<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【砂礫工房】 捻れの塔の大掃除


------<オープニング>--------------------------------------

「よーし、掃除くらいしないと管理任されてる人間としてダメだよねー‥‥」
 気合いを入れて冥夜が捻れの塔の掃除を決意する。
 相変わらず塔の捻れ具合は変化し続けており、何階まであるのかも分からない。更に、言えば侵入者対策の仕掛けの止め方も未だに解明されてはいない。
 しかし放置すればする程、内部の埃は溜まっていくばかり。
 仕掛けの攻撃を避けつつ掃除を一人で行う事など到底不可能だ。
 ここは一つ協力者を募ろうではないか、と冥夜は思い立った。
 全てを解明された訳ではない捻れの塔は、隠し部屋なども多数有り行く度に違う部屋を見つける事がある。宝探しなどにももってこいだ。これなら冒険者も掃除をしながら楽しんでくれるに違いない、と冥夜は一人頷く。
「一緒に面白楽しく掃除をしませんか‥‥でいいか」
 これでよし、と冥夜は砂礫工房の入り口にぺたりと紙を貼り付けた。


------<砂漠の家>--------------------------------------

 突然目の前の空間が歪み、ノエミ・ファレールは砂漠の中に放り出されていた。今まで見えていたソーンの街並みは消え失せ、ノエミの周りには砂の海しか見あたらない。
「おかしいですね……」
 ノエミの方向感覚が狂った訳ではない。本当に空間が歪み、違う場所に繋がってしまったのだ。
 しかしここで混乱せずに振る舞えるのはさすがといえよう。辺りを見渡しながらノエミは冷静に状況を分析する。
 着の身着のまま砂漠に放り出されたノエミの目に映るのは、一件の屋敷とその周りに拡がるオアシスのみ。後は遥か彼方まで砂漠が拡がっていた。そうなれば行く場所は一つだ。
「あの屋敷に向かうしかないですね」
 何か分かるかもしれません、とノエミはその屋敷へと向かう。
 足の下で砂が乾いた音を立てた。

 扉の前に立ったノエミが見つけたのは、扉に張られた一枚のチラシだった。
「捻れの塔の大掃除……?」
 小さくノエミが呟いた時、屋敷の内部から、とっとっとっと、と何者かが走ってくる足音が聞こえてきた。それに気付いたノエミが素早く後方へ飛ぶと同時に、玄関の扉は外側へ勢いよく開かれる。
「いらっしゃーい! ハジメマシテ!」
 ニッコリと笑みを浮かべたのは黒髪のツインテールを揺らした一人の少女だった。
「砂漠の一軒家にようこそー! アタシは冥夜。何でも屋を営んでるから困った事があったら相談に乗っちゃうよ。今日はどんなご用カナ?」
「初めまして、ノエミ・ファレールと申します。用といいますか……その、歩いていたら突然砂漠に出てしまったので……」
 あちゃー、と頭を抱えた冥夜だったが、すぐさまノエミに頭を下げた。
「ゴメンなさい。それアタシが呼んじゃったのかも」
「呼んだ……?」
 小首を傾げるノエミに冥夜は事の詳細を話す。先ほどノエミが見つけたチラシの通り大掃除の要員を欲していた冥夜が、ノエミをこの砂漠へと引き寄せてしまったようなのだ。丁度波動が合ってしまったのだと言う。
「このままここを真っ直ぐ行くと戻れるよ。突然引きずり込んでゴメンねー」
 大失敗、と冥夜が言うがノエミは首を左右に振り告げた。
「冥夜様は掃除を手伝ってくれる人を探しているのですね。それなら私が『呼ばれた』というのも縁でしょう。私で良ければその大掃除、お手伝い致します」
 きょとん、と冥夜は自分よりも背の高いノエミを見上げる。
「えっと……その……いいの?」
「えぇ、時間はありますから」
 困っている人物を見捨てる事の出来ないノエミはそう告げると微笑んだ。
 その途端、冥夜はパッと笑顔になる。
「ホント? アリガトー! もう本当に助かる! 恥ずかしいんだけど、本当に汚くてね、部屋もどうなってんのかさっぱりでね……! あぁ、良かったぁ」
 立ち話もなんだし中へドウゾ、と冥夜はノエミの手を引き屋敷の中へと引きずり込む。
「ここでちょっと待ってて、お茶持ってくるから」
 鼻歌交じりに冥夜は奥へと去っていく。その楽しげな様子にノエミはそっと笑顔を浮かべた。


