<PCクエストノベル(1人)>


まもるべきもの 〜ヤーカラの隠れ里〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】

【助力探求者】
なし

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 その村は、ひっそりとそこに在った。
 力を持つが故に恐れられ、或いは利用され、そして自らの痕跡を消して人里離れた場所へ居住を移した一族の村。
 ほぼ自給自足で事足りるため、外部との接触はほとんど無い。稀に村に迷い込む旅人や、この近隣の地理を熟知した狩人のような存在以外には、村へ至る道すら知られてはいなかった。
オーマ:「さぁってぇと。今日は案内人もいねえし仕方ねえが自力で行くか」
 前回、隠れ里にさえ行き着けなかったオーマ・シュヴァルツが今日こそは、と意気込みながらうっそうと繁った森――その向こうに見える山を見詰めていた。
 人はそれを無謀と言うだろう。
 だが、それでも尚、オーマの目は希望に輝いていた。

 ……見知らぬ地の見知らぬ人々へ、腹黒同盟への勧誘及び布教が出来ると信じて。

 どのくらい歩いただろう。
 獣道と見紛うような道を通り、ひたすら歩いていく。
 大体の方向はこの間の案内で分かっているから、後はそこから進むだけ。
オーマ:「ここからは……む。こっちだな」
 たった一人だからか、逆に感覚は獣のように冴え渡っている。
 かすかな、獣とは違う踏まれた草の方向、折れた枝の鮮度や折口、そこここに残るひとの気配。
 それらを感じ取りながら、オーマはまるでレンジャー部隊の一員にでもなったかのような錯覚に陥りつつ、目的の地を目指し続けた。
 そして――。
オーマ:「おっ」
 急に目の前がぱっと開ける。
 それは、居住地の周辺に背の高い草木が無いせいだろう。
 森と山を抜けた先にあったそこは、オーマの求めていた土地に違いなかった。
 ――ふと。集落から外へ出て来た者と目が合う。
女性:「……あら」
 ぽつんと呟いたその女性は、身体のあちこちに葉と擦り傷を付けたオーマを、真ん丸い目で見詰めていた。

*****

女性:「そうですか。わざわざこんな場所まで……」
 滅多に無い客人に、様々な視線が突き刺さる。その多くは好意的、あるいは興味ありげなものだったが、中には警戒心からか刺のあるものもあった。
オーマ:「物好きなんでね。ついつい遊びに来ちまった」
 ただでさえ目立つ『客』という立場なうえ、滅多にいない大きな背の男。
 オーマの姿は、集落の中でもひときわ浮いた存在になっていた。
オーマ:「そうだそうだ。せっかく来るのに手土産も無いのは悪いと思って、持って来たモノがあるんだ」
 その背に負う荷物から、がさごそと何か取り出すオーマに、思わず身を乗り出した数人が、目を見開く。
少年:「へんなにおい」
オーマ:「わはは。そう感じるか。でもな、美味いんだぞ? ……おまえさんたちはあんまり魚は食わねえのかもな。川はともかく、海のモンはなぁ……」
 次々と中から出てきたのは、がちがちに固まった魚の干物。吊るして放って置いてもかなり長い間保存の利く、越冬のための保存食がぎっしりと詰め込まれていたのだ。
 もちろん、オーマにとって魚はご馳走であり、だからこそこれを選んで来たのだが。
女性:「確かに、海のものは滅多に口にはしませんので貴重品ですが……宜しいのですか?あ、もしや行商人でしたの?」
オーマ:「いやいや。さっきも言った通り、この場所が滅多に人目に触れない場所だからっつう事で遊びに来ただけさ。それに、俺様の住む所は海も近いんで、そんな大層なモンじゃねえんだ」
 そう言いながら干物を手渡すオーマ。
オーマ:「あー、後な。俺様こういうのもやってるんだが、誰か入ってくれそうな奴はいないか?」
 そうして、感謝されるだけされた後で。
 極彩色で描かれた勧誘ポスターを大きく広げて、にんまりと笑いかけたのだった。……自分では素敵な営業スマイルのつもりで。

