<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
地下遊園地にようこそ!
------<オープニング>--------------------------------------
「あら、冥夜久しぶり」
爆音と共に入ってきたのは、黒髪の長いツインテールを揺らした少女だった。店を壊されても、エスメラルダはいつもの事だと気にもとめない。突拍子もない事をやり出す冥夜の登場の仕方に慣れてしまったのだった。
「やっほー! 今日も黒山羊亭は大繁盛で何より、そして冥夜ちゃんラッキー!」
「またなんかとんでもない依頼持ってきたんじゃないでしょうね」
エスメラルダに訝しげな瞳を向けられ冥夜は、ぶーっ、と頬を膨らませる。
「そんなことないもん。今日はねー、地下にある遊園地に御招待なんだから」
「地下にある遊園地? いつ出来たの?」
「ん? さっき」
さらり、と告げる冥夜に向けられたエスメラルダの視線は冷たい。
「さっきって‥‥もしかして実験しようっていうんじゃないでしょうね‥‥」
「実験? 違うよ。試運転するからそれに付き合ってくれる人探してるの。作ったのは良いけど、まだ全然動かしてないんだよねー」
ニパっ、と笑みを浮かべる冥夜。エスメラルダは眉間を軽く押さえながら溜息を吐く。
「それを実験と言うんじゃないの‥‥。まぁ、いいわ。それで一体どういう遊園地なの?」
「色々。お化け屋敷とか絶叫マシーンとか」
遊園地と言われるところにあるようなものは大抵あるよ、と冥夜は言う。
「それじゃぁ結構まともなのね」
「施設自体は多分。ただ、4つに遊園地内が分かれててそこに一人ずつ案内の人が居るんだ」
「案内する人? どうしてよ」
あはははー、と明後日の方を見ながら冥夜はとんでもないことを言い出した。
「それがね、うちの師匠ってば茶目っ気たっぷりありすぎて普通の遊園地じゃつまらないって。だからちょっと時空弄って作ってみよう、とか言い出してさー。だから時空案内人が居ないと迷子になっちゃうんだよね」
帰ってこれなくなっちゃうの、と可愛らしく舌を出して笑う。そこは笑う所ではない。さすが変人師匠の弟子だ。
「まぁ、別に問題ないんじゃない? 戻ってこれるんでしょ?」
「普通の状態ならば」
冥夜の言葉にエスメラルダの動きが止まる。
「ちょっと待って。冥夜‥‥まさか今普通の状態じゃないって言うんじゃ‥‥」
「あったりー! 4人居る時空管理人が、開店前に情緒不安定なんだよね。だから遊園地楽しみながら、時空管理人と一緒に回って元気にしてくれる人を大募集中〜」
「なんていうか‥‥また面倒な依頼を‥‥」
「誰か居ないかなー」
そう呟きながらテーブルに肘を突いて、にゃはー、と冥夜は笑った。
------<お化け屋敷?>--------------------------------------
「うん、美味しい♪」
夕食を食べた後に、デザートのパフェをぺろりと平らげていくティオ・ウォーカーを見つめる兄のシュレディンガー・ウォーカーとリィシェイド・ウォーカー。シュレディンガーの方は、大丈夫か、と心配そうに。そしてリィシェイドはニコニコと微笑んでいる。対極の感情を示す二人にティオは微笑みかけた。
「リィ兄もシュウ兄も食べる? 美味しいよ」
「ホント? それじゃ頂こうかな」
ニコニコと差し出されたスプーンをぱくりと銜えるリィシェイド。そして、おいしいね、と笑顔で頷く。
「はい、シュウ兄も」
差し出されたスプーンとティオの笑顔を交互に見つめ、シュレディンガーはしばし戸惑う。しかしティオが食べるまでスプーンを下ろさないのに気付いていた為、いただきます、とそのスプーンに口を付けた。
「美味しいでしょ?」
「…美味いな」
その答えに自分が作った訳でもないのにティオは満面の笑みを浮かべた。兄たちの笑顔がティオにとっては何よりも美味しいスパイスなのだ。
普段は家でリィシェイドが作った夕食を食べるのだが、今日はたまたま三人で買い出しに出ていたところ遅くなり、お腹の空いた三人は黒山羊亭へとやってきた。黒山羊亭は混んでいたが、たまたま奥に空いていた席を陣取り、楽しい夕食を取ったのだった。
「ごちそうさまでした♪」
