<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


装甲巨人戦記エルダレオーネ――第3章

------<オープニング>--------------------------------------

 ――ラグ村
 岩山に囲まれた谷を形成した辺境の地にある小さな村である。
 村の中心は真ん中に茂る森の中にあり、陽光から身を守り、様々な食料確保に活用されている。谷に流れて来る風は心地良い。
 岩山には大きな横穴が開いており、鉱山として機能している。建物は木材を簡単に組んだ物で、素朴な生活をイメージさせるものだ。陽光を遮る樹木の間からは、鳥の囀りが流れ、多少湿気を感じたが、直射日光を浴び続けないだけマシである――――。

 暗闇の中で村人が悲鳴をあげ、何名かが鮮血を舞い散らせた。
 ――そして、響き渡ったのは悲痛な少女の叫び声だ。
「サバラン、助けて!! 戦いを止めてーッ!!」
「冒険者よ、直ぐに武器を捨て抵抗を解くのだ。さもなくば、この娘も殺すぞ!」
 魔術師が作り出した大きな球体の中に、一人の少女が映し出された。茶色のセミロングヘアを三つ編みにした娘の震える喉に、アサシンの短刀が翳されている。サバランの友人アルメアだ。
「脅しではないぞ。既に何人かは血祭りにあげた。それでも巨人を護るなら俺を殺しに来るがいい。その代わり、道連れに娘も殺す」
「ヒッ! い、いやだよ‥‥まだ恋だってしていないのに、死にたくないよぉ。サバラン、冒険者を‥‥止めてよ」
 遠隔投影された光景で、ポロポロとアルメアは涙を流していた。村人達は俯き、震える拳を握り締めるしかない。
「スマートに行いたかったのだがな‥‥」
 集められた冒険者達の前に姿を見せたのは、赤いマスカレードの男だ。
「この村は占領した。私も非道な真似はしたくないのだよ、このまま立ち去るなら命は保証しよう」
 既に村長を始めとした村人は村長宅に隔離され、何かあれば危害を加える用意も成されていると言う。
 こうしてラグ村はザドス兵によって占領されたのだ――――。

「7人衆の一人が来るだと?」
 金の兜と赤いマスカレードで素顔を包む青年は、部下の報告に声を荒げた。報告を告げた騎士は背筋を伸ばして直立不動で応える。
「はい! 巨人の視察と‥‥その、実験体が欲しいと‥‥」
「実験体だと!? 私が卑劣とも思える手で村を占領したというのに‥‥。誰だ、その一人は?」
「‥‥ギミークスキー卿です!」
 騎士の告げた名前にディバイトが舌打ちする。
「いつ訪れるのだ!」
「工具の用意があるらしく、数日後には来られるとの話です。いかがなさいますか?」
「7人衆の一人が来るというなら仕方がないだろう。村人をこれ以上苦しめたくはないが‥‥。巨人の輸送準備さえ整えばな。コンファームもやられたというに‥‥」
「何分岩石の塊で、今の送竜の数では‥‥? どうされました?」
 ディバイトが不敵な笑みを浮かべた事に、騎士が不安気な声で訊ねた。
「利用させてもらうか‥‥」

 ――アルマ通り白山羊亭
「おい、ルディアの嬢ちゃん!」
 扉を勢い良く開け放った客の男は、店内に顔を見せるなり、ウェイトレスへ叫んだ。何事かと振り向いたルディア・カナーズは額の汗を細腕で拭い、微笑みを浮かべる。
「いらっしゃいませ☆ どうかしたの? そんなに慌てて」
「これが店の前で倒れていたんだよ! ゆらゆらと光って落ちたから拾ったんだが、嬢ちゃんに用があるって!」
 両手に包んだ腕をルディアに見せると、彼女は血相を変えて駆け寄る。
「この前のシフールさん! どうしたの?」
 瞳に映ったのは、傷だらけのアーメンガードが仰向けに倒れている姿だった。白いレオタードのような衣服の彼方此方が破れており、綺麗な蝶の羽根もボロボロだ。白い柔肌には鞭のようなもので受けた真っ赤な蚯蚓腫れが痛々しく浮き上がっている。シフールの少女はゆっくりと瞳を開く。
「‥‥ルディアさ、ん、冒険者を、雇い、たいん、です、の」
「分かったわ! 誰か、冒険者の方ッ!」


