<PCクエストノベル(2人)>


過去との邂逅 〜ルクエンドの地下水脈〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)】

【助力探求者】
なし

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 柔らかな日差しが、さんさんと降り注いでいる。
 日に当たればぽかぽかと暖かな秋の午後。オーマ・シュヴァルツの妻のシェラの二人は、住民たちも良く来ると言う紅葉が良く見える丘の上に座っていた。眼下に広がる草原と、その向こうに見える色とりどりの山脈の対比が素晴らしい。
 二人が座る下に敷かれているのは、オーマが具現で出したレジャーシートで、その上には何だか不恰好なくらい大きな弁当箱がどんと置かれていた。
シェラ:「たまにはこういうのもいいもんだね」
オーマ:「ハイ……」
 たまには夫婦水入らずでデートを、とシェラに持ちかけたのはオーマ本人。だと言うのに、その表情は一向に冴えない。
 その理由はもしかしたら、前日にいつものようにこき使われていた疲労でシェラが起こすまで眠っていた事か。それとも、今日急に出かけたくなったと宣言したシェラの言葉にか。……その上、既に出来上がっていた巨大なピクニックランチセットを見たせいか。
シェラ:「さ。どれでも好きなだけどうぞ」
 恐らく早起きし、心を込めて作ったのだろう。いつになく殊勝なシェラの姿にずきゅぅんと心臓を撃ち抜かれながらも、それだけでは目の前の物体から漂う暗黒神も裸足どころかストリーキングをしつつ逃げ出しそうな黒々とした物体に目を注いでいた。
オーマ:「奥さん」
シェラ:「なんだい?」
 素敵スメル満載のお茶をにこにこ顔で注いでくれるシェラに、ぎぎぎ、と首を回してぎこちなくオーマがシェラの笑顔を眩しそうに眺めながら、
オーマ:「ちょ、ちょおっと、焼き過ぎじゃねえのかな……」
 最早炭と貸した、メインディッシュらしき物体を指差した。どれどれ、とシェラが首を伸ばして覗き込み、
シェラ:「ああ、そうかもしれないね。最強火力でこんがり焼いた方が美味いかと思ってさあ」
 ――かろうじて残っている原型を見れば、多分ソレは焼き魚、だろう。
 他の白いソースに塗れてうにうに動いているモノに比べればマシではあるが、それでも口に運ぶのを躊躇われるモノで。
シェラ:「さあ。身体にいいお茶も用意してあるからね」
 その言葉に目を閉じて口に運んだ。
 さくりと軽い口当たりの直後に、口の中でほろりと崩れて溶ける、『それ』。
 触感は最高だったかもしれない。だが――それは魚であり、そして口の中で飲み込めずにいる塊は、炭を通り越して灰になりかけたシロモノだった。
オーマ:「〜〜〜〜〜っ」
 ごくごくごくごく、と一気に手にあるお茶を飲み干す。
 そこからはもう、自分に味覚が残っているのが恨めしいような料理しか、残ってはいなかった。
シェラ:「相変わらずいい食べっぷりだね。あたしの知り合いの中じゃオーマが一番だ」
 嬉しそうに笑う笑顔。
 それさえ見れば、俺は死んでも悔いはねえ、と思いながらも――でもせめてこの半分以下の量であってくれたらと思いながら、まだまだある料理と文字通り死闘を繰り広げるオーマ。
 対してシェラは、自分の分まで作る時間が足らなかったらしく、オーマが昨夜ちょっと作りすぎた鳥肉のソテーを切ってパンに挟んだものを食べていた。
オーマ:「シェ、シェラ、それを――」
 ひとくちでいい、くれ、と言おうとしたその瞬間、オーマの顔が引き締まって、ごくりと口の中にあったものを飲み込みながら振り返る。
シェラ:「どうしたんだい?」
オーマ:「……すまねえ。デートはここまでになりそうだ」
 激しい具現波動を、何度か行った事のある方向から感じ取ったオーマがてきぱきとランチボックスを片付けながらそれを手に持って立ち上がった。
シェラ:「無粋な事をしてくれるものだねえ」
 しょうがない、とシェラもため息を付きつつ立ち上がり、
シェラ:「あたしも付き合わせて貰うよ?」
 そう言ってオーマの腕に自分の腕を絡めた。