------<捻れの塔>--------------------------------------

 砂漠の屋敷から捻れの塔までやってきた二人は掃除のしやすい格好へと変わっていた。
「ねぇ、ノエミはそれで大丈夫?」
 甲冑を脱ぎ、ラフな格好のノエミ。ブラウスにベストを着てロングスカートを身につけてはいるが、剣はやはり肌身離さず持ち歩いている。冥夜はかなり足場が悪い為、足にまとわりつくロングスカートを気にしているようだ。
「はい。以前、他の塔を昇った事があるのですが、その時は甲冑を着たままで苦労したので今回は軽装にしてみました」
「甲冑で……うん、それに比べたらものすごく楽だね。そっか……甲冑か……」
 ふむふむ、と冥夜は納得したように頷き捻れの塔の入り口に手をかける。甲冑に剣と盾では本当に動きにくかったに違いない。甲冑がなくなっただけでもマシといえよう。
「この塔ね、来るたびに中が変化してるからアタシでもさっぱりなんだー。さてと、今日はどんな感じになってるんだか……」
 溜息を吐きつつ冥夜は重い扉を開く。こんもりと床に積もった埃は扉で掃かれ隅へと溜まった。
「わーぉ。今日は移動ブロックか……」
 いつもは脇に螺旋のようにある階段がなくなっており、その代わりに空中を浮遊するブロックの群れがあった。ノエミも冥夜の隣でそれらを見上げる。そしてその部屋をぐるりと見渡し、ノエミはその塔の現状を把握する。一階ごとに仕切られているようで、一階ずつ昇っていくしかないようだ。今居る部屋にはブロックを渡り、上がっていった先に一つの扉がある。
「まずはあそこが最終地点ですね。一階一階、丁寧に心を込めて掃除させて頂きます」
「うん、頑張ろうね☆ それじゃアタシが上から埃を先に払っちゃうから、ノエミはちょっと離れてて」
 そう言うと冥夜はひょいっと空中に舞い埃を落とし始めた。床に更に降り積もる埃。口元を押さえ、埃を吸い込まないよう気をつけながら、ノエミは箒で埃を掃き集めていく。
 掃いてる内に段々と重くなってくる埃を数カ所にまとめ、それらを埃を下ろし終わった冥夜が回収する。
 大量に降り積もった埃が取り払われ、漸く塔の床が見えてきた。
「うっわー、何この大量の埃」
 埃だけでこんなにあるよ、と冥夜は集めた埃を指差しノエミに告げる。
「でも綺麗になりましたね。あとは雑巾掛けをして完璧かと」
 そんなノエミの言葉に、じゃーん、と冥夜は得意げにモップを取りだした。
「雑巾でかけてたらキリなさそうだから持ってきておきましたー!」
「流石です」
 モップを受け取り、ノエミは冥夜と共に埃の消えた床を掃除した。着いたばかりの時のあの惨状が嘘のように、床には塵一つない。
「これでこの階は終了ですね。次は……」
 綺麗になった所で、ノエミは今度は次の部屋へと向かう為に宙に浮かぶブロックへと飛び移った。
「危ない時は助けるから」
 はい、とノエミは頷くが、ブロックへの飛び移りはそう難しい物ではなく、ノエミは軽やかな足取りでなんなく次の入り口へと辿り着いた。パチパチ、と冥夜はノエミに賞賛の言葉を贈る。
「すごーい。ノエミ、ロングスカートだから飛び移るの大変だと思ったのに」
「たまたまだと思います」
 謙遜するノエミに冥夜はニッコリと笑みを向ける。
「違うよー。ノエミってきっと基礎がしっかりしてるんだよ。重心ぶれてなかったもん」
 さてと次へレッツゴー!、と冥夜はそんなノエミの手を掴み次への扉を開けた。
 進んでみると先ほどのブロックが浮遊す部屋とは違い、そこにあったのは酷く殺風景な部屋だった。
 部屋の中には何もない。扉も先ほど自分たちが入ってきたものしかなく、次への階へと続く階段も見あたらなかった。
「冥夜様、これは……」
「ここで終わりなはずないしねぇ」
 塔の高さからしてこの部屋だけではない事は明らかだ。
「次の部屋に行く扉は何処でしょうか」
 冥夜も探しているようだったが、隠し扉にでもなっているのか、扉を見つける事が出来ない。
「なんかスイッチっぽいのって無いのかな」
 そう言われ、ノエミはスイッチのようなものを探す。しかしどんな形をしているのかも分からず、ましてや敷き詰められたブロックの中に隠されていたら見ただけでは分からない。
 しかし天井を見上げていたノエミはそのスイッチを見つけ出した。
「もしかしてあれがスイッチでしょうか」
 ノエミの指差す方を眺めた冥夜は、そうかもっ!、と頷く。
 天井に一つだけ照明でもなんでもない白い突起が見えた。
「しかしあそこまでいく足がかりもないとすると……冥夜様にお願いするしかなさそうですね」
「この位任して! んじゃ、先に押してきちゃうね!」
 冥夜は天井まで飛ぶとその白い突起を押した。それがスイッチだと二人が思ったのは間違いなかったようだ。ぐっ、と冥夜がその突起を押すと、天井から階段が降りてきた。冥夜が嬉しそうにノエミの隣に立った時だった。ゆっくりと降りてきていた階段から二人の上に埃が押し寄せる。
 突然の事に冥夜とノエミは咳き込みながら、埃の滝から逃れた。
「ごっほ……ごほっ……すっごいんだけど、何これ!」
「ごほっ……こちらの階段も暫く使われていなかったようですね」
 埃を払い立ち上がったノエミは、冥夜の頭の上の埃を払ってやりながらその階段を見つめた。
「仕掛けよりも質悪いよ、この埃」
 帰ったらシャワー浴びようね、と冥夜がノエミに告げ箒を手にする。
「とりあえずこの埃をゴミ箱へ」
「そうですね」
 打倒埃、に燃える冥夜の隣でノエミもまた埃撲滅に燃えたのだった。