「アーメンガードクンッ!!」
 悲痛な声を響かせ、小さな身体が酒場を駆け抜けた。ボリュームのある艶やかな緑の短髪を揺らし、頭の後ろで結った二本の髪が尾を引いてゆく。不安に彩られた大きな赤い瞳に映るのは、ウェイトレスの両手に包まれた傷だらけのシフールだ。息を弾ませ、早春の雛菊 未亜は辿り着くと、ぐったりとしたアーメンガードに、しなやかな両手を翳す。刹那、未だ幼さを醸し出す少女の手は暖かそうな白い光を放った。治癒の魔法――命の水により、次第にシフールの少女から傷が癒えてゆく。
「大丈夫だよ、未亜が治してあげるからね」
 美しく繊細な風貌に微笑みを浮かべるものの、未だ不安は拭い切れていない。直ぐに表情は引き締り、精神を集中させて魔法行使に専念した。酒場を訪れた者達が息を呑んで見守る中、柔らかそうな頬を汗が伝う。静寂に包まれた酒場で治癒の魔法は続き、未亜の手から光が消えた頃には、アーメンガードの身体に刻まれた傷は癒えていた。酒場に大きな歓声が響き渡る。
「よかった、よ‥‥」
 ふわりと柔らかく微笑むと、緑の髪が宙を舞い、ガクンと少女が崩れた。刹那、華奢な腰を大きな両手が支える。疲労し切った未亜の背中に硬いモノが当った。赤い瞳が背後を追う。
「オーマ、さん‥‥」
 瞳に映し出されたのは、オーマ・シュヴァルツの精悍な小麦色の顔だった。豪快な性格を物語るような黒い短髪の男は、眼鏡の奥に浮かぶ赤い瞳をウインクさせ、微笑んで見せる。
「上出来だ、俺の大胸筋もズッキュンラブリーに震えたぜ★」
「ありがとう。お医者さんに褒められるなんて、未亜、うれしい、よ‥‥」
「さあ、俺の腹黒マッスルボディで先ずは眠りな。話はアーメンガードが目覚めてからだ」
 壮年の男は腰を落とした姿勢のまま、寝息を漏らし始めた未亜の背中に筋肉を預けた。
 再び少女が赤い瞳を開いた時、視界に映ったのは元気に蝶の羽根を羽ばたかせるシフールの笑顔だ。
「未亜ちゃん、ありがとうですの♪」
「よかったよ、元気になったんだね。‥‥そうだよ、ねぇ何があったの!?」
 柔らかな微笑みから一転、未亜はアーメンガードに状況を促がした。シフールの少女が報告を続ける中、あどけない風貌が戦慄に染まり、居ても立ってもいられず、ドアへと駆け出す。
「おい、未亜!」
「未亜、先に行くよ!」
 制止する声を聞かず、少女は白山羊亭を飛び出して行った。オーマは鈴が鳴り続ける軋むドアを睨み、舌打ちする。今なら小柄な少女に追い着くが、馴染みのある穏やかな声が飛び込んだ。
「大丈夫ですよ。我々が走れば十分に間に合います」
 薄青色の髪を首の後ろで束ねた少年は、大きめの眼鏡の奥で、濃青色の瞳を和らげる。
「奪還には少々早いかもしれませんね。援軍が来るとなれば‥‥それを倒すのが先でしょうか。騎士隊長さんはそれなりに信用できそうですからね」
 アイラス・サーリアスのいう騎士隊長とは、ザドス軍のディバイトの事だ。しかし、腹黒ラブフレンドのオーマは、訝しげに肩眉を跳ね上げる。
「それだがよ、監視下の中でアーメンガードが逃げ出せたってのは疑問だぜ。わざと逃がし冒険者を誘い込む策略罠の可能性もあるじゃねーか」
 アーメンガードの話では、シフールを隔離している民家で兵達が突然援軍の話をしたかと思うと、彼女だけ解放し、鞭を打ったり、鞘で叩いたりして追い掛け回したらしい。暇潰しの捕虜虐待とも考えられるが、洗礼を続ける中で、開けられた窓から逃げ出せたという状況は些か不自然である。
「考えたって仕方ないじゃなぁい?」
 落ち着いた女の声が響き渡った。
 冒険者達が視線を流すと、金髪のシャギーロングヘアを胸元に流した大人の色香漂わす若い女が、頬杖を突いて微笑んでいた。縁無しの小さめの眼鏡を掛けたレニス・フェルミオンは、女豹のような青い瞳を細める。
「何もしないまま引き下がるのも癪だし、借りはキッチリと返さないとね。何はともあれ、巨人を持っていかれたらアウトだし、サバランクンが狙われでもしたら事だし。罠だろうと、あたしは行くよ。ま、キミも行くつもりなんでしょ♪」
「おうよ! 今回はハイレベルな腹黒親父愛でやらせて貰うぜ!!」
 オーマが太い腕を掲げて意気込む中、小柄な黒髪の少年が口を開く。
「それにしても‥‥ザドスは何故ここまで岩巨人ゴリアテに拘るのでしょう? この世界にやってくる別世界の人間たちの力を借りれば、ゴリアテ位の兵器は簡単に作る事が出来そうなものですが」
 ゾロ・アーは疑問を抱いていた。確かに岩巨人は戦力にはなるが、拘る程とは思えない。
「‥‥簡単な事だ」
 静かに動向を窺っていたサクリファイスが応えた。艶やかな青いロングヘアの戦乙女は、漆黒の鎧に包まれた豊かな胸元を抱くように腕を組み、続ける。
「ザドスのような辺境の国では、異世界の兵器を簡単に作れる者が現れなかったのだろう。否、もしかすると、あの岩巨人は異世界の技術を凌駕するのかもしれない。私達はあの巨人が敗北した姿を見ていないのだからな」
「まさか、俺にはそれ程の代物とは思えませんでしたが‥‥。そうですね、まだ俺の知らない事があると思った方が面白いかもしれない。さて、以前同行した冒険者はこれで全員ですか」
 周囲に緑色の瞳を流し、ゾロは再確認を促がす。人数と行動が把握できれば、不足の事態を補う事が出来る。早速打ち合わせを行おうとした時だ。
「成る程、ただでさえ不利な状況だ。これ以上不安要素を抱えるわけにもいかんようだな‥‥」
「私達もご一緒させて頂きますでございます。人質がいる以上、こちらは不利な状況です。また彼ら首筋に刃を突きつけられる訳にはまいりませんから」
 傍に歩いて来たのは、二人の若い女だった。一人は背が高く長い黒髪の若い娘で、少女らしさを残した風貌ながら、凛々しさすら感じさせる。もう一人は、長い黒髪を束ね、稍垂れた円らな瞳が愛らしい少女だ。対照的に黒い鎧と金色の鎧に細い身体を包んでいるが、胸元に輝くペンダントは同じものか。
「アルミアじゃねーか!?」
「エルシアさん達、エルミナール姉妹も来てくれるのですか。心強いですね」
 オーマが素っ頓狂な声をあげ、アイラスがニッコリと微笑む。どうやら、アルミア・エルミナールとエルシア・エルミナールは腹黒ラブフレンドらしい。
 パタパタと羽根を羽ばたかせ、アーメンガードが二人の前で滞空する。
「ありがとうですの☆ これで8人の勇者様が揃ったんですね♪」
「アーメンガードさん、9人の冒険者ですよ☆」
 その頃『うま』は騎乗獣よろしく、毎度の如く白山羊亭の前で主人が戻るのを待ちながら、静かに草を食べていた――――。

