<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【月空庭園】月の輝く夜に

 一目織れば、指先に。
 更に一目織れば、存在に届く。

 織り成す模様の、その色は。
 消えること無き、思いの色。




「……依頼された織物だが、こちらで良いだろうか?」
 と、依頼人に聞くのはシェアラウィーセ・オーキッド……艶やかな髪を持ち、華やかな容貌を持つも、彼女から受ける第一印象は、何処か物憂げな…それで居て近寄りがたい印象を受ける。
 もう少し、笑みに柔らかさがあれば数多の男性が彼女の言葉を貰う為に争奪戦を繰り広げることがあるだろうが、本人にしてみれば、今の状態こそが自分にとって一番望ましい状態なのだった。

 気が向いた時に織物を織り、その蓄えで日々を過ごす……ただ、それだけで、けれども満たされる日々。

 シェアラが問い掛けた言葉に依頼人は織物を見、1も2も無く頷くと、「良かった。またご縁があった際には宜しく」と礼をし報酬を受け取ると、静かな衣擦れの音をさせシェアラは出て行った。

 ――無論、依頼人にそれ以上の言葉をかけさせることも無く。

(どうせ、お疲れでしょうから…とか言われてしまうのがオチだしな……)

 仕事なのだから疲れるのは当然だ。
 疲れない仕事など無いし、また、やすやすと終わる仕事も無いだろう。
 なのに、何故、皆がそうして引きとめるか理解に苦しむし、食事や酒ならば自分一人で好みのものを頼んだ方が良いに決まっている。

(さて、どうしようか…白山羊亭でルディアに話を聞くのも良いが……)

 もしくはエスメラルダから、此処最近の美味しい酒を教えてもらうのもいい。
 どちらも捨てがたく、また、どちらも明日であろうと一月後であろうと出来るような気がする。

(どちらにしようか………)

 考え込むように口元に手を持っていくと、何故か。
 見覚えの無い、道があった。

「一本道を間違えたかな……」
 とは言え、そんなに複雑な道ではない。
 白山羊亭を通り抜けるだけだし、幾ら、夜だからと言って道を間違えるほど方向感覚は落ちぶれていないつもりだ……なのに、何故?
(予測不可能な道、か)
 其れは其れで面白い…と言うより興味深い。

 では、その誘いに乗るとしようか。

 薄暗く、月の明かりがなければ立ち止まりそうな道をシェアラは歩いた。





「で、此処まで辿り着いたと言うわけかい?」
「ああ、そうだ。第一、あれじゃあ"どうぞ入って来てください"と招待状を送りつけているようなものじゃないか」
 私はそういう誘いには乗るようにしてるんだ、とシェアラは素っ気無く言うと椅子を探し、自らの近くに引き寄せ、腰掛けた。
 とは言え、今言っていた言葉は正確に言うと少し違っている。
 乗るようにしてる、とは言ったが、実際は気分次第、興味次第だ。
 惹かれるものが無ければ指を動かすことさえ面倒なことがある。

 だが、それもまた采配によるものだろうとも思う。

そして、ややあって、門番と瞳が合った。

「――何か?」
「いや、もう座っているものだからね、私も座って良いか一瞬解らなく」
「何を言ってるんだ、貴方は」
 茶をどうだ、と言って置きながら茶も注がない気か?

 笑いを堪えるように掠れた声を出しながら言う。すると、同じように笑いを堪えた声が返り。

「申し訳ない、少々動転しているようだね」
「そのようだな、さあ、貰おうか。十分な招待だろう?」
「違いない」

 温めて、蒸らしていたティーコゼを外すと門番は、ゆっくり、同じように温めていたカップへお茶を注いだ。
 柔らかな匂いと琥珀色の液体がカップの中でゆらゆら、揺れる。

「…懐かしい色合いだ」
「?」
「いや、このような色合いを見たことがあってね……」
 懐かしい日暮れと、黄金の色。
 想いを懐かしみ噛み砕き、今は自分の中に血肉として眠っているような色合いの。
「じゃあ、良ければそのお話を聞かせてくれると嬉しいな。その後で花を切って贈らせて貰うよ」
「礼は美味しいお茶で十分な気がするが? ……思い出話ね……、さて、どうしたものかな」
 聞かせるのは簡単なようでいて難しい。
 どう、語ったものだろう?





 懐かしい色を、記憶を。
 全て語ろうと言葉を噛み砕くのでなければ、それは言葉とは言わない。

 そう、シェアラは思っている。
 ゆえに、言葉は慎重でありたいと思うのだが……

 では、今から語ろうとすることは何だろう。
 懐かしいものをそのままに、と思う、この行為は。

 不意にシェアラの記憶に傍らに立った少年の姿が思い浮かぶ。
 つい最近のようで居て、今よりは少し前に共に見た色。

(あの人物を引きずり出せたら、話すのも問題ないんだが……)

 だが、そうだ。面白い、道先案内人――いや、その時は見習いだったかもしれない――が居た事を思い出し、漸くシェアラは言葉を紡ぐ。
 糸を紡ぐように、模様を、言葉を選びながら。

「懐かしい色を見た時にな、傍らに一人の人物がいたんだ」
「うん」
「確か……。近道をしてくれてなあ」
 お弁当持ってきたんだったら近道の方が良いかと思ったんだ。
 少しだけ、我慢して?
 そう言って歩いた獣道に近い、均されては居ない道を歩いて。