 埃を全てかき集めた後、二人は階段を上り次の階へと移動する。しかし移動した先にあったのは先ほどと同様何もない空間だった。
 その空間を眺め、またしても次の階への扉が無い事に気付く二人。そこに扉はないが窓はあった。窓を発見した二人はそちらへと向かう。そこから外を眺めてみれば、外壁に沿って螺旋階段が作られていた。次の階へはこの階段を使えという事だろう。
「この無茶苦茶な塔……どうしてくれよう……」
 眉間に皺を寄せながら冥夜がふつふつと怒りをたぎらせる。それを押さえるように宥めながら、ノエミは外から入り込む風に弄ばれた髪を押さえ微笑んだ。
「景色が綺麗ですね………」
 その言葉につられ冥夜は外を眺め頷く。
「そうだね。ここら辺は緑も多いし、自然に囲まれた所だから……」
 夕焼けとか最高じゃない?、と冥夜が言うとノエミもそれを想像したのか目をうっとりと細めた。
「見れると良いですね」
「それじゃ、それまでに掃除終わらせなきゃ」
 ぐっ、とこぶしを握った冥夜にノエミは頷いてみせる。
 広いだけの空間をさっさとモップ掛けをしてしまうと二人は外の螺旋階段へと降り立った。
 風が吹き付けるが、ほんの少し肌寒い位で震える程ではない。二人は足場に気をつけながら螺旋階段をぐるぐると上っていった。
 そこから見える景色は窓から外を見たよりも数倍美しく見えた。
「こんな場所がソーンにもあるんですね」
「うん、もっと素敵な場所もたくさんあるよ。アタシも見た事無い所たくさんあるんだけどね」
 もっとあちこち行ってみたいなぁ、と呟く冥夜に同調するノエミ。
 ノエミには敬愛する女王から授かった重大な使命があったが、それはそれとして美しい景色は見てみたかった。

