<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


水晶採掘騒動記〜黒き聖獣の呼び声

鉱山の町・ラスタ。
主に水晶、他にラピスラズリやルビーに代表される宝石など多種多様な鉱石が採掘され、それらを細工する彫金師や宝石の買い付けをする仲買人や宝石商で賑わっている。
突如大量発生した魔物によって一時は完全閉鎖に陥っていたが、現在、主な鉱山からは魔物が駆逐され、少しずつではあるが、確実に復興の道を歩き出していた。
そんな街の様子を眺めながら、ノエミは未だ魔物が発生している南東の鉱山へと向かった。
全てはエルザードの魔道彫金師・レディ・レムの依頼を果たすために。

「分かりました。アメジストの鉱石をお持ちすれば良いのですね?」
カウンターの上に置かれた無残な水晶の欠片に、ノエミの胸はずきりと痛む。
本当に不用意な出来事だった。
店の棚に並べられた見事な白鳥の水晶像に惹かれ、手を伸ばし、ついうっかりとそれを床に落としてしまった。
店主であるレムが怒るのも無理はない。
飾られていた全ての品々には精巧な彫金と魔法が施されていたのは一目で分かっていたのに…
悔やんでも悔やみきれないノエミを見て、レディ・レムはやれやれと小さく肩を竦めた。
「そう悲観的にならないでもらいたいね。依頼してる私の気が引ける。」
悪気があったわけではないのは分かる。
こちらとしては依頼を引き受けてくれさえすれば問題はない。
何よりもこのままでは……危険すぎる。以前来た少女とは別の意味で闇に近い彼女自身が持つ……いや、与えられた力が。
それがどんな危険を招くかも分からないのだ。
「まぁ、引き受けてくれることに変わりはないようだしね。お願いする。」
内に湧き上がる不安を微塵にも感じさせず、レディ・レムは嫣然と微笑んだ。

深淵を思わせる闇に柔らかな光が照らす。
それを頼りにノエミは崩れ落ちかけた岩場を飛び越えると、首に掛けられたペンダントがかちゃりと揺れる。
首に掛けられたカーネリアンのペンダントから発せられている光は不安定で足場の少ない吊り橋が多い坑道の行き先を示す唯一つの標。
これを失うことは、道を失うことを意味していた。