*****

オーマ:「うーむ」
 誰ひとりとしていなくなってしまった広場で、腕組みをしつつひとり物思いに耽るオーマ。
 最後の笑顔が拙かったのか、それともポスターに踊る腹黒同盟の文字が悪かったのか、一人二人と引きつった笑みを浮かべた人々は、あっという間に家の中へ消えてしまっていた。
 後は、ひとり取り残されたオーマが何が悪かったんだろうかと思い返しているだけ。
オーマ:「ラブが足らねぇのかな」
 根本的に間違っている事にさえ気付かないでいたオーマだったが、
オーマ:「……ん?」
 ふと、何かに気付いたかのように顔を上げて周囲を見渡した。
 最初は、龍に姿を変える力を持つと言われているヤーカラの民の気配が自分に触れたのかと思ったのだが、どうも何か違う気がする。
 ちりちりと頭のどこかが焦げ付くような、そんな気色悪い感覚に捕われながら、オーマは荷物を畳んで立ち上がった。
 ――この感覚を、自分は知っている。
 苦悩と喜びの両方を激しく味わいながらも、最終的に決断したあの日、感じたもの。
オーマ:「……まさか……な」
 呟きは、否定。
 いや、否定したいという切実な思いが篭められている。

 だが。

 『それ』は、オーマに気付いたらしく、興味深げな気配を寄せて来た。新しいおもちゃを見つけた時のように。
 そして、気付いてしまう。
 オーマの予感が、嫌な方向に当たっていた事を。
オーマ:「……いる、のか?」
 村の中へ油断のない視線を向けながら、誰ひとりとして外に出てこない家々を見詰める。
 そのどこかに、彼、もしくは彼女が存在する事は、確信に近かった。
 何故なら、オーマもまた経験者だったのだから。
 そして、この世界へ至る理由の一つにもなっていたのだから――。

*****

 『異端』。
 それは、具現能力を有する者にのみ付けられた蔑称。もとより、人間の中でも特殊な力を持つ者とは扱いがまるで違う。
 隔離された生活と、誰が決めたのか分からないがんじがらめな『律』。
 その中のひとつにあったのが、異種族婚の制限だった。

 時々、不思議に思うことがある。
 異端が人間と共に生活できるようになるまでの間よりも遥かに前から、異種族との婚姻――そして、そこから生まれた子に対する異常なまでの警戒心があった事を。
 本来なら、その七面倒くさい法律、『絶対法律』は、人と異端との間を取り持つ協定のようなものであった筈だった。
 その中での異種族婚に関する規定、『子どもを産む事は例外なく禁ずる』という決まり事は、オーマが『絶対法律』が出来た、と知る前から既にあったと記憶している。
 生まれてくる子がハーフでありながら異端の力を強く持つ事を危惧しているのか。それとも、稀に生まれてくると言われているウォズそのもののような子が現れるのを忌んでいるのか、それは分からない。
 もしかしたら、それよりも全く別の理由で禁忌のものとされているのかもしれないが、そこまではオーマにも分かりようが無かった。
 ただ、ひとつ言える事は。
 オーマの未来に待ち受けるものは決して愉快なものではないと言う事。
オーマ:「日延べされてるだけで、許しちゃくれねえんだもんなぁ……」
 自分の事を思い返してぼそりと呟くオーマ。
 もちろん、抵抗した。論破しようと延々議論を交わしたりもした。
 けれど、結果は同じ。

 『――処分対象』

 オーマの、そしてオーマの家族に課せられた、決定された未来は、既に閉ざされている。勿論、素直に言う事を聞く気などさらさら無く、機会があれば絶対と名が付くものであれすり抜けてやろうと心に決めているのだが、現状では方法を探している最中でもあった。
 そんな中、感じ取ってしまった小さな気配に、自然とオーマの表情が引き締まって行く。
 ……この村のどこかに、異種婚によって生まれた小さな命がある。
 それが何を引き起こすのか、分かりすぎる程分かってしまった事が、ほんの少しだけ苦笑を誘った。
 その笑みのまま、くるりと後ろを振り返る。
オーマ:「そりゃそうだよな。……俺様でさえ気付いたくらいだ。おまえさんたちのように、行動の基準になっちまってる連中にゃぷんぷん匂うだろうな」
 半分笑いながら、次第に頭のどこかが冷めて行くのを感じる。と、同時に身体を僅かに沈め、『力』を満ちさせながら、自分以上に鋭い目をしてそこにいつの間にか立っていた人物を睨み付けた。

