<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
■まちょかぼちゃ■
――かぼちゃがなぜか畑に大量発生したんです。いいえそれは構わないんです。むしろこれ幸いと皆で収穫したくらいですから。でもそれを食べたというか料理していて味見した私の母さん含め村の奥様一同が有り得ないマッチョ婦人になってしまったんです誰かなんとかしてください!原因は解っているんです。畑をもう一度皆で見に行ったら妙に大きなカボチャが鎮座していたんですから!しかもそれが野菜のくせにマッチョでああなんて言えばいいのか――!
という訴えが白山羊亭に寄せられた理由はおそらく暇を持て余す様々な技能持ち共が日常的に顔を出すからだろうと思われる。
必死の形相で一息にまくしたてた娘に悪いと思いながらも生温く、どこか虚ろな面持ちでルディア・カナーズは店内を一瞥すると気の抜けた声で救いの手を差し伸べる相手を求めたのであった。
「かぼちゃ退治に行く人いるですかぁ?」
** *** *
世渡正和は正義のヒーローである。
正義の味方たるもの困った様子の人間が居れば話を聞く。困っている人々が居ると聞けば足を運ぶ。これは至極当然の事であった。
もしかしたら悪の組織「チャーチ」が関与している可能性もある。
そもそもルディアと若い娘の話を聞けば、正和が素知らぬフリで席を立つなど有り得ない。正義のヒーローたる彼はその小柄な体躯に溢れんばかりの活力を漲らせ力強く頷くと席を立った。
「よし、引きうけた正義のヒーローの出番だぜっ♪」
元気良く言い放つ彼が担ぐのは黒い金属で出来た聖獣装具ソウルスティール。ねじくれた形のいささか物騒な形状であるが彼の大切な相棒であるのだ。
かくして、正義のヒーロー・ブレイカー。
穏やかな村を苦しめる原因を取り除くべく件の畑へと踏み入った。
目指す先には巨大なマッチョカボチャ。そしてそれを取り巻く並カボチャ。
村には望まぬ体型になった人々を治療すべく医者が来ているという。その男に任せておけばそちらは大丈夫な筈だ。
だがしかし。
畑に居るカボチャ達を全て倒さねばおそらくは本当の意味での解決にはならないだろう。そちらこそが、正義のヒーローたる自分の果たすべき仕事だと拳を握り正和はざく、と土を踏んだ。
** *** *
白山羊亭で聞いた通り、カボチャが山と溢れ返っている。
その畑の中央に一際――いや、子供ならば中に楽に入れる程の大きさのカボチャが鎮座していた。シルエットが妙に筋肉質だ。なんというのだろう、輪郭から陰影から全てが何処かマッチョなそのカボチャ。
「貴様が怪人かぼちゃ男かっ!!」
人の形ではないがどことなく男性だろうと思わせるのはマッチョシルエットのせいかもしれない。その大カボチャにびし!と指先を突き付ける勢いで正和は声を上げた。声に反応して大カボチャも周囲のごく一般的サイズの並カボチャも回転して――つまり前後左右があるらしい――正和の来訪に気付く。
正義の味方は正々堂々と名乗るものなのである。
相手の不意を突くなぞ言語道断であった。
「正義のヒーロー世渡正和が相手だっ」
力強い瞳が大カボチャを見据え、視線が貫く程の鋭さを纏う。
大カボチャはともかく並カボチャ達はその心根の強さを教える眼差しに気圧されたのか僅かにその実を動かした。中央の大カボチャだけが動かず正和の名乗りを聞いて、そして更に一回転。それが合図。
ざっと土を蹴り上げて正和が走る。
向かうは大カボチャ。
だが並カボチャ達がそれを許す筈も無い。通り過ぎたその背中から、向かう先の正面から、左右から、幾つも幾つも、どうやっての事かは解らないがその硬い表面を幸いとぶつかってくる。
たかがカボチャ。
されどカボチャ。
勢いをつけて飛んで来れば当然痛いし動きも鈍る。ましてや意思を持って後頭部に突っ込んで来られた日には痛いどころか下手すれば病院送りだ。
「――くっ!」
一撃目を避け損ねてたたらを踏みながら二撃、三撃、続く並カボチャ達から身を躬す正和。そのかざした腕にそれでもぶつかってくる並カボチャ。大カボチャはただ正和に対峙するだけだというのに正和は大カボチャに近付く事さえままならない。
と、その大カボチャが有り得ぬ動きでもって宙に舞った。
はたと並カボチャが頭に激突するのも恐れず数歩ずれる。その傍を大カボチャが勢いをつけて落下し、地面にめり込んだ。
「貴様……やはりチャーチの怪人」
害意がある。
間違い無く害意がある。