街に戻ってきた鉱夫達からこの鉱山について話を聞いていたが、想像以上に入り組んでいる。
以前は充分な照明設備があったが、発生した魔物によって全て破壊された上に、最深部で奇妙な咆哮と巨大な影を見たという話もある。
そのため、この鉱山には誰も近寄ろうとはしない。
けれど、ここで採掘されるアメジストは良質で透明度も高く、宝石商や彫金師が喉から手が出るほどほしい品。
壊してしまった水晶像と見合うアメジストを持っていくなら、この鉱山でしかない。
そう考えたノエミは落盤や魔物のお陰で地図も役に立たない、と鉱夫達が止めるのも聞かずにここを訪れたが、入って早々に襲ってきた魔物の戦いによってカンテラと地図を失い、先に進むどころか帰る道すら分からない状況に追い込まれた。
一メートル先どころか、自分の手元すらおぼつかない暗闇。
このまま進むのはあまりにも無謀で危険に思えたその時、餞別に渡されたこのペンダントが柔らかな光を発し、辺りを照らし出すと同時に眩いが決して瞳を射抜かない紅の筋が行き先を指し示す。
「これは……」
「『導きの首飾り』か…なるほど、さすがはレム。一番適した魔法具を渡したか。」
驚愕を隠せないノエミの耳に穏やかな声が届く。周囲を見渡すが、人影はなく、細い坑道と不安定なつり橋が続いてるのみ。
姿なき者の声に自然と剣に手が伸び、危険に注意を払う。
そんなノエミの様子に気づき、声の主は苦笑をこぼす。
「安心してくれないか?私はラスタの守護竜。君の敵ではないよ。」
「ラスタの…?この街と鉱山を守護するという白竜なのですか?」
あくまで穏やかな物言いに多少の警戒感を残しながらもノエミが再度問いかけると、ラスタの守護竜と名乗った声はそうだと肯定する。
騙しているといった感もなく、敵意も感じられない。
何よりノエミも耳にしたことはある。この街を守る白き守護竜の存在を。
「ご無礼をお許しください、守護竜殿。私はノエミ・ファレール。ある方の依頼を受け、この地を訪れた……」
騎士です、と名乗ろうとしたノエミに守護竜の苦笑いが届く。
「知っているよ、ノエミ殿。これでも守護竜と呼ばれている者……大体のことは知っているが、まさかこの鉱山に来たのが君のような子だとは思いもしなかった。」
失望とも取れる言葉にノエミは眉をひそめる。
こちらの力をあなどっているのか、と思い、ノエミにしては珍しく不愉快に感じたが、それが間違いであることにすぐに気づく。
いや、気づかされた。
「この鉱山は他の鉱山と違って、坑道も入り組んでいる上に足場がひどく不安定だ。その上、ここに巣食う魔物は私でさえ正体が掴めない……邪悪で危険な意思を感じるのだ。」
「お心遣いありがとうございます。ですが、それなら、なおのことです。このまま放置すればさらなる危機が起こりかねません。今ここで解明することが重要だと私は思いますから。」
この地を守護する者として得体の知れない場所に彼女を送り出すのはあまりに危険と思っての言葉。
その深い優しさにノエミは感謝しながらもきっぱりと言う。
与えられた使命とは大きくかけ離れたことかもしれない。むしろ、使命を否定することだろう。
このままにしておけば、たやすく欲するもの―使命に適う事態になってくれる。けれど、それでもこのままにしておく事はできない。
ノエミの強い決意を読み取ったのか、語りかけてきた守護竜はしばし沈黙した後、静かに言葉を紡ぐ。
「この吊り橋を越えると、地盤が安定した坑道に出る。そこを真っ直ぐ進むとアメジストの鉱脈だ。だが、この先は私の力が及ばない故、何が待ち受けているか分からない……心して進みなさい。」
声が消えると同時に広がっていた闇が消え、まるで日の光の中を歩くように視界がはっきりと明るく照らし出される。
ペンダントの光も消えずにノエミの向かうべき道を指し示す。
心の内でノエミは守護竜とレムに礼を言うと、再び坑道を歩みだした。

断末魔を残し、襲ってきた魔物の最後の一匹が倒れ伏す。
吊り橋を越えると今までの道とは比べ物にならないほど足場が安定した坑道になっていたが、それに比例するように魔物の数もぐんと増した。
守護竜の危惧したとおり、鉱山には決して巣食わぬはずの狼型の魔物数十体、突如襲い掛かり、激しい戦闘を繰り広げた。
何体かを打ち倒し、かまわず奥の通路に飛び込むとそこは拓けた空間。
複数の敵を相手にするには不向きな場所だったが、唯一の入り口は大人一人が抜けられるほどの幅しかない。多少の時間は稼げると判断し、素早く辺りに視線を巡らし、次の道を探す。守護竜の言葉が正しければ、そこがアメジストの鉱脈になるはずだ。
けれど、四方を高い壁に囲まれたこの部屋でそれらしきものはなく、中身を持ち出され、うち捨てられた箱がいくつか転がっているだけ。
じっくりと調べれば何か分かるかもしれないが、魔物に襲われているこの状況ではそうもしていられない。
素早く魔法を口の中で唱え、入り口から牙を剥いて襲い掛かってきた魔物たちに向かって解き放った。
「インサニティ・ボルト!」
闇の魔力を纏った雷の雨が魔物たちを貫く。
ケシズミと化したものを踏み越え、生き残った何体が正気を失い、同士討ちを始める。
決して気持ちのいい光景ではない。けれども生き抜くための最善の手段。
ノエミは押しかかる思いを振り払うように、その間を駆け抜けた。
倒した魔物の血が紅の雫となって滑らかな刃を伝い落ち、立ち込める血臭に思わず顔を背けたくなる。
だが、生きるための選択であったと割り切ると、ノエミは改めて周囲を見渡した。
道らしきものはなく完全な行き止まり。
どこかで間違えたかと思い、一瞬戻るかと考え、ふいに顔を上げる。かすかだが頬をなでる風を感じ、今まで見ようとしなかった天井近くにも視線を巡らす。
と、戦闘中は消えていたペンダントの―導きの―光がぽうっと灯り、垂直の壁の上を指し示す。
ぽっかりと闇が口をひろげたようにアーチ上の入り口が開いていた。良く目を凝らしてみると以前はそこから縄梯子が降ろされていた後が残っている。どうやらこの道を進めばいいようだが、どうすべきだろうか。
入り口は魔力で跳躍力を高めても到底届く高さではない。かといって浮遊の魔法を使うことはできない。
何か手はないかと思ったノエミの目にうち捨てられた箱が目に止まる。
触ってみるとかなり頑丈に作られている上、鉄の縁取りが施されて、ちょっとの衝撃では壊れそうにない。
積み重ねても、入り口に届かないがそれでも距離は稼げる。すぐに考えはまとまった。
いくつかの箱を積み重ね、ノエミはその上に立つと充分に魔力を高め、思い切り良く跳躍する。
その衝撃で箱はばらばらと崩れ落ちるが、ノエミの身体は見事に入り口に着地できた。
導きの光はその先をしっかりと示し、ノエミは慎重に踏み込んだ。