にっこりと微笑んだリィシェイドがティオに尋ねる。リィシェイドは自分の妹がデザートに目がないのを知っていた。自分が作れる範囲の物であればなんでも作ってあげたいと思う。
「今度家でも作ってあげようか? パフェ」
「ほんと?」
「本当だよ。ディンも食べるでしょ?」
「ん? あぁ、リィが作ったものなら……」
「それじゃ楽しみにしててね」
笑顔の裏でパフェの盛りつけを考えているのか、やけに楽しそうなリィシェイド。
ティオがそんなリィシェイドの姿を見ながら、楽しみ☆、と声を上げた瞬間、黒山羊亭に爆音が響いた。
「にゃっ!」
びくん、と身体を震わせ驚いたティオは半獣化してしまい、普段は隠れている猫耳と尻尾が飛び出す。
兄二人の方は半獣化は免れたようである。
「はわわわわわっ! 耳が、尻尾が!」
ティオは耳を押さえ、ぎゅっぎゅ、と早く元に戻るように祈る。半獣化の場合は時間が経てばなにもしなくても元に戻るのだったが、中途半端な状態は恥ずかしいらしくティオは慌てていた。
何事かとシュレディンガーは爆音のした方を眺め様子を探る。そこに現れたのは一人の少女だった。この店の踊り子であるエスメラルダが親しげに声をかけているから、危険人物ということはなさそうだ。そこまで考えるとシュレディンガーは危険はないと考え涙目で辺りを見渡しているティオへと声をかける。くしゃくしゃと頭を撫でてやると少しティオは落ち着いたようだった。
「凄い音だったな」
「今のなんだったの?」
「なんかね、今聞いてきたんだけど、いつもの事みたいだよ。気にしなくて良いって」
情報収集に行ってきたのか戻ってきたリィシェイドが告げる。
「いつもって……扉直すの大変そうだな」
ボロボロになった扉を眺めつつ苦笑気味のシュレディンガーが言うのを聞き、本当だね、とティオも笑う。
「あとね、面白そうな話をしてたよ。遊園地がどうのこうのって」
遊園地、という言葉にティオの目が光り輝いた。それにいち早く気付いたシュレディンガー。ティオがいう次の言葉は容易に予想出来た。
「面白そう♪ お化け屋敷はあるのかな、ジェットコースターとかはあるのかな」
「本人に聞いてみたら良いんじゃない?」
リィシェイドはエスメラルダと話している冥夜を指差した。そうだね、とティオは笑みを浮かべる。
人混みの苦手なシュレディンガーは頬を引きつらせ、ティオを眺めた。しかしそんなシュレディンガーの表情になどティオは気付かない。
ティオに手を引かれ、兄二人も一緒に冥夜の元へと向かったのだった。
「へぇ、兄妹なんだ。アタシは冥夜。よろしく☆」
簡単な三人の自己紹介を聞き冥夜は笑みを浮かべる。その頃にはティオの半獣化も収まっており、人との違いを示す部分は何処にも見あたらなかった。
「それでお化け屋敷のゾーン希望? 大歓迎しちゃうよ」
「はいっ。お化け屋敷志望します。でも、本当に無料で楽しんでしまっていいんですか?」
「うん、いいのいいの。こっちも調整したいからだし、それで楽しんで貰えれば万々歳。気になるところとか見つけたら遠慮無く時空管理人に言ってやって」
ありがとうございます♪、と全開の笑顔を向けるティオの頭に手を置いたシュレディンガーは言う。
「ティオ、恐いの苦手だろーが」
「恐いのは苦手だけど、お化け屋敷は別!」
ムキになって反論するティオにシュレディンガーは珍しく意地の悪い笑みを浮かべて告げた。
「それじゃ、俺を盾にしようとなんてするなよ?」
その言葉に、うっ、と詰まるティオ。どうやら初めからそのつもりだったようである。
「えーと、だったらシュウ兄を壁にして進むね」
「壁も盾も一緒だろーが! だから俺を盾にするなっつーの」
「シュウ兄、頼りにしてるからね☆」
ぐっ、と目の前で拳を握りしめるティオを見てシュレディンガーが叫ぶ。
「気合い入れて頼りにすんなっ!」
二人のじゃれあいをニコニコと笑みを浮かべてリィシェイドは見つめる。三人のいつもの光景だった。
「良いねぇ、仲良くて。アタシもお兄ちゃん欲しかったなぁ」
羨ましい〜、と冥夜に言われティオは恥ずかしそうに頬を染める。
「私の自慢のお兄ちゃんたちなんです♪ だから一緒ならきっと恐い場所も平気かなって」
「うん、きっと楽しんで貰えると思うんだ。それじゃ明日、お化け屋敷のゾーンまで案内するよ。楽しみにしててね」
