<東京怪談ノベル(シングル)>
小さなお得意様
「いらっしゃーい! あら。今日も来たのねおちびちゃん」
「おちびちゃんじゃないですっ。ニアルです、こんにちはシェリルさん」
にっこりと笑うシェリルに、とっとっと駆け足で走り寄って来た小さな人影が、一瞬怒ッた様子を見せた後でぺこりと頭を下げる。
「はぁい、ニアルちゃんね、分かった分かった」
楽しそうに売り場からニアル・T・ホープティーを見下ろすシェリル。だがこの言葉もまたニアルがやって来た時には『おちびちゃん』になっているのだろう。
「ええと、それで今日は何か珍しいものが入っていませんか?」
「珍しいもの、ねえ……うーん」
と言われても、ニアルちゃんの言う『珍しい』は普通とちょっと違うのよねー、と呟きながら、
「ちょっと店番お願い。裏に何か無いか見てくるわ」
「はい、よろしくお願いしますっ」
きらきらと期待に目を輝かせながら、とことことカウンターの裏に回り、
「んしょっと…」
両手でカウンターにしがみ付き、ちょっとだけ背伸びをしてカウンターの上に顔を出し、外へ目を向けた。もちろんその間に、色とりどりの雑貨で溢れている店内を詳しくチェックするのも忘れない。
「あっ、あのリボン可愛い…」
目的のものとは別に可愛らしい小物を見つけてそちらへ目をやっていると、
「こんなものかしらね。どれか気に入りそうなものはある?」
がちゃがちゃと箱に入れたがらくたを持って、シェリルが現れた。
「こう言うのはだいたいがらくた扱いになっちゃうから、利が薄いのよねー」
それでも面白いから買い取っちゃうんだけど、とシェリルがにっと笑う。
「わあ…素敵です、ええっとこれは…」
どこから流れてきたかも分からない、そしてこの世界では確実に用途不明な品々。一説では異界から、この世界に流れてくる人々と同じようにして現れるとも言われているが定かではない。
「どう?使い方、わかる?」
シェリルにとってもそれらは不思議な品々で、使い方は良く分からないらしい。この世界にあるものと似ているのなら、多少は想像が付くのだろうが。
そんな彼女も興味津々で色々と調べているニアルに訊ねると、にこりとニアルが笑って、
「はいっ。例えばこれはですね、武器です。ほら、こんなに重いですし」
底辺が平らな三角をして、カラフルな持ち手が付いた品を重そうに持ち上げてニアルがうーんっ、と赤い顔をしてシェリルに見せ、
「しかもなんと! 火と水の守護を持ったマジックアイテムですよ!」
両手でしっかりとそれを持ち上げながら、シェリルとニアルがじっと待つ。
やがて、ニアルが持っているそれがじんわりと熱を帯びて、二人が見守るその場がほんのりと暖かくなってきた。
「……でもね、ニアルちゃん。私、それね……熱の出し方が分からないアイロンにしか見えなかったんだけど……」
そうして、ニアルの手の中で赤々と熱を持つ物体に、シェリルが申し訳なさそうな声で告げた。
「ええっ?」
だが、ニアルはそれでも自説を曲げようとしない。
「で、でもでも、ほらっ」
ニアルが『スチーム』と書かれたボタンを押したその瞬間。
プシューーーーー!!
「きゃあっ!?」
結構大きな音と共に、アイロン?の底から勢い良く蒸気が噴き出して来た。
「なっ、何それ何それ!」
「えっと、だから火と水の加護を持った武器ですよ?」
「…………ああ、びっくりした」
もう一度ニアルがスチームボタンを押してみたが、今度はうんともすんとも言わず、あれ?と首を傾げるニアル。
「今のって、おなべから吹き上がる蒸気と一緒かしら。そうだとしたら、うーん。……そうだっ、それ貸してくれる?」
「はい、どうぞ。熱いから気を付けて下さいね」
ニアルの言葉にこくこくと頷いたシェリルが、店の奥へ引っ込んでいく。少しして、じゅわー、と言う音が聞こえ、ついで「きゃー」と言う声が聞こえて来た。
「どうかしたんですか!?」
その声に驚いて奥へと声を掛けるニアルに、
「あーごめん、大丈夫大丈夫」
そう言いながら、先程よりも重そうにそれを持って来るシェリルの姿があった。
しかも、それは水滴を滴らせ、ほかほかと湯気を立てている。
「もう一度、これを動かしてみてくれない?」
「はい、いいですよ――っととと」
手に持つと、最初よりも二割増しで重くなっていて、細い腕でそれを必死に持ち上げる。
やがて――手に持つそれが次第に熱を帯び、周囲に付いた水滴がどんどん乾いていくのをシェリルがにこにこ笑いながら見て、
「そこでさっきのボタンをね」
と、ニアルの後ろに回ってぽちりと押した。
プシューーーーー!!
「やっぱり♪ニアルちゃん、これいいわぁ、ニアルちゃんごと私が買い取っちゃう!」
「え?え、え?」
きょとんとするニアルにシェリルがにこりと笑って、
「だってあったかい霧吹き付きのアイロンだものこれ。今まで使っていた鉄のアレよりも機能的だし。……あ、でも使うときにニアルちゃんがいないと使えないのよね」
それじゃ毎回ニアルちゃんを呼ばないと……とちょっと困った顔をしたシェリルに、ちょっときょとんとしたニアルが、
「使用限度はありますけど、使えますよ?」
と、言い切った。
「ほんとっ!?」
「はい。えっと……よいしょ」
アイロンの後ろにコードが付いていないのを確認して、
「この携帯用の武器はですね、力を溜めておく事ができるんです。ここに何か目盛りがありますけど、多分ここが力がどれだけ残っているかを教えてくれるものなんでしょう。そうじゃなかったら、あたしが一緒に付いていって戦わないといけないじゃないですか」
限度が切れたらただの鈍器ですっ、とあくまで武器と言い張るニアルに、
「うぅん。じゃあ布のしわ伸ばしにも使える武器と言う事で、どう?この値段、更に力が切れた時に注入してもらうというバイト付きで」
今まで使えないと思っていた品が思いがけず、しかも非常に便利だと知らされたシェリルが、これだけ、といくらかの値段を示す。
「いいんですか?わあ、嬉しいですっ! ……あ、でも、少しバイト代を引いていいですから、ここのお店の不思議アイテムを優先的に見せてもらったり、買い取らせてもらっていいですか?」
「あはは、それは私も大歓迎♪」
でもバイト代は据え置きでいいわよ、とシェリルがにこりと笑うと、
「こっちの不思議アイテムは、お駄賃ね。はいニアルちゃん、あーんして」
「? あーん」
不思議そうな顔をしたニアルが言われるままに口を開けると、その中にぽいと小さくて甘い塊が入って来た。思わず目を丸くし……そして、
「はうっっ」
口を押さえて目を白黒させる。
「面白いでしょ。口の中で弾けるキャンディよ。どこかの魔法使いが作ったんだって」
「び、びっくりしました〜」
慣れれば、ぷちぱちと小さく弾けながら甘い味を口いっぱいに広げていくこのキャンディに、頬を押さえながらにこにこと笑顔を見せて味わうニアル。
――この日を境に、シェリルの店には小さな女の子が頻繁に姿を現すようになる。
シェリルにあの子は誰と問う者もあったが、そんな時には決まってこう答えたのだった。
「あの子はうちの上得意様よ♪」
と。
-END-
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