<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


お月見賛歌 


〈オープニング〉


 「やっほールディア!」
 「こんにちは」
 今日も賑やかな白羊山亭に二人の少女が訪れた。
 この店の常連であるラトリア・フォーリンズとレンカッルド・フォーリンズである。
 「ラリィさんにレンさん。いらっしゃいませ!」
 ルディアに明るく迎えられ、二人も笑顔で空いている席に腰を落ち着かせた。
 「お二人ともなんだか楽しそうですね。何かいいことでも?」
 お冷を受け取りながら、にこにこしている二人にルディアは問いかけた。
 「あのね、知り合いの、ニホンから来たお爺さんに聞いたんだけど…」
 うきうきとした表情で話し出したのはラトリア。
 「今の季節に月を眺めて楽しむ習慣があるんだって。その時に、お団子を食べたりするらしくて」
 「ああ、お月見ですね。前にお客さんに話を聞いたことがありますよ」
 楽しそうに話すラトリアにつられるように、ルディアもにこにこと応じた。
 「そう、お月見!それでね、レンと二人で話したんだけど…」
 「家の庭でお月見することにしたんです。で、折角だからお団子を自分たちで作ってみようかと」
 「明日が満月らしいから、明日しようかって」
 「あと、二人だけじゃなくて、誰か誘ってやった方が楽しいかと思って」
 交互に話す二人にルディアは「わぁ、それは楽しそうですね」と顔を綻ばせた。
 「そうでしょ?」
 にっこりとして水を一口飲んだラトリアは、くるりと周囲を見渡して、目が合った客に声をかけた。  
 「あ、ねぇねぇ、一緒にお月見しない?」


*……


 ラトリアに声を掛けられた一人の青年は、一瞬きょとんとして目を瞬かせた。
 「あっ突然ごめんなさい。あたしはラトリア。明日家でお月見しようと思ってるんだけど…一緒にどうですか?」
 「お月見…ですか。いいですね」
 青年はそう言って、穏やかに微笑んだ。
 「僕は山本健一といいます。僕でよければ、ご一緒させてください」
 健一の言葉に、ラトリアとレンカッルドは嬉しそうに頷いた。
 「よろしくお願いしますね、山本さん。私はレンカッルドといいます」
 「はい、よろしくお願いします」
 二人が和やかに挨拶を交わしていると、誰か見つけたのか、ラトリアが入り口の方を見て笑顔で手を降った。
 「オーマさん!」
 「おうおう、2人とも元気にしてやがったか!ってか、なんか楽しそうだな?」
 ラトリアの呼びかけに陽気に答えながらこちらへ来たのは、オーマ・シュヴァルツ。以前、ラトリアがレンカッルドと喧嘩した際に相談に乗ってくれた内の一人だ。ラトリアは笑顔のまま、お月見をするのだと伝える。
 「オーマさんも一緒にどう?」
 「おうそりゃ楽しそうだな。んじゃぁいっちょ今日はお月見親父愛ビバ聖筋界★とでもいくかね?」 
 オーマはにかっと笑みを浮かべてそう言った。
 「二人ともありがと♪それじゃ、明日の夕方にあたし達の家に来てね」
 「お団子から作りますから、その準備もお願いしますね。基本的な材料とレシピは私達が用意してます」
 「わかりました。明日、楽しみにしています」
 「俺も楽しみにしてるぜ。じゃ、また明日な!」
 二人の言葉にラトリアとレンカッルドはにっこりと頷いた。



〈お団子作り〉


 翌日の夕方。
 それぞれ材料や道具などを持って、健一とオーマはラトリアとレンカッルドが住む家へと訪れた。
 「いらっしゃい♪」
 笑顔で彼らを迎えたラトリアは、「こっちこっち」と言って居間へと案内する。
 「ふわーオーマさん色々持って来てくれたんだね」 
 ススキを始め、団子の材料や団子を飾る三方台…その他酒や水筒のようなものまで彼は持っていた。ラトリアが感心したように彼の荷物を見ていると、やや太めのススキがさわさわと動き、その『顔』をラトリアへと向けて話し出した。
 「ようお嬢さん、初めましてー♪」
 「きゃっ…ススキが喋った?!」
 驚くラトリアにオーマが笑いながら説明する。
 「ああ、驚かせて悪いな。そいつらは俺が育てた人面ススキだ♪」
 「人面ススキって初めて見た…山本さん見たことある?」
 目をぱちくりとさせてススキを眺めるラトリアは、隣を歩く健一に問い掛けた。
 「いえ…僕も初めてです」
 「色んな生き物がいるんだね…」
 「そうですねぇ…」
 ラトリアと健一は妙に感心した様子でオーマの背中で揺れるススキたちを見つめた。


