<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
【戦友談義】
真昼の強い陽射しが、一点の曇りもない刃に反射する。そこではさながら小さな太陽が形作られ、美しい輝きを草むらに広げる。天が下に恐れるものは皆無という漲る自信をこの刃自身が誇っているかのよう。
ジュドー・リュヴァインの愛刀蒼破は無類無敵、いかなる魔物も両断せしめる業物である。無論のこと、操り手たるジュドー自身も超一流の武士。本人はまだ修行中、未熟のつもりではあるが。
ジュドーが気合を飛ばして蒼破を振るう。一連の動きに一切の淀みはなく、雷光さえ裂くような速さ。それだけを高めに高め、昇華させた究極の斬撃である。
「ええ、ジュドーはそれを使わせればこの上なく強い」
草むらに腰を下ろしながら、エヴァーリーンは拍手で称えた。……が、手を止めると意地悪っぽく笑いを漏らす。
「他はどうかしら。刀以外の武器は」
「そんなもの必要ない」
ジュドーはプイと顔を背ける。今さらこの武器以外で戦うことなど、微塵たりとも考えてはいなかった。
「けれど不測の事態というものはあるわ。たとえば私とジュドーがコンビを組んで魔物と戦ったとする。そこへジュドーが間抜けにも蒼破を奪われる」
「おい」
「黙って聞きなさい。……そうね、あるいは離れたところに弾き飛ばされてしまう。そんな時が来たらどうする?」
唇を尖らせるジュドー。万が一にもありえないという顔をしている。
「まあ素手で戦えなんてことは言わない。私は予備の武器を持っていることが多いから、ジュドーに貸してあげることができる。その武器を使いこなすことができれば、今言ったみたいな危機を脱出することだって可能でしょうよ」
「む……。確かに試してみる価値はなきにしもあらずだが」
「決まりね。じゃあ、初めはこれから試してみましょうか」
エヴァーリーンが手渡したのは短剣だった。蒼破と共通の部分があるとすれば同じ刃物というくらいである。軽く振ってみて、ジュドーは首を捻った。
「軽量すぎてどうにもしっくりこないな。お前がこれを使っているのは何度となく見ているが、本当にこれで敵を倒せるのか怪しいな」
「いいから、私に向かって攻撃してみなさい」
素早くジュドーと距離を置くエヴァーリーン。ジュドーは蒼破を地面に置いて、渋々ながら相対する。
ジュドーは考えた。
――どういう構えを取ればいいのやら。刀は上段の構えとか正眼の構えとかがあるが、短剣でそんな体勢はとれない。エヴァはいつもどうしていたっけ?
「何をしているの」
しびれを切らしたようにエヴァーリーンが肩をすくめる。
余計なことは考えないようにしようと決めた。ジュドーは腰を沈め、深く息を吸う。これは戯言ではない。真剣勝負のつもりで向かう。
ジュドーが動いた。握った短剣はやはり軽くて扱いづらいが――とにかく当てればいいのだ。少し服でも切り裂いてやれば文句はあるまい。
走りながら距離を測る。5メートル、4メートル、3メートル。
右腕を振りかぶる。刃が陽光に煌いた。
――あ、と変な声を出してしまう。刃は空を切った。エヴァーリーンはいつの間にか全然違う方向に位置している。たやすくかわされた? いや、それ以前にどこか感覚が変だった。
ジュドーは体勢を大いに崩した。のみならず出っ張った石に蹴づまづいて、盛大に転んでしまった。短剣が手から離れて落ちる。
「間合いを読み違えすぎ。あんなトコで振りかぶってどうするの。普通はこんなことないと思うんだけど……ジュドーの場合、刀の間合いが染み付きすぎたようね」
エヴァーリーンは短剣を拾い、よく見ていなさいとばかりに手の平でクルクル回す。足元に咲いていたクローバーを根元から千切り、宙に放った。クローバーは無軌道に空間を揺れる。
――!