*****

オーマ:「ちぃっ、全くしつこいったらねぇぜ」
 全身に浮かぶ傷跡を自分で治療しながら、オーマがため息を付く。
 縫うまでには至らないものの、身体がだるさを感じる程度までに体力を奪われ、今日中に家に戻れるのか怪しいもんだな、と呟いて、応急処置を済ませてよいせと立ち上がった。
 その家族を狙ってここまでやって来たヴァレキュライズには申し訳ないが、丁寧に言葉と力を行使してお引取り願った。もっともそれをなかなか受け付けて貰えなかった事から、ここまで怪我をしてしまったのだが。
 今は、このまま横になったら寝てしまいそうなくらい全身に疲れとだるさが襲って来ている。が、帰らなければこの身がどうなるか心底自信がないため、気分を奮い立たせて行きと同じ道を下るしかねえかな、ともう一度太いため息を付いた。
 そうして、刺客が消えた後も扉も窓も固く閉ざされてしまっている村を眺める。
オーマ:「一応怖いのはいなくなったっつうのに、やっぱ出て来ねえか」
 二人が死闘を演じたその場から、片方だけが消えてもまだもう一人はいる。だから外には出てこないのだろうな、と思いつつ、軽く肩を竦めたオーマが、
オーマ:「しょうがねえ。またお土産持って懐柔してみるか。ここの全員が腹黒に入ってくれりゃ、空中大決戦☆ラブラブファイアーも夢じゃねえしな」
 うむうむ、と実現するのがとても難しそうな何かを妄想……もとい夢想するオーマが、軽くよろけながら荷物を持ち、村の出口へと向かった。
オーマ:「――そうそう」
 外に一歩出たオーマが、ぴたりと足を止めて、独り言とはとても思えない声を上げる。
オーマ:「残念ながら、俺様におまえさんらを救済するだけの力はねえが――自分から悲観して投降したり、人生終わらせようとすんじゃねえぞ?」
 そうして、にっと笑って背中越しにぽいとくしゃくしゃに丸めた紙を投げ捨てた。
オーマ:「俺様はおまえさんの顔も名前も知らねえ。その方が都合いい事もあるだろうからな」
 じゃあな、と声を上げてオーマが村を去っていく。
 オーマが来た時から、激しい感情の渦と共にオーマを影から監視し続けていた視線の主が、かさりと音を立ててオーマの捨てた物を拾い上げるのを聞き取りながら、オーマは決して後ろを振り返る事が無かった。

 ヴァレキュラインをオーマの持つ『特異性』によって撃退し、治療を施す前に全身痛い思いをしながら書き綴ったもの。
 それは、この世界に来てからようやく完成した秘薬の材料とその調合方法だった。
 ――想いの力が急激に発達する十代の思春期の頃まで、その者の持つ気配を――能力者であると言う気配を外に漏らさぬようにするための。
 本来であれば、自分が望んで望んで――作り上げようとして成しえなかった、言わばオーマが医術に精通するきっかけになった秘薬のひとつであり、現在もまだ更なる進化を遂げさせようと研究を重ねているものだった。
 それが、異端婚によって生まれ、そして今も強大な力を秘めていると予感させる小さな命にどれだけ対処できるかどうか分からないが、少なくとも数年単位での時間稼ぎに有効を期待出来ると自負している。
オーマ:「出来るのにちぃっと時間が掛かり過ぎちまったが、まあ、使う奴が出ただけでもいいよな。――なあ?」
 最後の言葉は、この場に居ないある人物に向けたもの。
 全身ぼろぼろで、気を抜けばこんな山道で寝入ってしまいそうなくらいくたくただったのだが、その表情は晴れ晴れとしていた。


-END-