<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
一片の幻 −狂華
街外れの湖の畔に『Gefroren Leer』と名を掲げる占術館が在った。
名の通り、占術でヒトを視る事を商売にしているのだが、他にも探偵紛いの事や、御守り、各種咒術薬の販売も遣っているらしい。
……要するに、出来る事は皆遣っとけ、と云った節操無い場処でもあった。
そして。
「……おや、ラウシュの花弁が切れそうだ。」
此の館の主にして占術師であるノイルが呟いた。
此処は館の地下室。
処狭しと抽斗やら硝子瓶やらが並べられ、ありとあらゆるモノ――植物や動物の爪だと即座に判断出来る様なモノから、如何見ても全く正体が不明なモノ迄――が保管されている。
ノイルは此処で咒術薬等を調合し、必要に応じて分け与えているのだ。
「ラルゥ……独りに任せるには一寸足りないな。」
ノイルは乾燥処理された朱色の花弁が入っている、一抱えも有る硝子瓶を棚から取り出す。
蓋を開いて中の量を確認すると考え込んだが、直ぐに何かに思い当たったらしく顔を上げた。
「嗚呼……御客さんだ。」
* * *
「何だ、アレ……。」
黒い髪と兎耳を揺らして、森の中を散歩していた少年は不図立ち止まる。
普段来ない方まで足を伸ばしてみれば、湖と其の畔に建っている洋館が見えた。
其れが唯の住居なら近附くべきでは無いだろうが、玄関前の階段に小さな看板らしきモノが立っているのを見て首を傾げた。
名を黒兎と云う此の少年は、其の館に興味を引かれた。
――一寸、見るだけ……、
そう思って、黒兎は館に近附く。
階段の前迄行って、其の看板に『Gefroren Leer』と書かれて居るのを認めた時、黒兎の意図とは裏腹に其の扉が内側から勝手に開いた。
「……ッ、」
黒兎は思わず肩を振るわせて其方に視線を移す。
「おや、此は此は……可愛らしいお客さんだ。」
然し中から出て来たのは妙にのんびりしたアルトの声と、黒兎と同じく全身を黒で包んだ麗人。
其のヒトは警戒している風の黒兎を見るとにこりと微笑み、扉を開けきって手招きした。
「そんな処に立ってないで折角だから御入り。御茶位なら出せるけど……、」
結局招かれ入れられて仕舞った黒兎は、多少強張った表情の侭ふかふかのソファに腰掛けていた。
「……そんなに警戒しなくても大丈夫だよ……、」
先程黒兎を誘った此のヒトはノイルと名乗った。此の館の主であるらしい。
其のノイルが苦笑し乍淹れ立ての紅茶をカップに注いで黒兎に差し出す。
「此処、何……、」
其れを受け取り乍、黒兎は疑問に思っていた事を訊いた。
ノイルは自分用にもう一杯紅茶を注ぎ乍、うん、と首を傾げる。
「此処……、嗚呼此の館の事かい、」
其の問いに紅茶を吹き冷ましていた黒兎はこくりと頷く。
「そうだねぇ、勿論私達の住居でもあるし……。私が占術師だからねぇ、占いの館としても開いてるよ。」
――他にも色々遣ってるけどねぇ。
笑い乍そう答えるノイルに、黒兎は彼の看板の存在理由を理解した。
然し、其れよりも引っ掛かる言葉が有った。
「私……達、」
未だ他に誰か居るのか、と思って無意識に軽く眉を顰めるとノイルが眼を瞬かせて続けた。
「嗚呼、私ともう一人……、」
「――駄ー目、ノイル。誰も捕まんないや。」
然し其の言葉は最後迄綴られる事無く、突然扉を開けて部屋に入ってきた人物に遮られた。
「……ぁー、ごめ。御客さんだった、」
蒼味掛かった銀の髪を腰辺り迄伸ばしっ放しにしている其の人は、一見女性にも見えたが薄着であった為体格で男性と知れた。
新しく現れた人に黒兎は警戒と興味の混じった視線を送る。
其れに気附いた青年は黒兎の方を向き、にこりと微笑むとひらひらと手を振った。
「……っ、」
ぴく、と反応して直ぐに視線を逸らした黒兎を慈しむ様な眼で見た後、亦視線をノイルに戻す。
「どーしよっか、俺だけでも行って来る、」
「そうだねぇ……切れるのは避けたいし。ラルゥで集められるだけ採ってきて貰えるかな、」
目の前で交わされる言葉に黒兎は首を傾げる。
「何の話、」
其の言葉にノイルが視線を移して苦笑する。
「やぁ……薬を作るのに使う材料が切れそうでね、ラルゥ……って、此の仔に採って来て貰おうって話。」
「……人手、足りないの、」
話の流れで大体を察した黒兎は更に問う。
「ぁー……。」
言葉を濁したラルゥと呼ばれた青年に、淡々と黒兎は告げる。
出会ったばかりの人と一緒と云うのは気が引けるが。
「何かの縁だし、良いよ。……僕、手伝っても。」
* * *
「……矢っ張、見知らぬ人と一緒って落ち着かないか、」
彼の後きちんとラルーシャだと名乗った青年が苦笑気味に問う。
目的の花が咲く場処迄一寸した距離が有るのだが、其の間殆ど無言であった。
こくりと頷いた黒兎に、ラルーシャは苦笑を深くした。
「ま、そろそろ着くよ。そろそろ別行動するか。」