「はい☆」
ティオ達はそれぞれ明日への思いを胸に帰宅したのだった。
------<レッツゴー!>--------------------------------------
朝から三人の家の中には良い匂いが漂っていた。
実はリィシェイドもお化け屋敷を楽しみにしており、気合いを入れて弁当を作っていたのだった。
そこへシュレディンガーがやってきて呆れたような声を発する。
「……リィ? これは……?」
「あぁ、オハヨ。それね、今日のお弁当だよ」
ニッコリと朝から満面の笑みを浮かべ、鼻歌を歌いつつ料理を作るリィシェイド。
「……美味そうだな」
「今、作り終わるからそうしたらご飯にしようね」
お茶淹れておいてくれる?、と頼まれシュレディンガーは軽く頷くとその用意を始める。
「おはよー☆天気良くて良かったね」
「おはよう。あ、ティオ。そこのお弁当箱に料理を詰めてくれる?」
そこへティオもやってきて、リィシェイドに頼まれパタパタと手伝い始めた。
「はーい♪ うわぁ、美味しそう。お昼が楽しみ☆」
「そうかな。そうだといいんだけど。それじゃ詰めるのよろしくね」
コポコポと音を立てるヤカンからシュレディンガーはお湯をティーポットに淹れる。
賑やかな朝の始まりだった。
冥夜に案内され、お化け屋敷のゾーンへとやってきた三人。
そびえ立つ巨大な門の下に一人の少女が立っていた。
「あ、セラ!」
冥夜が声を上げ手を振ると、その少女は小さく会釈してきた。
「こんにちは♪」
ティオが駆け寄って自己紹介をすると、セラはおどおどとしながらも、よろしくお願いします、と小さく告げた。それに続いてシュレディンガーもリィシェイドも自己紹介をする。余り異性と話す事に慣れていないからか、ティオと接するよりもおどおどしている様に見えた。落ち着かない少女を見かねて、ぽん、とシュレディンガーが頭を撫でてやると、びくっ、と激しく反応をしたものの、少し落ち着いた様子で挨拶をするセラ。
それを見て冥夜が、大丈夫そうだね、と小さく呟き言った。
「それじゃアタシは用事があるから此処までだけど、楽しんできてね」
「はい、どうぞ」
ヒラヒラと手を振り去ろうとする冥夜に、リィシェイドが包みを手渡す。受け取ってしまってから冥夜は首を傾げる。
「えっと……これは?」
「お弁当です。多めに作ってきたのでどうぞ」
まだたくさんあるんですよ、とリィシェイドとシュレディンガーは手にしている包みを上げた。
「いいの? わーい、お弁当なんて久しぶり。アリガトー!」
「リィ兄の料理は美味しいんですよ」
「本当? 楽しみ楽しみ。ありがたくいっただきまーす。それじゃ、また会おうね!」
じゃぁねー、と冥夜はお弁当を手に機嫌良く去っていった。
「ではこちらへどうぞ……」
門が開かれ中へと通される。
ティオは入る前からガッチリとシュレディンガーの服を掴んでいた。
「ティオ、服が伸びる」
「大丈夫。伸びちゃったら私がまた作るから」
そういう問題じゃねー、と喚くシュレディンガーだったがティオは気にもとめずシュレディンガーの背を押す。ティオは入る前からしっかり自分の前に壁を作っていた。
「こら、ティオ! 壁にするなって言ったろーが」
「壁じゃないもん。やっぱりお化け屋敷って一番初めの方が楽しめるでしょ? シュウ兄にその権利をプレゼントー☆」
「そうか、そうか。謹んでその役を譲ってやっからな」
くるり、とシュレディンガーは背にティオを付けたまま振り返る。回る景色の中に歩いてくるゾンビが見え、ティオは声もなくぎゅうっとシュレディンガーにしがみついた。
「感激の余り言葉もなかったりして?」
背でぶんぶんと首を左右に振るティオを感じ、あんまり苛めてもな、と仕方なく盾になってやろうかと身体を反転させる。しかし気付かないうちにゾンビが集まってきていたのか、ティオの背にそのゾンビの冷たい手が触れた。
恐怖に怯えたティオは声を発することなく半獣化してしまう。
それをリィシェイドと共に後ろからついていったセラが目撃し、目を丸くした。
「あ。ボク達元は猫なので驚くと半獣化しちゃうんですよ。そしてディンが転ぶと、ティオがくしゃみをすると、ボクが水に濡れると完全に猫化してしまって名前を呼んで貰わないと元に戻れないんです。その時はお願いしますね」