●北の援軍と潜入作戦
 南側から潜入を試みる仲間達と分かれた5名の冒険者は、ラグ村を迂回し、北側に辿り着いていた。
 目的は援軍の到着阻止と北からのラグ村潜入である。
「それではアルミア姉様、私は人質の方々を助けに行きます」
「私は敵の援軍を受け持とう。怨霊の兵たちを使えば、数で来ても耐えしのげる。エルシア、気をつけろよ」
 エルミナール姉妹は別々に行動する事を告げた。ぶっきらぼうな姉は言葉とは裏腹に妹の頬を優しく撫で、エルシアはアルミアを真っ直ぐに見つめて「はい、姉様も御無理を為さらぬようにでございます」と微笑んで見せる。互いの無事を祈る中、オーマは北へと通ずる道を見つめていた。精悍な風貌に赤い瞳がギラリと輝く。彼の視界に半透明の騎士団が浮かび上がり、様々な声が耳に飛び込んで来る。具現精神感応を行使し、まだ知らない腹黒事実でも掴めればと考えたのだ。しかし、流れ込む思念は、名声や出世、村での虐殺や拷問と私欲に満ちたもの。‥‥これも腹黒いと言えなくもないが。
 ――サバランを自由にしてやるんだもん。あんな巨人があるから‥‥。
 ――姉上‥‥もう暫らく辛抱を‥‥。名声と地位を得れば‥‥その為には戦が必要なのだよ。
 男は具現精神感応を解くと、瞳を大きく見開いた。
(「あれは俺が大胸筋ホールドかましたチクロとかってぇ乳くせぇガキの思念だよな。もう一つのあれは何だ?」)
「オーマ様‥‥」
 背中に掛けられたエルシアの声に、彼女が居候している部屋――シュヴァルツ総合病院――の主が肩越しに顔を向ける。眼鏡に映る少女の表情を見て、オーマは不敵な笑みを浮かべた。
「あぁ、そろそろ潜入するか」
「はい、そうでございますね」
 少女は踵を返し、瞳を閉じると、華奢なラインを描く背中から普段は見えない魔力の白翼を浮かばせた。神に愛でられし者であるパラディンの乙女は、翼をはためかせて空へ舞い上がってゆく。どうやら上空から村へと潜入するようだ。
「アイラス、うま、アルミア、援軍の方は頼んだぜ★」
 オーマは軽くウインクして告げると、意識を集中させた。刹那、逆立つ黒い短髪は銀へと変色し、精悍な風貌に若さが甦ったかと思うと、その巨体は光の中で集束、現れたのは、翼もつ仔犬サイズのイロモノミラクルマッチョ☆ミニ獅子と化したオーマの姿だ。これで敵の目を盗んで潜入しようという作戦である。尤も、仔犬サイズとはいえ、珍しい動物に変わりはないが、長身のマッチョマンとして動くよりは成功率は高い。翼もつ二人がラグ村へと飛んで行く姿を、残った3名は瞳で追い続けた。
「さて、ディバイトさんなら村人に危害を加えないと考えられますが、他の人ではわかりませんから、援軍であるギミークス卿が村へ辿り着く事を阻止しなければなりませんね。このことによって僕の存在と能力、ラグ村を諦めてはいない事などがザドス本国に伝わってしまうでしょうが‥‥仕方がありません。うま、本当に良いのですね?」
 アイラスは北の方角に未だあどけなさを残す端整な顔を向け、覚悟を促がした。冒険者が未だ諦めていないと知れば、新たな刺客を送り込んで来るだろう。それに、戦闘能力も分析され、対処策も一層強固となる事が容易に推測される。
 濃紺の鱗で覆われたスマートなドラゴンは主の傍に寄り、テレパシーで言葉を紡ぐ。彼女の緑色の瞳は、眼鏡を掛けた少年を映し出す。
≪御主人様が命を懸けると仰るのなら、お付き合い致しましょう。‥‥どこまでも≫
「ありがとう、うま」
「按ずるなアイラス、私もいる。援軍を止めて敵将を討てば、中の敵の戦意も削げるはずだ」
 一歩離れた所で瞳を閉じ、腕を組んでいるアルミアが二人に告げた。援軍阻止に挑む冒険者は3名――正確には2名と1頭。敵の戦力は分からないが覚悟は既に出来ている。