*****

 ルクエンドの地下水脈は、その下に何かがあるのか、それとも想いの吹き溜まりにでもなる事が多いのか、具現の波動が発生する事が幾度かあった。
 そんな事を思いながら、波の導くままに進んでいくと、そこにあったのは予想通りの光景。
オーマ:「また狭間が開いてやがるな。――ちょっと下がってろ」
シェラ:「ああ」
 そう言ってオーマの手にあるランチボックスを預って後ろに下がるシェラ。その彼女へちらと目を向けてから向き直り、ゆらゆらと別の空間とを繋いでいるそれにオーマが『気』を乗せた。
 小さい歪み程度なら何度もこれで封じてきたオーマだったから、この程度の大きさなら、と甘く見たせいがあったのだろうか。
 それとも、他に何か理由があったのか――オーマの力に軽い反動を感じ取ったと思った次の瞬間、それは白い腕を形作り、オーマとシェラを抱きしめるように包み込んでしまった。

*****

 ゆさゆさと揺すられるような感覚で、目を覚ますオーマ。
 またどこかに飛ばされたのかと思いながら、まだくらくらする頭を振って、隣を見て……そこにいた女性にぎょっとして後ろへ下がった。
 それは、どこかで見たような顔立ちの女性。だが、奇妙なことに、見えている限りの皮膚はタトゥで覆われていた。
???:「…………」
 口をぱくぱくさせながら、オーマへ何か言っている女性。何故だか声がとても聞き取りにくく、何を言っているのかが分からない。
 と同時に、オーマに触れている筈の彼女の手の感触がほとんど感じ取れないと言う事にも気付いたオーマが自分の耳に手を当てた。
 そしてもう一つ気付いたのは、この世界がゼノビアらしいと言う事。辺りに漂う空気の匂いでそれとしれたオーマが、シェラの事と……そして目の前の女性のタトゥを訊ねようと口を開いた瞬間、目の前が朱に染まった。
オーマ:「っ!?」
 一瞬、自分も切られたかと思い目を閉じるものの、痛みも何も無く。そっと目を開けたそこは、どろりとした血溜まりの中だった。
 そんな中に何故自分が座っているのかと思ったが、その疑問も次に見たモノにあっさりと吹っ飛んでしまう。
 目の前に目を見開いたまま横たわるのは、ついたった今オーマを起こそうと揺すってくれた女性だったからだ。
 とは言え。血はとうに広がるだけ広がって止まっており、オーマが目を閉じた瞬間に行われたものではないと言う事が分かる。
 そして、そこから顔を上げたオーマの目の前に、
オーマ:「おまえ――」
 身体に似合わない巨大な鎌を持つ、そして……今よりもずっと年若い姿のシェラが、虚ろな目を大きく見開いて立ち尽くしていた。
 自分の足をぐるりと囲い、足裏まで流れ込んだ血にも気付かない様子で。
オーマ:「シェラ!」
 声を上げる。鎌からたらたらと流れる血が自分の頬を染めているのに、目を見開いたままぴくりとも動かない少女は、そこでゆっくりと口を開いた。
シェラ:「―――――――――――――――――――――!!」
 声は、聞こえない。音として、オーマの耳に届かない。
 だがそれは、まさしく悲鳴だった。
 魂を搾り出しながら、手に扱いきれないような大鎌を持って振り回しながら、目を見開いた状態で少女は、シェラは悲鳴を上げつづけている。
オーマ:「よせ、シェラ……!」
 鎌が目の前すれすれに振り落とされようとも、頬を掠めようとも、オーマは進む事を止めようとしない。
 このままでいれば、シェラの心が壊れてしまうだろうと分かっているから。
 現実感の無い感触の中で、唯一オーマを傷つける鎌をものともせずに、オーマは大きな一振りをかいくぐると、その腕の中にしっかりとシェラを抱きしめた。
オーマ:「っ」
 ざくりと、肩に痛みが走る。
 シェラを抱きしめる感触だけはとても頼り無いのに、鎌の刃は容赦なくオーマを刻もうと動いている。
オーマ:「シェラ。――シェラ、いいんだ」
 何がいいのか。オーマは知らず、その言葉を口走っている。
オーマ:「いいんだよ。もう――いいんだ」
 自分でも何を言っているのか分からない。けれど、それはオーマの口からほろほろとこぼれ出る。まるで、誰かが言わせているように。
 気付けば、鎌の攻撃は止み。そして、いつの間にかずしりとした重みと共に、疲れきった様子で気を失っているシェラが、オーマの腕の中にあった。
オーマ:「……シェラ」
 もう一度、感触を確かめるようにぎゅうっと力を込めて抱きしめる。
 それだけで良いとでも言うように。
 そして。
 抱きしめられたままのシェラの、閉じた目蓋から、一筋の涙が浮かんで、ぱたり、と地面へ落ちた。
 ――その涙が、地面で波紋を起こし――世界が、揺らめいていく。
 ゆらゆらと頼りなげに幾度か揺れていたその世界で、オーマはふわりと何か暖かなものに包まれたような気がし。
 目を閉じていた事に気付いて目を開くと、そこはルクエンドの水脈のひとつだった。
オーマ:「戻って、来れたな」
 呟くオーマ。その腕の中には、暖かい鼓動を繰り返す、何よりも大切な存在がある。
オーマ:「良かった……俺様だけだったら、どうなってた事か」
 すぅすぅと規則正しい呼吸を繰り返すシェラを見下ろして、ほぉっと息を付くオーマが、起こさないようにそっと抱き上げると、下に落ちていたランチボックスを躊躇いながらも持ち上げて外へと出て行った。