「は、はい……」
でも大丈夫ですか?、とティオを心配そうに見つめるセラにリィシェイドはにっこりと微笑む。
「大丈夫。ティオにはディンがついてますから。でも面白いでしょう?」
あの二人、と今も前方で全力で逃げ回っているティオと引きずり回されているシュレディンガーを指差しリィシェイドは笑う。ほんの少しだけセラに笑みが戻った。
ティオとシュレディンガーの向かった方とは別の道を発見し、リィシェイドとセラはそちらへと向かう。
「あっちとこっちでは何か違いがあるんですか?」
「えぇ、コースが違ってるんですよ。あちらは蝙蝠とか……」
こっちは?、とリィシェイドが尋ねようとした瞬間、上からゾンビが目の前に落ちてきた。逆さ吊りのまま、にたぁ、とそのゾンビは笑う。それに対し、リィシェイドもにっこりと笑みを返した。
呆気にとられたのはゾンビだ。脅かしているのに笑われるとはどういうことか、とセラの方へと視線を移す。小首を傾げるセラから再びリィシェイドへ視線を移すゾンビ。
「あんまり逆さ吊りになってると頭に血が上ると思いますよ〜。それじゃ」
にこにことした笑みを向け、リィシェイドはそのまま先へと進む。その後をセラが追った。
残されたゾンビは面白くない。そして次なる計画へと燃えたのだった。
ことある事にリィシェイドを脅かそうと試みるゾンビ。
穴から足を引っ張ってみたり、脇から飛び出してみたり様々な趣向を凝らしての登場だ。しかし一向に怖がる様子を見せないリィシェイド。
「ゾンビさん、元気ですね」
相変わらず笑みを湛えてリィシェイドがセラへと告げる。セラはリィシェイドの笑顔につられて笑った。
「恐くないんですか?」
「恐くないっていうか、こういうの好きだから。楽しいですよ」
その言葉を盗み聞いたゾンビは最終的にはバケツに水を組んできて、リィシェイドの上から水をぶちまけるということをやらかした。リィシェイドが水を被ると猫になる事等知るよしもない。
勢いよく水を被せられたリィシェイドは驚きの声を上げる前に可愛らしい猫の姿へと変わってしまう。セラが慌ててリィシェイドの元へと駆け寄る。水をかけたゾンビは口を開けたまま動かなくなった。驚かす方が脅かされてどうするというのだろう。
「えっと……名前を呼べばいいんでしたっけ?」
セラがリィシェイドに尋ねると、にゃー、と目の前の猫になったリィシェイドは鳴く。早く名前を呼んで貰いたかった。兄妹同士であれば、猫の姿になっても意思の疎通が出来るが、いくら鳴いても他人にはただ猫が鳴いているようにしか聞こえない。言葉で意思疎通する事に慣れてしまい、それ以外での交流は難しかった。
セラが頭の中でリィシェイドの名前を繰り返し、自信がなさそうな声で告げる。
「……リィシェイドさん?」
名前は間違っていなかった。
リィシェイドは再び人間の姿へと戻る。そしてほっとした溜息を吐いた。
「ありがとうございます。このままずっと猫の姿のままかと思いました。いつもなら名前を呼んでくれる人が数人隠れてるんですけど、今日は来ないように言ってたから……」
「間違っていなくて良かったです。でも名前を呼んでくれる人がいるんですか?」
セラはリィシェイドに尋ねる。するとリィシェイドはにっこりと微笑んだ。
「そうなんです。なんか皆いい人ですよね。御礼は笑顔で良いって言うんですよ〜」
ふにゃん、という可愛らしい笑顔をリィシェイドが浮かべる。それを見てセラはなんとなくその意味が分かるような気がした。その笑顔を見ているとなんでもしてあげたくなる気がしてくる。
そんな話をリィシェイドがしている間に、ゾンビは立ち直りリィシェイドの背後から忍び寄る。
今ならば脅かす事が出来るかもしれないと。
そーっと近寄り、リィシェイドの首筋に冷たい手を伸ばした。触れたと思った瞬間、鋭い裏拳がゾンビの鳩尾に入る。
声もなくゾンビはその場に倒れ込んだ。
そして笑顔のまま振り返るリィシェイド。セラは言葉もない。
「吃驚しちゃって本気でやっちゃった。大丈夫かなぁ」
鳩尾に見事に入ってしまったゾンビは、ゾンビのくせに伸びている。
「えっと、多分大丈夫だと思います……ゾンビですから」
