<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


どんなに不味いものでも美味しく感じる薬草


 商店街から少し離れた場所にぽつんとある、小さな店。一見、小屋にも見えるその店の玄関には「珍シイ薬草売リマス」の文字が申し訳程度に書かれている。
 水のエレメンタリスであるシルフェは、買い物籠を片手にその店の前に立っていた。くんくんとしきりに鼻を鳴らしては、溜息を吐く。
「はぁー……いい香りですわねぇ……どうやらこのお店から流れて来るようですけれど……」
 そう言ってシルフェは恐る恐る店のドアを開けて、中を覗き込んだ。
「あのー、すみませーん……」
「あ、いらっしゃいませー。フィツイ薬草屋一号店へようこそーっとっとっと」
 シルフェの声に、店の一番奥にあるカウンターから顔を出したのは、ブカブカな緑色のローブを着込んだ子供だった。カウンターが高いために椅子を使っているのか、急な方向転換に慌ててカウンターの端を掴んでいる。
「あらあら、大丈夫ですか?」
「ああ、はい、有難う御座います」
 シルフェに支えられて、子供は足の高い椅子の位置を直すと、カウンターに手をついてにこりと笑った。
「ご用件は何でしょう?」
「あの、店主の方はいらっしゃいませんの?」
「ボクが店主です」
「あらまあ、お若いのに?」
「フィツィ・ポポイと申します。こう見えても百年は生きてるんですよー」
「まあ。じゃあ、お爺さんですのね」
「お……いえいえ、それほどでも」
 ほえほえとしたシルフェの無意識な毒舌に、ポポイが一瞬絶句したが、そこは商売人、素早く切り替えをして、人懐こい笑みを浮かべる。
「ここでは世にも珍しい不思議な薬草を扱っております。どれも普通の薬草店では見られない貴重なものですので、どうぞお試しになって下さい。何か入用の薬草は御座いますか?」
「えーっと……このお店の前に来たときに、とても甘い香りがしたのですけど、それも薬草なんですの?」
 ポポイの言葉にシルフェが四方にある薬草棚をキョロキョロと見回しながら問うと、ポポイはすぐに気が付いて、カウンターから一番近い棚から一つの花を取り出した。
「それはこの花の匂いですね」
 そう言ってカウンターに置かれたのは、薄い橙色の小さな花だった。開ききる直前という感じの上向きの八重咲きが可愛らしい。その花は細い茎の上にちょこんと座り、手の平に収まるくらいの鉢植えに一本だけ植えられていた。
「まぁ、可愛らしいお花ですわね。それに、何ていい香り」
「この花は『ウェルシュフ』という花で、これを乾燥させて煎じ、振りかけると、どんなに不味いものでも美味しく感じられるようになるという、とっても不思議な花なんです。因みに、『ウェルシュフ』というのはフィツイ一族の古い言葉で『美味』という意味で、その名の通り、この花自体もとても甘くて美味しいんですよ」
 にこにこと説明するポポイの声を聞きながら、シルフェは花を覗き込む。
「昔は三十年に一度しか咲かない、とっても貴重な花だったんですけど、この花の群生地を新たに見つけまして。大量に採取することが可能になったんです。煎じたものをほんのちょっと振りかけるだけでいいので、一瓶あれば毎日三食にかけても一ヶ月くらい持ちますし、毒性も依存性もないので安心ですよ。もちろん、花をそのまま持ち帰って頂いても結構です。如何ですか?」
「そうですわねー。頂こうかしら」
「お買い上げ、有難う御座いまーす!」
 こうしてシルフェは、フィツイ薬草屋一号店から『どんなに不味いものでも美味しく感じられる薬草』を購入した。



 午後の暖かな日差しに包まれるテラス。そこに置かれたカフェテーブルの上に鉢植えの花を置いたシルフェは、うきうきとしながらお茶の用意を始めた。
「どんな味なんでしょう……うふふ、楽しみですわー」
 そうして全ての準備を整え、シルフェは椅子に座って花を引き寄せる。
「お花を食べるんでしたわよね……千切ってしまうのは少し可哀想ですけど……えい」
 可哀想と言いつつ、なんの躊躇もなく花弁を一枚千切ったシルフェは、恐る恐るそれを口に含み、満面の笑みを浮かべた。
「美味しいー……ふんわりとした甘さが口に広がって、何とも幸せですわ。飴細工のような舌触りも素敵。これは高級菓子にも匹敵致しますわ」
 もう一枚、と呟いて、シルフェは花弁を千切っては口に入れる。その度に幸せそうな顔で溜め息を吐いた。
「そうだ、これでお茶を作ったらどうなるのかしら」
 いいことを思いついたとばかりに、シルフェは一つ両手を打つと、ぱたぱたとキッチンに向かい、花を使ってお茶を作り始めた。どのくらい入れたら美味しくなるのか判らないので、とりあえず花弁を五枚ほど入れて一杯分だけ作ってみる。
「……美味しい……香りもいいし、これは病みつきになりますわ……」
 花を使って作ったお茶を飲んで、シルフェは胸を押さえて目を細める。
「確かにこれなら、どんなに不味いものでも美味しくさせてしまう力くらいありそうですわ。緊急用に一瓶頂いてきて良かった。だって、どこでどんなものを食べることになるか、判りませんものね」
 そう言って、シルフェは橙色の粉が入った瓶を大切そうに棚にしまい、もう一杯分のお茶を作ってテラスへ戻った。そして甘い花弁を食べながら、お茶を楽しむ。
「ああ、今度このお花で花束なんかも作ってみたいですわね。ポプリにしても素敵かも。あらあら、どんどん楽しくなってきましたわ」
 うふふふふ、と笑いながら、シルフェは満足気にお茶を飲んだ。暖かいゆるやかな日差しに甘くて美味しい食べ物とお茶が揃えば、もうご機嫌になるしかない。
「……あ、この花で逆に不味くする事は出来ないのかしら。どなたか試してみて下さらないかしら。うふふ」
 わたくしは絶対にやらないけれど。そんなことを穏やかな顔で言いながら、シルフェは幸せを満喫していた。










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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2994/シルフェ/女性/17歳/水操師】


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           ライター通信          
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長らくお待たせ致しました、緑奈緑です。今回はフィツイ薬草屋一号店にご来店頂き、有難う御座いました。
シルフェさまのふわふわした感じを出そうと頑張りましたが、如何でしたでしょうか?楽しんで頂けていれば幸いです。もし宜しければ今度は花束を作りにいらして下さい(笑)。