 何故、彼がそう思ったかは知らない。

 けれど不思議と嫌な感じは受けず、歩いていた時に「こう言うのもいいか」と思ったりもしたのも確か。

「何というのかな、長生きしてきて良かったと思ってしまった」
「あはは」
「予測不可能な何かに出会える……自分の身の内の定めすら凍りつくこともあるかもしれなくても、それでも」

 生きていると言うのはそれだけで面白い。

 不特定多数の人たちへと書いた手紙も、きっと、其の気持ちから発せられている。

 通り過ぎていく人々。
 記憶から、世界の全てから忘れられてしまう存在も確かに居たのだということを知っている。
 だからこそ、今がある。土にさえ、茂る緑にさえ。

「そうだね……見るだけの長い年月も時に悪くは無いと思える」
「貴方にも、」
 居たか? ――と、聞くことが出来ぬまま少しずつ、冷めてきているカップへと手を伸ばした。
 温度が一定の温度を保てないように何もかもが通り過ぎる。
 あついものがあついものであり続けないようにそのまま、と言う事はまず、ありえない。

 その、教えのなんと言う残酷さと愛しさか。

 不意に。
 虫とも鳥とも聞こえる声が、静かに、鳴き始めた。
 夏の終わりを嘆くのではない、秋の始まりを喜ぶのではない、何処までも、静かな、その声。

 そうして。まるで、声に応えるかのように、金木犀の花の香がふわり。

 さわさわ、さわさわ。
 まるで母の腕に揺らされているかの如く、花ははらりと。
 音もなく、風にさえ散る、金色の花。




(……もうひとつの金色)

 紅葉とは違う、色。あの時とは違う場所。

 なのに、懐かしく思うのは何故だろう。

 目の前の人物とは長い時を過ごしているといった共通点があるからか?

(そうかもしれない、けれど)

 懐かしいものを感じるのも確か。

 今、目の前に居るのが門番ではなく、あの子だったら、少し違う話をすることも出来るだろうか?

「時々ね」

 門番が突然、言葉を呟き「何が」と言おうとするも、この言葉が先ほどの「貴方にも」に対する返しの言葉だと気付き、「ああ」と答えた。

「時々、面白いのに逢えるんだな」
「そう……本当に、時々、ね。私の知り合いに変な子が居るのだけれど」
「うん?」
「何時までも見習いから成りあがろうとはしなくてね。もうちょっとちゃんとしてから、と言って聞かないんだ」
「ほう……随分と頑固なことだが…何故、私に?」
「何となく、かな……一人の人を疲れさせてしまったと聞いていたからかもしれない」
「成る程」
 じゃあ、次からはもう少しマシな案内を期待しようか。
 シェアラは柔らかく微笑むと、カップの温度が全て、掌へ吸い込まれて行った紅茶を飲み干した。

 頑張ります、と言った声が聞こえた気がしないわけでもなかったが、シェアラは金木犀と、もうひとつ、眠っている花を見つけ、門番に問うた。

「―――あれは?」
「ん? ああ……木槿(むくげ)だよ。ムージンともムグンファ(無窮花)とも言うね」
「咲いているところを見れないのは残念だが、さぞかし綺麗な花なのだろうな」
「そうだね…切るのは日持ちしないからお勧めしないけれど」
「槿花一朝(きんかいっちょう)の夢、か」
 儚い夢、人の世は直ぐに移り変わると言う意味をもつ言葉だ。
 総じて木槿の花を例えているとも言われているが、次々と違う花が咲くことで、その移り変わりは夢のようだとも思う。
 が、この言葉を言ったことで門番の首が僅かばかり斜めに傾く。
「……本当は知っているのでは?」
「まさか。言葉を知っていることと花を知っていることを同義にされては困る」
それもそうだけれど、といいながら門番は「そう言えば」と言葉を続ける。
「?」
「あの花の花言葉は"信念"と言うんだ」
「へえ……確か、貴方は私に花をくれる、と言ったな?」
「ああ」
「ではその権利を使わせてもらおう。あの子に、あの花を見るように伝えてくれ」
「……良いのかい?」
「良いも悪いも…私の権利じゃないか。それに懐かしいものは前に見たからいいんだ」
「成る程…では、伝えておくよ」
「ああ」

 頷くとシェアラは空を見上げる。
 帰ったら、直ぐ休むべきかもしれないと考えたが……自分のために、織物を織って時間を過ごすのも良いかも知れない。

 一目織れば自らの指先に。
 更に一目織れば、他者の存在へと。

 織り成す模様の、その色は。
 消えること無き、記憶の色。






―End―

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【1514 / シェアラウィーセ・オーキッド / 女性 / 26歳(実年齢184歳) / 織物師】

【NPC:カッツエ】
【NPC:ユーリ】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
シェアラウィーセ・オーキッド、こんにちは。そして、お久しぶりです。
ライターの秋月 奏です。
今回はこちらのゲームのベルにご参加、本当に有り難うございました。
そして、紅葉狩りの事、覚えていてくださって本当に嬉しく思いました(^^)

今回、ユーリは会話に加わることが出来ませんでしたが、
色々な何かを頂いたような気がしております。
そうして、頂いたプレイングがとてもシェアラさんらしく思えて
凄く幸せに楽しく書かせていただきました。本当に、有り難うございます(^^)

それから、今回使わせていただいた花ですが、金木犀はまだ咲いていますが、
木槿は10月15日までの花で…今は、もしかすると見るのが難しいかもですが、
機会がありましたら是非一度…葵科の花で、少し芙蓉と似ている趣のある花です。

それでは今回はこの辺で。
また何処かにて逢えることを楽しみにしつつ……