「うん。」
黒兎は少しほっとし乍ラルーシャと別れて花を探した。
聞いた話では、其の花は高い処に咲くと云うので、木々の間を見上げて歩く。
不図紅い色が見えたかと思うと、其処から先は同じ紅が狂い咲いていた。
「わ……っ、」
黒兎は其の光景に暫し目を奪われたが、目的を思い出して近くの木に登り始める。
身長が120cm程度の黒兎では、花の咲いている位置迄手を伸ばしても届かない為である。
太い枝にジャンプして跳び乗ると、手が届く範囲の花弁をぷちぷちと摘んでいく。
館で借りた小さな籠を背負い、軽く木の上を移動していると、先程別れたラルーシャを見掛けた。
彼の人は如何遣って集めてるんだろう、と思って黒兎は其処でこっそり眺める。
其の存在に気附いて居るのか居無いのか、ラルーシャは咒法で器用に風を操り、辺りには傷一つ附けずにふんわりと花弁だけを舞わせていた。
――花吹雪だ……、
其の光景に眼を見張っていた黒兎は、然し、途中で違和感を感じて軽く咳き込む。
――アレ、何か…………。
意識がくらり、と揺らぐ。
そして、突如視界に現れる羽撃く影。
朦朧とした意識だが、慌てて視線を走らせる。
然し其れは自身の予想より遙かに速い動きで、黒兎に襲い掛かる――。
「……っぅわあぁぁぁッ、」
避けようとして不安定な枝の上でバランスを崩し、黒兎の躯が宙へと放り出される。
“落ちる”なんて思う暇も無い程、思考は恐怖に塗り固められていた。
受け身も何も取る事が出来ず、強く目を瞑って落下して居た黒兎の耳に慌てた様な声が聞こえる。
「……黒兎君ッ、」
次の瞬間、軽い衝撃を受けて何が起こったのか解らない侭、黒兎はゆっくりと眼を開く。
「あっぶな……御免、居るのは解ってたけど真逆そんな近くだとは思わなかった。」
落ちてきた黒兎を間一髪で受け止めたラルーシャが申し訳なさそうに云った。
「……え……、」
――あれ……禽、は……。
ぼんやりと呟く黒兎の頭をラルーシャが撫で乍続けた。
「嗚呼、禽を見たのか……そりゃ怖かっただろうな。」
「ラルーシャ、さん……、」
黒兎の訝しげな視線を受けて、ラルーシャは手を止める。
「ラルゥで良いよ、長いだろ。……そだな、俺が風を使って花を飛ばした所為で、屹度花粉を吸っちゃったんだ。」
苦笑して亦、御免な、と告げる。
そう云えば花粉には幻覚作用が有ると聞いていた、と黒兎はやっと合点が行った。
そして、今の状況に気附いて慌てて離れる。
「っ……、……ぁ、有難う。」
「いぃえぇ。」
其の様子を何処か愉しげに見乍ラルーシャは返した。
「さて、じゃぁそろそろ帰ろうか。」
* * *
「おかーえり、如何だった、」
館の方へ帰ると、ひょこりと玄関からノイルが出て来た。
「黒兎君の御陰で大漁。」
ラルーシャはそう云うとノイルに二人の収穫分を渡した。
「ん……有難う。此だけ有れば当分は大丈夫そうだね。」
花弁の量を確認して、ノイルが満足そうに頷く。
「有難うね、黒兎君。」
黒兎に向けて笑顔を咲かせると、ノイルは其の侭続けた。
「さて、と……御礼に夢を見せて上げる。」
――夢、
意味が解らず首を傾げている黒兎に御構い無しに、ノイルは紅い花弁を四枚手に取って湖へ歩を進めた。
「摘み立ての花弁と、綺麗な水、其処に月光と、ほんの少しの想いを与えれば……。」
丸で何かの料理のレシピを唄う様に、ノイルは湖へと花弁を散らした。
すると、四枚の花弁が作る四角の中に、陽炎の様なモノが浮かぶ。
ゆらり、ゆらり、と其の中に生まれたのは淡い光を湛えた色取り取りの蛍。
夕闇の中に浮かび上がる其れは、迚も幻想的で。
「わぁ……っ、――ッ。」
黒兎は一瞬目を輝かせたが、周りに二人も居る事を思い出し、直ぐに表情を隠す。
ノイルは其れに気附かない振りをして、恭しく御辞儀をした。
「気に入って頂けたかな。」
「嗚呼……。」
黒兎は其の様子に安堵して、変わらない口調で返した。
そんな黒兎を可愛らしく思い、ノイルとラルーシャは微笑み掛ける。
――気が向いたら亦御出。
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
[ 2906:黒兎 / 男性 / 10歳(実年齢14歳) / パティシエ ]
[ NPC:ノイル / 無性 / 不明 / 占術師 ]
[ NPC:ラルーシャ / 男性 / 29歳 / 咒法剣士 ]
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
初めまして、徒野です。此の度は『一片の幻』に御参加頂き誠に有難う御座いました。
そして大幅な遅刻で御届けが遅くなった事、誠に申し訳有りませんでした……ッ。
御話の方はこんな感じで纏めさせて頂きました。
一寸プレイングとは前後する処が有りますが……。
こんな作品ですが、一欠片でも御気に召して頂ける事を祈りつつ。
――其れでは、亦御眼に掛かれます様に。御機嫌よう。
|
|