●援軍を叩け!
 ――霧が発ち込める早朝。
 奴等はゆっくりと姿を浮かばせた。巨大な馬2頭に大きな鉄の塊と思わせる馬車を引かせ、援軍が北の荒地をゆっくりと前進して来る。周囲に配置されているのは鎧騎士だろうか。
「行きますッ!」
「承知した! 行け、ファントム・ポーン!」
 刹那、青い閃光の如く一つの影が先陣を切った。続いて禍々しいオーラを漂わす数体の人影が続く。アルミアが魔力によって実体化させた『怨霊兵』である。
 常人を遥かに凌駕する速度で駆け抜けるアイラスの眼鏡に敵影が映り、少年は濃青色の瞳を見開く。
「何ですか、あの馬は!?」
 馬車を引いているのは異形の馬だった。ドラゴンとも違う、今まで見た事がない姿をしている。それに騎士達にも違和感を覚えた。眼光は獣の如く赤く、耳元まで裂けた口から鋭利な牙が覗く。
「この騎士達は人間ではないのですか!? クッ! 速いッ!」
 疾風のように肉迫するアイラスは確実に捉えられていた。タイミングを合わせ、重厚な鎧を纏った敵が、常人を超える速度で巨大な斧を薙ぎ振るう。寸での所で少年は地を蹴り、跳躍すると大斧の洗礼を躱し、鎧騎士へと廻し蹴りを叩き込む。魔力を込めた一撃で1体は鎧の破片を舞い散らせて吹き飛んだものの、次々と鎧騎士は肉迫と共に得物で若い武闘家を狙った。斬光に赤い鮮血が舞う。
≪ご主人様!!≫
「大丈夫です。少し、切っただけですから」
 腹部を押さえて身構えるアイラスを威嚇するように、唸り声を響かせて異形の鎧騎士が間合いを詰めて来る。付近ではファントム・ポーンが数の暴力で1体1体を葬って行くが、敵兵も強靭な肉体を持っているのか、時間が掛かり過ぎていた。乾いた地表に赤い雫が滴り落ちる中、少年は不敵な笑みを浮かべ、瞳を研ぎ澄ます。
「‥‥嬉しいですよ。武闘家にとって強い相手と闘えるのは悦びですからね」
≪何を悠長な事を‥‥<命の水>を行使します≫
 アイラスの後方で道幅一杯に巨大化したうまから、回復魔法が放たれた。水色の粒子が傷口を舞い、少年の切り傷を治癒してゆく。どんなに強力な技を持つ武闘家といえど、生身の人間に変わりないのだ。少年は眼鏡をギラつかせると、戦闘を再開させた。回復魔法が行使される中、旋風の如く舞い踊り、叩き込む掌や振り放つ蹴りに次々と異形の鎧騎士が吹っ飛ぶ。
「ファントム・ポーン、馬車の中にいる敵将を討て! 死の息吹!」
 アルミアは黒髪を舞い躍らせ、長大なゴーストアックスを振り回すと、大斧と彼女の身体から黒い靄状のものが湧き上がった。大きく横薙ぎに振るった瞬間、斧の先端から黒い靄が迸り、前方へと放たれる。死霊の怨念を凝縮したエネルギーの洗礼を受けた者は忽ち自由を奪われてゆく。後は怨霊兵の餌食と化すのみだ。
「ひいぃぃッ!」
 堪らず悲鳴をあげて小太りな黒いセミロングヘアの中年ドワーフが、馬車から転がり出て来た。背中に巨大な斧を背負っているが、今は闘う意思を喪失しているらしい。ギミークスキーが小さな青い瞳を冒険者達に流す。
「おのれ冒険者め! わしの作品を壊しおって!」
 捨て台詞と共に壮年の男は腰のベルトに手を当てた刹那、白煙を巻き上げて一気に空高く飛んで行った。脱兎の如き逃げ足とは、この事を言うのかもしれないと、アイラスは苦笑する中、馬車が轟音と共に爆発する。後に残ったのは、肉の焦げる匂いと、何かも分からない金属の破片だった。

