飲み込み、デュナンは手を口にあて、考えるポーズ。
確かにこの男の歌声は、お世辞にも上手いとは言えなかった。ならば特訓ということにいきつくわけで、投げ出さないだけ彼の意思が強いことが感ぜられる。デュナンは元より、相談に乗ってやろうという気で訪れたので、彼への協力を惜しみないつもりらしい。

「しかし、練習するにしてもロゼが怖がっているしなぁ。」

「!?」

ぽつりと零したデュナンのそんな言葉に、男は落胆。両膝を床に付けて、頭を抱えたまま埃の雪にダイブ。そして体は小刻みに震えている。

「私はそんなにヘタなのか・・・。」

どうやら彼なりのショックの舞だったらしい。デュナンはなんとか勘違いを解こうと、それなりに言葉を添えるが、彼はどうも思い込みが激しいタイプのようだ。どんな言葉も届かない。ズレたショックを引きずりながら床をごろごろするので、埃が立ち、山中の霧のよう。故意的に遭難しそうな中、デュナンはある名案を導き出した。

「そうだ!じゃあ自分がチェロを弾きながら練習のお付き合いをしましょうか。」

にっこりと微笑んで、もはや白い塊に成り果てた男をのぞく。男はぱっと顔を輝かせて、感涙する。手をサイリア教風に組んで、有難う御座います!!と涙を浮かべた。


手ごろなチェロが、何故か地下室にあった。しかもかなり丁寧に手入れがしてある。男に手入れをしたのかと問うても、自分は知らないというし、この地下室には不思議が多いらしい。それにしても良いチェロが手に入ったわけであるし、デュナンはこのチェロの謎には触れない。いや、その順応能力の良さから、すでにこの地下室に順応しているのかもしれないが。

「じゃあいきますよ。」

得意のチェロに慣れた手を掛ける。心地よい音色が生まれ、ふんわりとした優しいメロディー。そして、ずっと聞いていたいような出だしを過ぎ、できれば聞いていたくない男の歌声が混じる。

天使ぃ 唄えぇえ 眠る フェレットぉオ♪

男が気持ちよく唄い始めた刹那、地上から何かがずっこけるような酷い音がした。おそらく、驚いたロゼが椅子からでも落ちたのだろう。特に、男が無駄に張り切っていた分下手さが増していたし、些かコブシが回っていたのも原因のひとつか。これは真夜中でなくとも、みな椅子から落ちるだろう。デュナンは再び思案し、すぐに提案した。

「じゃあ、こうしましょう!」


◆◆◆◆


平和が訪れました!
サイリア教会の英雄デュナンさんが、地下室に巣くっていた白い魔物を引きずり出してくれたんです。白い魔物の正体はよくわかりません。人型をしてましたけど、埃で真っ白でなんだかわかんなかったんです。デュナンさんは、「もう大丈夫だから安心して下さい」とおっしゃっていたので、安心ですけど。きっともう聖歌が聞こえてくることもないでしょう。

さぁて、今日の深夜のお掃除も終わったわけですし、賞味期限切れコーヒーでも飲みましょうかね。

ごくり

ああ、このなんとも言えない味。段々賞味期限が切れていないコーヒーの味を忘れてきますよ。





――――天使 唄え 眠る フェレット


ほら、今夜も聖歌が聞こえます。チェロに乗って綺麗ですねぇ・・・


聖歌?


◆◆◆◆


真夜中のサイリア教会、中庭にはふたつの影。月明かりは、その手にしたチェロをも照らし、まるで三人のダンサーがパーティでも主催しているかのよう。

デュナンの提案は、こうだ。地下室での練習は、地上のロゼを脅かしあまり教会を慕うものとも思われない。場所が問題なのだ。ならば絶好の場所は何処か。どうせ歌を歌うなら絶好の環境で!月明かりに照らされた、手入れの行き届いた美しい中庭。音楽家には最適だ。

その日から、サイリア教会には真夜中になるとチェロの伴奏と共に唄いだす聖歌の怪談が生まれ、神父ロゼが再び睡眠不足に悩まされたとか。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC

【0142/デュナン・グラーシーザ/男/36歳/元軍人・現在何でも屋】

NPC

【ロゼ(ろぜ)/男/25歳/神父】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、今日和。ライターの峰村慎一郎です。
この度は有難う御座いました。

ほのぼの路線ということで、ハジケル☆をテーマに頑張りました;
デュナンさんのチェロの演奏を生で聞いてみたいなぁと思いつつ・・・v

有難う御座いました、また機会がありましたら
宜しくお願いします。

峰村慎一郎