「そこが次の階への入り口ですね」
 今度は窓ではなく扉があった。そこから中に入ろうとした二人は中から異様な熱気を感じる。
「気をつけた方が良さそうです」
 冥夜の前に立ったノエミが盾を持ち先に中へと入った。その後に冥夜は続くが、入った途端声を上げる。
「あーつーいー! 何これ!」
「あれが原因のようです」
 ノエミが指しているのは前方にある動物の形を象った石像だった。それは口から火をずっと吐き続けている。
「なんてものをこの塔は……」
 頭を抱えて冥夜はその場に蹲る。勝手に進化し続け、勝手に部屋を作り上げるこの塔の恐ろしさを目の当たりにしたような気がしたのだった。
「しかし厄介ですね。此処にも階段が見あたりません。あそこに不自然に水晶が埋め込まれている事からして、あの石像から出された火をあそこに当てないと階段が出ないようです」
「ううっ。あの角度に反射させるのって難しいよね。それに反射させる道具なんて……」
「ありますよ。盾の出番ですね。このシュヴーアであの火を反射させます」
「え? そんなこと出来るの? この盾」
 はい、とノエミは盾をしっかりと手にした。そして、すうっ、と息を吸い込み心を落ち着けると炎の前へと向かう。ノエミは水晶のある場所を確認し、反射角度を素早く計算した。盾を前にしたままどんどん石像から吐き出される炎へと近づいていく。
「ノエミ、ムリしないでね!」
「先ほどの二の舞にならないよう、冥夜様も階段が降りてきたら逃げて下さい」
「了解っ!」
 どこから階段が降りてくるかが分からない為、冥夜も次の行動に備えた。
 ノエミは、はっ、と小さく息を吐き出すと炎に向かって走った。そして盾で見事に炎を弾き壁の水晶へと当てる。その瞬間、石像から吐き出される炎も消え、鈍い音が響き天井から階段が突きだしてきた。
 二人が居た場所と反対側に降りてきた為、今度は埃の滝に打たれる事もない。
 音を立てて流れる埃に冥夜はうんざりしたような表情を見せつつも、ノエミに励まされ掃除に励むのだった。