んー、と暫く考えたリィシェイドはゾンビの頭を自分の膝の上に乗せた。
「とりあえず目覚めるまで待ってみようかなぁ」
「あ、はい。それじゃ……」
セラはリィシェイドの隣に腰を下ろす。
「このお化け屋敷楽しいですね。ゾンビさんがこんなに必死になって脅かそうと追いかけてくるお化け屋敷ってないと思う……」
「皆さん、凄く頑張ってくれてるんです。だから私も頑張らないと……」
ぐっ、と拳を握りしめるセラの頭をリィシェイドは撫でる。
「セラさんが頑張ってるから、きっとこの人達も頑張ってくれてるんですよ。皆で、お客さんに楽しんで貰おうって」
さっきよりも柔らかい笑みを向けられセラは頬を赤らめた。
「そ、そうでしょうか……」
「そうですよ、きっと。だから自信を持って下さいね」
その時、リィシェイドは膝の上でぴくりと動く気配を感じた。視線を向けると目を開けたゾンビと目が合う。ゾンビは自分が今置かれている状況を必死に把握しようと辺りを見渡した。そして自分がリィシェイドに膝枕されている事に気付く。
「あ、目覚めましたか? さっきは容赦なく攻撃しちゃってごめんなさい」
にこり、と笑みを浮かべるとゾンビの青ざめた頬に朱がのぼる。そして勢いよくリィシェイドから飛び退いた。そして首を左右に振りながら何処かへ消えていく。
「あれ? 行っちゃった……」
「あの……多分、恥ずかしかったんじゃないかと……」
なんで?、と首を傾げるリィシェイドにセラは曖昧な笑みを漏らした。
リィシェイドとセラが先に進んでいくと、前方に沼が見えた。
そしてティオの叫び声が聞こえる。
慌てて近づいていくと、猫になったシュレディンガーが動く手首に猫キックをお見舞いしている所だった。
「すみません、セラさん。名前呼んで貰って良いですか? ディンも猫になっちゃってるみたいです……」
セラは頷くとシュレディンガーの名前を呼んだ。
「シュレディンガーさん!」
ネコから人間の姿へ再び変化したシュレディンガーを支えきれず、ティオはそのまま地にシュレディンガーを落としてしまう。
思い切り尻餅をついたシュレディンガーはティオをじとーっと上目遣いで見上げた。
「ティオ……思い切り盾にしたな」
「頼りにしてるからだよ、シュウ兄♪」
ありがとう、と笑ったティオに呆れた表情を見せるシュレディンガー。
「ディンもネコ化しちゃってたんだね」
リィシェイドがシュレディンガーに手を差し出して起きあがらせる。するとシュレディンガーの下から先ほどの手首がよれよれと這いずりだし、沼へと戻っていった。そこで漸くティオは安堵の溜息を吐く。
「…も、ってことはリィも?」
よく見ればリィシェイドの身体はずぶ濡れだった。ルートが二つあった為、ティオ達とは別のコースを辿ってきたのだろう。
「うん、ボクもさっき水被っちゃって。今日は名前呼び隊の人には来ないように言ってあるから、セラさんに名前呼んで貰って元通りになったんだよ」
呼んでもらえたおかげでボク達猫の姿で動かなくても済むね、とリィシェイドはニッコリとセラに微笑んだ。ティオもセラに向かい礼を述べる。
「ありがとうございます☆ これで最後までリィ兄もシュウ兄も一緒に楽しめます」
「助かった。ありがとな。……それと、セラには悪いんだが……」
先ほど器物破損をしてしまった事をシュレディンガーが告げると、リィシェイドは笑って告げる。
「あー、ディンも壊しちゃった? ボクもー」
全く悪びれた様子もなくリィシェイドはそう言ってのけた。その言葉にティオとシュレディンガーは口を開ける。
「えっ? リィ兄も壊しちゃったの?」
「うん。ボクの場合は壊したっていうより、怪我させちゃったんだけど。さっき背後から肩叩かれて反射的に殴っちゃって……」
えへっ、と笑うリィシェイドにシュレディンガーは頬をひくつかせながら言う。
「リィ……俺より酷いな」
「その前に水被って大変だったからちょっと歯止め効かなくて」
笑顔を浮かべてはいるが、腹の内では濡れた事に相当腹を立てているのかもしれない。
「でもその怪我した人大丈夫なのかな……」
「大丈夫です……。先ほどの方はすでに死人ですから。本物のゾンビなんです」
セラがティオに向けて初めて笑みを見せる。しかしティオは顔面蒼白だった。