拓けた空間を二つ通り抜けた瞬間、ざわりと何かが駆け抜ける。
戦士としてのカンが危機を告げていたというべきであろう。
反射的に身を伏せると、今まで頭があった位置を巨大な火球が突き抜けていくの見えた。
床にぶつかり砕け散る炎が紫色に染め上がった壁を浮かび上がらせる。と同時に巨大な影をも浮かび上がらせた。
黒曜石を思わせる光沢を帯びた鱗と赤を織り込んだ黒い翼。鉄をも砕く鋭い爪と牙を有するそれにノエミは覚えがあった。
創生神話に登場する始原の竜にして聖獣・ティアマト。
ノエミを敵と認識したのか、ティアマトの心臓を砕かんばかりの咆哮が響き渡る。
やりにくい相手と思いつつ、剣を構えたノエミは信じがたい事実を目の当たりにした。
ティアマトの咆哮に応じるように、その巨大な影からぬらりと魔物たちが這い出し、牙を向けてきたのだ。
「まさか……鉱山の魔物は全てこのティアマトが?!」
生み出された魔物の攻撃をかわし、魔法や剣で倒すもすぐまたティアマトの咆哮によって魔物たちが出現する。
もやは間違いはなかった。ラスタの魔物を作り出したのはこいつ。
聖獣でありながら魔物を作り出すなんて狂気以外ないものでもない。
だが、それ以上のことを考える暇はなかった。
泉のごとく湧き出す魔物を何とかしなくてはならない。何体かの魔物を屠りながら、ノエミは詠唱を完成させた。
「スターダスト・レイン!!」
剣から溢れた青白い光のベールが意思を持った生き物の如く、魔力の吹き溜まりと化した影に覆いかぶさり、薄紙のように切り裂き、大地を揺るがすティアマトの咆哮が響き渡る。
聖なる存在であるティアマトとは対なる存在であるノエミの聖獣・ベイオウルフの力は絶大な威力を誇る。
今の攻撃で魔物を生み出す力を封じ込められたと共にその精神をも切り裂かれたのだ。
防御しやすい肉体への攻撃に対して無防備で守りにくい精神への直接攻撃は強烈で、いかにティアマトであろうとも防ぎ切れなかったと見えた。
怒りに染め上がったティアマトの真紅の瞳がノエミを見据え、無数の火球を吐き出す。
シュヴーアで受け止め、弾き返すも大した効果は与えられず、むしろ副産物である火球の熱がノエミの腕を蝕む。
たまらず後退し、距離を測るが、手足となる魔物を奪われたティアマトから容赦なく繰り出され始める攻撃にノエミは次第に防戦一方に追い込まれだす。
火球と衝撃波のコンビネーションに加え、鋭く振り下ろされる爪と尾の攻撃に付け入る隙を与えさせない。
さすがは、と言うべきであろうが、ノエミとてこのままでいられる筈がなかった。
衝撃波をかわし、着地したノエミのバランスが崩れ、思わず膝をつく。
ティアマトがその隙を見逃すはずもなく、絶好の好機とばかりに前足を振り下ろした。
が、次の瞬間、悲鳴を上げ倒れ付したのは、ノエミではなくティアマトの方だった。
鉄壁に近い防御を誇るノエミの体をあっけなく踏み潰すかと思われたティアマトの前足は白い光の球体に阻まれ、自慢の爪が砕け散る。
「シャイニング・ディザスター!」
呆然となるティアマトに体勢を立て直したノエミはつかさず雷光を纏った強烈な一撃がその身体を切り裂いた。
どうと倒れ伏す始原竜の姿がぐらりと揺れ、霞のように消え、ふわりとノエミの足元に一枚のカードが舞い落ちる。
それを拾い上げたのが合図のように天井の一部が崩れ落ち、まぶしいばかりの日の光が差し込み、アメジストの紫をきらきらと浮かび上がらせた。