「よーっし! これでこの部屋は終わりっ!」
 次々ー、と冥夜は階段を上る。そして辿り着いた部屋を見渡した冥夜はがくりとその場に蹲った。
「どうかしましたか?」
 冥夜の後ろから顔を出したノエミは部屋を見渡し、何故冥夜が蹲ってしまったのか理解した。
「また、扉がないんですね」
 窓はあったが、そこからノエミが外を覗いてみてもまだ上空には部屋があるようだ。この部屋が最上階ではなかった。
「また宝探しみたいなことするの? 鬼だ、この塔……壊してやりたい……」
 この塔の管理人をしているとは思えない冥夜の言葉に苦笑しながらノエミが冥夜の肩を叩く。
「大変ですけど、ここは探さなくても良さそうです。見て下さい」
 ノエミの視線の先にある壁には大きな最上階へと続くと思われる魔方陣があった。その魔方陣の手前にクリスタルで作られたようなレバーがある。そこが一目では見えない扉のようになっていて、魔方陣へ近づくのを阻止しているようだ。
「………ここまで厳重にする必要のあるものってなに? 確かにこの塔の内部って毎回違う場所に繋がってるようなところはあるんだけど……異世界のものがあったりすることもあるんだけど……」
「何かは分かりませんが……とにかくこの部屋をさっと片付けてあの魔方陣へと向かいましょう」
 二人はそうしててきぱきとその部屋を片付け、綺麗に掃除をしてしまう。
 そして改めてその透明な扉の前へと立った。
 触れようとしてもこの次元にそのレバーは存在しないのか、見えてはいるが実体がない。
「これは……レバーに触れられないように、実体のない転移遮断効果のある障壁で阻まれています」
「転移遮断効果? よく分かんないけどとりあえず触れないしここには無いって事にされてるんだよね。でも他の次元に行ったら触れる、と」
「そんな感じです」
「うーん、アタシはもしかしたらそのままでも行けるかもしれない。でもノエミは……」
 そうですね、とほんの少し考えたノエミだったが、問題ありません、と告げる。
「聖獣装具に魔力を注ぎ、効果時間中に抜けられれば……」
「やった! だったらノエミと一緒に行けるね」
 パチパチ、と冥夜はノエミに拍手を送る。
「それじゃ、ノエミが成功したらアタシもそっちに行くね。先にそっちに行ってて助けられなかったら嫌だし」
「ありがとうございます。それでは先に私から……」
 ノエミはベイオウルフを手にし、体中に満ちる魔力を剣へと注ぎ込んでいく。ある一定の魔力を注ぎ込むと、ノエミの存在する次元をほんの数秒だけずらすことが出来るのだ。そのずらされた間にすり抜けてしまえば魔方陣へとたどり着けるはずだ。
 ゆっくりと剣へ魔力が集まりだし、不思議な力を帯びていく。
 じっと見つめる冥夜の瞳にノエミがぶれて見えた。あれ、と言いながら目を擦りノエミを見るとすでにノエミは魔方陣の前へと立っている。ノエミがぶれて見えたのは次元がずらされていたからなのだろう。
 慌てて冥夜もノエミの後を追い、次元を越え魔方陣の前へと降り立った。
「あっという間でビックリした」
「上手くいったようで良かったです」
 安堵の表情を見せるノエミの手を冥夜は取る。
「それじゃ最上階へレッツゴー!」
「はい」
 二人は並んで魔方陣の中へと入り、光に包まれた。

 飛んだ先はかなり物が積み上げられており、他の部屋に比べて乱雑としていた。厳重な封印をされた状態の魔方陣から飛んできた先がこれとは拍子抜けだ。二人は呆気にとられながらその部屋を見渡す。
「とりあえず掃除しよっか……」
「そうですね」
 重大なものが置いてある重厚な雰囲気の部屋を想像していただけに、その乱雑ぶりにがっくりしつつ二人は部屋を片付け始めた。
 しかし大分片づいた所で、コロン、という音がノエミの足下で響く。ノエミが視線を落とすとそこには美しい髪飾りが落ちていた。
「これは……クレマチス?」
 蔓が美しい形でクレマチスの花を取り囲み、随分と艶やかな印象を受ける。
 動きを止めたノエミの元に冥夜が駆け寄ってきた。ひょいと覗き込み冥夜は笑う。
「綺麗だね。きっとね、これノエミの髪にピッタリだよ」
 貸して、と冥夜はノエミからその髪飾りを受け取ると背伸びをして付けてやる。黒い髪にその髪飾りはよく映えた。
「ほらね、ピッタリ☆ ちなみに、うちの師匠からは見つけた物は勝手に持ち帰って良し、と言われてるからそれノエミにあげる」
「えっ……あの……」
「掃除してくれた御礼って思ってくれればいいよ。似合ってるんだから貰ってよ」
「冥夜様……ありがとうございます」
 微笑んだノエミに、冥夜は、ちっちっちっ、と人差し指を振った。そして悪戯な表情で告げる。
「あのね、ずーっと思ってたんだけどその『冥夜様』ってすっごく他人行儀な気がするから他の呼び名にしない? アタシ、様を付けられるくらい偉くもなんともないし」
「他の呼び名ですか?」
「そう。やっぱりほら呼び方一つで親密度が違う気がしない? えーと、冥夜様だと親密度1くらい。さん付けだと親密度2くらいとかそんな感じ。アタシとしては呼び捨てでも構わないんだけど」
 その言葉にノエミは暫く戸惑いの表情を浮かべていたが、冥夜様が決めて下さい、と言う。
「呼び捨てっていうとまたノエミが困りそうだから、そうだなぁ……んじゃ、アタシの方がどうみても年下だし、『ちゃん』付けはどう?」
 心の中で呼び名を反芻しているのかノエミは少し上の空だ。しかしすぐに冥夜を見つめ頷いた。
「はい、これからは冥夜ちゃんとお呼び致します」
「うん。そっちのほうが嬉しい。さてと、もう少しで終わりだからさっさと終わらせて夕焼け見よう♪」
「あ、そうでしたね。いつの間にか丁度良い時間になっていたようです」
 そうして二人は捻れの塔の天辺から美しい夕焼けを眺め帰宅したのだった。