一見サイズが規格外なだけの普通のカボチャであるが、たとえ表情が無くとも、そもそも表情を浮かべる面が無くとも、その空気が明らかに敵対的である。
汗を一筋こめかみから滴らせる正和。動かねば、頭上から彼は大カボチャに潰されていただろう。
だがすぐ傍に降って来た大カボチャ。
攻撃するなら今だ、そう考えるのは当然であったのに並カボチャの妨害が酷く正和の思うように動けない。足を進めればその上に乗り前に落ち、拳を振るえば腕にぶつかり、前後左右から間断無く襲い掛かる並カボチャ達。それをあしらう間に再び大カボチャが宙を舞い。
ち、と舌打ちして正和は強く腕を撓らせると並カボチャを払い除けた。
愛鑓ソウルスティールを振るう余裕もまともに与えられない現状は正和にあまりに不利だ。挽回する為には、そう。
「変身するしかない」
悪の組織チャーチと戦う為の力。人々を守る為の力。
気軽に頼って使う物でもないと常々己に言い聞かせているそれ。
だが、ここは使い時だと胸の内で呟くと彼は素早く大カボチャ、並カボチャ軍団から距離を取る。幾つかの並カボチャが追い縋るがそれらが突撃してくるよりも正和の朗々とした声が響く方が早かった。
「ブレイクアップ!」
輝かしい白が正和を包み込む。
それは並カボチャ達の動きすら押し止め、畑を眩しく照らして緩やかにその光を揺らしたかと思えば見る間に溶け――目を灼く程の光輝が鎮まったその後にはその光が形を取ったような清々しい白の戦士が居た。
「勧善懲悪っ、ブレイカーッ!!」
一挙手一投足が風を切る力強い姿。
そのポーズを決める戦士こそが正和の正義のヒーローとしての証。
ブレイカーとなれば正和にとって並カボチャは幾ら一斉にかかってこようとも、子供がはぎれを投げるようなものだ。スローモーションのようなそれらを容易く避ける。振り払い、道を切り開く先には大カボチャ。警戒する気配がひしひしと感じられるが罪無き住民を苦しめた罪は重い。
許す訳には、いかないのだ。
遠く足音が聞こえたように感じて正和――ブレイカーは拳に力を込めて強く土を蹴る。住民が様子を見に来たのであれば急がねばならない。
ブレイカー必殺の一撃で大カボチャを沈める。まさにその瞬間。
「ブレイカーオーバーヘッドッ!!」
「粉砕反対ィ!」
力強い蹴りはしかし長身の人影によって阻まれた。
** *** *
カボチャで溢れる畑の中央。
対峙する二人の男。
かたや愛と筋肉の桃色マッチョ親父愛のオーマ・シュヴァルツ。
かたや正義の為に心技体を研鑽し続ける世渡正和。
――二人、鋭い瞳が交差する。
「物騒な話は抜きにしてくれると有り難ぇんだがな」
「なんだあんたは。この怪人の仲間か……だったら容赦はしない!」
言うなり仕掛けようと動きかけた正和を何気ない仕草で制止して、オーマは男らしい手で顎の辺りを撫でつつ転がるカボチャ達を見た。
今はどれも動く気配は無く――あるいはブレイカーに変身した正和によって動くだけの力を失っているのかもしれない――ただ二人の会話に耳はないが傾けている様子。その中央に在る大カボチャを見てオーマは口元を綻ばせた。それを正和が見咎める。
「やはり仲間か」
「落ち着けって。いやなに、話に聞いた以上に立派なマッチョ南瓜なもんで嬉しくってなぁ。やっぱこりゃあれかね、伝説の伝説の聖筋界マッチョ野菜親父神の遣わせしマッチョ南瓜かね」
「……聖筋、親父神……」
「俺んトコの人面南瓜軍団もラブダーリンハニーゲッチュチャンスにギラリマッチョ☆で」
「もういいわかった。つまりこの人面南瓜はあんたの南瓜なんだな」
「おう。こいつらが南瓜愛筋でマッチョ南瓜のピンチを俺に教えたんだ」
だから止めに来たんだ、とオーマ。
何時の間にやら周囲を転がる人面カボチャ軍団。それが大カボチャの傍に特に多い事に正和はふと気付く。
微妙な話のずれが発生しているが、なんとなし気が削がれて大カボチャにも、このオーマとかいう筋肉男にも攻撃しないまま、正和はただ目元を押さえて何かをこらえる素振りを見せるだけだった。
「村の方は治療方法伝えたからよ、今頃は皆で食べてるんじゃないか?」
「食べ……?……そうか、だったらやはりコイツらだな」
「それだがよ。俺が引き取っちゃ駄目か?」
「なに?」
このカボチャはチャーチの手先の怪人だ。
倒すべきだと考えていた正和にとってオーマのその提案は意外どころではなかった。正気かコイツといったものだ。
だが思わず見たオーマの表情は笑顔ながら真剣で、その瞳は曇りが無い。
「悪の組織の手先だぞ」
「マッチョ野菜親父神からの遣いだと思うが、まあ何か理由があるんじゃねぇかと俺は思うんだがな」