●奪還の後
 エルシアの撤退勧告を受けたディバイトの部隊は、北へと通ずる前で冒険者等と対峙していた。
「撤退の件は甘んじて受けよう。だが、キミ達は甘いな。私が手を出さずとも、いずれ後悔する事になるぞ」
 絶命した騎士の亡骸を騎士に運ばせ、ザドス軍隊長は背中を向ける。
「‥‥まぁ、北の援軍を止めた事は褒めてやろう。嫌いなタイプというものは私にもあるのでね」
 赤いマスカレードの男が肩越しに振り向き、口元を緩ませた。
 ――アーメンガードが逃げ出せたのは仕組まれた事?
 しかし、冒険者の中に、問い掛けを口にする者はいなかった。
 静寂に包まれた北へと続く道をゆっくりと歩いてゆくザドス軍を見送るのみだ。
 この事実に村人は戸惑う。
「なぜ? どうして? 敵じゃない! あたしは殺されそうになったのよ! 村人にだって怪我をした人もいる! どうして逃がすのよ!」
 悲痛な叫びを冒険者達に向けたのはアルメアだ。傍でサバランが落ち着かせるものの、三つ編みの少女は怒りを湛える瞳で戦士達を睨みつける。
「‥‥お金が欲しいのね?」
 違う! と冒険者の中で声が響いた。尚もヒステリックに少女は叫ぶ。
「知ってるわよ! 冒険者は依頼でお金を貰って戦うんでしょ? 村の敵を倒してしまえば平和になるもんね!」
 ――違う!
 今まで死亡者を出さない事を誇りにしていると告げた者もいた。敵を容赦無く葬った者は、ただ沈黙する。それに泥沼の戦いとなった場合、村人や村事体の被害も大きくなる可能性もあった。
 敢えてもう一つの理由を付け足せば、ディバイト意外の部隊が侵攻して来た時の事を危惧していたのかもしれない。
 奴は占領時に言った――――。
 私が占領せねば、もっと酷い事になったやもしれんのだ。
 赤いマスカレードの男がいる限り、他の部隊が来る事はない。
 そんな予感があったのかもしれない。