*****

シェラ:「何だったんだい? あんたが封印しようとして、何かが起こった所までは覚えているんだけどねえ」
 状況が分からないまま、元のレジャーシートの上でオーマに膝枕されていたシェラが、ちょっと悔しそうに呟く。
オーマ:「良く分からねえが……多分、俺様の気配でスイッチが入っちまったんじゃねえかな。掴まれたような感じだったしよ」
シェラ:「随分と限定されたものだね。それじゃ、他のあんたみたいな能力の連中が行けば、大人しく封印されてたのかい?」
オーマ:「それもどうかな……」
 根性だけでランチボックスの中身とお茶を腹に収めたオーマが、これで腹を壊さないのが不思議なんだよなぁ、と何か暴れまわっているような気さえする腹を擦りながら曖昧な言葉を返す。
 ――恐らく、その場合はもっと強い反発に遭っていた可能性は高い。が、その理由はシェラに言える筈が無かった。少なくとも、今は。
シェラ:「さてと。どうする? そろそろ帰る? それとも、もう少しここにいるかい?」
オーマ:「そうだなぁ」
 まだ収まりがつかない腹を擦るのを止めて、ごろんとシートの上に横になるオーマ。そのまま、ちょいちょいとシェラを手招きする。
オーマ:「もう少し、ここにいてえな」
シェラ:「――そう?」
 笑いながら、シェラもオーマの隣に腰を降ろし、そしてころんと横になる。
 上を見上げれば、少し早めに雲が動いているのが見え、
シェラ:「明日は降るかもねえ」
オーマ:「だな。今晩あたり風が強くなりそうだ」
 そうして、シェラがそっとオーマの肩へ頭を乗せかけ、ちょっと動きを止めた後で胸の上に頭を乗せる。
オーマ:「……どうした?」
シェラ:「何でもないよ。意地っ張りな男には教えてあげない」
 こちらに戻って来た時にはあれだけ深く切られたのが嘘のように、傷口はほとんど塞がっていた。が、それでも痛みは走る。
 その僅かな違いに気付いたシェラが、自分が知らないうちに何かと戦ったのだろうと思い、別の個所へと頭を乗せる位置をずらしたのだった。
オーマ:「かなわねえな」
シェラ:「当たり前だよ。あたしを誰だと思ってるんだい?」
 くすくすと笑うシェラが、オーマのタトゥのある位置に手をそっと置く。
シェラ:「そうでもなきゃ、あんたは腹の内を見せてくれやしなかっただろ」
 万感の想いを込めたその言葉に、オーマは何も言わず。
 自由に動く手を持ち上げて、黙ったままシェラの頭を撫で続けていた。


-END-