 「山本さん、オーマさん、こんにちは」
 テーブルにボールや粉類、砂糖に水などを用意していたレンカッルドは、居間にやってきた二人に顔をあげて会釈した。
 「お、準備万端だな」
 「はい」
 オーマの言葉ににっこりとレンカッルドは頷く。
 ラトリアや健一、オーマも各々エプロンを身につけ手を洗い、全員の準備が整った。
 「あ、オーマさんのエプロン可愛いね♪」
 うさぎ柄にふりふりがついた桃色のエプロンを身につけたオーマに、ラトリアはさして気にした様子も無くにこにこと言った。
 「そーだろ可愛いだろ♪」
 同じくにこにこと応えるオーマ。そんな二人を見ながら、健一とレンカッルドはこっそりと会話を交わした。
 「あれを着こなせるオーマさんもですけど…可愛いと言えるラトリアさんもすごいですよね…」
 「そうですね…」
 「どうしたのー二人とも?」
 「え、ううん、何でもないの。準備できたから、作り始めましょうか」
 「うん!」



 「お団子作りからとは…どんなのが出来るか、楽しみですね」
 健一は穏やかに微笑みながら、慣れた手つきで白玉粉と上新粉と砂糖に水を混ぜていく。その隣でレンカッルドは彼が用意してきてくれた蓬を刻んでいた。
 「ええ。…美味しく出来るといいんですけど…」
 「皆さんで一生懸命作るんですから、きっと美味しいですよ」
 ふんわりと微笑んで言う健一に、レンカッルドも笑みを返す。
 「ふふ…そうですね」
 程よい柔らかさになった生地を半分に分けて、内一つの中に蓬を混ぜる。ゆっくりと こねていくと、段々と綺麗な緑になっていった。
 「蓬のいい香りがしますね」
 「本当に。色も綺麗…山本さん、持って来てくださってありがとうございます」
 「どういたしまして…喜んで頂けて、何よりです」
 ころころと器用に団子を丸めながら、健一はにっこりと微笑んだ。


 「あ、オーマさん上手♪」
 「ラリィも上手く丸めてるじゃねぇか」
 和やかに、穏やかな様子で団子作りを進めている健一とレンカッルドとは対照的に、ラトリアとオーマは賑やかに作業を進めていた。二人が作業するテーブルには、オーマが持ってきたみたらしのたれやきな粉、餡子なども置いてある。三方台に飾るのとは別に、食べる時に色々とあったらいいだろうとのことだった。
 「うさぎの形だ〜器用だねぇオーマさん」
 「はは、まあな〜」
 オーソドックスな丸いものとは別に、兎型やアニキ型(何やら不思議な形)…などと 様々な形を作っていくオーマの隣でラトリアは楽しそうに目を瞬かせた。
 「あたしもうさぎ型作ってみようかなっ」
 残りの生地を手に取り、ラトリアは手の平や指で生地を伸ばして兎を形作っていった。
 親子が一緒に作業をしているような様子に、向かい側の二人は微笑ましい視線を送っていた。