 結果的にラグ村の奪還は成功した。
 しかし、未だ脅威が村から消え去った訳ではないのだ。
 今回の働きに村長を始めとする村人は素直に感謝を述べてくれたが、中にはアルメアのように疑惑の視線を流す者もいる。
 何が正しく、何が間違っているのか、今の冒険者達に明確な答えは見つからない‥‥。
 静かにラグ村を後にする彼等の背中を、一体のシフールは滞空しながら見送っていた――――。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【1055/早春の雛菊 未亜/女性/12歳/癒し手】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/フィズィクル・アディプト&腹黒同盟の2番】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2470/サクリファイス/女性/22歳/狂騎士】
【2524/アルミア・エルミナール/女性/24歳/ゴーストナイト】
【2557/エルシア・エルミナール/女性/18歳/パラディン】
【2598/ゾロ・アー/男性/12歳/生き物つくりの神】
【2693/うま/女性/156歳/騎乗獣】
【2896/レニス・フェルミオン/女性/26歳/異界職】

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■         ライター通信          ■
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 この度は御参加ありがとうございました☆
 いかがお過ごしですか? 切磋巧実です。
 今回は北の援軍を抑えてくれた為、奪還成功しました。おめでとうございます☆
 ‥‥と喜べる状況的なエピローグではありませんでしたか?(汗)。撤退させた代償は伴います。この辺は明確な行動理由が明記されていなかった為、個人に絞っての描写は敢えて致しませんでした。
 この物語は行動一つで大きく動きます。結果的にどうするかを明記して頂けると助かります。真っ二つに意見が分かれても困りますが(苦笑)。この辺は継続参加PCの意見か? またはダイスロールとさせて頂きます事を御了承下さい。選択肢制の方が楽かな?
 初参加ありがとうございます☆ いかがでしたでしょうか?
 敵は殺さずという事でしたので、あのような結果となりました。怨霊を使役して戦う感じで良かったでしょうか? ちょっと姉妹愛的な演出がイメージを逸脱していなければ何よりです。
 楽しんで頂ければ幸いです。よかったら感想お聞かせ下さいね。
 それでは、また出会える事を祈って☆