「ティアマトが?そんなバカな……」
ノエミからの話を聞き、さすがのレディ・レムも顔面を蒼白させる。
独自の情報網からラスタの異変を調べてはいたが、まさかそんな事態が起こっているとは思ってもいなかった。
守護者である聖獣が暴走するとは……何かが起こりつつある。
魔道彫金師であると同時に特殊な能力を持つレムだからこそ感じる何か。
はっきりと『視て』置いたほうがいいのかもしれないが、今の段階では情報があまりに少なすぎた。
「けれど、誰がそんなことを真似をしたのでしょうか……」
「深い鉱山の坑道に聖獣を置くなんて悪意としか考えられない。ラスタを混乱させようとする……何者かの意思だろうね。守護竜の目を盗んでそんな真似をするなんて並みの実力じゃない。」
今までのラスタで起こっていた一連の事件では闇の力を秘めた邪黒曜石が原因だったが、それを撒き散らすにしても何者かがやったに違いない。
だが、これ以上考えても推測の域はでない。
ただ確かなのは相手は守護竜の目を盗み、闇の力を自在に操る力の持ち主だということだ。
「カードは私が預かる。危険な目に遭わせてしまいすまなかった。」
思いに沈むノエミにレムはにこやかに微笑みかけると、ムーンストーンと精緻な細工が彫り込まれた銀の腕輪を手渡した。
光が当たる角度によって浮かび上がる模様が微妙に違う。
その出来栄えにノエミは思わず息を飲んだ。
「これは?」
「風の魔力を込めた腕輪だ。『風の腕輪』と呼んで構わない。依頼料として受け取って欲しい。」
さらりと言い放ってくれるが、この腕輪から感じる魔力は並外れたものを感じる。
少なくともノエミが壊してしまった水晶像よりも高価な品であることは一目で分かった。
「言っておくが返品は効かない。彫金した品は持ち主を選ぶからね。そのペンダントも持っていきなさい。それは貴女を主と選んだようだからね。」
困惑するノエミにレディ・レムは拒否することは許さないとばかりに告げると、穏やかな微笑を浮かべる。
「ありがとうございます、レディ・レム様。」
全てを見透かしたようなレムにノエミは心からの笑みをこぼした。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2829:ノエミ・ファレール:女性:16歳:異界職】


【NPC:レディ・レム】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、緒方智です
毎回のことですが、大変大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。
水晶採掘騒動記、いかがでしたでしょうか?
本シナリオでもっとも苦労したノエミさんにレディ・レムの心配したようですが、無事に帰還されて何よりだったでしょう。

プレイニングの細かさに話が膨れ上がり、長くなりすぎてしまいました。
前回とは違ったものになっておりますが、本筋の流れとしてはつながりを持たせてあります。

策士な性格をしているレディ・レムも素直なノエミさん気に入った・・・というよりも、その力に一抹の不安を覚えているようです。

それではまた機会がありましたら、よろしくお願いいたします。