 このようにして、団子の形作りは出来。
 沸騰したお湯の中に入れ、水面に浮かんできたところをすくって手早く冷やす。
 「わぁ、すごい。たくさん出来たね」
 つやつやと綺麗に出来上がった団子を皿に盛りながら、ラトリアが言う。
 「本当に…ちょっと皆で食べきれないかもしれないわね」
 ラトリアたちが借りた三方台と、オーマが持ってきた三方台の二つに白の団子を飾りながらレンカッルドも同意する。
 その隣で彼女に団子の飾り方を教えていたオーマが上機嫌な様子で言った。
 「まぁ、余ったらそれぞれで持ち帰ったらいいじゃねぇか」
 「そうですね、そうしましょうか」
 重ねて言った団子の一番上にちょこんと最後の一つの乗せて、こっくりと頷いた。
 「出来た」
 「あ、見せてもらった本と同じだ♪」
 綺麗に飾られた三方台をラトリアが嬉しそうに見つめる。
 「あちらに持っていけばいいですか?」
 一つを持ってそう問い掛けた健一に、レンカッルドは「はい、お願いします」と返した。
 「お、じゃぁもう一つは俺が持ってくな」
 「ありがとうございます。…ラリィ、私たちは残りのお皿や飲み物を持っていきましょ」
 「うん」
 にこにことしながら、ラトリアはお盆を持って縁側へと向かうレンカッルドの後に続いた。



〈月を愛でる〉



 「ふわー…綺麗な月…すごい」
 人面ススキたちの手(?)により、庭先にはテーブルと椅子が置かれ、ススキも綺麗に飾られていた。
 椅子に腰掛け、空を見上げた四人は暫くぼうっとした様子で月を眺めた。
 夜空に静かに佇む満月は、どこか厳かな雰囲気を感じさせた。
 美しく輝く月は、灯りが少ない周囲にさして邪魔されることなく、その姿を余すところ無く晒していた。
 「こんなに綺麗に見えたのって、初めて」
 感嘆した様子で呟くレンカッルドの隣で、他の三人も頷く。
 「綺麗なもんだなぁ…俺のいた世界では、空が死んでてこんな風に月が見れることなんかなかったぜ」
 感慨深くオーマが言った。
 「本当に、見事ですね…」
 用意された緑茶を手にして健一もため息を漏らした。


**……


 「…あ、それじゃぁ折角作ったんですし、お団子も頂きましょうか?」
 暫く月を眺めた後、レンカッルドの言葉から三人はゆっくりと月からテーブルへと視線を移した。
 「あっそうだね♪」
 にっこりと笑ってラトリアは小皿に取り分けた団子を見つめた。
 健一は「いただきます」と律儀に言って、蓬団子を口にする。程よい甘さと蓬の香りが相まって、美味しかった。
 「おいしく出来たねー♪」
 「本当、良かった」
 「あ、そういや紅茶持って来てたんだよ」
 「この銀色の水筒ですか?」
 「おう、それだ。ルベリアっつー花から淹れたやつでな、注ぐ奴の想いによって色が変わるんだよ」
 「へぇ面白そう。じゃ、それぞれで注いでみよう♪」
 新しく用意したティーカップに、ラトリア、健一、レンカッルド、オーマの順で注いでいった。
 「わぁ…綺麗。あたしのは、杏色、かな?」
 「ラリィに似合うわね。・・・あ、山本さんのは綺麗な青色ですね」
 「ブルーキュラソーみたいな色ですねぇ・・・レンさんは、淡い緑色ですか」
 「おー皆綺麗に色が分かれたな。…お、俺は赤だ」
  四種四様のお茶の色を楽しみながら、和やかにその味も楽しんだ。


 「あ、そうだ」
 談笑しつつ、月を愛でていた途中で健一が思い出したように声を出した。
 「どうしました?」
 問い掛けたレンカッルドに、「あのですね…」と言いながら自分の荷物から小型の竪琴(ハープ)を取り出した。
 美しい水色の龍に象られた琴にラトリアとレンカッルドは感嘆のため息を漏らす。
 「綺麗な造りですね…」
 「ありがとうございます…それで、もし宜しければ合奏しませんか?お二人も楽器演奏をするとお聞きしたもので」
 「合奏…!いいですね、是非お願いします」
 健一の申し出に二人は嬉しそうに顔を輝かせた。
 「じゃぁ、あたし二階から楽器を取ってくるよ!」
 うきうきとした様子でラトリアが足取り軽く駆けて行った。

