<PCクエストノベル(2人)>


のんびりと、まったりと。 〜ハルフ村〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【3010/清芳/異界職】
【3009/馨 /地術師】

【助力探求者】
なし

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 ハルフ村は、秋口に入ったあたりから観光シーズンが開始されると言っても間違いではない。もちろん年中温泉目当ての観光客や湯治客が絶える事はないのだが、やはり温泉を一番楽しみたくなるのは、夜になってひやりとした空気が辺りに漂いはじめる季節からだろう。
 この頃になると、客の数も夏場に比べると格段に増え、また、収穫期を迎えた旬の作物や自然の恵みにより食事の豪華さにも拍車がかかるために、それを目当てに訪れる者も多かった。
清芳:「着いたねー」
馨:「着きましたね」
 てくてくと歩いてここまでやって来た清芳と馨の2人が、村から漂う温泉地独特の匂いを嗅いで目を細める。
 温泉に行こうと決めたのはどっちだったかもう覚えていないが、秋と言えば温泉、とばかりに荷物を纏めてやって来た2人は、思っていたよりも賑わっていたハルフ村の様子を眺めつつ、まずは、といくつかある宿のひとつを適当に選んで入って行き、きょろきょろと辺りを見回して受け付けを見つけた清芳がすすすっと流れるような足取りで向かっていく。
 それから受け付けと一言二言話していたが、くるりと振り返って軽く首を傾げ、
清芳:「部屋はひとつでいい?」
馨:「お任せします。清芳さんが気になるのでしたら、2つに分けて貰っても構いませんし」
清芳:「それじゃ部屋ひとつでいいね。それでお願いします。2人部屋ひとつで」
馨:「……」
 清芳の問いかけににこやかに言い過ぎたか、ほんの少し嗜みを見せた馨の言葉にあっさりと同室と決めて鍵を受け取る清芳に、笑顔のままの馨がほんの少しだけ固まっていた。
 ――とは言え。
 2人の様子を見ていると、それは恋人や夫婦のような甘やかな雰囲気よりは、兄妹や父娘のような家族のような穏やかさが感じ取られ、現に同じ部屋と決まっても別段緊張する様子は見えなかった。
 …馨にしてみれば、もしかしたら少しは年頃の女性としての恥じらいらしき物を見せて欲しかったかもしれなかったが。
清芳:「わあ」
 温泉への用意をしながら、部屋から外を眺めた清芳が声のトーンを上げる。
 2、3日前から肌寒い日が続いていたせいか、宿から見える木々は色付いて鮮やかな色彩を浮かべていた。
清芳:「これなら温泉も楽しめるかも。ね?」
馨:「…ああ、いい色ですね。行きましょうか」
清芳:「当然♪」
 木々の植えられた景観の良い位置に温泉があったはず、と目を輝かせつつ、持参の浴衣やタオルを手にぱたぱた移動していく2人を、受付が暖かい目で見送っていた。

*****

清芳:「ふうん。混浴もあるんだ」
 案内板を見ながら、どこに入ろうかなと選んでいた矢先に、清芳がぽつりと呟いて黙り込む。
馨:「…あの…清芳さん?」
 男性用女性用の他にも、打たせ湯や蒸し風呂もあるんですね、と読み上げていた馨がその様子に気付いて声をかけると、ぱっと顔を上げて、
清芳:「よし決まり。じゃあ行こう」
馨:「――どこに?」
清芳:「混浴。それなら2人で同じ温泉に入れるし」
 2人一緒と言うのが既にデフォルトらしい清芳が先にすたすたと温泉のある扉の中をくぐって行ってしまい、ぽつんと残された馨が慌てて後を追った。
馨:「確かに父親代わりのつもりではありますけど、ここまであっけらかんと言われてしまうと、少し自信を無くしてしまいますね」
 ちょっぴりため息を付いてみたり。
 …けれど、馨にしても全然別の温泉に好んで入りたいかと言われると、激しく迷ってしまう事だろう。確かに温泉に入る事を目当てで来たものの、入っている最中の会話もまた、捨てがたいものだったからだ。
 そんなわけで、
清芳:「ああ〜〜気持ちいい〜」
馨:「成分はなんでしょうね。肌に染みて来る感じがします」
 はふぅー、とお馴染みの深い息を吐いた2人が、湯船のへりにもたれかかって空を眺めた。
 ……そして、本当に気にせずすぐ隣で湯に浸かっている清芳に、やっぱり…と馨が思いつつも、そこから覗く真っ赤な紅葉の色に目を奪われて、ふぅーっ、ともう一度息を吐いた。
 これでも、いいか――そう思いながら。
清芳:「いい気持ち…これで、お盆にアレでもあったらもっと良かったかも」
 そうやってぼんやりと2人目の前の風景を眺めていると、清芳がぽつりとそんな事を言う。
馨:「お酒ですか?」
 温泉と言うイメージにほぼオプションで着いて来るものといえば、と馨が首を傾げつつ隣の清芳へ顔を向ける。
清芳:「やだな。アレといったらアレでしょ?つめたーく冷やした甘味」
馨:「…いや、それはどうかと…」
清芳:「季節で言えば柿かな?それとも他のがいいかな」
 こういう風にね、と手でお湯の上にデザートがこんもりと乗った盆をジェスチャーで示して見せながら、
清芳:「美味しそうじゃない?」
 馨ににっこりと、上気した顔で笑いかけた。
馨:「人それぞれですし…それに…お湯に落としたりしたら、汚れてしまいますよ」
清芳:「だから、気分だってば。き ぶ ん。あったらいいなーと思いながら絶景を眺めるの。極楽だよ?」
馨:「まあ――清芳さんには、とても素敵な事ですね」
清芳:「そうそう!」
 あーいい気持ち、とリラックスしきった清芳がにこにこ笑いながら、満足そうに頷いた。

