<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『始まりの時〜真紀とチェリオ〜』

●出発
 杉野真紀がその仕事を選んだ事には、深い意味はなかった。突然
のビジョンからの呼びかけ。それに応じてソーンにやってきたまで
はよかったものの、この世界でも生きていく為には働かなくてはな
らなかったからだ。
 フォールン・シティの東の街、『カグラ』まで荷を運ぶという隊
商の護衛に参加した真紀。幸い、部活中に呼び寄せられた為に、ア
ーチェリーが手元にあった。それが無ければすぐには受け入れても
らえなかっただろう。
 東の街に向かうには、深い森を抜けていかなくてはならない。近
頃はそこに根付いている山賊たちも多く、護衛として雇われている
者たちの数はけして少なくはなかった。しかし、女性で参加してい
る者は他にはおらず、真紀の存在はやや隊商の中で浮いたものにな
っていた。カグラまでは5日の道のり。真紀にとっては長い旅にな
りそうであった。


●襲撃
「来たぞ! 迎え撃て!」
 5日目の明け方、見張り番を終えた真紀が眠りにつこうとした時、
天幕の向こうから大きな声が聞こえてきた。慌ててアーチェリーを
手に飛び出すと、既に前後から挟撃される形で戦闘になっている様
であった。
(ここからなら、後ろに回った方が早いわね)
 隊商の殿に到達すると、そこは既に乱戦になっていた。弓を手に
持ってはいるものの、彼女の腕では味方に当たらないという保証は
ない。
(それならっ!)
 ポケットから一枚のカードを取り出した真紀は、素早く精神を集
中させた。カードの輪郭が歪み、虹色の光を纏ってエンジェルのビ
ジョンが具現化される。翼を広げて夜明けの空に舞い上がると、疾
風の様に山賊たちに斬りかかっていった。
 分断され、劣勢に陥っていた護衛の戦士たちも、凛々しいエンジ
ェルの姿に勇気づけられたのか、次第に山賊たちを押し返し始めて
いく。その間も、彼女のエンジェルは敵の刃の餌食になりかけてい
た仲間達を幾人も助けていた。
 ついに山賊たちの一角が崩れ、逃げ出す者さえ現れ始めた。
「あいつら、逃げていくぜ!」
「逃がすな! 捕まえれば賞金が出る!」
 血気に逸った護衛の一部が、山賊たちを追撃しようと駆け出して
いく。真紀には、それに同調する意思はなかったものの、慣れない
召喚のせいか、エンジェルとの間が大きく開いた形になってしまっ
た。
ガサッ!
「きゃっ!」
 その時、木陰に潜んでいた山賊の一人が、真紀に向かって飛びか
かって来た。不意の襲撃に動揺した真紀の集中が途切れ、ビジョン
の実体化が解かれてしまう。
「くたばれっ!」
 山賊の振り下ろす刃を、かろうじてアーチェリーで受け流す真紀。
しかし、もう一人現れた事に気を取られた隙に、弓を大きく弾かれ
てしまった。
「あっ!」
 弓を取りに駆け寄ろうとした隙を、相手は見逃さなかった。無理
に体を捻った真紀の体に、かわし様のない一撃が決まろうとした瞬
間……。
キンッ!
 一発の銃弾が、山賊の刀を根元からへし折っていた。 


●遭遇
「かよわい女の子に二人がかりとは、ちょっとせこいんじゃねぇか?
あぁ?」
 銀色の銃を手に、真紀のピンチを救ったのはベレー帽をかぶった
少年であった。もう片方の手には漆黒の銃を構え、油断なく山賊に
狙いをつけていた。
(今だ!)
 山賊の動きが止まったのを見て、真紀は大きく前転をする要領で
相手の間合いから抜け出した。二人の山賊が慌てて、それを追いか
けようとしたが、短い銃声が二度響き渡った時、彼らの体はゆっく
りと森の土に倒れていった。
「ふぅ……」
 真紀はひとつ大きく息をつき、それから周囲を見渡した。どうや
ら目の前の二人が最後だったらしい。付近にはもはや戦闘の音も聞
こえなくなっていた。
「あの……助けてくれてありがとうございます。私の名前は杉野真
紀。あなたの名前は?」
「チェリオ。チェリオ・リュームだ」
 少年はホルスターに銃を戻し、ゆっくりと真紀の方に近寄ってき
た。近くで見て初めて、長い前髪に隠された彼の瞳が、青であるこ
とに真紀は気がついた。
「ビジョンを制御してる時は、けして動揺しない事だ。動揺は心に
隙を作り、精神集中を妨げる。一人前のビジョンコーラーなら、こ
の程度の敵に襲われたくらいでは、実体化の妨げにはならないもの
だぜ」
 チェリオは開口一番、そう言って真紀を睨みつけた。自分よりも
年下(と思われる)少年にいきなり叱責を受け、真紀はしょげかえ
った。
「ご、ごめんなさい……」
「それが出来ないのなら、仲間にきちんと言っておく事だな。ビジ
ョンの制御中は他に対処できないってな」
 悪気はないのだろうが、チェリオの言葉は厳しかった。無論、そ
れは真紀を思っての事であり、彼女も気がついてはいたのだが。
(もう少し優しく言ってくれてもいいのに……)
「あんた、この辺の人間じゃあないだろ?」
「え……、うん。私は呼ばれて来たんです」
 その頃には山賊を追っていった連中も戻ってきており、隊商は急
ぎ、カグラを目指して出発する事になった。チェリオはそれに同行
する事を伝え、真紀は彼に自分のこれまでの経緯を馬車の上で語る
事となった。


●別離
「なるほど。そういう事か」
 馬車に揺られて数刻、真紀が話を終える頃にはチェリオも少しは
態度を軟化させていた。
「真紀は、ティエラに行って来た人間と会った事があるのか?」
 しばらく遠くを眺めていた後、チェリオは不意に彼女に問いかけ
た。
「ううん。私も帰ってきた人たちの話を聞いたって言うだけよ。実
際には会った事はないわ」 
「そうか……」
 呟くと、少年はそのまま黙り込んだ。小さく揺れる馬車の上で、
背中を縁に預けたまま、目を閉じる。
(きっと……大事な友達がいたのね。忘れることの出来ないような)
 真紀は、彼が思い出の中の友人と対話する事を邪魔しないように、
静かに遠くの景色を眺めていた。
「ん……そろそろか……」
 しばらくして、チェリオの声を聞いた真紀が目を向けると、彼の
姿は少しずつ薄くなっていくところだった。
「夢から覚めるようだな。次にまた会ったら、その時は戦う心得っ
て奴を教えてやる」
「チェリオ君……」
「慣れてるけどな。俺は女だ」 
 チェリオは二本指を振って別れの合図を送った。ほんの僅かに苦
笑を浮かべた横顔を残し、彼女の姿は真紀の視界から消えていく。
「またね」
 真紀は笑顔でそれを見送った。いつかまた、再会できる。そんな
予感があった。だから、さよならは言わない。
 カグラの城壁が遠く、どこまでも青い空の下に見えてきた。

                            了


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業

2573/杉野真紀/女性/17/ビジョンコーラー
2959/チェリオ・リューム/女性/15/ビジョンコーラー

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。今回はソーンのシチュエーションノベルでご
指名いただき、ありがとうございます。ソーンでの執筆は初めてと
いう事もあり、いささか戸惑った面もありましたが、楽しんでいた
だけたでしょうか。。
 よろしければまた、次の機会にお会いしましょう。お相手は、神
城仁希でした♪