音も立てない目にも止まらぬ刺突。刃の切っ先に葉がかかっていた。まるで曲芸師のような華麗技である。
「第一、これは斬るものじゃなくて突くもの。そんなこともわからないなんて」
ニヤリ、とエヴァーリーンは唇を歪めた。ジュドーを弄んでいる時はいつもこんな表情をする。ジュドーの心に煮え切らないものが生まれてきた。
「私に短剣は合わない。それだけのことだ」
「どうだかね」
短剣を鞘に納めて懐にしまうと、エヴァーリーンは次に進める。
「それじゃあ次は指弾をやってみて」
空気を勢いよく指で弾いて弾丸のように相手を撃つのが指弾である。見切ることはできず、そもそも武器は何も要らないために不意を打ちやすいという優れた攻撃法だ。どう考えても失敗する要素はない。
ジュドーは再び腰を落とすと、ぐぐっと親指に力を込めた。額を思いっきり撃ってやろうと狙いすまして――弾く!
だが次の瞬間には、元の位置より数メートル後ろにジュドーの体があった。
「どうして自分が吹っ飛ぶわけ?」
エヴァーリーンは頭を掻いた。ジュドーもはてなマークを浮かべている。原因を追究するのも何だか馬鹿らしかった。力の使い方がデタラメということであろう。
「これで最後ね。無理とは思うけど一応」
「ずいぶんな言い方だな」
エヴァーリーンが投げて寄越したのは鋼糸。闇夜の蜘蛛糸のごとくひっそりと張り巡らせれば、たちまちのうちに敵を捕獲する。エヴァーリーンがもっとも愛用し、信頼する武器である。
「……どうやるんだ?」
「投げるの」
簡潔な説明を受けて、ジュドーは改めてエヴァーリーンと間合いを取る。
先端につけた分銅を利用し、ヒュンヒュンと回転させる。狙いはエヴァーリーンの右腕と決めた。とにかく投げればいい、難しいことは何もない。散々馬鹿にされた以上、ここで一泡吹かせねばやってられない。絶対に成功させてみせるぞ。
――と。手から鋼糸がすっぽ抜けた。
「あれ」
夢中になりすぎて勢いをつけすぎたのだ。不必要なまでに膨れ上がった不幸でもってジュドーの頭上に舞い上がった鋼糸は、空中で広がり容赦なく体全体を絡め取った。
手の施しようのない空気が場を支配する。
「不器用不器用だとは思っていたけれど、これほどとはね」
これはこれである種の才能なんじゃないかしらとエヴァーリーンは密かに思った。鋼糸を全身に絡ませ、ジュドーは芋虫のように地面に転がっていた。
「何でそんなにへぼいの」
ぐさりと胸に突き刺さるようだった。とっさに言い訳が出る。
「うるさい。別に困らん」
「負け惜しみ」
ぐうの音も出なかった。この不器用さ、自分でも嫌になってくることは否定しない。しかし。
己の剣技と闘気のみを頼りにする一刀流こそ、自分の誇りである。他の武器を扱う才がないとて、何ほどのものでもないではないか。
「……確かに私は自分の刀以外の扱いはからっきしだ。ああ、それは認めよう。認めようではないか。だがエヴァ、お前はこの鋼糸や短剣にどれだけの心を通わせている」
うん? とエヴァーリーン。ジュドーは堂々と、何ら臆面もなく言葉を紡ぐ。
「蒼破はただの道具や武器ではない。何度も共に死線をくぐり抜けた戦友だ。心通う戦友だからこそ、私は闘える。お前はそこまでの思い入れはないだろう。……やはり私には蒼破しかない。それが再確認できた」
「ふうん」
淡々とした返事が返ってきた。明確な答えがないということはつまり自分の言う通りなのだとジュドーはひとり納得する。
「ご大層なこと言うのはいいけど」
くるりと体を反転させて、エヴァーリーンはひらひらと手を振った。ただならぬ予感が漂ってきた。
「鋼糸からは自分で抜け出してね」
「ちょ、え、このまま放置する気か?」
もはや無言で遠ざかろうとするエヴァーリーン。ジュドーはもがきにもがくが、糸は生き物のように引っ付いて一向に解放してくれる気配はなかった。
「待て、待てエヴァ」
次第に待てが待ってくれ、しまいには待ってと変わってしまう。そんな弱気な声を聞きながら、エヴァーリーンは弱点把握とニンマリした。
その後、ジュドーが自力で抜け出せたのかは定かではない。
【了】
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