*****

清芳:「ふう。少し浸かりすぎたかな?」
 きゅきゅっと浴衣を締めて、襟髪を整えた清芳が、先ほどまで着ていた服をタオルの下に置きながら外へ出た。――ちょうど通り抜けた風が、火照った頬を心地よく撫でていく。
 隣に馨の姿は無い。
 久しぶりの温泉だったからか、それとも景観を眺めていたいという気分からか、
馨:『もう少し入っています』
 と、一足先に上がった清芳へ軽く手を振って別れたのだ。
 何となく片側が空いているようでちょっと落ち着かないものの、お土産屋などを冷やかしながら、それなりに楽しんでいた清芳。
清芳:「……うん?」
 が。
 そんな彼女の目の前に、『温泉上がりにどうぞ!美味しいアイス有ります』と言う文字が飛び込んで来た。
清芳:「アイス…?」
 美味しいとあるからには食べ物だろうと思うのだが、それが一体何なのかまでは分からない。
 温泉上がりに美味しいものと言えば、何だろう…そう思いながらカウンターのおばさんに、ひとつ注文してみた。
女性:「はい、どうぞ」
 後ろで何かごそごそとしていた女性が、少し深みのある小さな皿の上に白くて丸いものを乗せ、スプーンと一緒に出してくれる。
 そして、すぐ近くの椅子に座った清芳が、
清芳:「アイス…冷たいものみたいだけど」
 皿を持った手から伝わる冷たさにちょっと驚きながら、さくりとスプーンで一口すくって口に入れた。

清芳:「―――――――!」

 一瞬で口の中で溶けたそれが、最後に甘さとそれ以上に濃厚な甘い香りを残して喉を通り抜けていく。
清芳:「こ、これは…」
 衝撃だった。
 あまりの衝撃に、気付けば皿の上は空になっていた。
清芳:「…あ…」
 空の皿が切ない。もう1回、試してみなければ――と、すっくと清芳が椅子を立つ。
女性:「どうでした?美味しかったでしょう?」
清芳:「とても。おかわりある?」
女性:「はいはい。あ、他の味もありますけどどうします?」
清芳:「それは後で。とにかくさっきのをもう1度」
 これは新鮮なミルクと砂糖と香料で出来ているんですよ、と嬉しそうに言いながら、さっきよりも少し量を多めに皿に盛った女性が、はい、と清芳に手渡した。
 2回目も同じく衝撃的で、そしてあっという間に空になる皿。
 ――これは、もっと食べてみなければ。
 清芳は決心し、皿を手に真剣な表情で立ち上がった。