「チャーチは世界征服が目的だ。理由なんて」
「チャーチってのが悪の組織か」
ふむ、と思案するように一度視線を宙に投げるとオーマはやおら大カボチャに歩み寄った。正和が止める間も無くおそらく正面だろう場所で腰を下ろす。
「じゃあこうしようじゃねぇか。俺が親父愛秘奥義マッチョ精神感応会話でこいつとマッスルハートを通わせる。それでこうなった理由を聞いてやる。お前はそれでこいつがそのチャーチとやらの手下か判断すればいい」
真剣な眼差しを正和も真剣に見詰め返す。
長くもあり、短くもあり、その視線の遣り取りを切り上げたのは正和だった。一度変身を解いて目を閉じる。深く嘆息して目を開けた時には彼は心を決めていた。
「いいだろう。聞いてくれ」
「おう」
そうして、オーマが時折脱線してマッチョ談義に浸かり込みながらも聞き出したところによれば大カボチャ自身には悪意は無かったとの事。ただチャーチの関与も事実であり、何か妙な水を畑に注がれてそれから「マッチョにするのだ〜」と強迫観念めいた思考が生まれたのだという。大カボチャは、ただ皆に鍛えられた筋肉の素晴らしさを知って欲しいと誰かが――もしかしたらオーマの言うマッチョ野菜親父神かも知れないし、別の誰かかも知れない――手を加えた品種だと。
話を聞いた正和はしばらく無言だった。
じっと大カボチャを見、よくよく見ればお洒落風味な人面カボチャを見、転がる傷だらけの並カボチャを見。静かに考え込む彼をオーマもまた静かに見ている。
長い長い沈黙の後、正和は強い光を瞳に宿してオーマを見据えた。
「いいだろう。俺も利用されただけのヤツが改心してるっていうなら何も言わない」
「そうだな、ラブは聖筋界を救う、命を奪ったところで明日は無ぇからなぁ」
オーマの言葉に正和が今度は相手を静かに見、それから背を向けると歩き出す。
「なんだ、もう戻るのか?」
「チャーチの気配があるかもしれない。回ってくる」
「そうか」
気をつけてな、と掛けられる声には片手を上げて返事として正和は村とは別方向へと進んで行った。
それを見送ってオーマも立ち上がると大カボチャを軽く叩く。
「お前はこの俺が面倒見てやらぁな。安心しろや」
ごとりと揺れる大カボチャに笑い、周囲の並カボチャも引き取ろうかと考えた。
** *** *
――予想外の結末だった。
土を踏みしめながら正和は思う。
だが利用されていただけのカボチャであればオーマに話した通り、何かを言う事も無い筈だ。
なによりもカボチャを利用したチャーチを追い詰めるべきなのだから。
けれどチャーチはもうこの辺りでは活動していないかもしれない。いや諦めるには早い筈。探して、そして誰かを助けながら奴等の目論見を潰していく、それが自分の目的だ。
世渡正和は正義のヒーローである。
正義の味方たるもの困った様子の人間が居れば話を聞く。困っている人々が居ると聞けば足を運ぶ。これは至極当然の事であり、更に言うなら無益な殺生もしない慈悲深さも当然持ち合わせるべき点である。
改心した相手を痛めつけない。
彼はまさしく正義の味方であった。
そして今日もソウルスティールを相棒に彼は人々の助けとなるべく道を行く。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【3022/世渡正和/男性/25歳(実年齢25歳)/異界職・正義のヒーロー】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
楽しいプレイングをありがとうございます。ライター珠洲です。
冒頭と畑での対峙場面のみ完全共通という形のお話にさせて頂きました。
口調や行動などが違っていなければいいなぁと毎度思う次第ですが、如何でしょうか。お二人のプレイングを見て思いついたのが畑での衝突だったのですが結局すぐに落ち着いてしまいました。ガチンコになるとかなり壮絶だっただろうなとこっそり想像してみるライターです。
・世渡正和様
かっこいい正義の味方のご登場、楽しませて頂きました。ありがとうございます!
とはいえ怪人というか怪人に利用されたカボチャ達という事で、この後きっと黒幕の怪人と戦われたんじゃないかなぁと思ったりするライターなのですがどうでしょう。変身の描写はどうしようかと考えてああなりました。正義の味方って凄い献身的な職ですよね。書いていて「報われない職だ!」と切なく。が、やはり内緒で去るヒーローとさせて頂いているのですけれど!
|
|