------<終了>--------------------------------------

 砂漠の中の屋敷に帰ってきた二人は、埃まみれになった身体をまず洗う。
 埃を外で払いに払いまくった冥夜は台所で何か作っているのかパタパタとしており、その間にノエミに先にシャワーを浴びるように告げた。その言葉に甘えノエミは先にシャワーを浴びる。
 肌を流れる心地よい湯に、ほっ、と溜息を吐いた。
 上がって服を着ようとすると冥夜がノエミの服を洗濯してくれたのか、替えの服が置いてあった。それに着替え冥夜の元に向かうと、丁度冥夜が洗濯物を干している。
「先にお湯を使わせて頂きました。アリガトウございました。それにこれも」
 着た服を差しながらノエミが言うと冥夜が破顔する。
「ううん、いいの。今日は本当に助かっちゃったし。こっちこそアリガトー! んじゃ、アタシ入ってくるから。えーと、何か飲みたかったり食べたかったら勝手に台所使って良いから。一応食べれるようなものは簡単に作っておいたけど」
 冷めないうちに食べちゃって、と冥夜は言うと部屋を出て行った。
 ノエミは冥夜の心遣いに感謝しながら、テーブルの上に乗せられたスープを口にする。湯で暖まった身体を更に内側から温めるそのスープは美味しく思えた。
 パンの欠片を口に入れてからノエミは、自分も冥夜に何かを作ってあげようと思いつく。
 やはりここは一番得意な物を作るのが良いだろう、とノエミはフルーツパフェを作る事にした。
 美味い具合に材料も全部揃っている。
 ノエミはリズミカルにフルーツを刻み、生クリームを泡立てる。
 そして冥夜が上がってくる頃を見計らい、丁寧に盛りつけていった。
 これでよし、とノエミがパフェを作り終えたところに、冥夜が髪をタオルで拭きながらやってきた。
「はい、お風呂上がりにどうぞ」
 スプーンと共にパフェを差し出せば冥夜の瞳が輝く。
「えっ? 食べて良いの? パフェだ、パフェだー!!! すっごい好きなんだよ。アリガトー!」
 その場でぴょんぴょんと跳びはね、体中で喜びを表現する冥夜。そんな冥夜を微笑ましく見守るノエミ。
 一口口に入れ、美味しー、と冥夜は喜びの表情を浮かべる。
 その横で笑みを浮かべながら同じパフェを食べるノエミの髪には、先ほどのクレマチスの髪飾りがそっと色を添えていた。





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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●2829/ノエミ・ファレール/女性/16歳/異界職

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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。 夕凪沙久夜です。
お待たせ致しました。
塔の探検は如何でしたでしょうか?
クレマチスの花言葉って『精神的な美しさ』とか『高潔』とかあるんですよね。ノエミさんに合ってるなぁと思いながら書かせて頂きました。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
冥夜とも仲良くして下さりありがとうございました!
またお会いできますことを祈って。