 ある意味弱点とも言っていいくらいの清芳の甘味好き。
 その好物メニューに、アイスが加わったのは言うまでもなかった…。

*****

馨:「良いお湯でした」
 紅葉が見事な温泉だけでなく、打たせ湯や蒸し風呂などものんびりと堪能して来た馨が、流石に長湯し過ぎたかな、と部屋へ戻り、こんこんと扉をノックする。
 ――返事は無い。
馨:「あれ?」
 鍵は一足先に戻った清芳に渡した筈で、その彼女が部屋にいないのならどうやって中に入れば、と思いつつ念のためノブを回してみると、あっさり開く扉。
馨:「清芳さん、戻っているんですか?駄目ですよ、鍵をかけなければ…」
 そんな事を言いながら奥へ向かおうとした馨の耳に、
???:「う…うぅん…うぅぅ」
 苦しそうな声が聞こえて来て、きっ、と表情を引き締めつつ奥へと飛び込んでいく。周辺へ殺気混じりの警戒を飛ばしながら。
清芳:「あ…おかえり、なさい…うぅぅ」
 ――ベッドの上に、清芳がいた。
 真っ青な顔をして、苦しげにお腹を押さえて横たわりながら。
馨:「どうしました!?」
 自分がいない間に何かあったのだろうか、と慌てて抱き起こしてみれば、温泉から出て間もないと言うのに、冷え切った手に更に驚き――そして、テーブルの上に上がっているボウル状の皿に気が付いて、首を伸ばして中を覗きこんだ。
 中は、空。そして色とりどりの溶けたクリームのような物を見つけて、自分が抱き起こしている清芳を見下ろす。
清芳:「お腹、痛い〜」
馨:「…………」
 どうやら、清芳は自分がいない間に何か食べたらしかった。
 しかもそれが原因で、腹痛を起こしているらしかった。
馨:「何やってるんです何を」
 そこまで理解してから、ようやく肩の力を落とした馨が清芳に訊ね、
清芳:「いや、アイスが…」
 そう言ってお腹を押さえる清芳。
馨:「…食べ過ぎましたね?」
清芳:「あまりに美味しかったものだから、つい。…冷たくて、甘くて」
 量もさることながら、冷たいものを次々に腹へ収めたためにお腹を冷やした、と言う事が分かった馨がため息をついて、抱き起こすのは止めて、その体の上に毛布をかけてやる。そして、ちょこんと清芳の小さな頭を自分の膝の上に乗せた。
馨:「こんなに冷えても止めなかったんですね」
 ――じわりと清芳の頬まで冷え切っているのを馨が膝を通して感じながら言う。
清芳:「…残念。腹痛さえ起こらなければ」
 初めての冷たい甘さにすっかり魅了されていた清芳は、こんなになってもまだ、これ以上食べられなくなった事を嘆いていたのだった。
清芳:「馨さんの手はあったかいね」
馨:「清芳さんが体を冷やしすぎたんですよ。仕方ないですね。夕食を終えたらまた温泉に行きましょうか。…その前に食事が食べられたらですけど」
 今はとにかく体が落ち着くのを待ちましょう、と清芳の頬に手を当てた馨が呟いて、それにはおとなしくこっくりと頷く清芳。
 ただし、
清芳:「体があったまったらまた食べたいなぁ」
 まだ、アイスを再度口にする事は諦めていないようだった。

*****

馨:「いい温泉でしたね。また来ても良い位です。特にあの景色は…清芳さんはどうでした?何か良い思い出はありましたか?」
 次の日の朝。
 のんびりと宿で時間を過ごし、清芳の体に異常が無い事を確認して発った2人が、ぽかぽかと暖かな日差しを浴びながらの帰り道。馨が清芳に笑顔を浮かべて訊ねた。
清芳:「そりゃもう。あのアイスはいいね。何度食べても飽きないし」
馨:「……せめて湯に浸かりながら見た紅葉の事とか」
 しかも夜にも朝にもまた食べていたのに、と馨が言い、清芳がちょっと照れたような笑いを浮かべる。
 夜は一緒に食べたから、確かに美味しいと思う。
 けれど、あれを数杯以上お代わりしたいと言うのはどうだろう。
 昨夜と今朝と、食べるたびにお代わりしたがっていた清芳を半ば無理やり止めた事を思い出しながら、甘いものを好むのは良いとしても、限度を考えて欲しいですね、と内心で呟く。
 幸い、体を温めているうちに腹痛も収まり、夜には問題なく動けるようになっていたから良かったものの、そうでなければ治るまで逗留するつもりだったのだから。
 そしてその際大変な思いをするのは、当然ながら馨だけだっただろうし。
馨:「まあ、何にしても治って良かったですよ」
清芳:「あー…うん。そうだね…ありがとう」

 ――それに、ごめん。

 そんな言葉が続けられたような気がしたが、あまりに小さ過ぎて、残念ながら馨の耳には届かなかった。


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ライター通信
クエストノベルを発注いただきましてありがとうございます。
お待たせいたしました。ノベルをお届けします。
秋の温泉と言う事で、のんびりとしたお話を書かせていただきました。
楽しんでいただければ幸いです。
他でも楽しんでいただけるよう頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします。

間垣久実