「ほ、本物? さっきのゾンビも吸血鬼も手首も全部?」
「えぇ、本物です。……あの、ティオさん?」
「はわわわっ。本物だったんだ……」
よろけるティオをシュレディンガーが後ろから支えてやる。
「そうだ、もう少しで休憩所があるんだって。お腹も空いたからそこでご飯にしよう」
ぱん、と手を叩いたリィシェイドは皆に同意を求める。セラは、そちらにはタオルもありますからその方が良いと思います、と告げた。その案にはシュレディンガーも賛成し、ティオもクラクラしながらそれに同意した。
------<お弁当>--------------------------------------
タオルで頭を拭きながらリィシェイドはティオ達に尋ねる。
「そっちは面白かった?」
「うん、とっても。でも本当に恐かった」
「ずーっとティオは俺の事盾にしてたんだけどなー。本当にちゃんと前見てたのか?」
「み、見てたよ。しっかりと薄目で」
「ティオ、薄目でしっかりと、って……」
くすくすと笑いながらリィシェイドがティオの頭を撫でる。そうするとティオは幸せそうな笑みを浮かべた。
「楽しんで貰えたようで良かったです。でも少し変更しないと……」
しゅん、と落ち込むセラの頭をぽんぽんと撫でるシュレディンガー。妹と同じ様な感覚なのだろう。慰める時はいつもそうしていた。セラはシュレディンガーに撫でられ少し安心する。
「大丈夫ですよ♪ 今日だって十分楽しいし、水被ることがあるかもしれません、って初めに言っておけば平気だと思うし。それに私達はくしゃみだったり転んでしまったりすると猫になってしまうってことがあったから、ちょっと困っただけで。普通の人なら問題ない訳だし」
ね?、とティオが微笑みかけるとセラは小さく微笑んだ。一番初めの固い表情は何処かへ行ってしまったようだった。
「それじゃご飯にしよう。セラさんもどうぞ」
「はい。ありがとうございます。いただきます」
目の前に広げられた料理の数々にセラは目を大きく見開く。
「あの、これはどなたが?」
「リィ兄です。リィ兄の料理は絶品なんですよ。お勧めです」
「気合い入れて多く作りすぎてしまったから、一杯食べて下さいね」
ニコニコとリィシェイドは告げ、セラの淹れてくれた温かいお茶を飲む。水で冷えた身体には心地よかった。
セラは口に料理を運び声を上げる。
「美味しいです」
口にあって良かった、とリィシェイドは告げて自分も料理を食べ始めた。
「今日は皆さんに来ていただけて本当に嬉しかったです。ありがとうございます」
「やっぱりこういうとこは皆で楽しまねーと」
来るのを嫌がっていたシュレディンガーだったが、こういう雰囲気ならばまた来ても良いと思う。
「騒ぎ回るとお腹も空くからお弁当も更に美味しいし」
幸せ、とティオが微笑むとそれが周りに伝染する。
セラの顔に笑顔が戻り、三人は残りもしっかり楽しもうと心に決めたのだった。
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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
●2354/ティオ・ウォーカー/女性/17歳/野良猫?
●2352/シュレディンガー・ウォーカー/男性/17歳/野良
●2353/リィシェイド・ウォーカー/男性/17歳/野良
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■□■ライター通信■□■
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ハジメマシテ、こんにちは。 夕凪沙久夜です。
大変遅くなってしまい申し訳ありません。
ご兄妹での参加まことにありがとうございます。
ドタバタしたコメディ調にしてみましたが如何でしょうか。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
ありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。
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