 程なくして、ラトリアは健一の物とは少々形の違っているが、同じ竪琴を持って庭に降りてきた。
 「えーと、曲はどうしましょう…?」
 「この曲はご存知ですか…?よく白山羊亭で、吟遊詩人の方が弾いているのですが…」
 健一は滑らかな指使いで弦を奏でた。それは、白山羊亭によく行く二人にとっては馴染みのある曲だった。
 「…あ、わかります。それでは、その曲で」
 いいよね?とレンカッルドはラトリアに目で聞き、ラトリアも笑顔で頷いた。
 膝に竪琴を抱えて、三人は目線で合図をして、合奏を始めた。
 オーマは興味深そうに三人を見つめて演奏に聴き入る。
 穏やかなメロディで紡がれる曲は、ソーンの自然や和やかな人々の生活を想像させた。
 共鳴するように三人のそれぞれの音が重なり、美しい音色を響かせていった。

 「………」
 合奏が終わり、曲の余韻が残る中、顔を上げた三人にオーマが笑顔で拍手を送る。
 「良かったぜ!竪琴が三つってーのもいいなぁ」
 オーマの賛辞に健一と二人はやや気恥ずかしそうにしながらも、嬉しげに微笑を交わした。


 健一たちが楽器をしまうのを見ると、おっし、と膝をぱんと叩いてオーマが立ち上がった。
 「イイもの聴かせてもらったお礼だ。どうだ、ちょいと月夜の空を遊覧飛行でもしないか?」
 「遊覧飛行?」
 「おう。俺の背中でよかったら…乗せてくぜ」
 そう言うと、オーマの身体が次第に変化していく。何が起きているのか把握出来ない三人は驚いた様子で彼の変貌を見つめていた。
 「……三人乗せるには、十分だろ?」
 翼を持つ、巨大な銀の獅子に変貌したオーマは、にっかりと笑って言った。
 「オーマ、さん…?」
 目をぱちくりとさせて彼を見つめる三人に、オーマは一人陽気に話す。
 「お、驚かせたかー悪い悪い。これも俺の姿の一つってな」
 「びっくりしたー」
 姿は違っても、話す声や雰囲気からオーマだと感じる。少しの間は驚いていた三人だったが、彼の言葉を聞く内に驚きも消えていった。
 「下から見るのもいいが、空で見るのも悪かないと思うぜ」
 背に乗るよう促すオーマに、ラトリアたちは恐る恐る、といった様子で彼の背に乗る。
 「重くないですか?」
 「おう大丈夫だぜ。…それじゃ、行くか」
 三人ともきちんと乗ったのを確認すると、後ろ足で地を蹴り、ふわりと宙へ浮きゆっくりとした速度で空へと昇っていく。
 「すごーい…空飛ぶなんて初めて…!」
 ラトリアのはしゃぐ声に同意するように頷いたレンカッルドが、近づいてきた月に声を漏らした。
 「あ、月が…」
 「近くで見ると、また壮観ですね…」
 隣に居る健一も目を細めて月に見惚れた。
 涼しい風に吹かれながら、ゆったりとした気持ちで四人は遊覧飛行を楽しんだ。



 数分後、地上に降り立った四人は「そろそろお開きにしようか」とのことで一致し、片付けを始めた。
 余った団子はそれぞれレンカッルドが用意したプラスチックの容器に分けて、持ち帰ることにした。

 「二人とも、今日は付き合ってくれて本当にありがとう」
 「合奏や遊覧飛行、とっても楽しかったです」
 ぺこりとお辞儀をする二人に、健一とオーマも笑顔で応える。
 「こちらこそ。楽しい時間を過ごせました」
 「俺もお月見を初体験できたしな♪来てよかったぜ」
 二人の言葉にラトリアとレンカッルドは嬉しそうに微笑んだ。

 それからまた暫く談笑してそれぞれの家に帰った二人を、美しく輝く月は静かに見つめていた。




 終.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【0929/山本健一/男性/19歳(実年齢25歳)/アトランティス帰り(天界、芸能)】

※発注順

NPC:ラトリア・フォーリンズ
NPC:レンカッルド・フォーリンズ
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■         ライター通信          ■
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ご参加ありがとうございました。ライターの佳崎翠です。
ラトリアとレンカッルドの月見にお付き合いくださいましてありがとうございました♪

山本健一様
初めまして。この度はご発注ありがとうございました(^^)
合奏を、ということで、とても嬉しく思いながら書かせて頂きました。
話し方などイメージと合っているとよいのですが><
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。

それでは。またお会いできましたら嬉しいです。